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パワハラによる適応障害発症後の自死と会社の安全配慮義務(札幌地裁令和3年1月28日判決)

職場における先輩社員から新入社員への叱責や暴言は、しばしばパワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)として問題となります。

今回のコラムでは、先輩従業員からの「死ねばいい」「辞めればいい」という発言を受けた新入社員が適応障害を発症し、その後自死に至った事案について、会社の安全配慮義務違反および使用者責任の有無が争われた札幌地方裁判所令和3年1月28日判決(以下「本判決」といいます。)を取り上げ、企業の担当者の皆様に向けて、判決の内容とその意義をわかりやすく解説いたします。

本判決は、先輩従業員による発言の一部を不法行為と認めて会社に使用者責任を認める一方で、自死との因果関係や、その後の会社の対応についての安全配慮義務違反は否定した事案であり、企業のハラスメント対応およびメンタルヘルス対策を考える上で参考となる裁判例です。

事案の概要

本件は、被告会社(自動車の販売・修理等を業とする株式会社)のa支店サービス課にエンジニアとして入社した新入社員B(当時20歳)が、入社後間もない時期から先輩従業員による暴言や叱責を受け、平成28年9月に適応障害を発症し、その後3回の失踪を経て、平成29年7月18日、自動車内でヘリウムガスを吸引する方法により自死した事案です。

Bの父である原告は、被告会社に対し、①先輩従業員からの暴言・叱責、②過大なノルマの要求、③Bが適応障害を発症した後の就労環境を改善する義務を怠ったことなどを理由として、安全配慮義務違反または使用者責任に基づき、約4293万円の損害賠償を求めて提訴しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点番号争点の内容
争点①先輩従業員による暴言・叱責の有無(1回目の失踪まで)
争点②1回目の失踪以降における暴言・叱責の有無
争点③過大なノルマの要求の有無
争点④平成29年4月28日以降、会社がBの就労環境を抜本的に改善する安全配慮義務に違反したか
争点⑤先輩従業員の行為等とBの自死との因果関係の有無
争点⑥会社の使用者責任の存否

裁判所の判断

争点① 先輩従業員による暴言・叱責の有無(1回目の失踪まで)について

裁判所は、先輩従業員C1(サービス係エンジニア)がBに対して「死ねばいい」と発言し、先輩従業員C2(サービス係エンジニア)がBに対して「辞めればいい」と発言したこと(以下「本件発言」といいます。)を認定しました。その理由として、裁判所は、Bが1回目の失踪直後に札幌弁護士会の無料法律相談や医療機関の診察の場でも同様の説明をしていたこと、父親が支店長らとの面談で本件発言の有無を問いただしたこと、C2が「辞めればいい」と発言したこと自体は否定していないことなどを指摘しています。

そのうえで、裁判所は、次のとおり判示しました。

「Bが入社後間もない新人エンジニアであり、作業等に不慣れであったことや(C1)及び(C2)との関係性を踏まえれば、本件発言は、いずれも業務上相当な指導の範囲を逸脱するものといわざるを得ず、Bに対して精神的苦痛を与えるものと評価できる(現にBは適応障害を発症しており、その時期等に照らし、本件発言が原因になったものと認めることが相当である。)。」

裁判所は、本件発言が不法行為に該当すると判断しました。

争点② 1回目の失踪以降における暴言・叱責の有無について

裁判所は、1回目の失踪以降にも「早く死んだらいいのに」「お前は逃げ場所があっていいな」との暴言があったとする原告の主張を採用しませんでした。裁判所は、精神保健福祉士による初回面接記録用紙の記載のみからは暴言を受けた時期が判然としないこと、Bの自死後の面談でも原告が2回目の失踪の理由としてこのような暴言を述べていないことなどを指摘したうえで、次のとおり判示しました。

「a支店サービス課課長である(課長)は、Bが1回目の失踪から被告の業務に復帰するまでの間、被告の従業員に対し、優しい口調でBに指導するように伝え、さらに、(C1)及び(C2)に対しては、言葉選びも含めて優しく接するように指導しているところ、直属の上司である(課長)がこのような指導をした後も、被告の従業員がBに対して暴言や指導の範囲を超える叱責を行うとは通常考え難い。」

裁判所は、以上を踏まえて、1回目の失踪以降に先輩従業員から暴言や指導の範囲を超える叱責があったと認めることはできないと判断しました。

争点③ 過大なノルマの要求の有無について

裁判所は、エンジニアに対して自動車任意保険、クレジットカードおよび携帯電話等の契約獲得本数についてのノルマが課されていたとの主張について、これを裏付ける証拠はなく、そもそも部門ごとに目標が設定されていたにとどまり個人別の実績件数は問わないとされていたことなどを指摘したうえで、次のとおり判示しました。

「被告は、携帯電話の加入手続の代行業務、クレジットカードの取次に関する業務、損害保険の代理店業務を行っているから、仮に契約獲得本数について、賞与の査定に影響するノルマが課されていたとしても、それ自体は被告の経営に関する事項として業務上の必要性が認められるものである。加えて、新入社員に求められていた携帯電話及びクレジットカードの契約獲得本数(目標)が各1件であり、契約獲得に必要な知識を習得させるための講習も行われていたことに照らせば、原告の主張を前提としても、それが適正な業務指示の範囲を超えるものと評価することはできない。」

裁判所は、以上を踏まえて、過大なノルマの要求があったとは認められないと判断しました。

争点④ 平成29年4月28日以降の安全配慮義務違反の有無について

原告は、2回目の失踪以降、会社が、①Bに休養をとらせず出勤をしつこく促したこと、②「かばいきれない」などの発言をしたこと、③主治医との面談や産業医への受診をさせなかったこと、④c支店への異動要望を拒絶したことが安全配慮義務違反にあたると主張しました。しかし、裁判所は、いずれも安全配慮義務違反には当たらないと判断しました。

まず、②の「かばいきれない」発言について、裁判所は、次のとおり判示しました。

「2回目の失踪以降、平成29年6月14日まで診断書の提出がなく、Bが長期にわたって無断欠勤となっていたという当時の状況を踏まえると、上記発言の趣旨は、診断書が提出されないと欠勤の理由を本店に説明できないというものであって、業務上の必要性及び相当性がないとはいえず、これをもって安全配慮義務に違反したということはできない。」

次に、③の主治医との面談・産業医受診の点について、裁判所は、次のとおり判示しました。

「被告は、平成29年6月14日、原告の母からBには3か月の休養が必要である旨の同年4月28日付け診断書を受領しており、その内容に従って、Bの欠勤を許容していたことが認められる。Bの死亡時点において、このような対応を超えて、原告の主治医との面談などをしなければならない義務が被告にあったとは認め難い。」

さらに、④のc支店への異動要望の点について、裁判所は、次のとおり判示しました。

「原告やBが異動を希望していたc支店は、a支店よりも配属される従業員が少なく、一人当たりの業務量が多くなる支店であったところ、上述した2回目の失踪の原因に加えて、Bの技術面やコミュニケーション面に大きな課題が見られたことを併せ鑑みれば、原告が指摘する事情(Bはc支店まで徒歩通勤が可能な距離に住んでおり、Bの母もc支店の近くで働いていたこと。)を考慮しても、Bを負担の多いc支店へ異動させなかったことが不合理であったということはできない。」

そして、裁判所は、a支店の前任支店長および前任サービス課長が、後任者に対して、Bがパワハラを訴えていたこと、無断欠勤の理由がパワハラにあると主張していたこと、c支店への異動を希望していたことを引き継がなかった点について、次のとおり判示しています。

「このような従業員の生命・身体の安全に関する情報が共有されていなかったことは不適切であったというほかない。」

そのうえで、裁判所は、引継ぎをしなかったことが直ちに安全配慮義務違反になるとはいえないとして、次のとおり判示しました。

「1回目の失踪以降は、前記3で検討したとおり暴言や業務の範囲を超える叱責があったとは認められないことに加えて、Bに配慮した指導体制が整えられていること、原告やBが2回目の失踪の原因として述べた事項(車両整備ができても先輩従業員にチェックしてもらえない、仕事が無いか指示を仰いでも無視される。)については、本来受けるべきダブルチェックを受けずに整備を進めたことや先輩従業員に対する報告、連絡及び相談を怠っていたというBの業務における姿勢に起因する問題ともいえること、2回目の失踪以降の同年5月14日の面談において、(課長)が2回目の失踪の原因となった状況を改善する旨述べたことに照らせば、(前任支店長)及び(前任課長)がBに関する引継ぎをしなかったことが、直ちに安全配慮義務に反するということはできない。」

争点⑤ Bの自死との因果関係の有無について

裁判所は、本件発言がBの適応障害発症の原因になったと認める一方で、自死との因果関係(相当因果関係)については、次のとおり判示して、これを否定しました。

「本件発言は、これを言われた者に対して当然に希死念慮を抱かせるような危険性を内在するものとは評価できないから、自死との間に直ちに因果関係(相当因果関係)を認めることはできない。」

裁判所は、本件発言から自死まで10か月以上が経過していること、1回目の失踪後の診療録に適応障害の症状が良化の傾向にあったと記載されていることなどを指摘し、因果関係を認めるためには発言者に自死についての予見可能性が必要であるところ、本件ではそれを認めるに足りる証拠はないと判断しました。

争点⑥ 会社の使用者責任について

裁判所は、会社の使用者責任について、次のとおり判示しました。

「本件発言は不法行為に当たると認められるところ、被告は(C1)及び(C2)の使用者であって、本件発言は被告における業務中にされたものであるから、被告の事業の執行についてされたものといえる。したがって、被告は、(C1)及び(C2)の不法行為について、民法715条1項に基づく使用者責任を負う。」

損害額は、慰謝料80万円および弁護士費用4万円の合計84万円とされ、原告が相続分(2分の1)として請求できる金額は44万円とされました(請求額約4293万円に対する認容額)。

コメント

本判決の意義

本判決は、新入社員に対する先輩従業員の「死ねばいい」「辞めればいい」という発言を、業務上相当な指導の範囲を逸脱するものとして不法行為と認定しました。発言の回数や頻度が必ずしも多く立証されていない事案であっても、新入社員という立場や発言者との関係性を踏まえて違法性を認めた点は、企業の現場における指導のあり方を考える上で参考となります。

他方で、本判決は、自死との因果関係については、発言から自死までの時間的経過や症状の推移、自死についての予見可能性の有無を踏まえて否定しており、損害額は慰謝料80万円にとどまりました。パワハラと自死との因果関係を認めるためには、発言の内容に希死念慮を抱かせる危険性が内在しているか、発言者において自死の予見可能性があったかといった事情が重要な判断要素となることが示されています。

また、裁判所が、支店長等の間で従業員のパワハラ被害や異動希望に関する情報の引継ぎがされていなかったことを「不適切であったというほかない」と指摘した点は、企業におけるメンタルヘルス関連情報の引継ぎの重要性を示唆するものとして注目されます。

自死との相当因果関係に関する判断枠組み

本判決が本件発言とBの自死との相当因果関係を否定した背景には、不法行為に基づく損害賠償についても民法416条が類推適用されるという判例理論(最高裁判所昭和48年6月7日判決民集27巻6号681頁)があります。同条1項は「通常生ずべき損害」について、同条2項は「特別の事情によって生じた損害」について、それぞれ定めています。

(損害賠償の範囲)
第416条 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

この枠組みのもとでは、先輩従業員等の言動と労働者の自死との相当因果関係は、当該言動が客観的にみて労働者を自死に至らせる性質のものであるか否かによって、判断の道筋が分かれることになります。すなわち、次のような二段階の整理が可能です。

類型会社従業員の言動の性質民法416条上の位置付け相当因果関係の判断
類型Ⅰ身体への暴行や、威圧的な叱責・罵倒が反復・継続して行われた事案など、会社従業員の言動それ自体が、客観的にみて、通常、労働者を自死という結果に向かわせる性質を有すると評価できる場合同条1項にいう「通常生ずべき損害」相当因果関係が認められやすい
類型Ⅱ会社従業員の言動について、業務上の指導等として許される範囲を超える違法な行為と評価できるものの、その内容・態様・頻度に照らせば、通常であれば労働者を自死という結果に至らせるとまでは認め難い場合同条2項にいう「特別の事情によって生じた損害」発言者等において労働者の自死について予見可能性が認められない限り、相当因果関係は認められない

本判決は、本件発言について、言われた者に希死念慮を当然に抱かせるような危険性を内在するものとは評価できないとした上で、発言から自死までに10か月以上が経過していたこと、診療録上は一時期Bの適応障害の症状が良化する傾向にあったこと、自死後の面談においても父親である原告が2回目の失踪の理由として本件発言を挙げていなかったことなどを踏まえ、発言者において本件発言によってBが自死に至るほどに心身の健康を損なうことを具体的に予見していたとは認められないと判断しました。

本判決は、上記の後者の枠組みに沿って、予見可能性を否定して相当因果関係を認めなかった事案として位置付けることができます。

企業の実務的な観点からは、この枠組みは次の点で参考となります。まず、一度きりの発言や比較的短期間の出来事であっても、内容や関係性次第で違法と評価され得る一方で、自死という結果についての賠償責任の成否は、言動の強度・頻度、労働者の心身の状態に関する会社側の認識といった事情によって左右されます。裏を返せば、会社がメンタルヘルス不調の兆候や希死念慮をうかがわせる事情を認識していた場合には、予見可能性が肯定されやすくなる方向に作用します。早期の段階でメンタルヘルスの兆候を把握し、組織として対応する体制を整えておくことは、従業員の生命・身体の安全を守るためだけではなく、会社の法的リスクを管理するうえでも意味を持ちます。

本判決から導かれる企業に求められる対応

(1)新入社員に対する指導の場面における言葉選びへの配慮

第一に、入社間もない新入社員に対する指導の場面では、言葉選びに十分な配慮が必要です。「死ねばいい」「辞めればいい」といった発言は、発言者に指導の意図があったとしても、新入社員との関係性次第で業務上相当な指導の範囲を逸脱すると評価されます。企業は、管理職や先輩社員に対して、人格を否定する発言が不法行為と評価され得ることを具体的に教育する必要があります。

この点、厚生労働省は、労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)に基づき、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号。いわゆる「パワハラ防止指針」)を策定しており、「精神的な攻撃」の例として「人格を否定するような言動を行うこと」を挙げています(同指針2頁参照)。

(2)メンタルヘルス関連情報の引継ぎ体制の整備

第二に、メンタルヘルス不調の兆候が見られた従業員に関する情報を、人事担当者・管理職間で適切に引き継ぐ体制を整備する必要があります。本判決では、引継ぎの不備自体は安全配慮義務違反と認められなかったものの、裁判所は、従業員の生命・身体の安全に関する情報の共有不足を「不適切」と指摘しています。引継ぎの不備が、別の事実関係の下では安全配慮義務違反と評価される可能性は十分にあります。

厚生労働省が公表している「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(平成18年3月31日公示第3号。最終改正令和2年)では、「4つのメンタルヘルスケア」として「ラインによるケア」の重要性が示されており、管理監督者が部下の情報を把握し、事業場内産業保健スタッフ等と連携することが求められています(同指針6頁以下参照)。

(3)診断書受領後の組織的対応

第三に、従業員から主治医の診断書が提出された場合の対応には慎重さが求められます。本判決では、会社が診断書受領後にその内容に従って欠勤を許容していた点が、安全配慮義務違反を否定する一事情として考慮されています。もっとも、診断書の内容に応じて、産業医との連携、休職の発令、配置転換の検討など、個別の状況に応じた対応を組織的に講じる体制を整えておくことが必要です。なお、労災認定の観点については、厚生労働省の「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月1日改正)が参考になります(厚生労働省ウェブサイト参照)。同認定基準では、パワハラを含む対人関係の出来事が、精神障害の発症原因としてどのように評価されるかが類型的に整理されており、企業のハラスメント対策を検討する上で有用です。

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パワハラおよびメンタルヘルスに関する問題は、従業員の生命・身体にかかわるものであり、会社の対応一つで民事責任の有無、さらには労災認定の有無が大きく左右されます。弊所では、①パワハラ防止指針を踏まえた社内規程・マニュアルの整備、②管理職・先輩社員向けの研修の実施、③メンタルヘルス不調者が発生した際の初動対応、④診断書受領後の休職・復職・配置転換の判断、⑤支店間・部門間での情報引継ぎ体制の構築など、企業の皆様が直面するさまざまな課題について、裁判例を踏まえた実務的なアドバイスを提供しています。

本判決のような事案では、事後的な対応の適否が問われるだけでなく、事前の体制整備が企業の責任の有無を分けることもあります。従業員のメンタルヘルスに関する課題にお悩みの企業の担当者の方は、事案が深刻化する前に、ぜひ一度ご相談ください。


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