2025/10/10
公正取引委員会は、令和7年9月30日、「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」(以下「本指針」といいます)を内閣官房との連名で公表しました。
本指針は、令和6年12月26日に公正取引委員会が公表した「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書」(以下「令和6年報告書」といいます)の内容を踏まえ、実演家への適切な収益還元やコンテンツ産業関係者の健全な活動を促進する観点及び独占禁止法の観点から、芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社が採るべき行動について具体的な考え方を示したものです。
本指針は、芸能ビジネスに関わる芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社に対し、合計17の行動指針を提示しており、これらに沿わない行為が独占禁止法に違反するおそれがある場合には、公正取引委員会が厳正に対処する旨が明記されています。
また、実演家が「特定受託事業者」(フリーランス)や「下請事業者」に該当する場合には、独占禁止法だけでなくフリーランス・事業者間取引適正化等法や下請法(令和8年1月1日からは取適法)に違反する可能性もある点にも注意が必要です。
内閣官房・公正取引委員会「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針【概要】」2頁より引用
今回のコラムでは、本指針のうち、特に実務上重要と考えられる事項について、概要を解説いたします。
芸能事務所が採るべき行動(行動指針1~14)
ア 契約期間等
(ア) 専属義務に係る契約期間の設定(行動指針1)
「専属義務」とは、実演家が契約している芸能事務所のみと取引をしなければならないという義務をいいます。芸能事務所としては、育成に係る投下資本を回収するためにできる限り長期間の所属を望むという側面もありますが、過度な拘束は実演家の自由な移籍・独立を妨げ、独占禁止法上の問題を生じさせるおそれがあります。
本指針では、専属義務は、一般的には、芸能事務所が実演家に対する育成等を行うインセンティブにつながり、実演家の能力を向上させるなどの競争促進効果を有し得るものである一方で、専属義務による拘束期間が長期間になると、当該実演家により良い育成や活躍の場等を提供できる他の芸能事務所が、そのような育成等の機会を提供できなくなる可能性があり、実演家にとっては、より活躍できる可能性がある他の芸能事務所を見いだした場合などの適切なタイミングに移籍等を行うことができなくなる可能性があるとされています。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針では、以下の内容を求めています。
・専属義務の期間を一定期間確保する必要がある場合には、あらかじめ契約上その期間を明確に規定すること・専属義務を定める契約期間は、契約締結の段階(又は更新の段階)において、実演家の要望も踏まえつつ双方合意の上定めることとし、実演家が芸能事務所提示の期間より短い契約期間を求める場合には、芸能事務所が育成等のための投資費用(育成等費用)を合理的な範囲で回収し、かつ、合理的な範囲で収益を確保するために必要な期間について、実演家に十分説明し、協議すること・契約期間を定めない場合は、通例、両当事者による解除が可能であることを踏まえ、実演家が希望するタイミングで、実演家の退所を認めること・契約締結の段階(又は更新の段階)において、実演家に対して、専属義務の内容及び専属義務を定める契約期間について、十分に説明し、実演家と協議すること
なお、育成等費用の合理的な回収については、実演家が大成しなかった場合等に全額回収できるとは限らないこと、また実演家の能力・顧客吸引力は実演家個人の努力と芸能事務所の企業努力の総和によるものであり、全てを芸能事務所の成果とはいえない場合もあることに留意が必要です。
【問題となり得る行動例(独占禁止法上の該当条項)】
・若年層の実演家と業界経験の長い著名な実演家とを区別せず、長期間の契約期間を定める契約書のひな型を一律に用いて契約を締結すること(優越的地位の濫用、排他条件付取引又は拘束条件付取引)・契約期間を定めていないにもかかわらず、芸能事務所側が合意しない限り退所を認めないこと(同上)・契約期間(又は契約期間がないこと)について、実演家に説明しないこと(欺瞞的顧客誘引)
(イ) 期間延長請求権(行動指針2)
「期間延長請求権」とは、芸能事務所と実演家との間の契約満了時に、実演家が退所(更新しない旨)を申し出た場合でも、芸能事務所のみの判断で契約を一方的に更新できる権利をいいます。
本指針では、期間延長請求権は、合理的な範囲で育成等費用の未回収分を回収し、かつ、合理的な範囲での収益を確保するという目的のために規定・行使されるのであれば一定の競争促進効果を有し得るものである一方で、契約期間が満了し、実演家が退所の意思を示しているにもかかわらず、専属マネジメント契約を一方的に延長し拘束するものでもあり、実演家が被る不利益の程度は相当に大きいとされています。そのため、期間延長請求権の規定は、あくまで例外的にしか許容されないとの見解が示されています。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・期間延長請求権を契約上規定する場合には、育成等費用を合理的な範囲で回収し、かつ、合理的な範囲で収益の確保の必要性があると認められる場合において、1回に限るなど合理的な範囲で行使できるものとし、契約締結の段階(又は更新の段階)において、実演家に対して、その必要性や行使できる範囲も含め、十分に説明し、実演家と協議すること・期間延長請求権を行使する際は、金銭的補償による代替を検討した上で、合理的な範囲で育成等費用の未回収分を回収し、かつ、合理的な範囲で収益を確保するために必要な期間とし、その理由について実演家に対して十分に説明すること
【問題となり得る行動例】
・投資する育成等費用の多寡や、合理的な範囲での当該費用の回収又は収益の確保とは無関係に、一律に、所属する実演家との契約で期間延長請求権を規定すること(優越的地位の濫用、排他条件付取引又は拘束条件付取引)・契約書に期間延長請求権を規定しているが、契約締結前に実演家に対して期間延長請求権について全く説明しないまま契約を締結すること(欺瞞的顧客誘引)
イ 競業避止義務等の規定(行動指針3)
「競業避止義務等」とは、契約終了後の一定期間又は無期限で、退所した実演家が一切の芸能活動を行わない、他の芸能事務所に対して役務提供を行わない、フリー(特定の芸能事務所に所属せずに活動すること)として活動するなどの活動制限をいいます。
本指針では、芸能分野においては、基本的に実演のみを行い、芸能事務所の運営そのものには関わることがない実演家が保護されるべき営業秘密等を知ることは例外的な場合であると考えられることなどを踏まえると、そもそもこれらの活動制限を課すこと自体の必要性・相当性が認められない可能性が高いと指摘されています。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・原則として、契約上、競業避止義務等を規定しないこと(既存の契約で定められている場合は競業避止義務等を定める条項を削除すること)・仮に、保護すべき営業秘密を実演家が把握するような場合には、より競争制限的でない他の手段として、まずは秘密保持契約の締結を検討すること
【問題となり得る行動例】
・実演家の移籍や独立をけん制するため、競業避止義務等を課すこと(優越的地位の濫用、排他条件付取引又は拘束条件付取引)・競業避止義務を課すことはないが、退所する実演家に、一定期間フリーとなることを求めること(同上)
ウ 移籍・独立に係る妨害行為(行動指針4~7)
(ア) 移籍・独立に係る金銭的給付の要求(行動指針4)
実演家が退所する際に、芸能事務所から実演家に対して「移籍金」などの名目で金銭的給付の要求を行う例があります。本指針では、合理的な範囲で育成等費用の未回収分を回収し、かつ、合理的な範囲で利益を確保するという目的に比して不相当に高額な金銭的給付を要求することは、実演家の移籍・独立を躊躇させるなど、実演家の自由かつ自主的な判断による取引を阻害する効果等も有するとされています(金銭的給付の要求自体が否定されるわけではありません。)。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・実演家が退所する際に金銭的給付の要求を行うことがある場合には、あらかじめ契約上規定しておくことが望ましい・特に、合理的な範囲で育成等費用の未回収分を回収し、かつ、合理的な範囲での収益を確保するため金銭的給付を要求する場合に、要求する金銭の額が高額となり得るときは、どのような場合に金銭的給付が求められるか等の考え方や算定方法等を契約上規定し、契約締結の段階(及び更新の段階)において、実演家に対して、その必要性も含め、十分に説明し、協議すること・金銭的給付の要求は、合理的な範囲で育成等費用の未回収分を回収し、かつ、合理的な範囲での収益を確保するため、必要かつ相当と認められる範囲に限るものとすること・退所する際に実際に金銭的給付の要求を行う場合は、実演家に対して、要求する金額の算定根拠を示すとともに、その必要性・相当性を十分に説明し、実演家と協議すること・金銭的給付の要求を行う場合は、実演家の移籍又は独立後の収入を考慮しサンセット条項(※)とすることや、移籍先の事務所との間で合理的な範囲で金銭的給付について協議することも検討すること
※「サンセット条項」とは、実演家が退所後の収入に対して漸減していく比率を乗じた金額(ただし算定した額を超えない)を所属していた芸能事務所に支払う旨の条項。一括での高額な支払いが実演家の負担となる場合の代替手段として有効です。
【問題となり得る行動例】
・実演家との契約上では金銭的給付の要求を定めていなかったが、独立を妨害するために高額の金銭的給付の要求を行うこと(優越的地位の濫用、排他条件付取引又は拘束条件付取引)・合理的な範囲での育成等費用の回収や収益の確保が既に十分に行われたと考えられる実演家に対し金銭的給付の要求を行うこと(同上)
(イ) 移籍・独立を希望する実演家に対する妨害(行動指針5)
令和6年報告書では、実演家より、芸能事務所から以下のような行為を受けたとする回答が報告されています。
・入所時の説明と異なり、契約期間満了時に退所させないこと・移籍・独立するとその後の芸能活動を一切行えなくなる旨脅すこと・契約上、契約期間中に他の事務所と移籍の交渉を行うことを禁じること・実演家の悪評を移籍予定先の事務所やマスコミ等に流布すること・担当マネージャーの転職制限等を実演家の退所条件とすることによって実演家とマネージャーの共同移籍・独立を妨げること
以上を踏まえ、【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・実演家が契約を満了するに当たって移籍・独立の申出を行った際は、円滑に移籍・独立できるよう、移籍後の活動に際して必要となる連絡先、留意事項等を移籍先の事務所に伝達するなど、適切に対応すること・実演家の移籍・独立を妨害するような言動をしないこと
(ウ) 移籍・独立した実演家に対する妨害(行動指針6)
移籍・独立後の実演家に対する妨害も問題となります。芸能事務所からの直接的な働きかけだけでなく、放送事業者等による「忖度」も規制の対象となります。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・移籍・独立した実演家が、移籍・独立後に円滑に活動できるよう、活動を妨害するような言動をしないこと・移籍・独立した実演家について、例えば、放送事業者等に対して円満退所でなかったことやトラブルがあったことを伝えて、起用しないことを放送事業者等に忖度させたり、トラブルの可能性があると思わせたりすることにより、起用を見送らせるというようなことにならないよう言動に留意すること
また【放送事業者等が採るべき行動】(本項との関係)として、移籍・独立した実演家について、当該実演家が以前所属していた芸能事務所所属の実演家が出演する場合には出演させない、芸名を改名している等の理由や円満退社でないという評判があるという理由で起用を見送るなど、当該実演家が以前所属していた芸能事務所に忖度して当該実演家の起用を控えるようなことはせず、自主的な判断により実演家の起用等を行うことが求められるとしています。
(エ) 共同又は事業者団体による移籍制限等(行動指針7)
令和6年報告書では、芸能事務所の業界において、芸能事務所間の移籍が禁止されているとの共通認識が形成されているとの指摘や、実演家が移籍すること全般について広く忌避感がある状況がうかがわれたとされています。
本指針では、複数の芸能事務所が共同して、又は事業者団体において実演家の移籍を制限することは、実演家が所属する芸能事務所を自由に選択することを妨げ、芸能事務所間の競争を回避・停止するものであることから、強い競争制限効果を有するとされています。
そして【芸能事務所(事業者団体を含む)が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・複数の芸能事務所が共同して、又は事業者団体において実演家の移籍を制限したり、移籍を希望する実演家との契約を拒絶したりせず、各芸能事務所の自主的な判断により実演家と契約すること・移籍してくる実演家に一定期間フリーとして活動を行うことを求めず、実演家の自由な選択に委ねること
【問題となり得る行動例】
・事業者団体の会合等において、直近に行われた実演家の移籍の話を引き合いに出し批判することなどにより、参加者内に互いに引き抜きは行わないという認識を共有すること(不当な取引制限)・複数の芸能事務所間で、最近退所した実演家について恩知らずであると批判するなどして、当該実演家の移籍を受け入れないという認識を共有すること(共同の取引拒絶)
エ 実演家の権利に対する行為(行動指針8・9)
(ア) 成果物に係る各種権利等の利用許諾(行動指針8)
著作権法上、実演家固有の権利が法定されており、これらの権利は実演家に帰属するとされています。一方、芸能事務所と実演家との間の契約においては、実演家が保有・取得する著作権、著作隣接権、パブリシティ権等の各種権利を芸能事務所に譲渡・帰属させる例が相当程度みられます(令和6年報告書では回答の約6割がこれに該当するとされています)。
本指針では、各種権利等を芸能事務所に帰属させること自体には一定の合理性があるとしつつも、退所した実演家による利用申出が正当な理由なく許諾されないケースが問題視されています。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・放送事業者等の取引先等から利用の申出があった場合には、各種権利等の利用を許諾しないことに合理的な理由がなければ、各種権利等の利用を許諾すること・各種権利等の利用を許諾しない場合にはその理由について許諾を求めた者に十分説明すること
【問題となり得る行動例】
・退所した実演家に係る成果物の使用について、特段の合理的な理由なく、許諾しないこと(単独の取引拒絶)
(イ) 芸名・グループ名の使用制限(行動指針9)
芸能事務所が退所する実演家に対して、それまで使用していた芸名やグループ名の使用を制限することがあります。退所後に顧客吸引力を有する芸名等が使用できないと、実演家の認知度が低下し、その後の活動に深刻な不利益が生じます。
本指針では、芸名等に関する権利を芸能事務所に帰属させること自体は競争促進効果を有し得るとしつつも、合理的な理由のない使用制限は許されないとされています。なお、実演家が本名や入所前から使用していた芸名等については、一般的には芸能事務所に帰属するとはされていないとみられています。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・芸名等に関する権利を芸能事務所に帰属させる場合には、あらかじめ契約上に明確に規定した上で、実演家に対して十分に説明し、実演家と協議すること・合理的な理由が無い限り芸名等の使用の制限を行わず、制限する場合においてもその制限の方法は合理的な範囲の使用料の支払等の代替的な手段も含めて合理的なものとし、その理由について実演家に十分に説明し、実演家と協議すること
【問題となり得る行動例】
・契約書には芸名等の扱いについて何ら記載がなかったにもかかわらず、芸名等が芸能事務所に帰属するとして退所時に使用を制限すること(単独の取引拒絶、取引妨害)・相当の長期間在籍しており育成等費用の回収等ができていないという事情もないにもかかわらず、退所時に何らの協議もなく一方的に芸名等の使用を制限すること(同上)
オ 実演家の待遇に関する行為(行動指針10・11)
(ア) 報酬に関する一方的決定(行動指針10)
実演家に適切に収益が還元されるようにするためには、報酬の条件等をできる限り明確化し、芸能事務所と実演家の間で十分な協議が行われる必要があります。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・契約締結時、契約更新時、又は相当期間ごとに、実演家と十分な協議を行った上で、報酬(二次使用料、SNSやファンクラブ運営、グッズ販売による収益等の配分を含む。)の額・歩合の率、実演家が負担することとなる経費(報酬から控除する経費)等の条件について、できる限り契約上明記すること・契約上規定していなかった経費を実演家に請求する又は実演家の報酬額から控除する場合においては、当該経費について十分説明し、実演家と協議の上、合意された場合にのみ行うこと
【問題となり得る行動例】
・契約更新において、実演家と交渉することなく一方的に報酬額を決定すること(優越的地位の濫用)・報酬を固定制にした上で、長期間報酬額を据え置き、歩合制への移行も認めないこと(同上)・実演家が出演した放送番組の二次使用料の取扱いについて、契約に規定せず、実演家には対価相当額を分配しないこと(同上)・デビューまでに生じたレッスン費用や交通費等の経費について、十分な協議をせずに実演家に負担させること(同上)
(イ) 業務の強制(行動指針11)
本来、実演家と芸能事務所は、それぞれ独立した事業者であり、雇用関係にはないことから、芸能事務所が実演家に指揮命令をするものではなく、一般的には、芸能事務所が実演家に対して、提案・説得をすることはあっても、強制することはできず、実演家の意に反するものであれば、実演家は芸能事務所の提案した業務を断ることもできます。
そして【芸能事務所が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・取引先から依頼を受けた業務の具体的内容について事前に実演家に提示し、その意向を確認すること・実演家が希望しない可能性がある内容の業務の依頼を取引先から受け、実演家の将来を見据えた育成やプロモーションなどの観点からその業務を引き受けようとする場合には、その必要性などを実演家に十分に説明し、実演家と協議した上で、実演家本人が納得した場合に限り引き受けること・実演家が特定の業務を拒否した場合に、当該実演家について合理的な理由なくその他の業務も含めて一律に営業活動を行わないというような報復等を行ってはならず、実演家の自由な選択を尊重すること
カ 契約の透明性を妨げる行為(行動指針12~14)
(ア) 契約を書面により行わないこと、契約内容を十分に説明しないこと(行動指針12)
一般的に、実演家は芸能事務所と比べて経験・知識・情報・交渉力が弱い場合が少なくなく、特に若年の実演家は重要な条項の意味を十分に理解しないまま契約を締結してしまうリスクが高いといえます。
そこで、本指針は、【芸能事務所が採るべき行動】として、以下の内容を求めています。
・契約内容(業務の内容、報酬額の算出方法等)を明確化した上で、契約を書面で行うこと・実演家(特に若年の実演家)との契約締結時に、実演家が取得する各種権利や芸名の帰属に係る条項、報酬に係る条項、実演家の活動(退所後を含む。)を制約し得る条項などの重要な契約内容については、積極的に、その目的を含め十分に説明すること(特に、専属契約期間・期間延長請求権・競業避止義務・権利・芸名に関する権利の帰属関係・報酬関係)・契約更新時に、重要な契約内容について、実演家の意向を十分に確認すること・実演家が弁護士等に相談しつつ契約内容を十分に検討できるよう、契約の案の提示から合意・締結まで一定の期間を設けること(その場での契約の締結を強要しないこと)・実演家(特に若年の実演家)が、契約内容等について弁護士等の第三者に相談できるよう配慮すること・実演家からの契約内容に係る質問や協議の申出に対して、いつでも真摯に対応すること
また、実演家側も、契約内容の不明点を芸能事務所や弁護士等に確認・質問するなどして、契約内容を十分に理解した上で契約の締結又は更新をすることが求められています。
(イ) 実演家に対する実演等に係る取引内容の明示(行動指針13)
「芸能事務所が採るべき行動」として、放送事業者等の取引先からの依頼を受けようとして実演家へ業務を依頼する際には、実演家が自身の判断により業務を選択できるよう、芸能事務所がその時点で知り得る実演等に係る取引内容の詳細を明らかにすることが求められています。
なお、実演等に係る取引内容を事前に明示しないことは、当事者の属性や取引状況によっては、下請法第3条(書面交付義務)又はフリーランス・事業者間取引適正化等法第3条(取引条件の明示義務)に違反する可能性があります。
(ウ) 実演家報酬に係る明細等の明示(行動指針14)
【芸能事務所が採るべき行動】として、実演家に歩合制により報酬を支払う場合には、以下について明示することが求められています。
・実演家の業務ごと(芸能事務所と取引先との契約ごと)の契約金額の総額・①のうち芸能事務所及び実演家それぞれへの分配額又は比率・②の実演家への報酬額から差し引く費用等がある場合は、その項目及び金額
3 放送事業者等が採るべき行動(行動指針15)
業務依頼時の十分な交渉、契約条件の書面等での明示
令和6年報告書では、放送事業者等と芸能事務所・実演家との契約が書面で行われていないことが多く、書面の有無にかかわらず、個々の実演の条件面が事前に決定(又は調整)されずに業務が一方的に発注されていることが多いとされています。
そして【放送事業者等が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・芸能事務所・実演家に対して、業務依頼時に、可能な限り具体的な契約条件(報酬の金額や支払条件、業務内容、拘束期間など)を書面(メールや電子ファイル等を含む。)等で示すこと・芸能事務所・実演家に対して、契約条件等を一方的に提示・変更するのではなく、交渉の機会を設ける等により、芸能事務所・実演家からの意見を確認し、十分に説明し、協議すること
なお、文化庁が公表している「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」(令和4年7月27日公表、令和6年10月29日改訂)には「実演家の出演に関する契約書のひな型例及び解説」が示されており、放送事業者等においてはこれを参考に契約の書面化を進めることが期待されています。
【問題となり得る行動例】
・主演級以外の実演家や、主演級の実演家であっても連続する番組以外への出演の場合は契約書を取り交わさず、具体的な契約条件を書面等で明示しないこと(優越的地位の濫用を誘発する行為)・撮影後、あるいは放送後に契約書を取り交わすこと(同上)・社内の実演家のランクに基づき設定した金額について、芸能事務所・実演家からの個別の交渉に応じないこと(優越的地位の濫用)
4 レコード会社が採るべき行動(行動指針16・17)
(1) 実演収録禁止条項の規定(行動指針16)
「実演収録禁止条項」とは、レコード会社と芸能事務所・実演家との専属実演家契約において、契約終了後の一定期間、実演家による当該レコード会社以外における収録のための実演(原盤制作・配信等を目的とする実演)を禁止する条項をいいます。
本指針では、実演収録禁止条項を定める目的として挙げられる「フリーライドの防止」については、契約終了後に実演家の収録のための実演を禁止することで投資を回収することはできないため合理的な理由がないとされ、「専属義務違反の予防」についても、必要性・相当性に疑問があるとされています。
そして【レコード会社が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・実演収録禁止条項を定める目的を確認し、規定することだけでなく規定しないことを含め、当該規定の必要性・相当性を検証し、規定する場合には、必要性・相当性を含め実演家等に十分説明し、協議すること・実演収録禁止条項を定める目的から必要性等があると認められる場合であっても、禁止する対象や期間を、当該目的のために必要かつ相当な範囲に限定すること
【問題となり得る行動例】
・音楽の実演のみならず、例えば、配信での対談のようなものも含めて、芸能事務所から相談があっても一切の実演を認めないこと(優越的地位の濫用、排他条件付取引又は拘束条件付取引)・実演収録禁止条項の期間内の収録であれば、契約終了後相当の期間が経過した後に芸能事務所等から個別に相談があり、専属義務違反とは認められないとみられる実演であっても、交渉に応じず一律に実演を認めないこと(同上)
(2)再録禁止条項(行動指針17)
「再録禁止条項」とは、専属実演家契約において、契約終了後の一定期間、実演家が当該レコード会社において既にリリースした楽曲等に係る収録のための実演を禁止する条項をいいます。
実態調査では、再録禁止条項の起算点が一律に「契約終了時点」とされている場合が多く、複数回の更新を経てリリースから長期間が経過した楽曲にも一律に適用されるケースがあるとして問題視されています。なお、再録禁止条項は、他のレコード会社での同一楽曲のリリースのための収録のみならず、収録を伴うライブ・コンサートなども対象となり得る重い制約であることにも留意が必要です。
そして【レコード会社が採るべき行動】として、本指針は、以下の内容を求めています。
・長期間の契約期間中にリリースされた楽曲について一律に契約終了時点から再録を禁止するのではなく、合理的な範囲での投資の回収や合理的な範囲での収益の確保という目的のために必要な楽曲についてのみ再録禁止条項の対象とし、当該目的のために必要かつ相当な期間を設定すること・再録禁止条項の効力発生の起算点について、契約終了時点とするだけでなく個別の楽曲のリリース時点とすることを含め、必要性・相当性が認められる方法で設定すること・複数回の契約更新を経てリリースから長期間が経過している楽曲について、芸能事務所・実演家から交渉された場合には、合理的な範囲での投資の回収や合理的な範囲での収益の確保ができているのであれば再録を認めるというように柔軟に対応すること・再録禁止条項は、楽曲のリリース後の合理的な範囲での投資の回収や合理的な範囲での収益の確保という目的のために必要かつ相当な範囲に限定すること
【問題となり得る行動例】
・複数回契約を更新し、契約が相当の長期間にわたった実演家について、最初の契約期間中に収録した楽曲も含め全ての楽曲を再録禁止条項の対象とし、楽曲の価値維持のための追加支出等を特段行っていないにもかかわらず、一律に契約終了後の相当の長期間にわたり再録を禁止し、交渉にも応じないこと(優越的地位の濫用、排他条件付取引又は拘束条件付取引)・相当以前にリリースし、近年ではほとんど売上げのない楽曲について再録したいとの交渉を受けたが、再録を認めないこと(同上)
おわりに
公正取引委員会は、今後、関係府省庁・関係事業者団体等の協力を得て本指針の周知を徹底し、芸能事務所等が本指針に記載の採るべき行動に沿わないような行為をすることにより、公正な競争を阻害するおそれがある等の場合には、独占禁止法等に基づき厳正に対処していくとしています。そのため、芸能事務所等は、実演家との契約関係を構築するにあたって本指針を遵守することが必要です。
また、本指針に記載の問題となり得る行為については、芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社の既存の契約についても見直しが求められることに注意が必要です。独占禁止法上の問題が生じる可能性がある条項がある場合には、速やかに実演家との間で協議・修正を行うことが望ましいといえます。
さらに、実演家が特定受託事業者(フリーランス)や下請事業者に該当する場合には、独占禁止法に加えてフリーランス・事業者間取引適正化等法や下請法の適用も受けることがあるため、これらの法令についても引き続き留意が必要です(なお、改正下請法(取適法)については令和8年1月1日から施行されます)。
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本コラムは一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスを提供するものではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご相談ください。


