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代表取締役の善管注意義務違反と会社法429条1項に基づく損害賠償請求(東京地裁令和5年10月16日判決)

はじめに

会社法429条1項は、役員等がその職務を行うにつき悪意または重大な過失があったときは、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う旨を定めています。少数株主が代表取締役の行為によって損害を受けたと主張する場合にも、この規定を根拠として損害賠償を請求することができます。

本コラムでは、東京地裁令和5年10月16日判決を取り上げます。本件は、会社の代表取締役が①株主の保険契約締結を妨害したこと、および②株主の持株比率を著しく希薄化させる新株発行を行ったことを理由として、少数株主が代表取締役に対して約2億2000万円の損害賠償を求めた事案です。裁判所は、被告の善管注意義務違反の成否を判断するまでもなく、損害との因果関係を欠くとして原告の請求をいずれも棄却しました。

代表取締役の行為と損害賠償責任の関係について考える上で、実務的な示唆に富む判決です。

事案の概要

当事者の関係

当事者役割・概要
原告
(ソニア・クオリティ・アシュアランス株式会社)
経営コンサルティング・損害保険代理業等を行う株式会社。リペア・デポの発行済株式のうち10%(60株)を保有。
被告リペア・デポの代表取締役。
株式会社リペア・デポ家電製品の修理・延長保証サービスを業務とする株式会社。原告会社が10%、ベストサービスが90%を出資して設立。
株式会社ベストサービスリペア・デポの株式90%(540株)を保有する親会社。ベスト電器グループに属する。
ベスト電器株式会社ベストサービスの親会社。ベスト電器グループの幹事企業としてCMS(キャッシュマネジメントシステム)による資金一元管理を行っていた。

保険契約締結をめぐる経緯(本件請求1の背景)

原告会社は、平成28年頃、家電量販店であるマツヤデンキ株式会社(以下「マツヤデンキ」といいます。)に対し、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社(以下「あいおい損保」といいます。)を保険者とする家電製品の延長保証保険契約(以下「本件保険契約」といいます。)の締結を提案し、具体的な交渉を進めていました。その過程で、原告会社は、被告から「ベスト電器経営陣への説明のため」との申し出を受け、マツヤデンキへの提案資料(以下「本件資料①②」といいます。)を開示しました。

しかし、被告は、平成28年9月16日、本件資料①②を一部加工・流用した資料を作成し、原告会社の代わりにリペア・デポのグループ会社であるベストフィナンシャルをあいおい損保の保険代理人とするスキームをマツヤデンキに提案しました(以下「被告提案行為」といいます。)。その結果、マツヤデンキは、原告会社ともリペア・デポ側とも新たな保険契約を締結せず、同年10月1日、従前から締結していた富士火災海上保険株式会社(以下「富士火災」といいます。)との保険契約を更新しました。

原告会社は、被告の上記行為が不正競争防止法違反・著作権法違反・保険業法違反等を理由とする善管注意義務違反に当たり、本件保険契約の締結が妨害されたとして、1億5000万円(逸失利益3億7386万6000円の一部)の損害賠償を請求しました(以下「本件請求1」といいます。)。

持株比率の希薄化をめぐる経緯(本件請求2の背景)

リペア・デポは、平成29年1月13日に臨時株主総会を開催し、ベストサービスに対し新たに普通株式8000株を割り当てる募集株式発行(以下「本件募集株式発行」といいます。)を承認しました。これにより、原告会社の持株比率は10%(60株/600株)から約0.69%(60株/8600株)へと大幅に低下しました。

本件募集株式発行に際し、ベストサービスは、払込金4億円の調達のために親会社のベスト電器株式会社(以下「ベスト電器」といいます。)から4億円を借り入れ、リペア・デポの口座に払い込みました(以下「本件払込」といいます。)。しかし、リペア・デポは、本件払込と同日、ベスト電器グループが採用していたキャッシュマネジメントシステム(以下「CMS」といいます。)に基づき、その4億円をベスト電器の統括口座に送金しました(以下「本件送金」といいます。)。当該4億円は、リペア・デポの口座にわずか数時間程度しか存在しませんでした。

原告会社は、本件払込は実態のない仮装払込であり、被告が著しく不当な目的で本件募集株式発行を行ったことが善管注意義務違反に当たるとして、7221万7670円の損害賠償を請求しました(以下「本件請求2」といいます。)。

本件の争点

争点原告会社の主張被告の主張
争点①
被告提案行為と損害発生との因果関係(本件請求1)
被告提案行為が行われた平成28年9月16日の時点では、本件保険契約の成立が確実な状況にあった。被告提案行為によって本件保険契約の締結が妨害され、損害が生じた。マツヤデンキは自らの判断で富士火災との契約を継続したのであり、被告提案行為がなくても本件保険契約は締結されなかった。因果関係はない。
争点②
本件払込が仮装払込に当たるか・損害の発生(本件請求2)
4億円がわずか数時間でリペア・デポの口座から出ていったことは実態のない仮装払込であり、これにより株主としての損害が生じた。CMS契約に基づく正当な資金管理の一環であり、後にCMS契約の解約時に4億円は全額返済された。仮装払込ではなく損害も発生していない。

裁判所の判断

裁判所は、被告の善管注意義務違反の成否を判断する前に、損害との因果関係の有無から検討しました。そして、いずれの請求についても因果関係または損害の発生を否定し、原告会社の請求を全部棄却しました。

争点①について(本件請求1)

裁判所は、まず、マツヤデンキが20年以上にわたり富士火災との保険契約を更新・継続してきたという事実関係を重視しました。その上で、次のとおり判示しました。

「マツヤデンキは、平成28年9月まで、20年以上にわたり、富士火災との間で、家電製品の延長保証に関する保険契約を更新・継続してきたと認められ(弁論の全趣旨)、その後、同年10月1日、更に富士火災との間で同保険契約を更新するに至っていること(前提事実⑸オ)、他方で、本件全証拠によっても、被告提案行為前の時点では本件保険契約の締結が確実であったにもかかわらず、被告提案行為が原因となって本件保険契約を締結するに至らなかったことを推認させる具体的な事情は認められない。そうすると、マツヤデンキが、富士火災との従前の継続的な取引関係を尊重し、富士火災との上記保険契約の更新を選択した可能性を否定できないというべきである。」

また、裁判所は、原告会社が「本件保険契約の締結が確実であった」ことの根拠として挙げた、①あいおい損保から有利な条件を引き出した事実、②マツヤデンキに具体的なスケジュールを交付した事実、③マツヤデンキ担当者から好意的なメールが送られてきた事実等について、いずれも本件保険契約の締結が確実な段階に至っていたことを裏付けるには十分でないと判断しました。

そして、「仮に被告提案行為が被告の代表取締役としての善管注意義務違反を構成するとしても、これと原告が主張する損害の発生との間の因果関係を認めることはできないというべきである。」と結論付けました。

争点②について(本件請求2)

裁判所は、本件払込が仮装払込であるとの原告会社の主張を否定し、次のとおり判示しました。

「本件送金は、リペア・デポとベスト電器との間のCMS契約に基づいてされたところ、本件送金に係る4億円は、リペア・デポからベスト電器に対する短期貸付金として計上され(前提事実⑷ウ)、CMS決済によりベスト電器に集中された現金は、CMS契約の解約に伴いリペア・デポにその全額が返済されている上(前提事実⑷エ)、証拠(乙23、24)によれば、本件送金前後において、ベスト電器に上記4億円を返済する資力があったことが認められる。これらの事情に照らすと、本件払込に係る4億円が直ちに実態のないものであったということはできず、本件払込が仮装払込であるとの原告の主張は採用することができない。」

さらに、裁判所は、有利発行を理由とする損害主張についても、別件の非訟事件において算定された令和3年6月4日時点の企業価値の鑑定結果を、本件募集株式発行時点(平成29年2月)の公正な発行価格の算定根拠として利用することはできないとして、この損害主張も退けました。

結論

裁判所は、「その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない」として、原告会社の2億2221万7670円の請求を全部棄却しました。

コメント

本判決の意義

本件における核心は、代表取締役の善管注意義務違反を理由とする会社法429条1項に基づく損害賠償請求において、株主に損害が生じたといえるかという点にありました。

特に本件請求2に関しては、払込金がCMS決済により即日に親会社の統括口座に送金された事実を踏まえ、原告会社が「仮装払込」であると主張した点が注目されます。預合い・見せ金などの株式払込の仮装行為は、発行の有効性との関係で問題となることが多いところ、本件では払込みの有効性ではなく、株主に損害が発生したかという観点で議論がされました。

裁判所は、CMS決済に基づく即日送金であっても、払込金が短期貸付金として計上され、CMS契約の解約時に全額返済されており、返済能力も認められるという事実関係を踏まえ、仮装払込の主張を否定しました。

払込みの実質を備えているかどうかは、資金の動きの外形のみならず、背後にある取引の構造・目的・返済の実績を含めて総合的に判断されるという考え方が示されたものと評価できます。

また、本件請求1については、被告提案行為の有無にかかわらず、マツヤデンキが富士火災との長期継続的な取引関係を優先して契約更新を選択した可能性が否定できないとされました。相手方の意思決定に関する主張・立証においては、相手方の従前の行動パターンや取引慣行が重要な判断要素となることを示した事案といえます。

企業の担当者が留意すべき点

本判決からは、実務上、以下の点を意識しておくことが重要と言えます。

第一に、グループ企業間のCMS決済の仕組みとその証拠化が重要です。グループ内でCMSを導入している会社において、新株発行の払込金が即日に親会社へ送金された場合でも、本判決によれば直ちに仮装払込とは評価されないことがあります。もっとも、資金の流れや返済能力・返済実績が不明瞭な場合には、訴訟上の紛争リスクが高まります。CMS決済の法的性格・内容を適切に契約書等で整備し、資金の動きを客観的に示す資料を保存しておくことが求められます。

第二に、少数株主への配慮と意思決定プロセスの記録が重要です。本件では、原告会社の持株比率が10%から0.69%へと大幅に希薄化する募集株式発行が行われました。新株発行の目的・必要性・発行価額の相当性について、取締役会議事録等の客観的な記録を適切に残しておくことが、後日の紛争リスクを軽減します。少数株主が存在する会社において、大規模な新株発行を行う際には、その目的の正当性と手続の適正さをあらかじめ十分に確認しておくことが重要です。

代表取締役の行為をめぐる株主との紛争は、事実関係が複雑に絡み合うことが多く、善管注意義務違反が問題となる場面では、早い段階から専門家に相談することが大切です。当事務所では、会社法上の紛争対応・コーポレートガバナンスに関するご相談・ご依頼をお受けしています。これらの問題でお困りの方は、お気軽にお問い合わせください。

本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的判断や助言を提供するものではありません。具体的な問題については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりお問い合わせください。