近年、気候変動の影響により猛暑日の増加が続く中、職場における熱中症対策は、企業の安全衛生管理において重要な課題となっています。
今回のコラムでは、暑熱環境下での業務中に従業員が熱中症を発症して死亡した事案において、使用者の安全配慮義務違反が認められた福岡高裁令和7年2月18日判決(原審:福岡地裁小倉支部令和6年2月13日判決)をご紹介いたします。
上記福岡高裁判決は、WBGT値(暑さ指数)の測定の懈怠、暑熱順化期間の不確保、労働者の健康状態(食事の摂取状況等)の確認不足等を理由に、使用者の安全配慮義務違反を認めたものです。
本判決は、暑熱環境下における安全配慮義務の具体的な内容や、行政通達の位置づけについて判示しており、企業の人事・労務・安全衛生担当者にとって参考となる裁判例です。
2 事案の概要
(1) 当事者
被告会社は、船舶の修理等の業務を行う株式会社です。亡A(当時37歳男性)は、被告会社の従業員でした。
(2) 事実経過
亡Aは、サウジアラビアのヤンブーにおいて浚渫船のバケット補修工事に従事するため、被告会社から出張を命じられました。亡Aにとって海外出張は初めてでした。
ヤンブーは、紅海沿岸に位置し、一年を通して比較的高温かつ湿度が高いことで知られる地域であり、外務省も、同地域において熱中症に対する厳重な注意が必要である旨の情報を公表していました。
事実経過の概要は、以下のとおりです。
| 日付(平成25年) | 出来事 |
|---|---|
| 8月14日 | 成田空港からサウジアラビアへ出発 |
| 8月15日 | ヤンブーのホテルに到着 |
| 8月17日 | 屋外作業を開始(甲板上でのバケット補修の準備作業等) |
| 8月18日 | 夕食時に食欲不振の兆候(おかずを食べず、ご飯にふりかけをかけて食べていた) |
| 8月19日 | ガウジング作業の補助に従事。昼食・夕食を摂取せず。現場責任者Fが病院受診を勧めるも、亡Aは「大丈夫です」と回答。Fは翌日の作業休止を指示 |
| 8月20日 | 作業を休養。食欲不振・嘔吐の症状が継続 |
| 8月21日 | 病院を受診。血液検査の結果等から脱水状態がうかがわれた |
| 8月24日 | 意識障害が発生(目の焦点が定まらない、言葉がはっきりしない、暴れる等)。午後9時頃に病院へ搬送するも、ジッダの病院への搬送を指示され、同日中の搬送はできなかった |
| 8月25日 | ジッダの病院に搬送。意識不明の状態で集中治療室に入院 |
| 8月27日 | 脳死状態と判明 |
| 8月29日 | 死亡 |
(3) 作業環境
本件工事現場の作業環境の概要は、以下のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作業場所 | 浚渫船の甲板上(バケット下の日陰での作業が中心) |
| 気温 | 日中の作業現場で少なくとも35℃、最高38℃程度 |
| 湿度 | 平均湿度56~65%(日統計値表に基づく) |
| WBGT値(推定) | 少なくとも31℃超、最大35℃近くに達していた可能性あり |
| 労働時間 | 午前8時~午後5時 |
| 休憩時間 | 合計1時間30分~2時間 |
| 服装 | 長袖・長ズボン・安全靴・溶接用の帽子(合皮) |
| 休憩室 | 甲板上に設置。冷房あり、冷蔵庫、水、粉末のスポーツドリンク、梅干し、塩昆布等を備付け |
なお、飲料水等の摂取や冷却備品の装着は、作業員各自の判断に任されていました。
(4) 請求の法的根拠
亡Aの遺族である原告らが、被告会社に対し安全配慮義務違反(民法415条)に基づき、取締役らに対し会社法429条1項に基づき、損害賠償を請求しました。
3 本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 亡Aの死亡が熱中症に起因するものか |
| 争点② | 被告会社の安全配慮義務違反の有無 |
| 争点③ | 取締役らの会社法429条1項に基づく責任の有無 |
| 争点④ | 亡A及び原告らの損害額 |
4 裁判所の判断
争点① 亡Aの死亡が熱中症に起因するものか
裁判所は、亡Aの死亡の原因の一つとして、少なくとも業務中に発症した熱中症があると認定し、これと死亡との間に相当因果関係があると判断しました。
裁判所が考慮した主な事情は、以下のとおりです。
| 考慮事情 | 内容 |
|---|---|
| 作業環境 | WBGT値が少なくとも31℃を超え、最大で35℃近くに達していた可能性があり、WBGT基準値(28℃)を超える暑熱環境であった |
| 症状の経過 | 暑熱環境下での作業開始後、食欲不振→嘔吐→脱水症状→意識障害→けいれん等、症状が増悪していた |
| 医師の意見 | 4名の医師のうち3名が、熱中症の発症を推測する意見を述べた |
| 他原因の排除 | 血液・尿・髄液の細菌培養結果がいずれも陰性であり、感染症は否定的であった |
被告らは、亡Aの死因は非肝性高アンモニア血症に伴う代謝性脳症であると主張しましたが、裁判所は、被告側の医師の意見について「抽象的な可能性を指摘するものにとどまる」として排斥しました。
争点② 被告会社の安全配慮義務違反の有無
ア 安全配慮義務の一般論
裁判所は、まず、使用者の安全配慮義務に関する一般論を述べた上で、暑熱環境下における熱中症予防義務について、以下のとおり判示しました。
労働者が使用者の指示のもとに暑熱環境下において労務を提供する場合には、使用者は、上記安全配慮義務の一環として、職場における熱中症の一般的知見を踏まえ、その発生を未然に防止する措置を執るべき注意義務を負うと解するのが相当である。
イ 行政通達の位置づけ
裁判所は、熱中症予防に関する各種行政通達(平成8年・平成17年・平成21年の各通達、職場の熱中症予防対策マニュアル、パンフレット、平成25年5月通達。以下「本件各通達等」といいます。)について、以下のとおり、安全配慮義務の内容を検討する上で参考とされるべき旨を判示しました。
本件各通達等は、WBGTの活用、作業環境管理、作業管理、健康管理、安全衛生教育、救急処置等について具体的な対策内容を挙げており、その内容は合理性を有するものであり、その実行に著しく困難さを伴う等の特段の事情は認められない。そして、前記認定に係るヤンブーの気候条件の特徴や本件工事における作業内容等を踏まえると、本件各通達等が、暑熱環境下における作業時の熱中症発症の危険性並びに職場における熱中症の予防対策の必要性及びその具体的な内容について周知ないし注意喚起するものであることからすれば、本件において被告会社が負うべき安全配慮義務の内容を検討する上で、参考とされるべきものと解する。
なお、裁判所は、このように解しても「過酷若しくは過剰な注意義務を課すものではない」と述べ、被告会社自身が「当時周知されていた諸対策に倣ったもの」と主張していることも指摘しました。
ウ 安全配慮義務の具体的内容
裁判所は、本件において被告会社が負っていた安全配慮義務の具体的内容として、以下の事項を挙げました。
| 義務の内容 |
|---|
| WBGTを活用するなどした上で、作業場所がどの程度の暑熱環境であるかを客観的に評価し、熱中症発症のリスク評価を的確に行うこと |
| 熱への順化期間(7日以上かけて熱へのばく露時間を次第に長くすることが目安)を設けること |
| 熱中症の発症に影響を及ぼすおそれがある睡眠の状況、水分及び塩分や食事(特に朝食)の摂取状況を的確に把握すること |
| 作業中や休憩時における水分及び塩分の摂取について、労働者の自覚症状にかかわらず、労働者任せにすることなく、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえるなどして、定期的にその摂取状況を確認し、摂取を指導するなどの措置を講ずること |
| 作業開始時、作業中及び休憩時において、頻繁に巡視・声掛けをして労働者の健康状態を確認すること |
エ 義務違反の認定
裁判所は、以下の事情を認定した上で、被告会社に安全配慮義務違反があったと判断しました。
| 義務違反の内容 |
|---|
| 気温は温度計で確認していたが、湿度の測定・記録がなく、WBGTを活用するなどした上で暑熱環境を客観的に評価して、熱中症発症のリスク評価を的確に行う意識に欠けていた |
| 亡Aは、ヤンブー到着後3日目に作業を開始しており、熱への順化が十分でなかった。加えて、長時間の搭乗や時差の影響も残存していたと推認されるにもかかわらず、フルタイムで作業に従事させた |
| 飲料水等の摂取や冷却備品の装着は労働者任せであり、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえた、定期的な摂取状況の確認や摂取の指導等は行われていなかった |
| 亡Aの食事の摂取状況を的確に把握していなかった。8月18日の夕食時に摂食の変調が見られたにもかかわらず、翌19日の夕食時に至るまで亡Aの食事の摂取状況を確認しておらず、把握していなかった |
| 8月24日に亡Aの健康状態が悪化したにもかかわらず、昼過ぎから午後6時半頃まで状態の確認がされず、病院への搬送を開始したのは午後9時頃であり、対応の遅さは否定できない |
裁判所は、被告会社が冷房付き休憩室・飲料水等の準備や休憩時間の確保など、熱中症の予防措置を一部講じていたことを認めつつも、これらの事情を考慮しても安全配慮義務違反は認められるとしました。
これらのことからすると、1審被告会社において、熱中症の予防措置を一部講じていたことを考慮しても、本件において、暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえるなどして、Aの業務中における熱中症の発症を予防するための十分な措置を講じていなかったと認められる。
争点③ 取締役らの個人責任
裁判所は、被告会社が熱中症の予防対策として一定の措置を講じていたこと、体調不良の認識後は作業休止・病院受診等の対応をしていたこと等を考慮し、取締役らについて任務懈怠があるとは認められないか、少なくとも悪意又は重過失があるとまでは認められないとして、会社法429条1項に基づく請求を棄却しました。
争点④ 損害額
裁判所が認定した損害額の概要は、以下のとおりです。
| 項目 | 認定額 |
|---|---|
| 葬儀費用 | 150万円 |
| 逸失利益 | 約2,700万円 |
| 死亡慰謝料 | 1,800万円 |
| 合計(損益相殺・弁護士費用加算後) | 約4,868万円(原告ら合計) |
死亡慰謝料について、裁判所は、被告会社が加入していた保険契約に基づき合計2,300万円の保険金が支払われたことを、慰謝料額の算定における一事情として考慮しました。なお、当該保険金は損益相殺の対象とはならないとされています。
また、被告らは、亡Aが病院受診を勧められた際に「大丈夫です」と回答したことを理由に過失相殺を主張しましたが、裁判所は、被告会社が亡Aに対し病院を受診するよう明確に指示したとは認められないとして、過失相殺を認めませんでした。
5 コメント
(1) 暑熱環境の「客観的評価」が求められること
本判決は、暑熱環境のリスク評価について、気温のみの確認では不十分であり、WBGTを活用するなどして作業場所がどの程度の暑熱環境であるかを客観的に評価することを求めています。
本件では、被告会社は気温を温度計で確認していましたが、湿度を測定・記録しておらず、WBGT値を活用した客観的なリスク評価を行っていませんでした。この点が、安全配慮義務違反の認定において重要な考慮要素とされています。
企業としては、暑熱環境下で作業を行わせる場合には、WBGT指数計を用いてWBGT値を測定し、その結果を記録した上で、WBGT基準値との照合を行うことが求められます。
(2) 暑熱順化の確保の重要性
本判決は、亡Aがヤンブー到着後3日目に作業を開始しており、熱への順化が十分でなかったことを、安全配慮義務違反を認定する際の考慮要素としています。裁判所は、7日以上かけて熱へのばく露時間を次第に長くすることが目安であるとした上で、順化が十分でない労働者に対しては、健康状態の管理について特別の配慮が求められる旨を判示しています。
新規入職者や休暇明けの労働者を暑熱環境下での作業に従事させる場合には、暑熱順化プログラムを策定し、計画的に順化期間を設けることが重要です。
(3) 水分・食事の摂取状況を「労働者任せ」にしないこと
本判決は、飲料水等の摂取や冷却備品の装着を労働者の判断に任せていたことを問題視し、使用者は、労働者の自覚症状にかかわらず、定期的に水分及び塩分の摂取状況を確認し、その摂取を指導する義務を負うと判示しました。
水分・塩分の補給については、備え付けるだけでは足りず、摂取状況の確認や摂取の指導までを行う体制を整える必要があります。また、本判決は食事(特に朝食)の摂取状況の把握にも言及しており、作業開始前の健康状態の確認においても、食事の摂取の有無を確認することが望まれます。
(4) 体調変化を認識した場合の作業中止義務
原審判決は、安全配慮義務の具体的内容として、体調がすぐれない労働者について作業を中止させる義務を認めた上で、そのタイミングについて、「遅くとも、亡Aが同日の昼食を摂取しなかったとの事実が生じた後の午後の作業開始時頃までには、亡Aの作業を中止させるなどの措置を講ずべき義務があった」と判示しました。
本件では、亡Aについて、8月18日の夕食時点で食欲不振の兆候が見られていたにもかかわらず、翌19日の作業開始前・作業中・昼食時等に体調や食事の摂取の有無が確認されず、その結果、亡Aは昼食を摂取しないまま午後の作業に従事することとなりました。原審判決は、この点について「これが亡Aの熱中症の発症ないし増悪に決定的な影響を与えた可能性は否定し難い」と述べています。
この判示は、食欲不振等の兆候を認識した場合に、使用者がその後の食事の摂取状況や体調を継続的に確認し、状況に応じて作業の中止を含む措置を講ずべきことを示すものです。
企業としては、作業前・休憩時・昼食時等の各段階において労働者の体調を確認し、体調変化の兆候が見られた場合には、速やかに作業の継続の可否を判断する仕組みを整えておくことが望まれます。
(5) 本人が「大丈夫」と申し出た場合の対応
本件では、亡Aは、現場責任者Fから病院受診を勧められた際に「大丈夫です」と回答しています。被告らは、この点を理由に過失相殺を主張しましたが、原審判決は、「被告会社としては、亡Aの意向を確認し翌日の作業を休ませ経過を見ることにしたにすぎず、亡Aに病院を受診するよう明確に指示したことは認められない」として、過失相殺を認めませんでした。控訴審判決も、この判断を維持しています。
この判示は、使用者が労働者に対し受診を「勧めた」にとどまる場合には、労働者がこれに応じなかったとしても、過失相殺による減額が認められない可能性があることを示しています。
もとより、具体的な事案においていかなる対応が求められるかは、労働者の症状の内容・程度、作業環境のリスクの高さ、事業場の体制等の諸事情によって異なり得ますが、少なくとも本判決の事案のように、暑熱環境下での作業中に食欲不振等の体調変化の兆候が認められるような場合には、使用者は、本人の申告のみに依拠することなく、受診の要否について主体的に判断し、必要と判断した場合には、受診を業務上の指示として明確に伝えることが望ましいといえます。
(6) 行政通達が安全配慮義務の内容を判断する上で「参考とされるべき」とされたこと
本判決は、熱中症予防に関する各種行政通達について、その内容は「合理性を有するもの」であり、安全配慮義務の内容を検討する上で「参考とされるべき」と判示しました。さらに、通達に記載された対策の実行について「著しく困難さを伴う等の特段の事情は認められない」とした上で、このように解しても「過酷若しくは過剰な注意義務を課すものではない」と述べています。
本判決の事案は平成25年当時のものですが、その後、令和7年の労働安全衛生法の改正により、熱中症防止に関する法的枠組みはさらに整備されています。今後、本判決が参照した各種通達の内容を発展的に整理・統合した新たなガイドラインが制定される見込みであり、今後、安全配慮義務の具体的内容を判断する際には、同ガイドラインの内容が重要な指標となることが予想されます。
(7) 「一定の対策を講じていた」ことが免責事由にならないこと
本判決は、被告会社が冷房付き休憩室の設置、飲料水・スポーツドリンク・梅干し等の準備、休憩時間の確保など、熱中症の予防措置を一部講じていたことを認定しつつも、安全配慮義務違反を認定しました。裁判所が重視したのは、これらの措置が暑熱ストレス及び熱中症発症リスクの客観的な評価を踏まえたものであったかどうか、という点です。
このことは、飲料水や冷却設備等の物的な準備を行っていたとしても、それだけでは直ちに安全配慮義務を尽くしたとは評価されない場合があることを意味しています。企業としては、WBGT値の測定によるリスク評価を基礎とした上で、その評価結果に応じた具体的な措置(作業時間の調整、水分・塩分の摂取指導、巡視の強化、労働者の健康状態の確認等)を実施し、その実施状況を記録に残すことが重要です。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

