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ドキュメンタリー映画とノンフィクション書籍の翻案権侵害の成否(知財高裁令和6年5月30日判決)

はじめに

同じ事実や出来事を題材とする複数の作品が制作されることは、ノンフィクションやドキュメンタリーの分野では珍しくありません。もっとも、先行する作品の著作権を侵害しないためには、「事実」と「創作的表現」の区別を正しく理解する必要があります。

今回のコラムでは、東日本大震災の被災者を取材したドキュメンタリー映画の制作者が、同じ被災者を題材とするノンフィクション書籍の著者に対し、翻案権等の侵害を主張した知財高裁令和6年5月30日判決を紹介いたします。

上記知財高裁判決は、ドキュメンタリー映画における取材対象者の発言や事実の記録がどこまで著作権法上の「創作的表現」として保護されるか、という問題について判断を示したものであり、ノンフィクション作品の制作や出版に関わる企業にとって、実務上参考になる論点を含んでいます。

事案の概要

控訴人(原告)は、ドキュメンタリー映画「Life」(以下「本件映画」といいます。)の著作者です。本件映画は、東日本大震災に伴う津波により家族が犠牲となったAやBの言動、これらの者に関係する出来事等を、控訴人が直接撮影した映像を中心として構成された115分間のドキュメンタリー映画であり、平成29年2月頃に公開されました。

被控訴人(被告)は、ノンフィクション作品「捜す人 津波と原発事故に襲われた浜辺で」(以下「本件書籍」といいます。)の著者です。本件書籍は、震災発生直後から平成29年にかけて、A、Bらがそれぞれ経験した出来事等をオムニバス形式で記述して構成された299頁の書籍であり、平成30年8月に出版されました。

なお、原審(東京地裁令和5年9月27日判決)の認定によれば、被控訴人は、本件書籍の執筆にあたり、平成28年頃から繰り返し福島県を訪れてAが行うボランティア活動に参加し、Aやその家族と食事をしながら話を聞くなどして、独自に相当回数の取材を行っていました。また、被控訴人は、本件書籍の出版に先立ち、Aに原稿を直接渡してその内容の確認を得ていました。

一方で、被控訴人は、本件映画を複数回鑑賞しており、控訴人に対して本件映画のDVDの提供を複数回にわたって求めていましたが、控訴人は、本件映画の映像を執筆の材料にする目的であれば譲渡できない旨を伝えていました。

控訴人は、被控訴人が本件映画に依拠して本件書籍を執筆したと主張し、本件映画に係る著作権(翻案権)、著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)および人格権等が侵害されたとして、346万円の損害賠償を求めました。

原審(東京地裁)は控訴人の請求を棄却し、控訴人がこれを不服として控訴しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点番号争点の内容
争点①本件書籍の執筆、出版および販売により、本件映画に係る控訴人の翻案権が侵害されたか
争点②本件書籍の執筆、出版および販売により、本件映画に係る控訴人の同一性保持権および氏名表示権が侵害されたか
争点③本件書籍の執筆、出版および販売により、控訴人の人格権または法的保護に値する人格的利益が侵害されたか
争点④控訴人が受けた損害の額

裁判所の判断

争点① 翻案権侵害の成否について

(1)翻案の判断基準

裁判所は、翻案の意義について、以下のように判示しています。

「著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。」

その上で、裁判所は、翻案に当たらない場合について、以下のように述べています。

「著作権法は、思想又は感情の創作的表現を保護するものであるから、既存の著作物に依拠して創作された著作物が、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、翻案に当たらないと解するのが相当である。」

(2)各場面の検討

裁判所は、控訴人が主張する17の場面について、本件映画と本件書籍の共通点を個別に検討しました。裁判所が各場面の検討において用いた判断の枠組みは、共通する部分が以下のいずれかに該当する場合には、翻案には当たらないというものです。

分類内容
客観的事実震災後の状況、卒業式の出来事、自宅の解体など、現実に起きた出来事
取材対象者の思想A・Bが抱いた心情や感情(例:「置いてきぼりだ」「正義感のクソもなかった」等の発言に表れた思想)
ありふれた表現特定の感情や状況を描写する方法として、ありふれたもの
事実の配列時系列に沿った配列や、事実を背景に思想が示される関係にある配列

例えば、場面1(Aが「置いてきぼりだ、ここは」と発言する場面)について、裁判所は、以下のように判示しています。

「共通する部分である『置いてきぼりだ、ここは』との心情そのものは、Aの思想というほかはなく、これを控訴人による創作的な表現ということはできない。」

また、場面10-③(卒業式の場面)について、裁判所は、共通する部分はいずれも事実であり、その配列順序も時系列に沿ったもので独創的なものとはいい難いとした上で、以下のように判示しています。

「①~③及び⑤の事実は、当日起きた事実の中でも核心的な出来事であるし、その事実に重ねて泣いた者がいたという④の事実や帰宅後のAの行動である⑥の事実を選択したこと自体にも、表現上の創作性を認めることはできない。」

さらに、場面8(環境省による住民説明会におけるBの発言の場面)について、裁判所は、共通する部分はいずれも客観的事実を中心とするものであるとした上で、表現にわたる部分についても、以下のように判示しています。

「①のうち『睨むような表情』との部分は、発言する者の表情を表現する方法としてはありふれたものであるし、②~⑤の各発言による表現自体は、各発言者による言語の表現の範囲に限って共通しているにとどまる。また、これらの発言の選択及び配列のうち、配列については、Bによる質疑応答を紹介し、これを時系列に沿って示すという点で独創的なものとはいい難く、(中略)被控訴人記述8には、Bや環境省担当者の発言内容の選択として、同人らの他の発言も記載されており、取捨選択が必ずしも控訴人映像8とは共通していないから、表現上の創作性が認められる部分において共通しているとはいえない。」

この場面では、「睨むような表情」という描写がありふれた表現であると判断されたほか、両作品の間で発言の取捨選択自体が異なっている点も指摘されています。

(3)依拠性についての判断

裁判所は、被控訴人が本件映画に依拠したこと自体は否定できないと認定しました。しかし、共通する部分はいずれも表現それ自体でない部分または表現上の創作性がない部分であるとして、翻案権侵害を否定しました。

裁判所は、以下のように判示しています。

「被控訴人が本件映画を数回鑑賞し、控訴人に対してそのDVDの提供を複数回にわたって求めていたこと(中略)や、(中略)控訴人各映像と被控訴人各記述との共通点等に照らすと、被控訴人が、本件書籍の執筆に際し、本件映画に依拠したこと自体は否定できない。しかし、既にみたとおり、これらの共通点は、いずれも表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分であるから、本件書籍は、本件映画に依拠した部分があるとはいえても、本件映画を翻案したものとまではいえない。」

また、控訴人が主張した全体のストーリー構成や主要な登場人物の共通性についても、裁判所は、以下のように判示して退けています。

「全体のストーリー構成や主要な登場人物は、具体的な表現ではなくアイデアであって、これらが共通することをもって翻案に当たるということはできない。」

争点② 同一性保持権および氏名表示権の侵害の成否について

裁判所は、争点①において本件書籍が本件映画を翻案したものとはいえないと判断したことを踏まえ、同一性保持権および氏名表示権の侵害も成立しないと判断しました。

争点③ 人格権または法的保護に値する人格的利益の侵害の成否について

控訴人は、本件映画に表出された控訴人の思想性や表現活動それ自体が人格権または法的保護に値する人格的利益に当たると主張しました。

裁判所は、この主張を退けました。裁判所は、以下のように判示しています。

「控訴人の思想性又は表現活動のうち本件映画に表出された具体的表現に係る権利又は利益は、著作権法が保護しようとする法益そのものであって、(中略)本件書籍の執筆及び出版により本件映画に係る著作権又は著作者人格権が侵害されたとは認められない以上、控訴人が主張するところの人格権又は法的保護に値する人格的利益が侵害されたとはいえない。」

コメント

1 本判決の意義

(1)「事実」と「創作的表現」の区別

本判決は、ドキュメンタリー映画やノンフィクション作品において、取材対象者の発言内容や客観的な出来事は「事実」または「取材対象者の思想」に該当し、取材者による「創作的表現」には当たらないという判断を示しました。取材によって得られた情報であっても、その情報自体は取材者が独占的に利用できるものではないという考え方が示されています。

(2)取材対象者の発言は誰の「表現」か

本判決(知財高裁)は、取材対象者の発言を「取材対象者の思想」として整理しましたが、原審(東京地裁令和5年9月27日判決)は、この点についてさらに踏み込んだ判断を示しています。

原審は、取材者の質問等に応じてされた発言であっても、取材対象者が自ら言葉を選んで語ったものは取材対象者による表現であり、取材者の表現とは認められないと判断しました。

また、原審は、取材対象者の発言を取材者の表現であるとした場合、取材対象者自身がそれを自らの表現として主張・利用できなくなるという帰結の不合理さも指摘しています。

この点は、インタビューや取材を通じてコンテンツを制作する企業にとって、取材成果に対する権利の範囲を検討する際に参考になると考えられます。

(3)依拠性と翻案権侵害の関係

裁判所は、被控訴人が本件映画に依拠したこと自体は否定できないとしながらも、共通する部分が表現それ自体でない部分または表現上の創作性がない部分にとどまる場合には、翻案権侵害は成立しないと判断しました。依拠の事実があっても、共通する部分の性質によっては翻案に当たらない場合があることを示す判断です。

(4)事実の選択・配列と創作性

裁判所は、時系列に沿った事実の配列や、核心的な出来事を中心に事実を選択すること自体には、表現上の創作性を認めることはできないと判断しました。

事実の選択や配列に創作性が認められる場合があり得るとしても、本件のように時系列に沿った配列や、出来事の核心部分を選択したにとどまる場合には、創作性は否定される方向に働くことが示されています。

(5)映像表現固有の創作性と翻案

裁判所は、控訴人が主張した映像の編集上の工夫(異なる映像の重ね合わせ、時系列にとらわれない配置、表情のアップ撮影等)について、そのような映像表現固有の特徴は、書籍の記述とは共通していないとして、翻案権侵害の根拠とはならないと判断しました。

(6)人格権・人格的利益に基づく保護の限界

裁判所は、著作権法が保護しようとする法益と同一の内容について、著作権・著作者人格権の侵害が認められない場合に、別途人格権や法的保護に値する人格的利益の侵害を主張することはできないと判断しました。

(7)先行作品への出典表示の問題

なお、原審は、人格的利益の侵害の検討において、被控訴人が本件映画のみに基づいて同じ事実を描写した場合には、控訴人や本件映画に触れないことは不相当ではないかが問題になり得ると指摘しています。

本件では、被控訴人の独自取材等の事情に照らして違法とまではいえないと判断されましたが、著作権侵害に当たらない場合であっても、先行作品を参照した場合には、参考資料として出典を表示することが実務上望ましい場合があることを示唆するものと評価することができます。

2 企業等に求められる対応

本判決を踏まえると、ノンフィクション作品やドキュメンタリー作品の制作・出版に関わる企業は、以下の点に留意することが考えられます。

場面留意点
先行作品と同じ題材を扱う場合先行作品に依拠した場合であっても、共通する部分が事実や取材対象者の思想にとどまるときは、翻案権侵害には当たらない可能性がある。ただし、先行作品の具体的な映像表現や文章表現を利用する場合には、翻案権侵害が問題となり得る
取材により得た情報を利用する場合取材によって得られた情報(発言内容、出来事等)は、取材者が独占的に利用できるものではない。一方で、それらの情報をどのように表現するか(映像の編集、文章の具体的な記述方法等)には創作性が認められる場合がある
事実の選択・配列を行う場合時系列に沿った配列や核心的な出来事の選択には、創作性が認められにくい。事実の選択・配列に独自性を持たせる場合には、その点が創作的表現として保護される可能性がある

また、先行するドキュメンタリー映画やノンフィクション作品の著作権者の立場からは、自らの作品のどの部分が「創作的表現」に該当するかを整理しておくことが、権利行使の場面で有益と考えられます。

おわりに

本判決は、ドキュメンタリーやノンフィクションの分野における「事実」と「創作的表現」の区別、および翻案権侵害の成否について判断を示したものです。

同じ事実を題材とする複数の作品が制作される場面では、著作権侵害の成否を判断するにあたり、共通する部分の性質を個別に検討する必要があり、その判断は事案ごとに異なり得ます。

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本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。