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従軍慰安婦に関する新聞記事を批判したジャーナリストの論文と名誉毀損(札幌高等裁判所令和2年2月6日判決)

── 札幌高等裁判所令和2年2月6日判決(謝罪広告等請求控訴事件)解説 ──

はじめに

SNSやウェブメディアが普及した今日、企業や個人に関する批判的な記事・投稿が広く拡散されるケースが増えています。批判を受けた側が「名誉毀損」として法的責任を追及する場面がある一方、批判する側は、言論の自由・表現の自由を根拠に責任を免れる場合があります。

本コラムでご紹介する札幌高等裁判所令和2年2月6日判決(平成30年(ネ)第302号)は、従軍慰安婦に関する新聞記事を「捏造である」と批判したジャーナリストの論文が名誉毀損に当たるかが争われた事案です。本判決は、名誉毀損の免責要件である「真実相当性」(摘示事実が真実であると信じたことについて相当の理由があること)の判断枠組みと具体的な考慮要素を示した事例として、実務上の参考になります。

情報を対外的に発信する立場にある企業の広報・法務担当者や、他者による批判的な発信への対応を検討されている方に向けて、本判決の内容と実務上の示唆をわかりやすく解説します。

事案の概要

元新聞記者Xは、平成3年(1991年)、「思い出すと今も涙 韓国の団体聞き取り」と題する従軍慰安婦に関する新聞記事を執筆・掲載しました。記事には、かつて従軍慰安婦であったと名乗り出たC氏が「女子挺身隊の名で連行された」とする内容が含まれていました。

ジャーナリストYは、この記事について、「Xは、C氏が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない『女子挺身隊』と結び付けて報じた」などと指摘し、Xが事実を捏造したとして批判する論文を複数の雑誌(「WiLL」「週刊新潮」「週刊ダイヤモンド」)およびウェブサイトに掲載しました。

これに対し、Xは、Yおよび各出版社(ワック社・新潮社・ダイヤモンド社)に対し、①ウェブサイト掲載論文の削除、②各雑誌・ウェブサイトへの謝罪広告掲載、③慰謝料等(各550万円)の支払を求めて提訴しました。

一審の札幌地方裁判所(平成30年11月9日判決)は、Xの請求をすべて棄却しました。Xは、これを不服として控訴しましたが、本件控訴審判決(札幌高等裁判所令和2年2月6日判決)も控訴を棄却し、Xの請求を認めませんでした。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①Yの論文中の各記述は「事実の摘示」に当たるか、それとも「意見・論評」に当たるか
争点②摘示事実(または意見・論評の前提事実)について、真実性の証明があるか、あるいは真実であると信じたことについて相当の理由(真実相当性)があるか
争点③Yの意見・論評は、論評の域を逸脱しているか(人身攻撃に当たるか)
争点④Yの論文は「公共の利害に関する事実」に係るといえるか(公共性)
争点⑤Yが論文を執筆・掲載した目的は「専ら公益を図る目的」といえるか(公益性)

裁判所の判断

1 名誉毀損の成否に関する基本的な枠組み

民事上の名誉毀損については、最高裁昭和41年6月23日判決(民集20巻5号1118頁)が、免責要件について次のとおり判示しています。

民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である

本判決は、この判断枠組みを前提に、以下のとおり各争点を検討しました。

2 事実の摘示か意見・論評か(争点①)

Yの論文には「意図的な虚偽報道だと言われても仕方がない」「捏造だと言われても仕方がない」などの表現が用いられていましたが、裁判所は、これらの表現ぶりを踏まえ、「事実として断定しているとはいえず、論評である」と判断しました。

「意図的な虚偽報道だと言われても仕方がない」は、まず、その表現ぶりから見て、事実として断定しているとはいえず、論評であり、同記述の内容は証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項であると解することはできない。

なお、論文の見出しにあった「意図的な虚偽報道」という表現についても、裁判所は、「この意見ないし論評の要約というべきである」として、事実の摘示には当たらないと判断しました。

3 真実相当性の判断(争点②)

(1)判断の枠組み

本判決で最も注目されるのが、「真実相当性」に関する判断です。

本件には、捜査当局の公式発表や刑事判決の事実認定といった類型的に真実の蓋然性が高い資料は存在しませんでした。しかし、裁判所は、Yが論文執筆に当たり参照した複数の資料の内容を総合的に考慮し、真実相当性を肯定しました。

(2)真実相当性を肯定するにあたり考慮された事実

裁判所が考慮した主な事実は以下のとおりです。

No.考慮された事実
ハンギョレ新聞(平成3年8月15日付)は、C氏が慰安婦として名乗り出た直後に自身の体験を率直かつ具体的に述べたものであり、「検番の義父」に連れられて日本軍の部隊に行き慰安婦にさせられた旨の内容が記載されていた
平成3年訴訟の訴状(訴訟代理人弁護士がC氏に事情聴取して作成)には、「養父に連れられて中国へ渡った」「部屋に入れられ鍵を掛けられた。そのとき初めて『しまった』と思った」との記載があった
D論文(DがC氏に面談して作成)には、「養父は稼ぎに行くぞと…汽車に乗った」旨の記載があった
上記3つの資料には、いずれも一定の信用性が認められ、これらからは「日本軍がC氏をその居住地から連行して慰安婦にした」のではなく、「検番の継父にだまされて慰安婦になった」と読み取ることが可能であった
平成3年当時、「女子挺身隊」という語は、慰安婦を意味する場合と女子挺身勤労令上の意味の両方で用いられており、一義的に慰安婦の意味に用いられていたとはいえなかった
本件記事Aは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すれば、C氏が女子挺身勤労令上の「女子挺身隊」として強制徴用された慰安婦として名乗り出たと読むことが相当であり、Yがそのように解釈したことには相当性がある
本件記事Aには「だまされて慰安婦にされた」旨の記載があり、XはC氏がだまされた経緯をテープ録音で聞いていたことが推認されるにもかかわらず、Xの記事の内容と異なっていた

(3)取材義務について

控訴人Xは、Yが論文を執筆するにあたりC氏本人やX自身への取材を行わなかった点を問題として主張しましたが、裁判所は次のとおり判断しました。

C氏に対する取材について、平成3年当時のC氏の供述が記載された多数の資料が存在することから改めて取材や調査をする必要は認められない。Xに対する取材について、被控訴人Yは、Xの執筆した記事を一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した上、一定の信用性が認められる資料に基づき合理的に推論できる事実関係に照らして、Xの主観的事情(事実と異なることを知りながら記事を執筆したこと)を論文に記載しており、Xの記事が客観的な存在になっていることも考慮すると、Xに対する取材が必要であるとは認められない(なお、実際上、取材申込みに対する回答の見込みも乏しかった。)。

4 意見・論評の域の逸脱(争点③)

Yの各論文について、裁判所は次のとおり判断しました。

被控訴人Yの表現が、容赦のない批判とはいえても、直接、人格をおとしめる言辞を含んでおらず、本件記事Aの内容の批判を超えて、控訴人Xの人身攻撃に及んでいるとは評価できないし、被控訴人Yがそのような意図を有していたと認めるに足りる証拠はない。

また、Yの発表によって第三者による脅迫行為が生じたと控訴人Xは主張しましたが、裁判所はYにそのような意図があったと認める証拠はないとしてこの主張も退けました。

5 公共性・公益性(争点④・⑤)

慰安婦問題は国際的に議論されている重要な問題であり、Xが執筆した朝日新聞は国内外に対して多大な影響力を有していることから、裁判所は、Yの論文は「公共の利害に関する事実に係るもの」と認め、批判の目的について公益性も認めました。

6 結論

以上の判断を踏まえ、裁判所は次のとおり結論を示しました。

本件各Y論文の記述のうち、控訴人Xの社会的評価を低下させるものについては、その摘示された事実又は意見ないし論評の前提とされている事実が真実であると証明されているか、真実と信じることについて相当な理由があると認められ、また、意見ないし論評の域を逸脱しているものは認められない。そして、本件各Y論文については、事実の公共性、目的の公益性が認められるから、被控訴人らについて、不法行為の成立は認められない。

これにより、Xの控訴は棄却され、削除請求・謝罪広告請求・慰謝料請求はいずれも認められませんでした。

コメント

1 本判決の意義

本判決は、名誉毀損に関する古典的な判断枠組み(昭和41年最高裁判決)を前提としつつ、「真実相当性」の有無を、批判者が参照した複数資料の内容を総合評価することで認定した事例です。

本判決で注目されるのは、次の2点です。

注目点内容
① 資料の総合評価による真実相当性の肯定捜査機関の公式発表や刑事判決のような証明力の高い資料がなくても、信用性ある複数の資料を組み合わせた合理的な推論によって真実相当性が肯定されうる
② 批判対象者への直接取材の要否批判対象者への直接取材がない場合でも、「記事が客観的な存在になっていること」や「推論の基礎となる資料が十分ある」と評価できる場合には、直接取材が真実相当性の条件にはならない

本判決は、一般に「特に新しい判断枠組みを提示したものでもない」と評価されていますが、真実相当性の判断における考慮要素と検討過程を具体的に示した事例として、類似事案の実務上の参考になります。

2 企業実務への示唆

本判決から、マスメディアや企業の広報・法務担当者が意識すべき実務上の示唆として、以下のことが挙げられます。

(1)批判的情報を発信する側への注意点

他者の発言・行為に対する批判的な記事や投稿を公表する際、名誉毀損リスクを適切にコントロールするためには、次の点が重要です。

注意点内容
① 複数の信用性ある資料に基づくこと公的機関の資料、当事者関係者への聴取を踏まえた文献や訴訟資料など、一定の信用性が認められる複数の資料を収集・参照した上で発信すること
② 人身攻撃を避けること批判は記事の内容や行為そのものに向けるべきであり、対象者の人格を直接おとしめる表現は、論評の域を逸脱するとして違法と評価される可能性があること

(2)批判的発信を受けた側が法的対応を検討する際の視点

他方、批判的発信を受けた場合、批判論文等によって名誉が毀損されたと感じる場合でも、相手方が信用性のある資料に基づいて合理的に判断・発信していたと認められる場合、不法行為が成立しないことがあります。

削除請求や損害賠償請求を検討する際には、①相手方がどのような資料を根拠としているか、②表現が事実の断定か意見・論評か、③公益目的の有無、という観点を慎重に分析することが重要です。

(3)インターネット・SNS上の発信に関する留意点

本件は雑誌・ウェブサイトへの論文掲載が問題となった事案ですが、企業のSNS投稿、プレスリリース、批判コンテンツにも同様の判断枠組みが適用されます。根拠の薄い情報を断定的な表現で発信することは、名誉毀損リスクを高めます。

名誉毀損に関するトラブルは、企業の対外的な情報発信、他社・他者への批判や反論、インターネット上での発信のいずれにおいても生じ得ます。本判決が示した真実相当性の判断の枠組み・内容を踏まえ、発信前の情報の裏付け確認、表現の形式の選択、取材の要否の判断など、法的リスクを事前に評価したうえで、発信することがリスクマネジメントの観点からは大切です。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。