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ノンフィクション作品の映画化と翻案権侵害・事実の選択と創作的表現の境界(知財高裁平成28年12月26日判決)

はじめに

実際に起きた出来事を題材とするノンフィクション作品を映画化する場合、原作の著作権との関係をどのように考えるべきでしょうか。ノンフィクション作品には、実際の出来事や登場人物の発言など「事実」に基づく記述が含まれますが、その事実の選択や配列、表現方法には著作者の個性が表れる場合があります。

今回のコラムでは、性犯罪被害を題材としたノンフィクション作品の著者が、同作品に基づいて制作された映画について翻案権侵害等を主張した知財高裁平成28年12月26日判決を紹介します。

上記知財高裁判決は、ノンフィクション作品における事実の選択と創作的表現の境界、言語の著作物から映画への翻案の判断方法、個々の台詞の著作物性、同一性保持権に基づく差止めの範囲、実在の人物をモデルとした映画における人格権(名誉権・名誉感情)侵害と差止めの可否、電子メールによる著作物不使用合意の成否・効力・錯誤の主張など、コンテンツの制作に関わる企業にとって検討対象となることが多い論点を含んでおり、実務上参考になります。

事案の概要

被控訴人(原告)は、自らが受けた性犯罪被害とその後の経験を題材とするノンフィクション作品2点(以下「本件各著作物」といいます。)の著者です。

控訴人(被告)は、映画の制作者です。控訴人は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭(平成26年2月~3月開催予定)で上映する映画として、本件各著作物の映画化を企画しました。原審(東京地裁平成27年9月30日判決)の認定によれば、控訴人が脚本の第1稿を被控訴人に送付したところ、被控訴人は当初「大前提として、流れは違和感なしです!」と返信しましたが、その4日後に、本件各著作物を原作・原案として使用することを認めない旨を通知しました。映画祭まで3か月を切った時点での拒否でした。

その後、控訴人は、被控訴人の代理人に対し、「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします」との電子メールを送信し、被控訴人は、これに対して映画製作の続行に同意しました。

しかし、控訴人が完成させた映画(以下「本件映画」といいます。)は、本件各著作物に記載された場面・台詞を相当程度使用したものでした。本件映画と本件各著作物に共通するエピソードは、以下のとおりです。

エピソード内容控訴審の判断
エピソード1性犯罪被害の状況翻案否定
エピソード2事件直後に公衆トイレで汚れを落とした行動翻案否定
エピソード3性犯罪被害直後の元恋人とのやりとり翻案肯定
エピソード4事件翌朝の会話(仕事を休むかどうか)翻案肯定
エピソード5シャワーで体を洗い続けた場面翻案否定
エピソード6恋人との衝突・別れの場面翻案肯定(6-1のみ。6-2は創作性否定)
エピソード7両親への告白の場面翻案肯定
エピソード8性行為時の身体的・心理的状況翻案否定

また、本件映画には、本件各著作物の台詞とほぼ同一の台詞も使用されていたほか、原作にはない、主人公の両親が主人公を殺害する場面が追加されていました。

被控訴人は、控訴人に対し、本件映画が本件各著作物の著作権(翻案権)および著作者人格権(同一性保持権)を侵害すること、被控訴人の人格権(名誉権・名誉感情)を侵害すること、ならびに本件各著作物不使用の合意に違反することを主張して、本件映画の上映等の差止め、マスターテープ等の廃棄、および損害賠償を求めました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点番号争点の内容
争点①著作権(翻案権・複製権)侵害の成否
争点②著作者人格権(同一性保持権)侵害の成否
争点③人格権(名誉権・名誉感情)侵害の成否
争点④本件各著作物不使用の合意の成否および効力
争点⑤差止め・廃棄請求の範囲
争点⑥損害額

裁判所の判断

争点① 翻案権侵害の成否について

(1)事実の選択・配列と創作的表現

裁判所は、本件各著作物と本件映画の対比をエピソードごとに個別に検討し、エピソード3・4・6-1・7について翻案権侵害を認めました(翻案権侵害認定表現目録記載1~7)。

控訴人は、本件各著作物と本件映画の共通点はいずれも実際に起きた「事実」であり、翻案権侵害は成立しないと主張しました。

これに対し、裁判所は、個々の記述だけを切り離してみれば事実の記載にすぎないようにも見えるとしつつ、以下のように判示して、事実の選択・配列を含む全体としての表現に創作性を認めました。

例えば、エピソード3(性犯罪被害直後の元恋人とのやりとり)について、裁判所は、以下のように判示しています。

「本件著作物1-3の同一性ある著述部分全体としてみれば、自ら助けを求めた元恋人から尋ねられたにもかかわらず、性犯罪被害に遭った事実を告げることができず、うなずくことと『ごめんなさい』を繰り返すことしかできない性犯罪被害直後の被害女性の様子と、助けを求められて駆け付けたにもかかわらず、何も助けることができなかったというやり場のない怒りを、大声を出すことと物にぶつけるしかない元恋人の様子とを対置して、短い台詞と文章によって緊迫感やスピード感をもって表現することで、単に事実を記載するに止まらず、被害に遭った事実を口に出すことの抵抗感や、被害に遭ってしまった悔しさ、やるせなさ、被害者であるにもかかわらず込み上げてくる罪悪感をも表現したものと認められる。」

裁判所が各エピソードの検討で用いた判断の枠組みは、以下のとおりです。

検討の視点内容
事実の選択被害を受けた当事者としての視点から、どの事実を選択して記述したか
叙述方法格別の修飾をすることなく短文で淡々と記述するなど、叙述方法に個性が表れているか
表現されている感情単なる事実の記載にとどまらず、悔しさ、やるせなさ、罪悪感等の感情が表現されているか
全体としての評価個々の記述を切り離してではなく、全体として被控訴人の個性ないし独自性が表れているか

(2)視点や意味内容の相違と翻案の成否

控訴人は、本件各著作物と本件映画とでは、視点(被控訴人の視点か婚約者の視点か)や表現部分の意味内容が異なるから、翻案に当たらないと主張しました。

裁判所は、この主張を退け、以下のように判示しています。

「翻案に当たるか否かは、本件映画に接する者が本件著作物1-3の同一性ある著述部分の表現上の本質的な特徴を直接感得することができるか否かにより判断されるべきものであり、控訴人の主張するような視点やその表現部分の意味内容などは、表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないというべきである。」

(3)台詞の著作物性

裁判所は、本件各著作物と本件映画で共通する個々の台詞(「なんて言って休めばいいの?」「また襲われてもいいの?」「頼むから、俺のことは忘れて、幸せになってくれ」等)については、台詞単独での著作物性を否定しました。裁判所は、以下のように判示しています。

「前記①ないし⑧の本件各著作物の台詞自体は、いずれもごく短いものであり、台詞そのものに表現上の創作性があるとはいえず、ありふれたものであって、各台詞はそれ自体で被控訴人の個性が表れているということはできない。」

「したがって、仮に、前記①ないし⑧の各台詞が類似又は同一と解されるとしても、上記台詞のみでは、思想又は感情を創作的に表現したものとはいえない。」

ただし、台詞を含むエピソード全体としては、前述のとおり翻案権侵害が認められています。

争点② 同一性保持権侵害の成否について

裁判所は、翻案権侵害が認められたエピソードについて、同一性保持権の侵害が成立すると判断しました。裁判所は、以下のように判示しています。

「控訴人は、前記2において当裁判所が翻案を認めた別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の本件映画における表現に対応する本件各著作物の各記述を視覚的又は聴覚的効果を生じさせる方法で表現し、かつ、これを媒体に固定する方法により、被控訴人の本件各著作物における表現形式上の本質的な特徴を維持しつつ、その表現形式に改変を加え、本件映画における別紙翻案権侵害認定表現目録記載1~7の描写を行ったものであるから、控訴人は、被控訴人が本件各著作物について有する著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものと認められる。」

争点③ 人格権侵害の成否について

(1)同定可能性

裁判所は、本件映画の主人公と被控訴人との間に、性犯罪被害の状況、事件後の恋人・両親との関係、実名での活動など多数の共通点があることから、本件各著作物を知る者や被控訴人の活動を知る者が本件映画を観た場合に、主人公と被控訴人を同定することは容易に可能であると認定しました。

控訴人は、「この映画はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。」等のテロップを入れることで同定可能性を防止できると主張しましたが、裁判所は、以下のように判示して、この主張を退けました。

「本件映画の主人公と被控訴人とは、本件映画の全般にわたる多数の共通点により同定されるものであり、控訴人主張のテロップを入れたとしても、上記共通点が維持されている限り、本件映画の主人公が被控訴人であると同定することはなお可能であるというべきである。」

(2)名誉権侵害

裁判所は、以下の場面について名誉権の侵害を認めました。

場面裁判所の判断
両親が主人公を殺害する場面両親が殺人という反倫理性の高い犯罪に及ぶ者であるという事実の摘示は、被控訴人の社会的評価を低下させる。被控訴人が被害者であるとしても、容易に回復するものではない
主人公が「おちんちん」と発言する場面不必要にこの言葉を発することは、主人公が品位のない女性であるとの印象を与え、社会的評価を低下させる

(3)名誉感情の侵害に基づく差止請求の可否

控訴人は、名誉感情の侵害は客観的な認定が困難であり、社会的影響が大きいとはいえない主観的な評価の侵害であるから、名誉感情の侵害のみに基づく差止請求は認められないと主張しました。

裁判所は、この論点について、被控訴人に人格権としての名誉権に基づく差止請求が認められる以上、これとは別に名誉感情に基づく差止請求の成否を検討する必要はないとして、正面からの判断を示しませんでした。

争点④ 本件各著作物不使用の合意の成否について

(1)合意の成立

裁判所は、控訴人と被控訴人との間で、本件各著作物の場面・台詞を使用しないことを条件として映画製作を続行する旨の合意(本件各著作物不使用の合意)が成立したと認定しました。

控訴人は、電子メールの記載は著作権侵害にならない範囲で事実を利用する趣旨であったと主張しましたが、裁判所は、以下の事情を考慮して、この主張を退けました。

考慮事情内容
メールの文言「脚本の内容において、書籍から使用している場面・台詞に関しては、すべて削除いたします」との明確な記載がある
共通認識の存在メール送信前に、本件各著作物の場面・台詞を使用した脚本が共通認識となっていた
控訴人の職業テレビ番組等の制作に携わり、著作権が問題となる場面に接する機会が多い
事後のメール控訴人自身が「否定された脚本の一部を使用したことにつきまして、あらためて心よりお詫び申し上げます」と記載している

(2)合意の範囲

裁判所は、本件各著作物不使用の合意には、本件各著作物の場面・台詞と全く同一の場面・台詞の使用を禁止することに加え、本件各著作物の場面・台詞と同定可能な程度に類似する場面・台詞の使用を禁止することが含まれると判断しました。裁判所は、以下のように判示しています。

「控訴人と被控訴人との間においては、乙5メールに先立ち、本件各著作物の映画化を目指し、被控訴人に対し本件各著作物に記載された場面・台詞を使用した本件脚本1が提示されたものの、被控訴人からAを介して『Yさんの名前や本のタイトルが出ること、Yさんの本を原作、原案として使用するというのは、著作権者として認められないという結論に達しました。』という乙4メールが送られた上で、本件各著作物不使用の合意に至ったという合意成立の経緯を踏まえて、乙5メールの記載をみれば、本件各著作物不使用の合意には、本件各著作物の場面・台詞と全く同一の場面・台詞の使用を禁止することに加え、本件各著作物の場面・台詞と同定可能な程度に類似する場面・台詞の使用を禁止することが含まれることは明らかであって、合意の内容が不明確であるということはできない。」

(3)錯誤無効の主張

控訴人は、メールの記載が本件各著作物の事実の利用をも制限するものであると認識していれば、そのような記載はしなかったとして、錯誤無効を主張しました。

裁判所は、メールの記載が単純かつ明確であり、二義を許すような複雑な記載ではないこと等から、法律行為の要素に錯誤があったとは認められないとし、仮に錯誤があったとしても重大な過失があると判断しました。

争点⑤ 差止め・廃棄請求の範囲について

(1)著作権に基づく差止め

裁判所は、翻案権侵害が認められた表現を含む本件映画の上映等の差止めおよびマスターテープ等の廃棄を認めました。

(2)同一性保持権に基づく差止めの範囲

裁判所は、同一性保持権に基づく差止めについて、原審の判断を変更しました。裁判所は、同一性保持権は、著作者の意に反する「変更、切除その他の改変」をする行為のみを侵害行為としており、改変後の利用行為は侵害行為とされていないこと(著作権法20条)、また、著作権法113条1項が同一性保持権の侵害とみなす行為として規定しているのは、情を知って頒布する行為等にとどまり、上映、複製、公衆送信および送信可能化は含まれていないことを指摘しました。

その上で、裁判所は、同一性保持権に基づいて差止めを求めることができるのは、本件映画の複製物の頒布の差止めにとどまり、上映、複製、公衆送信および送信可能化の差止めまでは求められないと判断しました。

(3)名誉権に基づく差止めの範囲

裁判所は、名誉権侵害に係る表現を含む本件映画の上映、公衆送信・送信可能化および複製物の頒布の差止めを認めましたが、複製の差止めは、公衆に提供されない限り名誉権が害されないとして認めませんでした。

なお、名誉権侵害に係る表現の範囲について、裁判所は、両親による殺害場面については場面全体が名誉権侵害に係る表現であるとしましたが、「おちんちん」の場面については、名誉権侵害に係る表現は「おちんちん」との表現に限られるとして、原審の判断を変更しました。

(4)人格権に基づくマスターテープ等の廃棄請求

裁判所は、人格権に基づくマスターテープ等の廃棄請求について、著作権法112条1項のような法律の明文の規定がないこと、およびマスターテープ等が存在しても公衆に提供されない限り名誉権等が害されるものではないことを理由に、これを否定しました。

(5)不使用合意に基づく差止めおよび廃棄請求

裁判所は、不使用合意に基づく差止請求を認めました。一方で、不使用合意に基づくマスターテープ等の廃棄請求については、合意内容にマスターテープ等を廃棄することまで含まれていたとは認められないとして、これを否定しました。

争点⑥ 損害額について

裁判所は、同一性保持権侵害による慰謝料50万円および弁護士費用5万円の合計55万円を認めました。

なお、控訴人は、映画祭直前に被控訴人が映画化の許諾をしなかったことについて被控訴人に過失がある旨主張しましたが(過失相殺の趣旨)、裁判所は、被控訴人が最終的な脚本の内容を確認した上で正式に許諾する予定であったことについて控訴人も了解していたとして、被控訴人に過失があるとはいえないと判断しました。

コメント

1 本判決の意義

(1)ノンフィクション作品における事実の選択・配列と創作的表現

本判決は、ノンフィクション作品において、個々の記述を切り離してみれば事実の記載にすぎないようにも見える場合であっても、事実の選択、叙述方法、感情の表現方法を含む全体として、著作者の個性ないし独自性が表れていれば、創作的表現として著作権法の保護を受け得ることを示しました。

本判決は、「事実の記載にすぎない」という主張に対して、全体としての表現を評価するアプローチを採用した点に特徴があります。

翻案が認められたエピソード(3・4・6-1・7)と否定されたエピソード(1・2・5・8)との違いは、前者が登場人物間のやりとりを通じて被害者の感情(悔しさ、やるせなさ、罪悪感等)が表現されているのに対し、後者は客観的な出来事や身体的状況の記述にとどまる点にあります。

(2)原審との違い――エピソード6の分離検討

原審(東京地裁平成27年9月30日判決)は、エピソード6について、6-1(恋人との衝突の場面)と6-2(「頼むから、もう俺のことは忘れて、幸せになってくれ」の場面)を一体のものとして対比し、全体として翻案を認めていました。

これに対し、控訴審は、6-1と6-2が本件著作物1において30頁以上離れた箇所に記載されており、時系列的にも異なる時期の出来事であることから、一体のエピソードとして対比することは相当でないとして、それぞれ別個に検討しました。その結果、6-1については翻案を認めましたが、6-2については「わずか3行から成るごく短いものであり、その著述自体もありふれたものであって、被控訴人の個性が表れているということはできない」として、創作性を否定しました。

このように、翻案の判断においては、原作のどの範囲を一体のものとして対比するかという点自体が結論に影響し得ることが示されています。

(3)翻案の判断における視点・意味内容の位置づけと異なるメディア間の対比方法

裁判所は、翻案に当たるか否かの判断において、視点や意味内容の相違は、表現(形式)上の本質的な特徴を構成する限度で考慮されるにすぎないとしました。これは、原作と異なる視点で描いたとしても、表現(形式)上の本質的特徴が維持されていれば翻案に当たり得ることを示すものです。

また、原審は、言語の著作物と映画の著作物の対比方法について、以下のように判示しています。

「言語の著作物と映画の著作物とでは、表現方法が異なり、言語の著作物を映画化した映画の著作物においては、登場人物の思考や感情などを表現するに際し、もとになった言語の著作物の表現をそのまま使用するのではなく、登場人物の行動、仕草、表情、構図、効果音などといった視覚的・聴覚的要素も加えた表現が用いられることが、むしろ通常であることをも考慮した上で、本件映画の表現(描写)に接した際に、本件各著作物の表現(著述)上の本質的な特徴を直接感得することができるか否かを判断すべきである。」

書籍の映画化・映像化に関わる場合には、表現形態の違いを踏まえた上での対比が求められる点に留意が必要です。

(4)個々の台詞の著作物性

裁判所は、個々の台詞についてはごく短くありふれたものとして著作物性を否定しつつ、台詞を含むエピソード全体としては創作的表現と認めています。

ノンフィクション作品における登場人物の発言を利用する場合、個々の台詞だけでなく、それを含むエピソード全体との関係で翻案権侵害が問題となり得る点に留意が必要です。

(5)同一性保持権に基づく差止めの範囲

裁判所は、同一性保持権に基づいて差止めを求めることができるのは、本件映画の複製物の頒布の差止めにとどまり、上映、複製、公衆送信および送信可能化の差止めまでは求められないと判断しました。

これは、著作権法20条が侵害行為を「改変」行為に限定しており、改変後の利用行為は侵害行為とされていないこと、および著作権法113条1項が同一性保持権の侵害とみなす行為に上映等を含めていないことを根拠とするものです。

同一性保持権に基づく差止めの範囲は、翻案権等に基づく差止めの範囲とは異なることに留意が必要です。

(6)実在の人物をモデルとした作品と人格権侵害

裁判所は、本件映画の主人公と被控訴人の同定可能性を認め、テロップによる打消し表示では同定可能性を排除できないと判断しました。また、原作にはない殺害場面の追加や、品位を損なう発言の追加について、名誉権侵害を認めています。

人格権に基づく差止めについては、名誉権侵害に係る表現を含む本件映画の上映等の差止めを認めましたが、複製の差止めは公衆に提供されない限り名誉権が害されないとして認めず、マスターテープ等の廃棄請求も法律の明文規定がないことを理由に否定しました。

(7)著作物の不使用合意と契約の重要性

本判決は、電子メールのやりとりによる著作物不使用の合意の成立を認め、その違反に基づく差止請求も認容しました。著作物の利用に関する合意は、電子メール等の簡易な手段によるやりとりであっても、その文言が明確であれば、法的拘束力を有し得ることが示されています。

合意の範囲については、同一の場面・台詞だけでなく、同定可能な程度に類似する場面・台詞の使用禁止も含まれると判断されました。

錯誤無効の主張については、メールの記載が単純かつ明確であること等を理由に退けられています。映画祭直前の時間的制約の中で送信されたメールであっても、その文言どおりの法的効力が認められた点は、実務上留意が必要です。

なお、不使用合意に基づくマスターテープ等の廃棄請求は、合意内容に廃棄義務が含まれていたとは認められないとして否定されました。合意に基づく廃棄請求を確保するためには、合意の内容に廃棄義務を明示的に含めておくことが望ましいといえます。

2 企業等に求められる対応

本判決を踏まえると、コンテンツの制作・出版に関わる企業は、以下の点に留意することが考えられます。

場面留意点
ノンフィクション作品を原作として利用する場合原作に記載された個々の事実だけでなく、事実の選択・配列や叙述方法を含むエピソード全体が創作的表現として保護される場合がある。原作の著作権者からの許諾を取得しておくことが望ましい
異なるメディアへの翻案を行う場合言語の著作物を映画化する場合、視点や意味内容を変更しても、表現(形式)上の本質的特徴が維持されていれば翻案に当たり得る。表現形態の違いを踏まえた上で、翻案権侵害のリスクを検討する必要がある
著作物の利用に関する合意を行う場合電子メール等による合意であっても、その文言が明確であれば法的拘束力が認められ得る。合意の内容と範囲を正確に理解した上で、慎重に意思表示を行う必要がある。廃棄義務の有無など、合意の範囲を明確にしておくことが望ましい
実在の人物をモデルとした作品を制作する場合テロップ等による打消し表示のみでは、モデルとの同定可能性を排除できない場合がある。原作にない場面の追加や発言の創作については、名誉権侵害のリスクを検討する必要がある

おわりに

本判決は、ノンフィクション作品の映画化における翻案権侵害の成否、同一性保持権に基づく差止めの範囲、著作物の不使用合意の効力、実在の人物をモデルとした作品の人格権侵害など、コンテンツ制作に関わる複数の法的論点について判断を示したものです。

これらの問題は、個別の事案に応じた法的検討が必要であり、著作権法だけでなく、契約法や人格権の観点からの総合的な検討が求められます。

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