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「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」のポイントと読み方

かつての自由なグローバル化の時代は終わり、現在は半導体やAI等の先端技術をめぐる大国間の競争が激化しています。先端的な民間技術が安全保障に直結し、重要鉱物などの取引を外交手段として利用する「経済の武器化」が広がる中、日本企業も各国の政策動向を意識した経営戦略が不可欠となっています。

こうした状況を踏まえ、経済産業省は、「経済安全保障経営ガイドライン研究会」での検討を経て、2025年11月20日に「経済安全保障経営ガイドライン」の案(以下「本ガイドライン」)を公表しました。その後、パブリックコメントを経て、2026年1月23日、「経済安全保障経営ガイドライン(第1版)」として正式に公表されました。

本ガイドラインは、企業が経済安全保障に対応するにあたって経営陣が認識すべき原則と取り組みの方向性を示したものです。国際情勢や政策動向の変化に応じて、今後も適時に更新が行われる予定です。

本ガイドラインは、経済安全保障をめぐる従来の議論の要点を踏まえて、経営陣が認識すべき原則等をまとめており、実務上重要な意義があります。

今回のコラムでは、本ガイドラインの概要について、簡単にご紹介をいたします(なお、コラムとしての性質上、読みやすさを重視し、原資料の表現等を一部わかりやすく変更している箇所がある点にご留意ください)。

 

本ガイドラインの構成と基本方針

1 ガイドラインの構成

本ガイドラインは、以下の4項目(および付録)で構成されています。

1. はじめに
2. 基本方針
3. 経営者等が認識すべき原則
4. 個別領域における取組の方向性
(付録)チェックリスト


2 基本方針

(1)位置付け

本ガイドラインは、企業の経営者向けに「経営戦略を考える上での推奨事項」をまとめたものです。その基本的な考え方は、経済安全保障対応を「守り(リスクマネジメント)」の側面だけでなく、「攻め(企業価値向上)」の側面からも捉えるべきというものです。換言すると、供給の安定化や技術管理体制への取り組みが取引先・投資家等のステークホルダーから評価されることで、企業価値の向上につながるという視点でまとめられています。

本ガイドラインの重要な点として、ガイドラインが「デリスキング」の考え方に基づいている点が挙げられます。これは、特定の国・企業・人等との取引を一律に排除することを求めるものではなく、既存の関係性を前提としつつ、そこから生じるリスクを最小限に抑えることを目指す考え方です。

なお、本ガイドラインは、外国為替及び外国貿易法や経済安全保障推進法に基づく国内法令の遵守事項は直接取り扱っていません(5頁)。法令遵守は企業の当然の義務ですが、本ガイドラインは「国内法令を遵守するだけでは対応しきれない経済安全保障リスク」—外国による国境措置の強化や技術流出リスクなど—への対応に焦点を当てています。

また、本ガイドラインに記載される事項はあくまで「推奨事項」であり、企業への義務を定めるものではありません。もっとも、ガイドラインでは「すべきである・必要である・求められる」「期待される」「望ましい・望まれる」「有用・有効である」などの表現が意識的に使い分けられており、推奨の強度に応じてトーンが変えられている点に注意する必要があります。

(2)対象企業と読者

本ガイドラインは、業種・事業規模を問わず広く企業一般を対象とし、経営者等(執行役員やそれに準ずる責任者を含む)を第一の読者として想定しています。

もっとも、以下に該当する企業については、ガイドラインを参照した上で積極的に対応することが期待されると注記されています。

・経済安全保障推進法で指定する特定重要物資の供給に関わる企業
・同法における基幹インフラ制度の対象業種に関連する企業
・同法の特定重要技術研究開発基本指針に記載の20の技術領域に関連する企業
・国外に一定程度の取引等を持つ企業
・自社および日本企業数社で高いグローバルシェアを占める製品・技術・サービス等を保有する企業

また、経産省が公表している関連文書(「技術流出対策ガイダンス(第1版)」(2025年5月23日公表)および「民間ベストプラクティス集」)は、経営者等を補佐する実務者向けの参考ツールと位置づけられており、今後も追加が予定されています。

(3)経営者の善管注意義務との関係

本ガイドラインの重要な点の一つに、経営者の善管注意義務との関係に言及している点が挙げられます。

ガイドラインでは「本ガイドラインに沿った取組・対応は、経済安全保障リスクが存在する状況下における経営者の迅速かつ果敢な経営判断を支えるとともに、一般的には、経営者が善管注意義務を果たしていることの裏付けの一つとなる」と記載されています。

逆にいえば、経済安全保障対応を誤り、コア技術の流出や製品・サービスの供給途絶などの結果が生じた場合、情報収集・分析の過程によっては、経営者に善管注意義務違反が成立する可能性があることを示唆していると読めます。

また、ガイドラインでは「経済安全保障環境が刻一刻と変化していく中、本ガイドラインに記載する事項だけ考慮すれば良いというものではなく、各企業が、自社の直面するリスク等に対応して、自社の経営資源等を勘案しつつ、創意工夫を凝らして取組を進めることが期待される」とも記載されている点に留意する必要があります。

経済安全保障リスクが複雑化・多層化し、不透明さと流動性が増す現在では、経営者個人の法的リスクへの備えについても、これまで以上に意識することが求められます。


経営者等が認識すべき3つの原則(7頁)

本ガイドラインでは、経済安全保障リスクへの対応について、現場の担当者に委ねることなく、経営者等が自らリーダーシップを発揮して主導する必要があることを前提に、以下の3つの原則が示されています(なお、地政学的不安定性が高まる現在においては、リスクが機会にもなり得ることから、過度に萎縮せず適切に把握・対応することが求められています)。


原則1:自社ビジネスを正確に把握し、リスクシナリオを策定する

経済安全保障リスクは、予見可能性が低く、自社のどの部分にどの程度の影響が及ぶかを事前に正確に把握することは容易ではありません。それでも、発現し得るリスクシナリオをあらかじめ用意し、重要度・緊急度に応じた対応策を検討しておくことが重要とされています。

具体的には、以下の把握が求められています。

・バリューチェーン上の取引(企業別・国地域別・製品サービス別の量・金額)
・事業上の相互依存関係(製造業であれば調達・生産・販売データのデータベース化、ソフトウェア企業であればソフトウェア部品構成の把握など)
・関連会社を含めたグループ全体でのデータ収集
・競争優位の源泉となるコア技術
・他国の経済的威圧・地域紛争、さらには自然災害・疫病流行等の外的ショックによる製品・サービスの途絶リスク
・コア技術の喪失・流出につながり得る事象

これは、従来型のリスクマッピング(抽象的なリスク項目の特定と重要度ランク付け)だけでは不十分で、より具体的なシナリオ分析(輸出・投資規制の改定や武力紛争発生など想定シナリオに基づく影響分析)が必要であることを示していると考えられます。

原則2:経済安全保障への対応を単なるコストではなく、投資と捉える

経済安全保障への対応は、安全保障貿易管理制度などの「法令遵守のコスト」というイメージが強く持たれがちです。しかしながら、近年では、法令遵守の枠に留まらず、経営戦略に大きな影響を与えるケースが増えています。

経済安全保障対応は、短期的な利益最大化と相反する場合もありますが、自社の自律性・不可欠性を確保することは、企業価値の維持にとどまらず、取引先・株主等のステークホルダーからの信頼獲得においても重要になっています。経済安全保障対応を、将来的なコスト・損失を軽減し、持続的な企業経営を目指すための必要な投資として認識することが求められています。

原則3:マルチステークホルダーとの対話を欠かさない

経済安全保障への対応は、一社単独では限界があります。取引先、金融機関、株主、政府・地方自治体等のステークホルダーとの連携が不可欠であり、平時からリスクに関する情報収集や対応策について関係者と適切にコミュニケーションをとることが求められます。

例えば、サプライチェーン多角化を進める場合には、代替サプライヤーの確保だけでなく、サプライチェーン下流の顧客企業や金融機関の理解も不可欠です。また、政府や地方自治体のホームページからの情報収集、必要に応じた関係省庁・地方自治体への直接相談も有用とされています。

他社から経済安全保障対応の要請や連携を求められた場合は、自社だけでなく相手先や業界全体への影響を意識しながら、誠実に対話に応じることが重要とされています。また、金融機関や投資家などステークホルダー側にも、経済安全保障に取り組む企業を適切に評価することが期待されています。


個別領域における取組の方向性(9頁)

本ガイドラインでは、企業が行うべき経済安全保障対応として以下の3点が挙げられています。

・自律性確保の取組
・不可欠性確保の取組
・経済安全保障対応におけるガバナンス強化

1. 自律性確保の取組(9頁)

特定の国・地域・企業への過度な依存を低減し、外的要因に影響されないサプライチェーンを構築することは、日本全体の経済安全保障のためだけでなく、企業価値の維持・向上のためにも重要です。

パンデミックや地政学リスクを背景として原材料・部材のサプライチェーンが国家間の経済措置等で分断される事例が増えているほか、サイバー攻撃等によるIT・ソフトウェア産業のサプライチェーン混乱も発生しています。なお、地政学リスクに伴うサプライチェーン途絶は、自然災害と異なり「時間とともに沈静化するとは限らない」点が特徴と指摘されており、事案が継続・悪化する可能性も念頭に置いた対応が求められます。

経営者には、サプライチェーン全体を俯瞰しながら、代替調達・備蓄・ネットワーク強化を進めること、そしてこれを短期コストではなく、中長期的な企業価値投資と位置付けることが求められています。

「自律性確保の取組」における主な推奨事項

項目推奨事項の主なポイント
経営意識

・供給安定性・信頼性等の価格以外の要素を考慮した経営戦略の策定

・特定の国・企業への依存によるサプライチェーン混乱・途絶リスクの認識

・安定供給確保に向けた計画策定の重要性の認識とその社内浸透

全体最適なサプライチェーン戦略の立案

・リスクシナリオに基づく代替調達・備蓄等の対策検討(シングルソース依存の場合は代替調達先との認証取得等の事前準備を含む)

・途絶リスクが高い素材・原料等についての使用の合理化・リサイクル技術・代替技術開発等の中長期戦略

・海外への技術供与や製造拠点移転時の流出対策の徹底

組織体制の構築

・調達・生産・経営企画・財務・法務・技術等の横断体制の構築

・リスク発現時に経営者が直接指示できる体制の整備

・地政学リスクによる途絶長期化に備えた継続的対応体制

ステークホルダーとの対話

・株主・金融機関・顧客等とのサプライチェーンリスク・対応策に関する対話

・サプライヤーと重要情報・途絶リスクシナリオを共有できる体制の構築

・平素から行政等と連携し、国境措置等の発生時に備える

IT・ソフトウェア企業への特記事項 ソフトウェア関連企業においては、ネットワーク遮断がサプライチェーン上のリスクと位置付けられており、ネットワークの冗長化とセキュリティ対策を検討することが求められています。

2. 不可欠性確保の取組(12頁)

不可欠性の確保とは、自社の製品・技術・サービスが取引先や国際社会にとって替えの利かない存在となるよう、継続的なイノベーションと技術・情報の適切な保護によって国際競争力を高め続けることです。

各国が戦略分野の技術・人材・資金を囲い込む中、日本企業の技術が海外に流出すれば一社の問題にとどまらず、その分野全体の競争優位が失われかねません。コア技術の特定と流出リスクの評価・対策を研究開発や事業投資と同列の経営課題として位置付け、さらに既存の強みがコモディティ化することを前提に、継続的なイノベーションで新たな不可欠性を創出し続ける中長期戦略が求められています。

「不可欠性確保の取組」における主な推奨事項

項目主な推奨ポイント
経営意識

・自社・取引先における技術・情報の流出防止策の実施

・取引先選定時における技術管理体制の考慮(取引先と協力した流出対策も有用)

・自社コア技術の特定と流出リスクの評価・経営への影響度の把握

・技術等の重要度・機微度に応じた最大限の対策の実施

中長期的な経営戦略の立案

・コモディティ化後も新たな不可欠性を創出する施策の検討

・コア技術の喪失・流出リスクを踏まえた戦略策定

・上場の是非を含む資本政策の検討**(上場は資金調達多様化・信用力向上の一方、株主提案による経営自主性の制約や買収リスクも伴う)

・業界・政府プロジェクトへの参画による不可欠性確保

組織体制・風土の構築

・技術流出対策を経営・企画・人事・法務を含む全社課題として位置付け

・転職・退職による技術流出リスク対策(待遇改善、技術者コミュニティの活性化、退職者との良好な関係構築等)

ステークホルダーとの対話

・株主・金融機関・主要顧客等への技術管理体制の説明(平時から)

・懸念がある場合の経産省(貿易経済安全保障局 技術調査・流出対策室)への相談や他企業との対話の活用

 

技術流出時の対応

・経営者自らが横断的に組織を指示して、原因分析・再発防止策の策定を迅速に進める体制の構築

・流出の重要度や機微度に応じた毅然とした対応(懲戒処分・訴訟提起等を含む)とステークホルダーへの説明

 

 

3. 経済安全保障対応におけるガバナンス強化(15頁)

本ガイドラインが経済安全保障対応の一つとして挙げているのが、ガバナンスの強化です。ここでいう「ガバナンス」とは、経済安全保障上のリスクと機会を特定・評価し、適切かつ機動的に対応するためのリスクマネジメントと、一連のプロセスが効果的・効率的に機能しているか(組織体制・責任権限の割り当て等を含む)を継続的にモニタリングする仕組みを含む概念です。

経済安全保障対応では、規制動向や国際情勢が急速に変化する中でリスクと機会を的確に見極め、中長期的な視点から迅速な経営判断が求められます。このため、従来型の統制重視のガバナンスだけでなく、外部環境の変化に応じて柔軟かつ臨機応変に対応できるガバナンスの構築が求められています。

具体的には、国内外の規制・地政学情報と自社データを組み合わせてリスク・機会を可視化し、中長期・全社最適の観点から対応策への投資・撤退を判断することが経営者等に期待されています。

「ガバナンス強化」における主な推奨事項

項目推奨事項の主なポイント
情報収集

・社内外のリソースを活用した経済安全保障関連情報(サプライチェーン等の社内情報、規制・地政学等の外部情報)の収集体制の整備

・経営資源に限りがある場合は政府HP・メディア・シンクタンク・業界団体等の情報を継続的に収集

・経営層と現場の情報ギャップを埋める双方向コミュニケーション

リスク及び機会の特定・分析・評価

・外部情報と自社情報を組み合わせたリスク・機会の特定・評価

・定量化等の手法を用いた客観的な評価

・サプライチェーン・業界全体への影響も視野に入れた評価

リスク対応策の検討・モニタリング

・中長期・全社最適の観点から、事業継続や技術保全に必要な投資・撤退の検討

・対応策の効果と組織体制・責任分担が適切に機能しているかの定期的なモニタリング

組織体制の構築

・経営企画・事業部門・管理部門を横断する経済安全保障対応体制の整備と、必要時に経営者が直接指示できる体制の構築

・リスクだけでなくビジネス機会を捉える観点での議論ができる体制の構築

・司令塔となる部門・担当役員(専任・兼務問わず)の明確化と十分な権限の付与

・経営資源に限りがある場合は必ずしも新組織の設立は不要で、既存組織での対応も可

 

付録:チェックリストの活用

第1版の重要な追加要素として、末尾に付録チェックリストが収録されています。これは、本ガイドラインの推奨事項を経営者等が自己点検するための実践的なツールです。

「経営者等が念頭に置く原則」と「個別領域における取組の方向性」の各項目に対応したチェック項目が設けられており、自社の対応状況を体系的に確認することができます。

もっとも、チェックリストは各社の事業環境が異なることを前提に設計されているため、単にチェック項目を埋めることが目的ではなく、自社の実情に応じた創意工夫ある取り組みを促す、そういう観点で利用することが実務的には求められます。

 

おわりに

本ガイドライン(第1版)は、企業の経済安全保障対応について、国が基本的な考え方と方向性を正式に示したものとして、比較法的に見てもめずらしい種類のガイドラインです。

第1版の策定に際しては、案(ドラフト)段階からの主な変更・追加として、デリスキングの考え方の明確化(特定の取引相手の排除ではなくリスクの最小化)、国内法令遵守事項は対象外とする範囲の整理、そして付録チェックリストの追加などが行われています。

なお、経済安全保障対応に際しては、関連する独禁法上の留意点として、公正取引委員会・経済産業省・国土交通省が2025年11月20日に公表した「経済安全保障に関連した事業者の取組における独占禁止法上の基本的な考え方」および「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」も参照することが重要です。企業間での情報交換等を行う際は、これらの文書を確認した上で進めることが推奨されます。

企業においては、本ガイドラインの内容を単なる原則論として理解するにとどめず、以下の観点から具体的な施策への落とし込みを検討することが重要です。

・自社が直面する事業環境や経済安全保障に関連するリスク
・自社の事業規模やビジネスの地理的状況
・関連する各国の法規制・政策動向

特に、ビジネス上の要請や実務負担とのバランスを取りながら、実際に機能する施策とするにはどうすればよいかという観点からの検討が不可欠です。

また、今後企業が経済安全保障対応を進める場面では、本ガイドラインや付録チェックリストを社内の経営陣や関連部署への説明資料として活用したり、社外のステークホルダーへの説得材料として使用したりと、社内共通の「ものさし」として利用することも考えられます。

本コラムが実務担当者の皆様の一助となれば幸いです。

 なお、本コラムは一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスを提供するものではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご相談ください。

 

Article Author
五常総合法律事務所 / Gojo Partners

弁護士 持田大輔 (第一東京弁護士会所属)

取締役や監査役に対する助言や企業間訴訟、コンテンツビジネス、M&Aや事業承継(相続・資産管理を含む)に従事。最近は、広告・マーケティング法務やデータ戦略、IPOに向けた社内体制の整備、不正・ハラスメント調査や訴訟についてのセカンドオピニオンについても積極的に取り組んでいます。