はじめに
M&A(企業の合併・買収)取引において、仲介業者は、買主と売主の双方の間に立ち、情報収集・調査や交渉のサポートといった専門的なサービスを提供します。依頼者(委託者)は、その専門性を信頼して高額の成功報酬を支払います。では、仲介業者が誤った情報を委託者に伝えた場合、その法的責任はどのように問われるのでしょうか。
東京地裁令和5年4月17日判決は、M&A仲介業者が委託者に対して誤情報を提供したことが「重過失」による不法行為に該当すると認め、仲介業者に成功報酬相当額の損害賠償を命じました。本事案は、仲介業者側に有利な責任制限条項の効力、注意義務違反における重過失の判断基準、過失相殺の可否という実務上重要な論点について判断が示されており、M&A取引に関わる企業にとって参考となる裁判例です。
今回のコラムでは、上記東京地裁判決について、概要を紹介いたします。
事案の概要
| 当事者 | 概要 |
|---|---|
| 原告 | 中古車輸出業及び自動車売買を主たる事業とする、東京証券取引所市場第二部上場のA社の子会社 |
| 被告 | フランチャイズチェーンの経営指導・コンサルティングのほか、中小企業を対象とするM&A・事業承継の仲介業務を行う会社 |
被告は、令和2年6月頃、原告に対し、有限会社B(以下「B社」)の全株式を取得しないかと提案しました。B社は、茨城県においてC社(自動車メーカーDのディーラー)との間でフランチャイズ契約を締結し、「Dショップ」として自動車の販売・整備を行っている会社です。Dショップの地位は、長期にわたる実績、安定した財政基盤、販売台数、さらにメーカーやディーラーからの推薦が必要とされる希少なものであり、原告が株式取得に関心を持ったのも、このDショップとしての事業価値を評価してのことでした。
同年6月29日、原告と被告は、被告がB社の全株式取得に向けた仲介に関する専門的な業務を提供することを内容とする「提携仲介契約」(以下「本件仲介契約」)を締結し、成功報酬は1100万円と合意されました。
本件仲介契約には、被告が原告に対して情報収集・調査及び資料作成を行うに当たり「正確かつ適切な情報提供を心がける」旨の条項(17条2項)が設けられていました。他方、被告が損害賠償責任を負うのは「故意または重過失がある場合」に限り、かつ、賠償額は「被告が原告から受領した成功報酬の金額を限度とする」旨の責任制限条項(17条5項)も定められていました。
株式譲渡に当たっては、B社がDショップの地位を維持するため、C社から事前に株式譲渡への承諾(以下「本件承諾」)を得ておくことが必要な状況でした。令和2年11月5日、B社代表取締役の丙川がC社を訪問しましたが、被告の担当者は、その訪問後の報告を受けて「C社から本件承諾が得られた」と判断し、同日中に原告の担当者に対してその旨を伝えました。
これを受けて、原告は同月9日、丙川との間でB社の全株式を取得する旨の株式譲渡契約(以下「本件株式譲渡契約」)を締結し、翌10日、被告に成功報酬1100万円を支払いました。
ところが、本件株式譲渡契約締結後まもなく、C社がB社に対してDショップ契約を更新しない旨を通告してきました。調査の結果、本件株式譲渡契約締結前の時点でC社から本件承諾は得られていなかったことが判明しました。こうした事情から、令和3年2月22日、原告と丙川は、本件株式譲渡契約に要素の錯誤があったことを確認し、同契約を取り消す旨の合意書を締結するに至りました。
原告は、被告から誤情報を提供されたために損害を被ったとして、①主位的に不法行為に基づく損害賠償(約1744万円)、②予備的に仲介契約の債務不履行に基づく損害賠償または不当利得返還を求めて提訴しました。
本件の争点
| 争点 | 争点の内容 | 背景・詳細 |
|---|---|---|
| 争点① | 本件仲介契約の責任制限条項(17条5項)は公序良俗に反して無効か | 本件仲介契約17条5項は、被告が損害賠償責任を負う場合を「故意または重過失がある場合」に限定し、かつ賠償額も受領済みの成功報酬の範囲に限るとしていた。原告は、この条項が公序良俗(民法90条)に反して無効であると主張した。 |
| 争点② | 被告が「C社から本件承諾を得られた」と原告に伝えた行為が重過失による不法行為に該当するか | 被告は、実際にはC社から本件承諾が得られていないにもかかわらず、漫然とそれが得られたものと誤認して原告に誤情報を伝えた。この行為が、注意義務に対する「重過失」による違反として不法行為責任(民法709条)を生じさせるかが問題となった。 |
| 争点③ | 過失相殺は認められるか | 被告は、本件承諾の取得を重視していた原告自身が、株式譲渡契約締結前に被告や丙川に対して承諾取得の確認を繰り返したり、C社に直接連絡を入れたりすることを怠ったとして、過失相殺を求めた。 |
裁判所の判断
争点①について:責任制限条項は有効
裁判所は、責任制限条項(17条5項)を無効とする原告の主張を退けました。
原告が根拠として挙げた複数の裁判例(最高裁平成13年(受)第1061号同15年2月28日第二小法廷判決・集民209号143頁等)は、いずれも契約類型や適用場面が本件と異なるとして、これらを直接の根拠とすることはできないとしたうえで、裁判所は次のように判示しました。
「M&A関連の仲介契約においては,M&Aの仲介業者が責任を負う場合を故意又は重過失のある場合に限定し,かつ,賠償の範囲も当該業者が受領した報酬の範囲に限る例があると認められ,本件仲介契約17条5項が他の同種の契約事例に比して,取り立てて原告に不利な条件を課すものであると評価することはできない。」
また、原告が同条項の撤廃を求めたものの被告が応じなかった経緯はあるものの、被告が原告の意思に反して同条項を含む契約の締結を強いたとまでは認められないとして、次のように結論付けました。
「本件仲介契約17条5項が,公序良俗に反し,著しく衡平を害するものであるため,無効であるということはできない。」
争点②について:重過失による不法行為を認定
裁判所は、まず被告が原告に対して負う注意義務の内容を検討しました。
本件仲介契約において被告が「正確かつ適切な情報提供を心がける」旨が定められていること、原告が一貫してB社のDショップとしての地位を重視していた経緯から被告もその意向を把握していたこと、被告の担当者自身が証人尋問において本件承諾を得ておく必要性を認識していた旨を述べていることを踏まえ、裁判所は次のように判示しました。
「被告は,本件承諾を得られたか否かに関し,正確かつ適切な情報提供をする義務を負っていたと認めるのが相当である。」
次に、被告の行為が「重過失」に当たるかを検討しました。被告の担当者は、M&Aの経験が全くない丙川に対し、本件承諾を得てくるよう明確に指示せず、承諾取得のための書面も準備しませんでした。また、訪問後に丙川から概括的な報告を受けたに過ぎないにもかかわらず、C社から本件承諾を得たかどうかを明確に確認することもしませんでした。
これらの事情を踏まえ、裁判所は次のように認定しました。
「被告は,原告に対し,C社から本件承諾を得られた旨の誤情報を伝えることにつき,その可能性を容易に予見することができ,かつ誤情報を伝える結果を容易に回避することができたにもかかわらず,前記のとおり,C社から本件承諾を得られた旨の誤情報を伝えている。」
そのうえで、次のように結論付けました。
「被告は,本件承諾を得られたか否かに関し,正確かつ適切な情報提供をするという原告に対する注意義務に著しく違反したというべきであり,被告には,重過失があったと認めるのが相当である。」
【損害額について】
損害額について、裁判所は次のように判示しました。
「原告は,被告による前記不法行為がなければ,本件成功報酬を支払わなかったといえるから,本件成功報酬1100万円は,本件不法行為と相当因果関係を有する損害と認められる。」
他方、デューデリジェンス費用・株式譲渡契約書作成費用・弁護士費用等については、次のように述べてこれを認めませんでした。
「本件仲介契約17条5項により,被告が損害賠償責任を負う範囲は,原告から受領した本件成功報酬の範囲に限られるため,これらについて被告は賠償責任を負わない。」
「したがって,本件において,本件不法行為によって被告が責任を負う損害額は,1100万円である。」
争点③について:過失相殺は否定
被告の過失相殺の主張に対し、裁判所は次のように判示してこれを退けました。
「原告は,被告との間で本件仲介契約を締結することによって,被告に対して本件株式譲渡の仲介に関する専門的な業務の提供を委託したのであり,同契約において,委託者である原告が,本件株式譲渡の実現に向けて,本件承諾を得るべく被告の主張するような積極的な行動に出る義務を負う根拠となる合意がされたとは認められない。」
原告は、仲介の専門業者に業務を委託した立場であり、自ら積極的に承諾取得に向けた確認行動を取らなかったことが過失と評価されるわけではないとして、過失相殺は認められませんでした。
コメント
本判決は、M&A仲介業者の法的責任に関して、実務上の参考となる判断を示しています。以下では、本判決の意義と、企業が取引を進めるうえで留意すべき点を整理します。
1 責任制限条項の有効性と契約確認の重要性
仲介業者の責任を故意・重過失のある場合に限定し、賠償額を成功報酬の範囲内に収める条項は、M&A仲介業界で広く用いられています。本判決は、このような条項が公序良俗に反して直ちに無効となるわけではないことを確認しました。この点を踏まえると、企業がM&A仲介契約を締結する際は、責任制限条項の内容を事前に十分に確認することが重要です。交渉段階で条項の修正を求めることも検討に値します。
2 仲介業者の注意義務と重過失の判断基準
本判決では、仲介業者は委託者に対して正確かつ適切な情報提供を行う義務を負うとしたうえで、M&A経験のない売主に対して重要事項の確認を明確に指示・促す義務、及び面談後に確認事項が履行されたかどうかを明確に検証する義務を怠った点が重過失の根拠とされました。仲介業者は、自らが直接確認できない情報であっても、その確認・伝達のプロセスを適切に管理する責任があることが示されています。委託者の立場からは、こうした判断基準を念頭に置きながら、重要事項の確認状況について仲介業者から具体的な報告を求めることが有益です。
3 委託者への過失相殺は認められない
仲介業務という専門的なサービスを委託している以上、委託者自身が並行して承諾取得に向けた積極的な確認行動を取らなかったことが過失と評価されるわけではないとされました。専門家への委託という契約構造が、委託者側の注意義務の範囲を限定する意味をもつことが確認されています。
M&A取引でお悩みの方へ
M&Aを検討する企業は、仲介業者との契約内容(特に責任制限条項)を慎重に精査するとともに、取引の進行において生じる重要情報の確認・伝達プロセスについて、仲介業者に対して明確な報告を求めることが望ましいといえます。本判決は、株式譲渡の仲介業者の責任が問われる事案において、注意義務の内容や重過失の有無について正面から判断した事例として、今後のM&A実務において参照すべき先例の一つとなるものです。
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本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的判断や助言を提供するものではありません。具体的な問題については、弁護士にご相談ください。

