パワーハラスメントを理由とする懲戒解雇の有効性と解雇後の賞与請求権
――高松高裁令和4年5月25日判決
職場におけるパワーハラスメント対策が法的に義務化された現在、使用者がパワハラを理由として行った懲戒解雇の有効性が、訴訟の場で問われることが増えてきています。また、訴訟において懲戒解雇が無効とされた場合、使用者は解雇後の期間の賃金や賞与をどこまで支払わなければならないのかも、企業にとっては切実な問題です。
高松高等裁判所令和4年5月25日判決は、①複数職員に対するパワハラを理由とした懲戒解雇の有効性、②懲戒解雇後に支払われなかった賞与の請求の可否という2つの重要な論点について判断を示した事案です。本判決は特に、賞与規程に算定基準が明記されている場合、使用者の決定を待たずに最低保障分の賞与請求権が具体的な権利として発生するとの法理を明確に示した点で、実務上、重要な意義を持ちます。
今回のコラムでは、本判決を素材に、企業の人事・労務担当者が実務上留意すべきポイントを解説していきます。
事案の概要
当事者と背景
社会福祉法人Y(以下「法人」という。)は、障害者支援施設(以下「本件センター」という。)を運営する社会福祉法人です。X(以下「X」という。)は、平成20年4月、法人との間で期間の定めのない労働契約を締結し、本件センターの初代センター長に就任しました。Xは頸髄損傷による四肢麻痺等の後遺障害を抱える身体障害者(障害手帳1種1級)であり、障害者自立支援の分野における実績をもって採用された人物です。センター長就任時、Xが管理職に就くのは初めてのことでした。
大量退職と調査の端緒
平成30年3月から4月にかけて、本件センターに勤務していた76名の職員のうち11名が相次いで退職する事態(以下「本件大量退職」という。)が発生しました。同年4月23日には、Xの言動が退職原因であるとして行政機関への申告やマスコミへの告発を予告する匿名投書が届きました。
これを受けて、法人の理事長(以下「C理事長」という。)は、C理事長の娘で医師でもあるB(法人とは別法人であるd病院院長)に職員へのヒアリング調査を命じました。調査の結果、多数の職員がXの言動に問題があった旨を申告していることが明らかになりました。
組織改革提案・退職勧奨・第三者委員会の設置
C理事長は、平成30年3月22日、センター長の下に複数の部長職を設置して合議制を導入する組織改革をXに提案しましたが、Xはこれを拒否しました。続いて、C理事長はXに対して自主退職や配置転換を勧奨しましたが(「辞表を書いてください」「引継ぎもあるから6、7、8末で」等の発言)、Xはこれも拒否しました。
その後、法人は外部の弁護士2名と大学名誉教授1名からなる第三者委員会(以下「本件第三者委員会」という。)を設置しました。本件第三者委員会は、現職員・退職者を含む調査協力者7名へのヒアリング(合計約13時間)や各種文書等の検討を経て、平成30年8月31日付けで調査報告書(以下「本件調査報告書」という。)を作成しました。本件調査報告書は、「Xには複数の職員に対するパワーハラスメント行為が存在し、施設管理者としての適性に相当な問題がある」と結論付けました。
なお、Xは、本件第三者委員会から聴取調査への参加を求められましたが、質問事項の事前開示と調査報告書の交付を条件として求め、これが受け入れられなかったため、聴取調査には応じませんでした。
懲戒解雇
法人は、平成30年9月25日付けの解雇通知書(以下「本件解雇通知書」という。)をもって、「あなたの職員に対するパワーハラスメント行為(社会福祉法人Y第三者委員会からの報告による。)」が就業規則(以下「本件就業規則」という。)41条2項④(故意または重大な過失による法人への重大な損害)および⑦(就業規則13条違反の重大な行為)に該当するとして、Xを懲戒解雇しました(以下「本件懲戒解雇」という。)。
訴訟の経緯
Xは、次の4点を請求して提訴しました。
| ①地位確認 | 本件懲戒解雇は懲戒事由を欠く違法なものであるとして、労働契約上の権利を有する地位の確認 |
| ②未払賃金の支払 | 月額36万6869円の賃金 |
| ③未払賞与の支払 | 毎年6月10日限り63万1000円(夏季)、毎年12月10日限り62万2000円(冬季) |
| ④慰謝料300万円 | 違法な懲戒解雇およびC理事長・Bによるパワーハラスメントを理由とする損害賠償 |
原審は、①地位確認および②未払賃金請求を認容しましたが、③未払賞与請求および④慰謝料請求はいずれも棄却しました。これに対し、法人が①②の敗訴部分を不服として控訴し、Xが③未払賞与請求および④慰謝料請求の敗訴部分を不服として附帯控訴したのが本件です(Bに対する請求は第一審で棄却され確定)。
争点
本件の主要な争点は以下のとおりです。
争点① 本件懲戒解雇の有効性:本件調査報告書がパワーハラスメントと認定した言動が就業規則41条2項④⑦に該当するか
争点② 未払賞与の可否:職員給与規程に基づく賞与請求権の具体的権利性
争点③ 慰謝料請求(懲戒解雇の不法行為該当性):解雇が無効な場合、賃金・賞与の支払を超えた慰謝料も認められるか
裁判所の判断
争点①(本件懲戒解雇の有効性)
懲戒事由の範囲
本判決は、この点について、原審(高知地裁)の判断を引用する形で以下のとおり判示しました。
「使用者が労働者に対して行う懲戒は,労働者の企業秩序違反行為を理由として,一種の秩序罰を課するものであるから,具体的な懲戒の適否は,その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものであるため,懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから,その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁平成8年(オ)第752号同年9月26日第一小法廷判決・集民180号473頁)。」
(原審・高知地裁判決、第3・2(1)ア)
上記枠組みは、最高裁平成8年9月26日判決が示したものです。懲戒処分は「その理由とされた非違行為との関係において」適否が判断されるため、使用者は事後的に別の事実を持ち出して懲戒の正当性を補強することは、原則として許されません。
本件への適用
本件解雇通知書には「第三者委員会からの報告による」との限定が付されていました。本判決は、この記載の合理的解釈として、次のとおり認定しました。
「控訴人は、本件第三者委員会が本件調査報告書上パワーハラスメントに該当すると認定・評価した被控訴人の言動、すなわち本件主張整理表記載の事実のうち、D、E、F及びGに対する言動並びに本件調査報告書に記載された△△なる人物に対する言動が、本件就業規則41条2項④、⑦に該当すると判断して、本件懲戒解雇を行ったものと認められる。」
(高松高裁・本判決、第3・2(1)ア)
法人は、控訴審においてH・J・K・Lに対する言動を追加主張しましたが、本件調査報告書に記載のない言動として考慮されませんでした。
「本件調査報告書には記載のない、本件主張整理表記載の事実のうちH、J、K、Lに関する言動を考慮することはできないというべきである。」
(高松高裁・本判決、第3・2(1)イ)
なお、原審(高知地裁)は、本件解雇通知書の記載について、より詳細に次のとおり判示しています。
「被告法人は,本件解雇通知書において,解雇理由として,「あなたの職員に対するパワーハラスメント行為(社会福祉法人Y1第三者委員会からの報告による。)が下記に該当するため。」とし,単にパワーハラスメント行為と記載するのではなく,本件第三者委員会からの報告によるものとの限定を付しており,また,懲戒の根拠規定として,本件就業規則41条2項④,⑦を明示している……この記載を合理的に解釈すれば,被告法人は,本件第三者委員会が本件調査報告書上パワーハラスメントに該当すると認定・評価した原告の言動……が,本件就業規則41条2項④,⑦に該当すると判断して,本件懲戒解雇を行ったものと認められる。他方,本件第三者委員会が本件調査報告書上パワーハラスメントに該当するとは認定しなかった……言動については,……これらについて,上記特段の事情があるとも認められない。」
(原審・高知地裁判決、第3・2(1)イ)
すなわち、解雇通知書に「第三者委員会からの報告による」と限定した文言を付したことで、報告書に記載のない言動は懲戒の根拠に含まれないと解釈されたものです。
各言動のパワーハラスメント該当性
本判決は、以上を前提に、本件調査報告書がパワーハラスメントと評価した各言動(D・E・F・Gに対する言動)について、証拠の信用性を中心に検討し、いずれもパワーハラスメントへの該当性を否定しました。
証拠の信用性の問題
法人が提出した主な証拠は、(1)法人側関係者が職員等から聴取した内容を記載した書面(伝聞報告書)と(2)本件調査報告書でした。本判決はいずれについても、次の点を理由として信用性を限定的と評価しました。
・聴取時点ですでに8年以上前の出来事について詳細な聴取が可能であった合理的理由が示されていない
・当然に存在するはずの客観的資料(勤務記録、医療記録、人事記録等)による裏付けがない
・伝聞内容を記載したものにすぎず、類型的に信用性が高いとはいえない
「その記載内容についても、時期や内容等の具体的な記載が不足する抽象的なものにとどまっている上、Eの勤務状況についての記載について客観的資料による裏付けもされていないことなどからすると、これらの証拠のみによって控訴人主張事実を認定することはできない。」
(高松高裁・本判決、第3・2(1)エ)
うつ病回復期の従業員への叱責(Eに対する言動)
本判決が特に丁寧に判断したのが、うつ病で1か月の療養を要するとされた後に職場復帰したEに対し、早出出勤を依頼したにもかかわらず遅刻したとして叱責したXの行為です。
本判決は、この叱責についてパワーハラスメントとは認定しないとしながらも、管理者の行為として疑問があると評価しました。
「このような状況下にあったEに対し叱責したこと自体、管理者としての在り方という観点から被控訴人の行為には疑問があるといわざるを得ない。しかし、他方で、被控訴人がEに対して叱責をしたのは遅刻したという事実に基づくものであった上、当該叱責の際の具体的態様が明らかでないことからすると、当該叱責が業務の適正な範囲を超えていたとまでは認めるに足りないから……パワーハラスメントに該当するとは認められない。」
(高松高裁・本判決、第3・2(1)エ)
パワーハラスメントには該当しないとしながらも、メンタルヘルス不調後の復職者を取り巻く状況への配慮が管理者には求められることを明示した点は注目されます。
結論
上記のとおり、懲戒の根拠とされた各言動についてパワーハラスメントへの該当性が認められなかったため、本判決は本件懲戒解雇を無効と判断しました(この点は第一審の判断を維持)。
争点②(未払賞与の可否)
本件で最も実務的に重要な判断が争点②の未払賞与についての判示部分です。本判決は、この点について第一審の判断を覆し、一部認容しました。
賞与請求権の具体的権利性に関する法律判断
まず、本判決は、賞与請求権の発生に関する一般的な判断枠組みとして、次のように述べました。
「就業規則及び労働契約等において、支給金額が具体的に算定できる程度に算定基準が定められている場合には、労働契約において金額が保障されているといえるから、その他の支給要件を満たした場合には、賞与請求権は使用者の決定を待たずに具体的な権利として発生するものである。」
(高松高裁・本判決、第3・1(10)・5(1))
すなわち、賞与の算定基準が具体的に定められていれば、支給日在籍等の要件を満たす限り、使用者が支給額を決定する前の段階でも、少なくとも最低保障分については賞与請求権が具体的な権利として発生するという立場を明示しました。
本件給与規程の内容と具体的権利性の認定
その上で、本判決は、法人の「職員給与規程」(以下「本件給与規程」という)について、以下のとおり認定しました。
・21条(賞与の支払い):賞与は支給日に在籍する職員に対して支給する。ただし、法人の業績の著しい低下その他やむを得ない事由があるときは、支給期間を延期し、減額または支給しないことがある。
・22条・別表2(賞与の算定期間および支給月):
夏季賞与(6月10日支給):本俸の50~300%の範囲で支給
冬季賞与(12月10日支給):本俸の100~300%の範囲で支給
これを踏まえ、本判決は以下のとおり判断しました。
「各年6月に支給される夏季賞与は本俸の50パーセントの部分について、各年12月に支給される冬季賞与は本俸の100パーセントの部分について、それぞれ具体的権利性が認められる。また……賞与の支給日は、夏季賞与について毎年6月10日、冬季賞与について毎年12月10日であると認められる。」
(高松高裁・本判決、第3・1(10)・5(1))
すなわち、支給割合が50~300%の範囲で定められている場合、使用者の裁量が及ぶのは50%を超える部分であり、50%(夏季)・100%(冬季)の最低保障部分については使用者の決定を待たずに請求権が発生するという考えです。
その結果、Xの本俸額26万5500円をもとに、次の支払が命じられました。
| 賞与の種別 | 支給割合 | 支払額 |
|---|---|---|
| 夏季賞与(毎年6月10日) | 本俸の50% | 13万2750円 |
| 冬季賞与(毎年12月10日) | 本俸の100% | 26万5500円 |
(Xが求めた63万1000円・62万2000円よりも低額ですが、最低保障分を超える部分については使用者の決定に委ねられるためです。)
法人の「やむを得ない事由」主張の不認定
なお、法人は、Xのパワーハラスメント行為が本件給与規程21条の「法人の業績の著しい低下その他やむを得ない事由」に当たるとして賞与不支給の正当性を主張しました。
しかし、本判決は、本件懲戒解雇自体が無効とされている以上、この主張は採用できないと判断しました。懲戒解雇が無効とされれば、その前提としたパワーハラスメント行為の認定も否定されることになり、これを賞与不支給の理由とすることはできないということです。
争点③(慰謝料請求)
本判決は、慰謝料請求を棄却しました(第一審の判断を維持)。
本判決は、まず、解雇された労働者の精神的苦痛は、解雇無効の確認と賃金・賞与の支払によって通常は慰謝されるとの判断枠組みを示しました。その上で、本件においても、慰謝料として別途賠償が認められるほどの損害があるとは認められないと判断しました。
なお、本判決は、本件懲戒解雇に至った原因の一端にXの言動も関係していることを次のように指摘しています。
「被控訴人は……管理職としてそのようなEの体調や職場復帰の状況等に配慮しなければならない立場にあったのに、かえって早出出勤を求めただけでなく遅刻したEに対して叱責したこと、平成29年8月頃、新入社員であったGのほかその場にいた他の職員にも聞こえる形で、Gのことをあたかも「給料泥棒」と評したと受け取られかねない発言をしたこと……本件懲戒解雇が行われる結果となった原因には被控訴人の本件懲戒解雇に至るまでの言動も関係していることは否定できないというべきである。」
(高松高裁・本判決、第3・2(2)ア)
本判決の意義
懲戒解雇通知書の記載内容については慎重に判断する
本判決が確認しているとおり、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、懲戒の有効性の根拠とすることはできません(最高裁平成8年9月26日判決)。
さらに本件では、解雇通知書に「第三者委員会からの報告による」との限定を付したことで、報告書に記載のない言動を後から追加して懲戒の根拠とすることが否定されました。法人側は控訴審でH・J・K・Lへの言動を追加主張しましたが、全て退けられました。
以上を踏まえると、人事労務担当者としては、
・解雇通知書には、懲戒の根拠とする全ての非違行為を網羅的かつ正確に記載する
・第三者委員会の報告に依拠する場合でも、報告書が認定した事実に限定する文言を付すことで、後の追加主張が否定されるため、自社で把握している非違行為も含めて記載することを検討する
・懲戒処分の前に、解雇理由を弁護士に確認する体制を整える
という点に留意することが大切です。
第三者委員会の報告書は客観的証拠による裏付けなしに機能しない
次に、本件では、第三者委員会が弁護士・学識経験者で構成され、相当の時間をかけて調査を行ったにもかかわらず、裁判所は、原審・控訴審ともに本件調査報告書の信用性を限定的と評価しました。その一番の理由は、報告書の記載内容を裏付ける客観的な資料が提出されなかったことです。
裁判所が特に重視したのは、法人側が当然保有しているはずの資料(職員の勤務記録、超過勤務申請書、医療記録等)が提出されていなかった点です。第三者委員会による調査は懲戒手続の適正性を担保する意義がありますが、報告書の記載内容は客観的資料によって裏付けられていなければ、裁判所によって信用性を否定されるリスクがあります。
人事労務担当者としては、
・パワーハラスメントの調査においては、陳述書・聴取録だけでなく、客観的資料(出退勤記録、残業申請書、メール・チャット等の記録、医療記録)を積極的に収集・保全する
・第三者委員会に対して、手持ちの客観証拠を提供する体制を整え、報告書にその根拠を明記させる
・訴訟となった際に証拠を提出できるよう、懲戒処分後も関連資料を適切に保管する
といった対応が求められます。
賞与規程の整備と懲戒解雇後の賞与不支給リスク
本判決が示した重要な教訓として、就業規則または別規程に賞与の算定基準が具体的に定められている場合、懲戒解雇が無効とされれば、その後の各支給日における賞与についても、最低保障分の賞与請求権が使用者の決定を待たずに発生するという点が挙げられます。
(1)なぜ原審(第一審)は賞与請求を棄却したのか
原審は、賞与請求を次の理由で全部棄却しました。
「本件就業規則上、賞与の支払に関する規定が置かれていることを認めるに足りる証拠はないから被告法人における賞与が労働の対償であるとは認められず、また、賞与請求権が具体的な請求権として発生していると認めるに足りる証拠もない。」(第一審判決)
原審は、本件就業規則32条(「職員の給与は、別に定めるところにより支給する。」)の存在は認識しながらも、その「別に定める」規程、すなわち職員給与規程(本件給与規程)の内容を認定するに足りる証拠がないと判断したものです。
この点について、本判決(控訴審)は、前提事実の認定を書き直す形で職員給与規程(甲21)の存在と具体的内容を改めて認定し、これを出発点として賞与請求権の具体的権利性を肯定しました。すなわち、原審と本判決の結論の差異は、職員給与規程(甲21)という証拠を事実認定の基礎として正面から取り上げたかどうかにあるといえます。
原審がなぜ同証拠を事実認定の基礎としなかったのかは判決文からは明らかではありませんが(なお、原審では、職員給与規定が証拠提出されていなかった可能性もあります)、両審の判断の分かれ目を整理すると次のとおりです。
| 論点 | 第一審(高知地裁) | 本判決(高松高裁) |
|---|---|---|
| 賞与規程の認定 | 就業規則上に賞与規定があることを認める証拠なし | 職員給与規程(甲21)の内容を事実として認定 |
| 賞与請求権の法的根拠 | 就業規則のみを検討 | 「就業規則及び労働契約等」を包括的に検討 |
| 具体的権利性の判断 | 具体的な権利が発生しているとも認められない | 最低保障部分(夏季50%・冬季100%)は使用者の決定を待たず具体的権利として発生 |
(2)法的判断枠組みの違い
ここで注目されるのは、本判決の枠組みの射程です。本判決は「就業規則及び労働契約等において、支給金額が具体的に算定できる程度に算定基準が定められている場合」と述べており、就業規則の本則のみならず、労働契約書・別規程を含む雇用関係書類全体を対象として賞与請求権の有無を判断しています。
本件では、Xの労働契約書(甲4)にも「賞与 あり(6月と12月で賞与支給日の在職者に支給予定)」との記載があり、本件就業規則32条も「給与は別に定める」と規定していました。本判決はこれらを有機的に関連付け、職員給与規程(甲21)の具体的な算定基準(本俸の50~300%等)と合わせて判断することで、賞与請求権の具体的権利性を認定したと評価できます。
原審が就業規則の本則のみに着目して「賞与に関する規定を認める証拠なし」と判断したのに対し、本判決は労働関係文書を包括的に評価した点が、結論の分岐点となっています。
(3)賞与規程の具体的な算定基準が権利性を生む
支給割合の範囲が「本俸の50~300%(夏季)、100~300%(冬季)」と規定されている場合、下限部分(50%・100%)については具体的に金額を計算できるため、使用者の決定を待たずに権利が発生します。裁量が残るのはその上限部分(50%超の部分)です。
逆にいえば、賞与規程の算定基準が不明確または存在しない場合(「業績等を考慮して決定する」などの記載にとどまる場合)は、具体的権利性は認められにくくなります。
(4)懲戒解雇を根拠とした賞与不支給の限界
本件給与規程21条には「やむを得ない事由」による不支給規定がありましたが、本判決は、懲戒解雇が無効とされた以上、その前提であるパワーハラスメント行為も否定され、「やむを得ない事由」の主張は成立しないと判断しました。
(5)想定される賞与支払総額への影響
本件では、Xは解雇(平成30年9月25日)後も労働契約上の地位を維持していると認定されたため、解雇後の各賞与支給日(毎年6月10日・12月10日)に賞与請求権が順次発生し続けることになります。本判決確定まで数年が経過すれば、支払総額は相当な金額になります。
以上を踏まえると、人事労務担当者としては、
・賞与算定基準が具体的に定められている場合、懲戒解雇が無効とされると相当額の賞与支払義務が生じることを念頭に置く
・懲戒解雇を検討する際には、解雇そのものの有効性に加え、解雇後の賞与支払義務のリスクもあわせて検討する
といった点に留意することが大切です。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

