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認知症の高齢者を養親とする養子縁組の有効性(横浜家裁令和2年2月25日判決:相続相談)

はじめに

近年、高齢化の進展とともに、相続対策や家の継承を目的とした養子縁組の活用が増えています。もっとも、養子縁組は当事者の真の意思(縁組意思)を必要とする身分行為であり、認知症等によって判断能力が低下した状態でなされた養子縁組は、のちに無効と判断されるリスクがあります。

本コラムでは、認知症と診断されていた高齢者(養親)を対象とした養子縁組の有効性が争われた横浜家庭裁判所令和2年2月25日判決を取り上げ、事案の内容と裁判所の判断をわかりやすく解説します。

事案の概要

Eさん(大正15年生まれ)を養親、Eさんと前夫との間の長男であるIさんの長男(Eさんの孫)である被告Cさんを養子とする養子縁組の届出が、平成28年8月4日になされました。

原告らは、Eさんが後夫Gさんとの間にもうけた長男Aさんと長女Bさんです。原告らは、Eさんが平成29年に死亡した後、この養子縁組(以下「本件養子縁組」といいます。)はEさんの意思に基づくものではなく、無効であるとして、被告に対して養子縁組無効確認訴訟を提起しました。

なお、本件養子縁組届の養親欄(Eさん欄)の署名は、EさんではなくIさん(Eさんの前夫との間の長男)が代筆したものであることは、当事者間に争いがありませんでした。

また、Eさんは、平成27年2月の主治医意見書において「認知症」と診断されており、届出の約6週間前の平成28年6月23日に実施された長谷川式簡易知能評価スケールの結果は、30点満点中5点でした。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①Eさんに縁組意思(養子縁組をしようという意思)及び届出意思があったか否か
争点②Eさんに縁組意思能力(養子縁組を行うための判断能力)があったか否か

裁判所の判断

争点①(縁組意思・届出意思の有無)について

裁判所は、本件養子縁組届のEさんの署名がIさんによる代筆であること、押印された印章についても、Eさんのみが管理していたものとは認めるに足りる証拠がなく、被告の署名欄に押された印影と酷似していることから、世帯主であるIさんが管理し家族で共用していた印鑑によるものと推認されると認定しました。

そのうえで、本件養子縁組届の外形からは、Eさんの意思に基づいて作成されたとは認められないと判断しました。具体的には、次のとおり判示しています。

「本件養子縁組届(甲2)の「養親になる人」欄中の「養母」欄のEの署名は、Eによるものではなく、Iの筆によるものである。また、Eの署名の横に押された印章についても、Eのみが管理していた印章によるものと認めるに足りる証拠はなく、被告の署名の横に押印された印影と酷似していることから、被告の家庭内において世帯主であるIが管理して、家族で共用していた印鑑によるものと推認される。そうすると、本件養子縁組届の外形からは、本件養子縁組届のEの作成部分がEの意思に基づいて作成されたとは認められない。」

被告は、IさんがEさんの意思を確認した上で、当時文字を書くのが難しい状態にあったEさんから依頼されて署名を代筆したものであると主張しました。しかし、裁判所は、この主張を以下の理由から採用しませんでした。

裁判所は、Eさんの認知機能の状態について、次のとおり認定しました。

「Eは、平成27年2月13日において既に「認知症」と診断されており、平成28年6月22日の医療記録によれば、「当院入院歴あるが本人覚えていない、日付、今回の受傷機序も答えられない。」などとの記載があり、平成28年6月23日に実施された長谷川式簡易知能スケールの結果は30点満点中5点というかなり低い点数(一般的に後見程度に相当する。)であったことなどに照らして、本件養子縁組当時、Eの意思能力はかなり低下していたものとうかがわれる」

そのうえで、裁判所は次のとおり述べました。

「Eが、本件養子縁組がされることを十分認識した上で、IがEの署名を代筆することに同意したと認めるには合理的な疑いが残る」

また、裁判所は、本件養子縁組届の用紙に「必ず本人が署名してください」との注意書きがあったこと、及び賃貸借契約書等への署名代行とは異なり養子縁組という身分行為において同様の代筆を許容することには疑問があること、さらに届出後に役所から送付されたはずの通知をEさんが理解できる状況であったかも疑わしいことを、それぞれ指摘しました。

さらに、裁判所は、被告が主張した「被告が20代の頃から養子縁組の話があった」という点についても、次のとおり疑問を呈しました。

「Eと被告との養子縁組の話が、被告が20代の年齢の頃(平成5、6年頃)から出ていたのであれば、それを、Eが死亡する1年余り前の平成28年8月になるまで、20年以上にわたって実行せずにいたことは不自然である。また、被告は、J家の財産を分散させないためという動機を主張するが、そうであれば、遺言という手段もとれたはずであるところ、Eが遺言を作成していないのも不合理であるといえる。」

以上の判断を踏まえ、裁判所は、本件養子縁組はEさんの意思に基づくものとは認められないとして、養子縁組を無効と判断しました。

なお、裁判所は、争点①の判断によって結論が得られることから、争点②(縁組意思能力の有無)については判断しませんでした。

コメント

本判決の意義

本判決は、認知症が進行した状態の高齢者を養親とする養子縁組について、①届出書の養親欄署名が本人のものでなかったこと、②届出の直前に実施された長谷川式簡易知能評価スケールで30点満点中5点(後見相当)という著しく低い数値が記録されていたこと、③代筆に同意したという主張の信用性に合理的疑いが残ること、という複数の事情を総合的に評価し、縁組意思の不存在を認定した事例です。

裁判所が、養子縁組届の用紙に「必ず本人が署名してください」という注意書きがあったにもかかわらず代筆が行われた点を重視したことも、注目に値します。

養子縁組は、相続関係に直接影響を及ぼす身分行為であり、本人の真意に基づく意思確認が不可欠であることを、本判決は改めて示しました。

認知症と法律行為能力に関する背景

認知症の症状が進行すると、本人の判断能力が低下し、法律行為の有効性が問題となる場面が生じます。医療・介護の現場では、認知機能の評価に長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)が広く用いられており、一般的に20点以下で認知症の疑いがあるとされています。

本件では、届出の約6週間前に実施された検査の結果が5点であり、裁判所も「一般的に後見程度に相当する」と指摘しています。

本判決から導かれる実務上の留意点

本判決は、相続対策や家の継承を目的とした養子縁組を検討している方、あるいは高齢の親族の財産管理に関わっている方にとって、以下の点で重要な示唆を与えています。

1 養子縁組は本人の意思確認が不可欠

養子縁組は、当事者本人の縁組意思(養子縁組をしようとする真意)を必要とします。高齢の親族が関わる養子縁組では、本人の意思を明確に確認し、その記録を残しておくことが重要です。可能であれば、公正証書の活用や医師・弁護士への事前の相談を検討することが望まれます。本件のように、届出書に「必ず本人が署名してください」との注意書きがある場合には、その趣旨を踏まえた対応が求められます。

2 判断能力に疑義がある場合は成年後見制度の利用を検討する

本人の判断能力に疑いがある場合には、成年後見制度の利用を検討することが有益です。成年後見人が選任されている場合、養子縁組については家庭裁判所の許可が必要となります(民法794条)。このような制度的な手続きを踏むことで、後から縁組の有効性が争われるリスクを低減できます。

3 相続対策は早期かつ複合的な手段で行う

養子縁組は、相続税の計算上、法定相続人の数を増やす効果があるとして実務上活用されることがあります。

もっとも、本件のように関係者間で有効性が争われると、相続手続全体が複雑化します。

遺言の作成、信託の活用、生前贈与など、複数の手段を組み合わせた相続設計を、本人の判断能力が十分なうちに弁護士や税理士と連携して進めることが、後のトラブル防止につながります。

4 代筆による養子縁組届の提出には法的リスクがある

本件では、届出書に「必ず本人が署名してください」との注意書きがあったにもかかわらず代筆がなされており、この点が裁判所の判断に影響を与えています。本人の自署が困難な状況にある場合には、代筆による届出ではなく、公正証書の活用など、法的に認められた手続きを事前に確認しておくことが重要です。

高齢の親族をめぐる養子縁組や相続問題は、個々の事情によって対応が大きく異なります。

本判決のような紛争を未然に防ぐためには、早い段階で弁護士に相談し、適切な対策を講じることが重要です。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。