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期間の定めのない労働契約から有期労働契約への変更と自由な意思に基づく同意(名古屋地裁令和2年1月21日判決)

はじめに

労働契約の内容、とりわけ契約期間の定めの有無は、労働者の地位に大きく影響します。採用時に「期間の定めなし」と説明したにもかかわらず、その後、「期間の定めあり」と記載された労働条件通知書を交付し、労働者の署名押印を得たという経緯は、実務でも生じ得る場面です。

今回のコラムで紹介する名古屋地裁令和2年1月21日判決は、こうした経緯のもとで有期契約への変更の効力と、その後にされた解雇の有効性が争われた裁判例であり、採用時の労務管理や解雇の進め方を検討する企業の担当者にとって参考になります。

以下、事案の概要と本判決のポイントについて、わかりやすく解説をいたします。

事案の概要

被告は、衆議院議員であり、平成29年9月、原告を議員秘書の補助として採用しました。採用面接時に原告がハローワークから持参した求人票には、「雇用期間の定めなし」と記載されていました。原告は、平成29年9月19日に被告の名古屋事務所に初出勤しましたが、その際、被告は、原告に対し、「期間の定めなし」との記載が丸で囲まれた労働条件通知書(以下「当初労働条件通知書」といいます。)を手渡し、本件労働契約が期間の定めのないものである旨を説明しました。さらに、被告は、原告に対し、「これと同じものを社会保険労務士に作らせますので、出来たものにサインをお願いします」と述べました。

ところが、原告が入所してから2週間ほど経過した頃、被告は、社会保険労務士が作成した労働条件通知書(以下「本件労働条件通知書」といいます。)を原告に送付しましたが、本件労働条件通知書には、当初労働条件通知書と異なり、「期間の定めあり(平成29年9月19日~平成30年9月18日)」と記載されていました。被告が原告に対してこの記載内容の変更について説明することはなく、原告は、当初労働条件通知書と同じ内容のものが送付されてきたと考え、選挙の準備で忙しかったこともあり、内容に目を通すことなく署名押印して被告に提出しました。

被告は、平成30年6月1日、原告に対し、同日付けで解雇する旨を通告し(以下「本件解雇」といいます。)、その後まもなく解雇予告手当として13万5731円を支払いました。原告は、本件解雇が無効であると主張し、労働契約上の地位の確認及び解雇後の賃金の支払を求めて訴えを提起しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点番号争点
争点①本件労働契約に期間の定めがあったか
争点②本件解雇の有効性

裁判所の判断

争点① 本件労働契約に期間の定めがあったかについて

裁判所は、当初労働条件通知書が交付された時点で、本件労働契約が期間の定めのない契約として成立したと認定しました。そのうえで、被告がその後に交付した本件労働条件通知書に原告が署名押印した行為について、期間の定めのない労働契約から1年の有期契約への変更を原告が認識したうえで自由な意思に基づいて合意したと評価することはできないと判断し、労働条件の変更合意を認めませんでした。

この判断の前提として、裁判所は、入社初日のやり取りと、入所から2週間ほど経過した頃の本件労働条件通知書送付の経緯について、次の事実関係を認定しています。

区分認定された事実
入社初日被告は、原告に対し、「期間の定めなし」との記載が丸で囲まれた当初労働条件通知書を手渡し、本件労働契約が期間の定めのないものである旨を口頭でも説明した
入社初日その際、被告は、原告に対し、「これ(当初労働条件通知書)と同じものを社会保険労務士に作らせますので、出来たものにサインをお願いします」と述べた
入所から2週間後被告は、当初労働条件通知書と異なり「期間の定めあり(平成29年9月19日~平成30年9月18日)」と記載された本件労働条件通知書を原告に送付したが、当初労働条件通知書からの記載内容の変更について原告に説明することはなかった
入所から2週間後原告は、当初労働条件通知書と同じ内容のものが送付されてきたと考え、平成29年10月10日に公示される選挙の準備で忙しかったこともあり、本件労働条件通知書に目を通すことなく、「期間の定めあり」と記載されていたことに気付かずに署名押印して被告に提出した

これらの事実関係をふまえ、裁判所は、次のとおり判示しています。

「前記(1)ア、イによれば、本件労働契約は、平成29年9月19日を始期とする期間の定めのない契約として成立したものと認められる。

ところで、本件では、原告が入所してから2週間ほど経過したころ、被告が原告に対して「期間の定めあり」とする本件労働条件通知書を送付し、平成29年10月20日ころ、原告がこれに署名押印している。この事実に基づいて被告は、期間の定めのある労働契約の成立を主張するところ、この主張は先に期間の定めのない契約として成立を認定した本件労働契約の変更合意を主張する趣旨を含むものと解される。

しかしながら、前記(1)イ、ウの事情からすると、本件労働条件通知書に原告が署名押印した行為をもって、期間の定めのない労働契約から1年の有期契約への変更を原告が十分に認識したうえで自由な意思に基づいて合意したものと評価することはできないから、労働条件の変更合意を認めることはできない。」

なお、引用部分の「前記(1)イ、ウの事情」とは、上記表に記載した入社初日のやり取り(イ)と、入所から2週間後の本件労働条件通知書送付の経緯(ウ)に関する事実認定を指しています。裁判所は、入社初日に書面・口頭の双方で「期間の定めなし」と説明されており、社会保険労務士が作成する書面も同じ内容のものとして交付される予定だと告げられていたこと、その後に交付された本件労働条件通知書については変更点について何の説明もされていなかったこと、原告も同じ内容のものが送付されてきたと考えて中身を確認せずに署名押印していたことから、原告が変更内容を認識し自由な意思に基づいて合意したとはいえないと評価したものといえます。

裁判所は、被告が原告に対して期間の定めのある労働契約となる旨を説明したうえで本件労働条件通知書を交わし、原告の承諾を得たとの被告の主張についても、これを裏付ける証拠が本件労働条件通知書への署名押印以外に存在しないとして、採用しませんでした。

争点② 本件解雇の有効性について

裁判所は、被告が解雇理由として主張する原告の問題行動について、原告が認めた事実は次の3点に限られると認定し、これら以外の被告の主張については、被告から証拠の提出が一切なく、有意な事実は認められないとしました。

番号認定された事実
平成29年9月又は同年10月ころ、原告が不要な書類と一緒に、書き損じた選挙運動用通常葉書差出票1枚をシュレッダーにかけた可能性があること
平成30年1月、原告が私学助成を求める団体からの電話に対して「確認して、折り返し来週月曜日に連絡をする」と伝えたにもかかわらず、折り返しの回答をしなかったこと
平成30年3月、原告がGoogleカレンダーに10分遅れた時刻で予定を入力したため、被告の代理として出席した秘書が会議に遅刻したこと

裁判所は、①について、1枚の書き損じを裁断した可能性にとどまるうえ、被告やその秘書が原告に対して注意や事実確認をした事実を認めるに足りる証拠がないことを指摘し、②については、原告が折り返しの回答をしなかったのは、日程調整の連絡を秘書にしたものの返事がなかったためであり、原告の落ち度が大きいとはいえないとしました。③についても、解雇理由となり得るほどの重大なものとはいい難いと評価し、これらをそれぞれ単独で見ても、総合的に見ても、本件解雇に客観的合理性・社会的相当性はないと判断しました。

裁判所は、解雇理由の主張の変遷についても、次のとおり判示しています。

「なお、被告は、当初、原告に対し、解雇理由について整理解雇である旨を告げたことはないと主張していたところ、その後、(3)の平成30年6月1日のやり取りに関する録音が証拠提出されるや原告を慮ってのものであったと主張を変遷させたが、整理解雇として有効であることを基礎付ける事情の主張がないことには変わりはないことからすれば、本件解雇が整理解雇として有効と評価される余地はない。」

これらの認定をふまえ、裁判所は、本件解雇は権利濫用として無効であると判断し、原告の労働契約上の地位確認請求及び解雇後の賃金支払請求を認めました。

コメント

1 本判決の意義

本判決は、採用時に「期間の定めなし」と説明したうえで労働条件通知書を交付した後、改めて「期間の定めあり」と記載された労働条件通知書を交付し、労働者の署名押印を得た事案について、変更内容の説明を経ずに署名押印を得ただけでは、労働条件の変更合意があったとはいえないと判断したものです。

本判決の特徴は、原告が本件労働条件通知書に署名押印したという外形があるにもかかわらず、その署名押印に至るまでの経緯を実質的に検討したうえで、変更内容について十分な認識のないままされた署名押印は労働条件の変更合意があったとは評価できないと判断した点にあります。

具体的には、当初労働条件通知書において書面・口頭の双方で「期間の定めなし」と説明されていたこと、本件労働条件通知書については変更点について何の説明もされていなかったこと、原告も同じ内容のものが送付されてきたと考えて中身を確認しないまま署名押印したことといった経緯が考慮されています。

労働条件の不利益変更について労働者の同意があったといえるかをめぐっては、最高裁が、就業規則の変更による賃金・退職金の不利益変更が問題となった事案(最二判平28.2.19民集70巻2号123頁,判タ1428号16頁〔山梨県民信用組合事件〕)において、書面への署名押印といった外形のみによらず、労働者の自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかという観点からも判断すべきとの枠組みを示しています。

本判決は、就業規則の変更ではなく、契約期間の定めの有無という個別の労働契約上の労働条件の変更について判断したものですが、署名押印の外形のみではなく、それに至るまでの説明・経緯を踏まえて合意の有無を実質的に判断したものであり、上記最高裁判例が示す枠組みと整合する判断をした事例として、実務上参考になります。

2 企業等に求められる対応

本判決から、企業の労務管理として参考になる点は、次のとおり整理できます。

(1)労働条件の変更時における説明と合意の取得

いったん期間の定めのない労働契約として成立した契約を有期契約へ変更することは、労働者にとって不利益な変更にあたります。本判決は、変更合意の成立を認めるためには、労働者が変更内容を認識したうえで自由な意思に基づいて合意したと評価できることが必要であるとしています。

署名押印が形式的に存在するというだけでは足りず、変更前後の内容や理由を丁寧に説明し、労働者の理解と納得を得たうえで書面化するという手続が求められます。当初の労働条件通知書とは異なる内容の書面を後から交付する場面では、特に慎重な対応が必要となります。

(2)問題行動への対応と注意・指導の記録化

本判決は、解雇理由として主張された問題行動について、各事実の重大性、注意・指導の有無、労働者側の落ち度の程度を個別に検討しています。日常の業務上の小さなミスを根拠とする解雇は、客観的合理性・社会的相当性を欠くと判断される可能性があります。

企業としては、問題行動が生じた都度、事実関係の確認、注意・指導、改善の機会の付与といった手続を踏み、これらの経過を記録に残しておくことが望まれます。

(3)解雇理由の整理と一貫した説明

本判決は、解雇理由に関する主張の変遷についても言及しています。解雇通告時に告げた理由と訴訟における主張が一貫していない場合、後付けの理由として評価され、解雇の有効性判断に影響します。解雇を実施する際には、解雇理由を慎重に整理したうえで、解雇通告時の説明、解雇理由証明書、離職票等の記載と訴訟における主張が一致するように留意することが重要です。

(4)書面作成に至る経過の記録化

契約内容を記載した書面に労働者の署名押印があれば、通常は記載どおりの合意が成立したと評価されやすい場面です。もっとも、本判決は、署名押印という外形のみをもって、無期契約から有期契約への変更という重要な労働条件の不利益変更について労働者の同意があったとはいえないと判断した事例といえます。

書面に署名押印を得るに至るまでの説明内容や交渉の経過を客観的な資料として残しておくことが、後の紛争への備えとして有益です。

おわりに

採用時の労働条件の説明、労働条件通知書の作成・交付、契約内容の変更手続、問題社員への注意・指導の記録、解雇の進め方など、本判決が示した実務上の論点は、企業の労務管理のあらゆる場面に関わります。これらは、個別の事情によって評価が大きく変わり得る分野であり、紛争を未然に防ぐためにも、早い段階で弁護士に相談しておくことが有益です。

当事務所は、労働事件に関する企業からの相談・ご依頼を受けており、労働条件通知書や就業規則の整備、労働条件の変更手続、問題社員への対応、解雇の検討段階からの助言など、幅広く対応しております。本判決のような事案にお心当たりがある場合や、労務管理の進め方にご不安がある場合は、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームより、お気軽にご相談ください。


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