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胎児認知無効確認請求と権利の濫用(東京家庭裁判所令和5年3月23日判決:相続相談)

はじめに

「認知」とは、婚姻関係にない父が、自分の子であることを法律上認めることをいいます。なかでも、子が生まれる前に行う「胎児認知」は、子の出生後、ただちに父子関係が生じ、子の国籍取得にも直接影響する重要な手続きです。

では、いったん自ら胎児認知をした男性が、後になって「その認知は無効だ」と訴えることはできるのでしょうか。

今回のコラムでは、東京家庭裁判所が、認知者による無効確認請求を権利の濫用にあたるとして退けた判決(東京家庭裁判所令和5年3月23日判決・令和3年(家ホ)第662号)を紹介いたします。

上記判決は、控訴審・上告審でも維持されて確定しており、実務上の参考となる事例です。

事案の概要

ベトナム国籍の女性A(以下「A」)は、2003年(平成15年)にベトナムで同国籍の男性B(以下「B」)と婚姻登録をし、日本でBとともに生活を始めました。しかし、Aは、2005年(平成17年)6月頃にBと別居し、同年10月頃までに日本国籍の男性X(以下「X」)との交際を開始して、同年12月頃からXと同居するようになりました。当時、Xは、妻Cとすでに別居状態にありました。

2006年(平成18年)、Aは、XとAの子であるY(以下「Y」)を懐胎していることが判明しました。同年7月、AとBは、ベトナムの裁判所において合意離婚の承認を受けました。Xは、Yが懐胎された時期にAとBがまだ婚姻関係にあったことを認識しながらも、胎児認知の届出を行い、これが受理されました。Yが出生した後、Yは、戸籍上XとAの長女として登録され、日本国籍を取得しました。

その後、X・A・Yは日本で同居を続けていましたが、Aは、2020年(令和2年)6月頃から別の男性と交際を始め、同年8月頃にYとともにXのもとを離れました。

これを機に、Xは、「Yは実はBとAの婚姻期間中に懐胎された子であり、BはYの嫡出上の父にあたる。他の男性の嫡出子に対する認知は日本法上無効であるから、本件胎児認知も無効だ」として、2021年(令和3年)に認知無効確認の調停を申し立て、調停が不成立に終わった後、本件訴えを提起しました。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①本件訴えは訴えの利益を有する適法な訴えか(仮に胎児認知が無効とされても、YがXに対して改めて認知請求を提起できるとすれば、訴えの利益を欠くか)
争点②YはBの嫡出子にあたるか(本件胎児認知は日本法・ベトナム法のいずれかで有効か)
争点③Xによる胎児認知無効確認請求は、権利の濫用にあたるか

裁判所の判断

(1)準拠法の枠組み

裁判所は、まず適用される準拠法について、次のとおり判示しました。

「法の適用に関する通則法29条1項前段、2項前段は、子の認知について、子の出生の当時における父の本国法によるほか、認知の当時における父又は子の本国法による旨を定めているところ、胎児認知の場合には、認知の当時における母の本国法をもって認知の当時の子の本国法と解するのが相当である(乙5参照)。したがって、本件胎児認知については、本件胎児認知の当時及び被告の出生の当時における原告の本国法である日本法並びに本件胎児認知の当時におけるAの本国法であるベトナム法が適用され、これらのいずれによっても無効であるとされるときに限り、無効となるものと解するのが相当である(乙5参照)。」

すなわち、本件胎児認知が無効となるには、Xの本国法である日本法と、胎児認知当時のAの本国法であるベトナム法の両方で無効とされることが必要であり、いずれか一方でも有効とされれば無効にはならない、という枠組みで判断が進められました。

(2)YはBの嫡出子か

裁判所は、Yが懐胎された時期にAとBは婚姻関係にあったことを認定した上で、ベトナム婚姻家族法63条1項前段(「婚姻期間中に妻によって分娩又は懐胎された子は、夫婦の共通の子とする」旨の規定)を適用して、YはBの嫡出子にあたると判示しました。

Xは、ベトナムの裁判所が離婚承認時に「AとBとの間には子がいない」と認定したことを根拠に、BのYに対する父性を否定しようとしました。しかし、裁判所は次のとおり述べ、この主張を退けました。

「本件離婚承認がされたときには被告は出生していなかったことに照らすと、上記の主文の記載が、その時点においてAとBとの間に子がいないという客観的な事実を認定したにとどまらず、被告がBの嫡出子であることを否定する趣旨に出たものであるとまでは、直ちには認め難いというべきである。」

(3)日本法による胎児認知の有効性——権利の濫用

裁判所は、日本法による胎児認知の有効性について、まず次のとおり判示しました。

「日本の民法下では、認知は、その性格上、現に父がある子を対象としてはすることができないと解されているから、被告がBの子であるとされる限りは、本件胎児認知を有効なものと認めることはできないというべきである。」

すなわち、YがBの嫡出子である以上、原則として本件胎児認知は有効とは認めがたいことになります。

しかし、裁判所は、その原則を立てた趣旨に立ち返った上で、次のとおり判示しました。

「日本の民法下で認知は現に父がある子を対象としてはすることができないと解されているのは、親子関係の公的な秩序として父が重複することは許されるべきではないとする趣旨から出たものであると解される。これを本件について見ると、もとより現在までにBが被告の父として取り扱われたことがあったことをうかがわせる証拠ないし事情は見当たらないところ、日本の戸籍には被告がBの嫡出子であることをうかがわせる記載は見当たらず、また、ベトナムにおいて被告の出生の登録がされたことをうかがわせる証拠ないし事情も見当たらないことからすれば、実際問題として、Bが被告の父として取り扱われる可能性は、今後とも乏しいというべきであって、本件胎児認知を有効なものとしたとしても、被告の父の重複が顕在化する事態が現実に生ずるとは直ちには想像し難いというべきである。」

そのうえで、裁判所は、以下の事情を総合的に考慮して、権利濫用の成否を判断しました。

番号裁判所が考慮した事情
Xは、YがAに懐胎されたと考えられる期間には海外出張中で日本にいなかった旨を主張するものの、これを裏付ける証拠を提出しておらず、XがYの生物学上の父であることを争うことを明らかにしているとはいい難いこと
胎児認知届出の添付資料等からすれば、Xは、YをAがBとの婚姻期間中に懐胎した子であると認識しながら、本件胎児認知の届出をしたと推認されること
本件胎児認知の届出が受理されたことについて、Y自身には何の落ち度もないこと
X自身が、これまでYに対してその父として接してきたこと
Yは、生後まもなく一時ベトナムに滞在した期間を除き、出生から16歳になるまで一貫して日本において日本人として生活してきたところ、仮に本件胎児認知が無効とされた場合には、日本の国籍を喪失して(国籍法3条参照)、日常を一変させられることにもなりかねず、社会生活のさまざまな場面においてそれまで予想だにしてこなかった不利益を被るなどの過酷な状況に置かれることが想像されること
Xが胎児認知無効確認を求めた動機は、AがXとは別の男性との交際に及んだことへの意趣返しにあったとも疑われること

これらの事情を踏まえ、裁判所は次のとおり結論を示しました。

「本件の事実関係の下においては、本件胎児認知が無効であることの確認を求める原告の請求を許すことには、正義公平の観点から見て看過することのできない疑問が残るといわざるを得ない。そうであれば、本件胎児認知が無効であることの確認を求める原告の請求は、権利の濫用に当たり、許されないものであるというのが相当である。」

その結果、裁判所は、日本法によっては本件胎児認知を無効とすることができないとして、ベトナム法の検討を行うまでもなく、Xの請求を棄却しました。

なお、Xは本判決を不服として控訴しましたが、控訴審でも棄却されました。さらに、上告及び上告受理申立てもいずれも退けられ、本判決は確定しています。

コメント

本判決の位置づけ

認知者自身が自らした認知の無効を主張できるかについて、最高裁平成26年1月14日判決(民集68巻1号1頁)は、認知者も民法786条の「利害関係人」にあたるとしつつ、権利濫用の法理による制限の可能性を示唆していました。

本判決は、この最高裁判決の示した枠組みを実際の事案に適用し、認知者による無効主張を権利濫用として退けたものです。認知の無効をめぐる権利濫用の判断がどのような事情のもとで認められるかを具体的に示した点で、実務上参考となる事例といえます。

「請求棄却」の意味

本判決は、権利濫用を理由として訴えを「却下」するのではなく、「請求棄却」としました。人事訴訟においては、請求棄却判決が確定すると対世効(人事訴訟法24条1項)が生じます。すなわち、Yの胎児認知が有効であることが、当事者間のみならず第三者との関係でも確定するということです。仮に訴え却下にとどめた場合、将来的に別の者が認知の有効性を争う可能性が残ります。本判決が請求棄却を選択したことは、Yの身分関係を法的に安定させる上で実質的な意味を持つ判断であったといえます。

子の権利・利益という視点

本件では、出生以来16年以上にわたって日本で生活し、日本人として育ってきたYが、胎児認知を無効とされることで日本国籍を失い(国籍法3条参照)、就学・就職など日常生活の基盤が根底から覆されるリスクを抱えていました。裁判所は、子に生じる具体的な不利益だけでなく、認知者の動機の不当性や行為の一貫性のなさも含めて総合的に判断した点が注目されます。

認知をめぐるトラブルは、子の国籍・身分関係だけでなく、扶養義務や相続権など、広範な法律問題に波及し、特に最近では相続の際にトラブルとなる事例も増えてきています。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。