03-6550-9202 (受付時間 平日10:00〜17:00)

お問い合わせ

職務著作の「発意」(著作権法15条2項)の法律行為該当性(知財高裁平成28年2月24日判決)

はじめに

業務システム、業務ソフトウェア、データベース、業務マニュアルなど、社内で業務として作成された著作物の権利関係は、企業活動の基盤に直結します。著作権法は、こうした著作物について、一定の要件のもとで法人等を著作者とする「職務著作」の制度を設けていますが、開発に関与した従業員や元役員から、後年になって著作権の主張がなされる場面があります。

今回のコラムでは、退職した元代表取締役が、自身が在職中に開発に関与した「船舶情報管理システム」について、職務著作の要件である法人等の「発意」が自己取引(旧商法265条1項)に該当して無効であるなどと主張した事案について、知財高裁平成28年2月24日判決を紹介いたします。

本判決は、職務著作の要件である「発意」の法的性質を明らかにするとともに、確定判決の既判力により、著作権の発生原因に内在する瑕疵を理由とする後発の主張も遮断されることを判示した裁判例です。社内開発された著作物の権利関係を扱う企業の担当者にとって、職務著作の要件の理解と、紛争対応のあり方を考えるうえで参考になります。

事案の概要

控訴人(X)は、昭和37年4月に被控訴人である中国塗料株式会社に入社し、昭和60年に同社の完全子会社であった信友株式会社に出向し、昭和61年6月から平成4年5月までは同社の取締役を務めました。その後、同じく中国塗料の完全子会社であった中国塗料技研株式会社に出向し、平成4年5月から平成5年1月までは同社の代表取締役を務めた上で、同月に中国塗料技研を退職しました。

Xは、平成19年に中国塗料を被告として、「船舶情報管理システム」(本件システム)の著作権が自分に帰属することの確認等を求める訴え(1次訴訟)を提起しました。1次訴訟において、Xは、本件システムは自分が一人で開発したものであり、信友や中国塗料技研の「発意」は存在しないなどと主張しました。

しかし、大阪地方裁判所は、平成20年7月、本件システムの作成が信友及び中国塗料技研(の代表者)の黙示の発意に基づくものであることを推認できるなどとして、本件システムは著作権法15条2項の職務著作に当たり、その著作者は信友又は中国塗料技研であるとして、Xの請求を棄却しました。1次訴訟の控訴審においても、知的財産高等裁判所は、信友においては「新造船受注情報システム」が会社としての事業計画とされていたこと、本件システムの開発が、Xの出向元である被告(中国塗料)の指示により開始され、被告の完全子会社である信友及び中国塗料技研がその意向を受けて法人として本件システムの開発を発意したことなどから、本件システムは職務著作に当たるとして、Xの控訴を棄却しました。平成24年2月28日に最高裁判所が上告棄却・上告不受理の決定をしたことで、Xが本件システムの著作権を有しないことが、1次訴訟の事実審の口頭弁論終結時である平成22年12月22日(以下「基準時」といいます。)において、既判力をもって確定しました。

その後、Xは、中国塗料技研及び信友を吸収合併した大竹明新化学に対して催告書を送付し、中国塗料技研による「発意」の当時、Xが同社の代表取締役であったから、当該「発意」は自己取引(旧商法265条1項)に該当し、取締役会の承認がなければ無権代理として無効であるとして、民法114条に基づき、自己取引を承認するか否かについて回答するよう求めました。これに対し、中国塗料技研及び大竹明新化学は、Xの主張自体が理解困難であるとして、諾否の回答をすることはできない旨を回答しました。

Xは、平成25年4月、改めて中国塗料を相手取って本訴を提起し、本件システムの使用差止め、使用料相当額の支払、謝罪広告の掲載等を求めました。原審はXの請求をいずれも棄却したため、Xが控訴したのが本件です。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①控訴人の本訴請求は、1次訴訟の確定判決の既判力に抵触するか
争点②控訴人の「自己取引」に係る主張は、1次訴訟の事実審の口頭弁論終結後に新たに生じた事情の主張に該当するか

裁判所の判断

争点① 控訴人の本訴請求と1次訴訟の確定判決の既判力との関係について

裁判所は、控訴人の本訴請求はいずれも控訴人が本件システムの著作権を有することを先決問題とするものであり、基準時における1次訴訟の確定判決の既判力により、控訴人が本件システムの著作権を有しないことが確定している以上、本訴請求は既判力に抵触し、理由がないと判断しました。

「控訴人は、本件システムの著作権は控訴人個人が有する旨主張して、本件システムの著作権に基づき、被控訴人に対し、本件システムの使用の差止め、本件システムの使用料相当額の支払及び謝罪広告の掲載等を求めている。

そうすると、控訴人の本訴請求は、いずれも控訴人が本件システムの著作権を有することを先決問題とする請求であるということになる。

しかるに、前記第2の2の前提事実のとおり、控訴人と被控訴人との間において、1次訴訟の事実審の口頭弁論終結時である平成22年12月22日の時点で、控訴人が本件システムの著作権を有しないことが、既判力をもって確定している。

したがって、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、1次訴訟の確定判決の既判力に抵触することから、理由がない。」

争点② 「自己取引」に係る主張の新事由該当性について

参照条文:著作権法15条2項、旧商法265条1項(現会社法356条1項2号)、民法114条

裁判所は、控訴人の「自己取引」に係る主張について、二つの理由から退けました。

第一に、裁判所は、著作権法15条2項にいう法人等の「発意」は、著作物の作成が直接又は間接に法人等の意図に由来することを意味するものであって、そもそも法律行為ではないから、旧商法265条1項の自己取引の問題が生じないと判示しました。

「著作権法15条2項にいう法人等の「発意」とは、著作物の作成が直接又は間接に法人等の意図に由来するものであることであって、そもそも法律行為ではないから、旧商法265条1項の自己取引の問題が生じるものでないことは明らかであり、これに関する控訴人の主張は失当というほかない。」

第二に、裁判所は、仮に自己取引の問題が生じる余地があるとしても、控訴人の主張する「自己取引」に係る事実は、基準時前から存在していたものであり、職務著作の成否という著作権の発生原因に内在する瑕疵に関するものであるから、当該主張は基準時前に主張することができたものであるとして、民法114条の催告と回答が基準時後にされたとしても、新たに生じた事情の主張には該当せず、既判力に抵触し許されないと判断しました。

「控訴人の主張によれば、信友又は中国塗料技研による「発意」があった時点において、当該「発意」が、信友の取締役又は中国塗料技研の代表取締役である控訴人と、会社である信友及び中国塗料技研との間の自己取引に該当していたというのであるから、「発意」が自己取引であるとの控訴人主張に係る事実は、1次訴訟の事実審の口頭弁論終結前から存在しており、信友又は中国塗料技研の職務著作の成否という同社らの著作権の発生原因に内在する瑕疵であることになる。

そうすると、(中略)控訴人の民法114条の催告並びに信友及び中国塗料技研の回答が1次訴訟の事実審の口頭弁論終結後にされたものであるとしても、なお控訴人の上記「自己取引」に係る主張は、1次訴訟の事実審の口頭弁論終結前に主張することができたものであるといえる。

したがって、本訴において、控訴人が上記主張をすることは、1次訴訟の確定判決の既判力に抵触し許されないというべきである。」

以上の判断を踏まえ、裁判所は、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決を正当として、本件控訴を棄却しました。

コメント

(1)本判決の意義

本判決は、職務著作の要件である法人等の「発意」(著作権法15条2項)の法的性質について、これが「著作物の作成が直接又は間接に法人等の意図に由来するもの」であって、法律行為ではないことを明示しました。「発意」が法律行為ではない以上、自己取引(旧商法265条1項、現会社法356条1項2号)や、その他の法律行為の有効性に関する規律が直接適用される余地はないこととなります。「発意」が事実的・客観的な意思の所在を問う要件として整理されたものと理解できます。

また、本判決は、確定判決の既判力との関係についても、本件のように著作権を先決問題とする請求については、既判力の対象となった著作権の帰属判断に抵触する主張は許されないことを再確認しました。さらに、著作権の発生原因に内在する瑕疵を理由とする主張は、たとえ口頭弁論終結後に催告・回答といった形式的な事象が発生したとしても、口頭弁論終結前から主張可能であった以上、新事由には該当しないと整理しました。同一の権利関係を巡る紛争の蒸し返しを許さないとの考え方を、職務著作の事案について具体的に示したものといえます。

(2)職務著作における「発意」の理解

著作権法15条2項の「発意」は、法人等の意図に由来するものという事実的な要件であり、契約や決議といった法律行為とは性質を異にします。

本件の1次訴訟においても、明示的な決定文書ではなく、信友における「新造船受注情報システム」という会社としての事業計画の存在や、親会社である中国塗料からの指示を受けて完全子会社である信友及び中国塗料技研が法人として開発を発意したという経緯などから、黙示の「発意」が認定されました。「発意」は、書面による明示的な指示や決定がなくとも、開発の経緯や組織的な意思決定の流れから認定され得るものといえます。

社内システムやソフトウェア、業務マニュアル等を社員に開発させる企業においては、当該開発が会社の意図に由来するものであることを示す資料(企画書、開発指示文書、議事録、開発計画書、グループ内の業務分担に関する資料等)を残しておくことが、後日の紛争に備える上で有益です。

(3)社内開発著作物の権利関係を巡る実務対応

職務著作の要件は、(ⅰ)法人等の発意、(ⅱ)法人等の業務に従事する者が職務上作成すること、(ⅲ)法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの(プログラムの著作物は名義公表要件が不要)、(ⅳ)作成時の契約、勤務規則その他に別段の定めがないこと、の四つです(プログラム以外の場合は、これに(ⅲ)が加わります)。企業の担当者としては、社内開発の段階で、これらの要件が満たされる状況を意識的に整えておくことが重要となります。

特に、開発業務に従事する者との関係では、雇用契約・出向契約・委任契約等において、職務上作成する著作物の著作権の帰属について明示しておくことや、就業規則・勤務規則において職務著作の取扱いを定めておくことが、後日の紛争に備える上で参考になります。役員が開発に関与する場合についても、契約や決議等で権利関係を確認しておくことが望まれます。

(4)著作権紛争における主張の包括的整理

本判決は、著作権の帰属を争点とする紛争において、確定判決の既判力が広く及び、著作権の発生原因に内在する瑕疵に関する後発の主張も許されないことを示しています。著作権の帰属が問題となる訴訟においては、初期段階で関連する主張を網羅的に整理して提出することが、紛争解決のあり方に影響します。社内開発著作物について元従業員等から権利主張を受けた場合や、自社が他社に対して権利主張をする場合のいずれにおいても、争点と主張の整理を初期段階から弁護士と協議しながら進めることが、結果に大きな差を生む場面があります。

おわりに

社内で開発されたシステム、ソフトウェア、業務マニュアル、データベース等の権利関係は、企業活動の基盤となる重要な論点です。職務著作の要件整備、開発委託契約や雇用契約での権利帰属条項の設計、退職者や元役員からの権利主張への対応、訴訟における主張の整理など、実務上の論点は多岐にわたります。

このような問題については、紛争が顕在化する前の段階から、また、紛争が生じた初期段階から弁護士にご相談いただくことで、契約条項の見直し、社内体制の整備、訴訟戦略の検討について、具体的な助言を得ることが可能です。

当事務所では、著作権法に関するご相談・ご依頼を継続的に承っております。社内開発著作物の権利関係、職務著作の要件整備、関連する紛争への対応など、お困りの際はぜひ一度ご相談ください。

本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。