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協調性・能力不足を理由とする解雇の有効性と出張日当の固定残業代該当性(福岡地裁令和6年4月24日判決)

はじめに

「協調性がない」「能力が足りない」という理由で従業員を解雇できるかは、企業の人事担当者からのご相談が多いテーマですが、裁判では、解雇の有効性は厳格に判断される傾向にあります。また、出張日当などの手当を支払っているから残業代は支払済みである、という整理をしている企業も見られますが、手当を残業代(固定残業代)として扱うには、法的な要件を満たす必要があります。

今回のコラムでは、この2つの論点、すなわち、①出張日当が固定残業代として未払残業代の支払に充てられるか、②協調性・能力不足や退職申出の翻意を理由とする解雇が有効か、が争われた裁判例(福岡地裁令和6年4月24日判決)をご紹介いたします。

本判決は、出張日当について「対価性」と「明確区分性」の観点から固定残業代への該当を否定し、解雇についても、従業員に協調性を欠く面があったことを認めながら、解雇事由への該当性を否定して解雇を無効と判断したものです。手当の設計と解雇判断という人事労務の基本論点について、裁判所が具体的にどのような事実を拾って判断するのかを示す事例であり、人事・労務を担当される企業のご担当者にとって有益な裁判例です。

事案の概要

Yは、ゴルフ競技の運営等を行う団体(権利能力なき社団)であり、Xは、平成30年4月からYの事務局員として勤務していた従業員です(月給30万5000円)。Yの事務局は、正社員5~6名程度の少人数の体制であり、ゴルフ大会の開催時には、事務局員が早朝から長時間の出張業務に従事していました。Yは、大会出張時の残業代を支払わない一方、旅費規則に基づき、交通費・宿泊費とは別に出張日当(距離に応じて2500円又は5000円)を支給していました。

Xは、かねて自らの給与水準や昇給への不満をY事務局長に繰り返し述べており、退職や就労意欲の減退を示唆する言動もありました。Yは、Xから退職の意思表示があったとして後任者の募集等を進めましたが、Xが翻意したため、令和4年7月19日付けで解雇予告通知を発し、同年9月30日付けでXを解雇しました(以下「本件解雇」といいます。)。解雇理由は、①退職の意思表示の後の翻意により混乱を生じさせたこと(就業規則の「業務の都合上やむを得ないとき」)、②相互協力意識の欠落やコミュニケーション能力の低さが再三の注意にもかかわらず改善されなかったこと(就業規則の「技能低劣で業務の遂行に必要な能力を欠く」)でした。

Xは、Yに対し、大会出張時の未払残業代等の支払と、本件解雇の無効を前提とする労働契約上の地位の確認及び解雇後の賃金(バックペイ)の支払等を求めて提訴しました。本判決は、確定しています(事件番号:福岡地裁令和5年(ワ)第959号)。

なお、以下の判決文の引用部分では、Xは「原告」、Yは「被告」と表記しています。

本件の争点

本件の主な争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①出張日当は、固定残業代として未払残業代に充当されるか
争点②協調性・能力不足を理由とする解雇事由(「技能低劣で業務の遂行に必要な能力を欠く」)に該当するか
争点③退職申出の翻意による混乱を理由とする解雇事由(「業務の都合上やむを得ないとき」)に該当するか

裁判所の判断

争点① 出張日当は固定残業代として未払残業代に充当されるかについて

Yは、就業規則の附属規則が時間外手当等の対象から出張の場合を除外していることとの整合性から、出張日当は固定残業代であると主張しました。しかし、裁判所は、次のとおり判示し、出張日当の固定残業代該当性を否定しました。

「出張日当は被告の旅費規則8条において、残業時間の有無や長短にかかわらず一定金額が支払われるものと定められていること、被告の賃金規則2条では役職者には残業手当が支払われないと規定されているのに、被告の旅費規則8条では事務局長・次長にも旅費日当が支給されると規定されていることに照らすと、出張日当が残業代の趣旨で支払われていたとは考え難い(対価性を有しない)。また、出張日当が固定残業代の趣旨であることを被告から原告に説明し、原告がそれに同意していた事実を認めるに足りる証拠はない(明確区分性を有しない)」

裁判所が固定残業代該当性を否定するに当たり指摘した事情は、以下のとおりです。

観点指摘された事情
対価性出張日当は、残業時間の有無や長短にかかわらず一定金額が支払われる
対価性残業手当の支払対象外である役職者(事務局長・次長)にも出張日当が支給される
明確区分性出張日当が固定残業代の趣旨であることをYがXに説明し、Xが同意していた事実を認めるに足りる証拠がない

その上で、裁判所は、出張日当は出張の際に必要とする交通費及び宿泊費以外の経費を補填するために支払われるものであり、「形式的にも実質的にも固定残業代に該当するとはいえず、未払残業代には充当されない」として、未払残業代71万7495円の支払を命じました。

争点② 協調性・能力不足を理由とする解雇事由該当性について

裁判所は、Yの事務局が少人数の体制であり、大会の準備運営時には相互協力が必要で、職員には協調性が求められること、Xには大会時に役員等へ挨拶をしない、些細なことで不機嫌になる、旅費精算について自分勝手な申出をするなど、周囲との協調性に欠ける面があったことを認めました。

しかし、裁判所は、次のとおり判示し、解雇事由への該当性を否定しました。

「原告が周囲との協調性に欠けることや、原告の言動により繰り返し不快な思いを抱かされていたA局長において原告に十分な改善の姿勢があると捉えなかったことについては一定程度理解できることを踏まえても、原告が被告の業務を行うための技能が低劣であり、被告の業務の遂行に必要な能力を欠いていたとまではいえない。」

裁判所がこの判断に当たり考慮した事情は、以下のとおりです。

方向考慮された事情
解雇事由を基礎づける方向大会時に役員等へ挨拶をしない、些細なことで不機嫌になる、旅費精算について自分勝手な申出をするなど、協調性に欠ける面があった
解雇事由を否定する方向自らの守備範囲と考える業務は特段の問題なく遂行し、Yのインスタグラムを更新するなどしていた
解雇事由を否定する方向事務局長も、Xの事務処理能力はプラス評価していた
解雇事由を否定する方向事務局長からの指導(令和4年6月22日・7月1日)に対し、同月6日に反省ないし改善の意向を示すメールを送っていた

争点③ 退職申出の翻意を理由とする解雇事由該当性について

Yは、Xが一旦退職の意思を示したために後任の選任等の手続を進めたところ、Xが翻意して深刻な混乱を生じさせたと主張しました。しかし、裁判所は、次のとおり判示し、この主張も退けました。

「原告は被告に正式に退職届を書面で提出したわけではないし、…(略)…自らの貢献度に比して年収約366万円という自らの給与が低いと感じており、入社から4年経過した令和4年4月期の時点でも昇給額が自らの期待に沿うものではなかったために、退職ないし就労意欲の減退(給与分しか働かない)を示唆ないし仄めかしていたにすぎないことがうかがわれ、明示的な退職意思を示していたとはいえない。また、被告は本件解雇後に原告の後任者を雇用しておらず(証人A)、被告の事務作業に深刻な混乱が生じたかは定かでないことに照らすと、本件解雇が被告の業務の都合上やむを得ないときにされたとまではいえない。」

以上により、裁判所は、本件解雇を無効と判断し、Xの労働契約上の地位を確認するとともに、解雇日以降の賃金(毎月30万5000円)の支払をYに命じました。

なお、Xは、未払残業代に係る付加金(労働基準法114条)の支払も求めていましたが、裁判所は、以下の事情を挙げて、Xが受けた不利益の程度が大きいとまではいえず、Yの不払の経緯や態様が悪質であるともいえないとして、付加金の支払は命じませんでした。

観点付加金を否定する方向で考慮された事情
勤務実態ゴルフ大会以外の事務所勤務日には基本的に残業がなかった
時短勤務への配慮コロナ禍の影響や家庭の状況を考慮して、毎日1時間の時短勤務が許容されていた
日当の支給大会業務に携わる職員には、交通費や宿泊費に加えて日当が支給されていた
労働者側の対応Xが本件解雇まで残業代の不支給に不満を述べていた形跡が見当たらない

コメント

本判決は、個別の事実関係に即して判断されたいわゆる事例判決ですが、手当の法的性質と解雇の有効性という、多くの企業に共通する論点についての判断例として、以下の点で実務上の示唆に富むものといえます。

1 手当を「残業代の代わり」とするには、対価性と明確区分性が必要であること

本判決は、出張日当について、残業時間の有無・長短にかかわらず定額であること、残業手当の対象外である役職者にも支給されることから対価性を否定し、固定残業代である旨の説明と労働者の同意を裏付ける証拠がないことから明確区分性を否定しました。企業側が「この手当は実質的に残業代である」と主張しても、規程上の位置づけや支給実態がそれと整合していなければ、認められないことを示すものです。

この対価性・明確区分性という観点からの判断は、固定残業代に関するこれまでの裁判例の判断枠組みに沿ったものであり(佐々木宗啓ほか編『類型別労働関係訴訟の実務Ⅰ〔改訂版〕』191~201頁、白石哲編『労働関係訴訟の実務〔第2版〕』124~129頁参照)、出張日当に限らず、同種の手当を設けている企業に広く当てはまり得る考え方です。

固定残業代の制度を採用する場合には、就業規則・賃金規程や雇用契約書において、どの手当が何時間分の時間外労働の対価であるかを明示し、給与明細上も通常の賃金と区別できるようにした上で、労働者に説明して同意を得ておくことが必要です。この点が不備のままですと、本件のように、手当を支払っていたにもかかわらず、別途残業代全額の支払を命じられるという結果になりかねません。

2 協調性不足があっても、直ちに解雇事由とはならないこと

期間の定めのない労働契約における解雇は、労働契約法16条により、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、無効となります。そして、解雇の効力が争われる訴訟では、使用者側は、客観的に合理的な理由があることを、就業規則に定められた解雇事由に該当するという形で主張立証するのが一般的とされています(白石哲編『労働関係訴訟の実務〔第2版〕』325~329頁参照)。本判決が就業規則の解雇事由への該当性を検討しているのも、この枠組みによるものであり、解雇に至る経緯の中での労働者の働きぶりや、会社側の指導・対応の内容を総合的に考慮するという、従前の裁判例の流れに沿った判断といえます。

本判決は、Xに協調性を欠く面があったことや、上司が改善の姿勢を疑ったことに一定の理解を示しながらも、担当業務自体は問題なく遂行していたこと、上司自身が事務処理能力を評価していたこと、指導に対して反省・改善の意向を示していたことから、解雇事由への該当性を否定しました。協調性や勤務態度の問題は、それだけでは「業務の遂行に必要な能力を欠く」との評価に直結せず、業務遂行能力の全体を踏まえて判断されることを示すものです。

企業側の視点では、上司がXの能力を評価していたメールの存在が、解雇事由を否定する方向の事情として考慮された点も参考になります。日常の評価や指導の記録は、解雇の場面ではそのまま証拠となりますので、問題点があるのであれば、その内容を具体的に記録し、改善を求める指導と改善の機会の付与を重ねておくことが、適法な対応の前提となります。

他方で、本判決は、個別の事情を踏まえた事例判断であり、協調性やコミュニケーションに関わる問題を理由とする解雇が常に無効になるという趣旨ではありません。他の従業員との協働に必要な能力の不足の程度が著しく、会社が指導や教育の機会を重ねて与えても改善に至らず、業務の遂行に大きな支障が生じているような事案では、解雇が有効と判断される余地があると考えられます。上記の指導・改善機会の記録は、まさにこの判断の分かれ目を基礎づける資料となるものです。

3 「退職をほのめかす発言」だけでは退職の意思表示とは認められないこと

本判決は、Xが待遇への不満から退職や就労意欲の減退を示唆する言動をしていたものの、書面による退職届の提出がなく、明示的な退職意思を示していたとはいえないと判断しました。従業員から退職の申出があった場合でも、口頭のやり取りだけで後任の選任等の手続を進めると、後に翻意された際に、本件のように解雇の有効性を巡る紛争に発展するおそれがあります。退職の意思は、退職届等の書面によって確認してから後続の手続に着手することが、実務上の基本となります。

4 企業に求められる対応

本判決を踏まえると、企業には、①固定残業代制度の設計(規程・契約書・給与明細での明示と同意取得)の点検、②勤務態度や能力に関する指導・改善機会の記録化、③退職の意思確認の書面化、④解雇に踏み切る前の解雇事由の証拠の吟味、といった対応が求められます。解雇が無効と判断された場合、本件のように、解雇日に遡った賃金(バックペイ)の支払を命じられ、経済的な負担は解雇時の想定を上回ることになります。問題社員への対応や解雇の判断は、事前に弁護士に相談しながら進めることが有益です。

おわりに

本判決が扱った問題は、手当と残業代の関係、勤務態度に問題のある従業員への対応、退職を巡るやり取りの進め方という、企業の人事労務に日常的に生じる実務課題です。解雇の有効性は、個別の事実関係と証拠の積み重ねによって判断されるため、対応を誤る前の早い段階で、専門的な検討を行うことが重要です。

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