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能力不足社員への降格は有効・解雇は無効(東京地裁令和4年3月16日判決:人事労務担当者のための労働法)

「問題社員」への対応は、企業の法務・人事担当者が日々直面する難問の一つです。業績・能力が低く、注意指導を繰り返してもなかなか改善が見られない従業員に対し、降格や解雇といった措置を検討することは少なくありません。しかし、こうした人事措置が法的に有効と認められるためには、越えなければならないハードルが存在します。

東京地裁令和4年3月16日判決は、貿易会社に勤務する従業員が、上司によるパワーハラスメント(以下「パワハラ」)を受けたとして損害賠償を求めるとともに、降格処分の無効、さらには解雇の無効を主張した事件です。裁判所は、降格処分は有効と認めた一方で、解雇は無効と判断しました。この結論の「差」がどこから生じたのか、本件判決は、企業の人事管理のあり方に対して重要な示唆を与えています。

そこで、今回のコラムでは、上記東京地裁判決について、概要を紹介いたします。

 

事案の概要

当事者

当事者属性詳細
原告(従業員)昭和49年生まれの男性平成18年(2006年)9月、貿易業等を目的とするY株式会社(被告)に総合職として中途入社。入社時のGRADE-RANKは3-1(社会人経験を考慮した処遇)。
被告(会社)貿易業等を目的とする株式会社総合職・事務職について「BAND/GRADE制」による能力評価・給与制度を採用。

会社の人事制度

被告の人事制度は「人事制度解説書」として従業員に開示されており、概要は次のとおりです。

項目内容
等級体系総合職のBAND/GRADEは下からGRADE1~4、BAND5~7の計7段階。各段階内にさらにRANKが設定される。
能力評価毎年、能力評価(総合)が実施され、AA・AB・BA・BB・BC・CB・CCの7段階で評価される。
降RANKのルールBC以下の評価の場合、1~2年で降RANKもあり得ることがガイドラインに明記されている。
給与テーブルGRADE-RANKに応じた固定給年額が「総合職給与テーブル」により定められている(例:3-3=年額729万円、3-2=年額715万5千円)。

主な事実経緯

時期出来事
平成18年9月総合職GRADE3-1で中途入社
平成23年1月反応性うつ病で約6か月休職
平成24年度能力評価CB→GRADE2に降GRADE
平成29年度GRADE3に復帰(3-3)、以後BB評価が2年継続
平成31年1月c室(B室長のもと)に異動
平成31年4月B室長によるパワハラのホットライン通報(後日「パワハラに該当しない」と結論)
令和元年5月原告自身が部下へのハラスメントを匿名通報される
令和元年10月会社が原告に厳重注意処分、反省文の提出を命令(原告は拒否)
令和元年12月原告が第1事件提起(パワハラ損害賠償・降格処分無効)
令和2年度能力評価BC→GRADE3-3から3-2に降RANK(月額固定給約1万円減額)
令和2年3月第1事件の和解協議で原告が「改善計画を求めないこと」等を条件提示
令和2年4月会社が解雇予告(6月30日付け解雇)
令和2年7月原告が第2事件提起(解雇無効・地位確認・バックペイ請求)

 

本件の争点

本件における主な争点は、以下の5点です。

  1. ・争点①(不法行為の成否) B室長によるパワハラ行為・過小な業務割振り・反省文提出命令が不法行為に該当するか
  2. ・争点②(降格処分の有効性) GRADE-RANKを3-3から3-2に引き下げた降格処分は有効か
  3. ・争点③(解雇の有効性) 就業規則「勤務態度若しくは業務能率が著しく劣り、改善の見込みがない」を理由とした普通解雇は有効か
  4. ・争点④(解雇後の賃金) 解雇無効の場合、解雇後の賃金をどのように算定するか(中間収入の控除の問題を含む)
  5. ・争点⑤(解雇後の変動給) 解雇無効の場合、解雇後の変動給(賞与)を請求できるか

 

裁判所の判断

争点①(不法行為(パワハラ等)の成否)

B室長によるパワハラ行為

裁判所は、原告が主張した9つのパワハラ行為(不法行為1~9)のうち、事実として認定できるものについても、違法性を否定しました。

不法行為1(酒席でのお酌の要求)については、

「しかし、上記のような発言をもって、B室長が原告に対し酒を注ぐことを強要したと直ちに認めることはできず、上司と部下とのコミュニケーションとして相当な範囲を逸脱した違法なものと直ちに評価することはできない。」

と判示しました。

また、不法行為2~8については、いずれも「認めるに足りる的確な証拠は何ら提出されておらず」として事実認定自体を否定しました。

なお、不法行為9(携帯電話を胸ポケットから取り出した行為)については、行為自体は認定したものの、B室長が部下とのコミュニケーションの一環として持ち物を見て声掛けをする習慣があったことを踏まえ、

「B室長が、原告の意に反して奪い取るような態様で原告の携帯ケースを手に取ったとは認め難く、社会的通念上相当な範囲を逸脱するものと評価することはできない。」

と認定しました。

業務の過小割振り

また、業務の過小割振りについては、原告に割り当てられた業務(海外店の為替バランス管理、財務分析等、主担当12件以上)の実態を精査し、業務量は過小ではないと判断しました。そして、手持ち無沙汰になることがあったとしても、それは「本来時間をかけて取り組むべき業務について、十分な検討をせずに短時間で済ませていたことが要因」と指摘し、不法行為の成立を否定しました。

本件反省文提出命令

なお、反省文の提出命令については、使用者が不利益処分の際に理由を示すべきことは認めつつも、D氏(CFO付コンプライアンス担当)が処分対象となる行為(個室での部下への罵倒・椅子を蹴る等の行為、調査妨害)を十分に説明していたと認定し、また、内容について書き直しを命じるとまでは言っていないとして、内心の自由の侵害も否定し、不法行為の成立を否定しました。

争点②(降格処分は有効)

次に、裁判所は、降格処分の有効性について、以下のとおり、判断をしました。

降格の労働契約上の根拠

まず、被告の就業規則・国内給与規程・人事制度解説書を総合すると、BC以下の評価があった場合に降RANKが行われ得ること、各GRADE-RANKに応じた固定給が定められていることが明確にされており、降RANKおよびそれに伴う固定給減額には労働契約上の根拠があると認定しました。

評価の裁量権逸脱・濫用の有無

その上で、原告の実際の業務遂行状況として、裁判所は以下の事実を認定しました。

  • ・財務状況に関する他商社比較資料で数値の転記ミスが35か所以上ある成果物を提出
  • ・海外店の為替バランス管理業務で必要な情報を収集しないまま要点を踏まえない質問メールを繰り返し送信
  • ・原告の対応について海外店担当者から苦情が寄せられた

これらの実態を踏まえ、

「このような業務の遂行状況に照らすと、原告が、GRADE3に求められるレベルに達していたとは認め難く、BC(評価レベルを下回るが、本人の努力により標準的なレベルに到達する見込みのあるレベル)と評価されたことにつき、被告が裁量権を逸脱又は濫用したと認めることはできない。」

として、降格処分は有効と判断しました。

争点③(解雇の有効性)

裁判所は、会社が主張した解雇理由(①他罰的・改善せず、②攻撃的、③協調性欠如、④人間関係悪化、⑤専門知識不足、⑥業務を自己完結できない)を検討した上で、以下のとおり解雇を無効と判断しました。

解雇に値するほどの問題があるとは言えない

裁判所は、BC評価の意味を重視しました。BC評価は会社の制度上「評価レベルを下回るが、本人の努力により標準的なレベルに到達する見込みのあるレベル」と定義されており、解雇に値する勤務不良ではないとしました。また、一次評価者であるB室長自身も「改善の可能性はある」とコメントしており、人事担当のD氏も「本件提案を見るまでは原告に改善の意思又は見込みがあると考えていた」と証言していました。

さらに重要な点として、裁判所は労働契約の内容に言及し、

「そもそも原告と被告との労働契約上、原告にGRADE3の業務レベルが求められ、同レベルに達しない場合には解雇できることが内容とされていたと認めることはできない。」

と判示しました。

加えて、原告がGRADE2に降GRADEした時期があったものの、その後GRADE3に復帰してBB評価(標準的なレベル)を2年間維持した経緯も考慮されました。

訴訟における和解提案

その上で、裁判所は、解雇に至った経緯を詳細に分析し、次のとおり認定しました。

「被告は、第1事件の和解協議における原告の本件提案を直接の契機として原告に対する解雇を決めたものといえるところ、和解協議における提案自体が解雇の客観的に合理的な理由たり得るということはできない。」

すなわち、会社が解雇を決断したのは、原告が訴訟における和解協議の場で「①反省文提出命令の撤回、②解決金300万円、③降格の取消し、④今後改善計画を要求しないこと、⑤MBO点を標準並の100ポイント以上とすること」等を条件として提示したことが直接のきっかけでした。この「和解提案」が解雇の実質的な理由であることを裁判所は指摘し、それは客観的合理的理由にならないとして、解雇を無効と判断しました。

 

争点④・⑤:解雇後の賃金・変動給

解雇が無効である以上、原告は民法536条2項に基づき解雇後の賃金を請求できます。

固定給については、降格処分が有効である以上、令和2年7月以降の月額は降格後の59万6250円が基準となります。

なお、原告が解雇後に地方公共団体の任用職員として得た収入(合計51万4,280円)については、最高裁昭和62年4月2日判決の基準(平均賃金の6割を超える部分を限度に控除)に従い中間収入として控除されました。

変動給(賞与)については、以下のとおり区別されました。

  • 令和2年度冬期変動給(295万9,630円):年額が具体的に決定され、夏期変動給としてすでに同額が支給済みであったことから、「具体的な権利として発生した」として認容
  • 令和3年度以降の変動給:変動給基準値もMBO評価に基づく支給率も確定していないとして、「具体的な権利として発生したものとは認め難い」として否定

 

本判決のポイント

本判決は、企業の人事管理に関して、いくつかの重要な示唆を与えています。

降格処分を適法に行うための要件整備

本件で降格処分が有効と認められた要因は、人事制度が就業規則・内部規程・制度解説書によって明確に文書化されていた点にあります。降RANKの基準(BC以下の評価がある場合は降RANKもあり得る)が従業員に開示されており、各GRADE-RANKに対応する固定給額も規程で定められていたことが、降格の労働契約上の根拠を支えました。

企業への示唆: 評価制度・降格基準を就業規則や関連規程で明確に定め、従業員に対して開示・周知しておくことが不可欠です。また、評価を行う際には、フィードバックメールや業務指導記録など、具体的な事実に基づいた記録を残すことが求められます。

解雇には「降格とは異なる次元」の高いハードルがある

本判決の重要な教訓は、降格が有効であっても解雇が無効になり得るという点です。BC評価(努力により標準レベルに到達する見込みあり)は降格の根拠になり得ますが、解雇の根拠にはなりません。解雇権濫用法理(労働契約法16条)のもと、裁判所は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を厳しく審査します。

このため、能力不足を理由に解雇を検討する場合、単に評価が低いというだけでは不十分です。改善の機会を実質的に付与したか――具体的な改善目標・期間・支援策を提示したか――という点も問われます。また、そもそも当該解雇事由が労働契約の内容として合理的に解釈できるかどうかを、事前に確認しておくことが重要です。

和解交渉中の解雇には注意が必要

本件で解雇が無効とされた直接的な理由は、訴訟における和解提案を契機として解雇が決断された点にあります。従業員が訴訟を提起したこと、あるいは訴訟上の和解協議で会社にとって受け入れがたい提案をしたことは、解雇の正当理由にはなりません。そのような理由に基づく解雇は、解雇権の濫用と判断される可能性が高い点に注意する必要があります。

解雇後の賃金・賞与をめぐるリスク管理

解雇が無効と判断された場合、会社は解雇後の賃金全額(中間収入の一部控除後)を支払わなければなりません。また、変動給(賞与)についても、年額が具体的に決定されたものは支払義務が生じます。不当解雇の経済的リスクは多大であり、解雇判断には慎重を期す必要があります。

ハラスメント対応と調査体制の重要性

本件では、原告のパワハラ主張は証拠不十分等として退けられましたが、それは被告が17名へのヒアリング調査を実施するなど適切な調査を行っていたためです。また、反省文提出命令についても、対象となる行為を具体的に説明し、厳重注意の根拠を示していた点が重視されました。

ハラスメント通報があった場合には、関係者への丁寧なヒアリング調査と記録化が不可欠です。厳重注意や反省文提出命令を行う際は、対象となる事実・理由を従業員に明確に伝えることが必要です。懲戒的措置を講じる場合には、その内容・根拠・手続きを記録に残しておくことが、後の紛争において重要な意味を持ちます。

まとめ

本判決は、降格と解雇では、法的に求められる要件の水準が大きく異なることを改めて示しました。評価制度が適切に整備・運用されていれば降格は認められる一方で、解雇はより厳格な要件を満たさなければなりません。特に、訴訟・紛争状態にある従業員を解雇する際には、その決断の動機が訴訟提起や和解提案にあると疑われないよう、解雇理由の合理性・独立性を慎重に確認することが求められます。


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