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専属契約終了後も無期限に芸能人自身による芸名使用を事務所の承諾を要する旨の条項の有効性(東京地判令和4・12・8)

今回のコラムでは、芸能事務所が専属契約終了後においても無期限に芸能人自身による芸名の使用を事務所の承諾を要する旨の契約条項について、公序良俗に反し無効であると判示した東京地裁令和4年12月8日判決を紹介します。

 

事案の概要

本件は、被告(芸能人)と専属契約(本件契約)を締結していた原告(芸能事務所)が、被告が本件契約に違反して、原告の承諾なく被告が従前使用していた芸名を使用して芸能活動を行っていると主張し、被告に対し、本件契約に基づき、被告の芸能活動における芸名の使用の差止めを求めた事案です。

本件契約書には、以下の条項が定められていました。

第8条:「被告の出演業務により発生する著作権、著作隣接権、著作権法上の報酬請求権ならびにパブリシティ権、その他すべての権利は、何らの制限なく原始的に原告に帰属する」

第10条:「被告は本契約期間中はもとより契約終了後においても、原告の命名した以下の芸名および名称を原告の承諾なしに使用してはならない」

 

争点

本件では、

①本件契約が終了しているか否か(争点①)

②本件芸名に係るパブリシティ権の帰属先等(争点②)

③本件契約書10条(芸名使用を制限する条項)の有効性(争点③)

④本件芸名の使用禁止が権利濫用として許されないか(争点④)

が争点となりました。

 

裁判所の判断

争点①(本件契約の終了)について

まず、裁判所は、争点①について、

・被告が、平成22年に、原告の属する企業グループの創業者で、音楽プロデューサーでもあるBに対して、引退を申し出て、Bもこれを特に引き留めていないこと

・被告が芸能活動を停止した同年12月31日より後に、原告が被告の芸能活動について本件契約書2条に定められたマネージメント業務を行った形跡はないこと

・平成22年12月31日より後に、原告から被告に対して、いわゆる印税以外の金員の支払いは行われていないこと

・原告が令和元年11月29日付けで被告宛てに送付した書面において、原告自身、「本件契約が終了した後も」原告の承諾なしに本件芸名を使用するのは本件契約に違反する旨記載していること

を指摘したうえで、本件契約は、平成22年12月31日をもって、原告と被告との間で本件契約を更新しない旨又は本件契約を解約する旨の黙示の合意が成立し、これにより同日をもって終了したものと認めるのが相当であると判示しました。

 

争点②(本件芸名に係るパブリシティ権の帰属先等)について

次に、裁判所は、争点②について、まず本件芸名には相応の顧客吸引力が生じており、本件芸名によって想起・識別されるのは被告であるから、本来、被告に本件芸名のパブリシティ権が認められるべきであると指摘をしたうえで、

・本件契約書8条は、被告の出演業務により発生するパブリシティ権が原告に原始的に帰属する旨を定めているところ、パブリシティ権が人格権に由来する権利であることを重視して、人格権の一身専属性がパブリシティ権についてもそのまま当てはまると考えれば、芸能人等の芸能活動等によって発生したパブリシティ権が(譲渡等により)その芸能人等以外の者に帰属することは認められないから、本件契約書8条のうちパブリシティ権の帰属を定める部分は当然に無効になるという結論になる。しかし、パブリシティ権が人格的利益とは区別された財産的利益に着目して認められている権利であることからすれば、現段階で、一律に、パブリシティ権が譲渡等により第三者に帰属することを否定することは困難であるといわざるを得ない

・もっとも、仮に、パブリシティ権の譲渡性を否定しないとしても、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分が、①それによって原告の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告の不利益の程度及び③代償措置の有無といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、上記部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると解される

・本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、原告による投下資本の回収という目的があることを考慮しても、適切な代償措置もなく、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであるというべきであるから、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になる

・本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分(及び上述した本件移籍契約書の同趣旨の定め)が無効となる以上、本件芸名に係るパブリシティ権は、需要者が本件芸名によって想起・識別するところの被告に帰属するものと認めるのが相当である

と判示しました。

争点③(芸名使用を制限する本件契約書10条の有効性)

そのうえで、裁判所は、争点③(芸名使用を制限する本件契約書10条の有効性)について、

・本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分については無効であると認められるところ、本件芸名に係るパブリシティ権が被告に帰属し、本件契約が既に終了しているにもかかわらず、原告が本件契約書10条により、無期限に被告による本件芸名の使用の諾否の権限を持つというのは、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分の効力を実質的に認めることに他ならない

・また、本件契約の終了後も、本件契約書10条による制約を被告に課すことに対する代償措置が講じられていることを認める足りる証拠もない

・そうすると、本件契約書10条に、原告が被告の芸能人としての育成等のために投下した資本の回収機会を確保する上で必要なブランドコントロールの手段を原告に付与するという目的があるとしても、前述したとおり、そもそも、投下資本の回収は、基本的に、原告と被告との間で適切に協議した上で、合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであって、上記の目的が、パブリシティ権の帰属主体でない原告に、被告に対する何の代償措置もないまま、本件契約の終了後も無期限に被告による本件芸名の使用についての諾否の権限を持たせることまでを正当化するものとはならない

・したがって、本件契約書10条のうち少なくとも本件契約の終了後も無期限に原告に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効である

と判示しました(なお、争点④については、原告の請求に理由がないため、判断自体が示されておりません)。

 

コメント

本判決は、芸能人のパブリシティ権の帰属や、芸能事務所との専属契約における芸名の帰属・使用に関する条項の有効性について、具体的な判断を示したものです。特に、契約終了後の芸能人の活動の自由や、芸名という人格権に由来する権利の保護の重要性について言及しており、芸能業界における契約慣行や芸能人の権利保護に影響を与える可能性があります。

まず、本判決では、本件契約書8条(及び10条)の有効性(公序良俗に反するか)について、①それによって原告の利益を保護する必要性の程度、②それによってもたらされる被告の不利益の程度及び③代償措置の有無といった事情を考慮して、合理的な範囲を超えて、被告の利益を制約するものであると認められる場合には、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になるという判断枠組みを提示しました。同条項には、芸能事務所・プロダクション側の投下資本の回収という目的・機能も認められることから、芸能人側の利益を保護する必要性との比較衡量により、同条項の有効性を判断することとしたものと考えられます。

なお、原告からは、同条項が優越的地位の濫用に該当するとの主張もなされていましたが。裁判所は、同条項が優越的地位の濫用に該当するか否かについては判断をしておりません。

次に、パブリシティ権については、平成24年2月22日の最高裁判決によって、人格権説に立つことが明示されていました。人格権の一身専属性を強調する場合、パブリシティ権の譲渡性は否定される結論に結び付きやすいものの、同最高裁判決においては譲渡の可否について明示されておらず、その後に公表された下級審裁判例においては、傍論ではあるものの、契約書に定めた場合にはパブリシティ権が第三者に帰属する可能性があることを示唆する東京高裁令和2年7月10日判決と、第三者への譲渡は考え難い旨を述べた知財高裁令和4年12月26日判決とが対立している状況にありました。

学説上もパブリシティ権の譲渡性の有無について、見解が分かれており、本判決は、上記裁判例及び学説の状況を踏まえ、「「現時点では一律に否定することは難しい」と判示するにとどめたものと評価することができ、この点については、今後の裁判例の動向を注視する必要があります。

 

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