本記事は令和8年(2026年)8月時点の法令(不正競争防止法ほか)に基づきます。
営業秘密の持ち出しは、実際に刑事罰が科される犯罪です。回転寿司チェーン「はま寿司」の営業秘密を持ち出した「かっぱ寿司」運営会社カッパ・クリエイトの元社長は有罪判決を受け(2023年)、両罰規定によって法人であるカッパ・クリエイト自身にも罰金3000万円が科されました(2024年・東京地裁)。また、ソフトバンクの5G関連の営業秘密を楽天モバイルへ持ち出した元社員には、懲役2年・執行猶予4年・罰金100万円の有罪判決が言い渡されています(2022年・東京地裁。2025年に最高裁で確定)。いずれも報道された実際の事件です。
退職者や現従業員による営業秘密の持ち出しは、会社に深刻な損害を与えます。「民事の損害賠償だけでなく、刑事でも責任を問いたい」——被害を受けた企業から、よくいただくご相談です。
図利加害目的で営業秘密を不正に取得・領得・使用・開示する行為は「営業秘密侵害罪」にあたり、10年以下の拘禁刑もしくは2000万円以下の罰金、またはその併科の対象です(21条1項・2項)。会社(法人)も、両罰規定により最大5億円の罰金の対象になり得ます(22条)。悪質な事案では、刑事告訴を検討する価値があります。
今回のコラムでは、営業秘密事件を扱う弁護士が、営業秘密侵害罪の要件・罰則と、刑事告訴の考え方を、条文・裁判例にもとづいて解説いたします。
営業秘密の持ち出しは、犯罪になりますか?
図利加害目的で、営業秘密を不正に取得したり、正当に示された営業秘密を任務に背いて持ち出し(領得)・使用・開示したりする行為は、不正競争防止法の「営業秘密侵害罪」として犯罪になります。
不正競争防止法は、営業秘密の侵害のうち、とくに悪質な行為を刑事罰の対象としています。主な類型を整理すると、次のとおりです。
| 類型 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 不正取得型 | 詐欺・窃取・不正アクセス等で営業秘密を取得、その使用・開示 | 21条1項1号・2号 |
| 転得者型 | 不正開示による取得後の使用・開示(二次的・三次以降の取得者) | 21条1項3号・4号 |
| 領得・背信型 | 正当に示された者が任務に背いて領得(横領・複製・消去仮装)、その使用・開示 | 21条2項1号〜4号 |
| 侵害品譲渡型 | 営業秘密侵害品の譲渡・輸出入 | 21条1項5号・2項5号 |
たとえば、退職者が在職中に正当にアクセスできた営業秘密を、退職に際して私物の媒体に複製して持ち出す行為は、「領得」(21条2項1号)にあたり得ます。営業秘密そのものの要件は営業秘密の3要件とはをご覧ください。
罰則は、どのくらい重いのですか?
個人には、10年以下の拘禁刑もしくは2000万円以下の罰金、またはその併科が科され得ます。営業秘密の重要性が高まる中、罰則は段階的に強化されてきました。
罰則の条文(21条1項の柱書)は、次のとおりです。
第二十一条 次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、十年以下の拘禁刑若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
正当に示された者による領得・背信型(21条2項)も、同じく10年以下の拘禁刑もしくは2000万円以下の罰金、またはその併科です。刑名は、令和4年の刑法改正(令和7年6月1日施行)により、従来の「懲役」から「拘禁刑」に一本化されています。
罰則の重さを整理すると、次のとおりです。
| 対象 | 罰則 | 根拠 |
|---|---|---|
| 個人(営業秘密侵害罪) | 10年以下の拘禁刑/2000万円以下の罰金/併科 | 21条1項・2項 |
| 個人(混同惹起・形態模倣・誤認惹起等) | 5年以下の拘禁刑/500万円以下の罰金/併科 | 21条3項 |
| 法人(両罰・営業秘密侵害罪) | 5億円以下の罰金 | 22条1項2号 |
営業秘密侵害罪は、経済的な利益を目的とすることが多いため、拘禁刑と罰金の併科が可能とされています。持ち出しが会社に与える損害の大きさを踏まえ、罰則は重く設定されているのです。
成立には、何が必要ですか?(図利加害目的)
営業秘密侵害罪が成立するには、「不正の利益を得る目的」または「営業秘密保有者に損害を加える目的」(図利加害目的)が必要です。正当な内部告発など、正当な目的による場合は、この目的が否定されます。
営業秘密侵害罪の各類型には、いずれも図利加害目的が要件として定められています。「不正の利益を得る目的」とは、公序良俗または信義則に反する形で不当な利益を図る目的をいい、自分の利益だけでなく、第三者(転職先など)に利益を得させる目的も含まれます。一方、公益を図る正当な内部告発などは、図利加害目的にあたらないとされています。
この「不正の利益を得る目的」の判断について、最高裁は重要な考え方を示しています。日産自動車事件(最決平成30年12月3日)です。
以上のとおり,被告人は,勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に,勤務先の営業秘密である前記1の各データファイルを私物のハードディスクに複製しているところ,当該複製は勤務先の業務遂行の目的によるものではなく,その他の正当な目的の存在をうかがわせる事情もないなどの本件事実関係によれば,当該複製が被告人自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できるから,被告人には法21条1項3号にいう「不正の利益を得る目的」があったといえる。
(この決定は平成27年改正前の条文〔21条1項3号〕に関する判断で、現行法では、営業秘密を示された者による領得は21条2項1号にあたりますが、「不正の利益を得る目的」の考え方は現行法にも通じます。)
この判断のポイントは、退職・転職の直前に、業務に必要でもない営業秘密を私物の媒体に複製し、正当な目的もうかがえない場合には、図利目的が合理的に推認されるということです。持ち出しの状況そのものから、目的が認定され得るのです。
会社も罰せられる「両罰規定」とは?
両罰規定とは、従業員などが業務に関して違反行為をしたときに、行為者本人だけでなく、その会社(法人)も処罰する規定です。営業秘密侵害罪では、法人に最大5億円(海外流出を伴う重い類型では最大10億円)の罰金が科され得ます。
両罰規定(22条)の条文は、次のとおりです。
第二十二条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。
法人に科される罰金額は、類型ごとに定められています。
| 対象となる罪 | 法人の罰金額 | 根拠 |
|---|---|---|
| 海外重罰の対象となる営業秘密侵害罪・外国公務員贈賄罪 | 10億円以下 | 22条1項1号 |
| 通常の営業秘密侵害罪(21条1項系) | 5億円以下 | 22条1項2号 |
| 混同惹起・形態模倣・誤認惹起等(21条3項系) | 3億円以下 | 22条1項3号 |
なお、正当に示された者による領得・背信型(21条2項各号)は、両罰規定の対象から外されています。これは、被害を受けた会社自身が処罰されないようにするためや、転職者の受け入れを妨げないための配慮とされています。この点は転職者採用時の営業秘密リスクで詳しく解説しています。
民事と刑事は、どう使い分ければよいですか?
民事(差止め・損害賠償)は被害の回復・拡大防止を、刑事(告訴)は制裁と抑止を目的とします。両者は併用でき、まず民事で証拠を固めつつ、悪質な事案では刑事告訴も検討するのが実務です。
民事と刑事の違いを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 民事 | 刑事 |
|---|---|---|
| 目的 | 被害の回復・拡大防止 | 制裁・再発抑止 |
| 手段 | 差止め・仮処分、損害賠償 | 刑事告訴・告発、捜査・起訴 |
| 主な効果 | 使用停止・データ廃棄・賠償金 | 拘禁刑・罰金(個人)、罰金(法人) |
| 立証の程度 | 民事訴訟の証明 | より厳格な証明 |
営業秘密侵害罪は、かつては被害者の告訴が必要な親告罪でしたが、平成27年改正により非親告罪となりました。もっとも、実際の捜査は、被害を受けた会社の被害申告・証拠提供が端緒として重要です。刑事は、証拠の保全と、営業秘密を法廷で守るための手続(秘匿決定など)も含めて、専門的な検討が必要になります。民事の初動は退職者による情報持ち出しへの対応をご覧ください。
弁護士に相談するタイミング
悪質な持ち出しに気づいたら、証拠が失われる前に弁護士に相談してください。刑事告訴には、証拠の保全と、営業秘密を守りながら進める工夫が欠かせません。
弁護士が支援できる場面を整理すると、次のとおりです。
| 場面 | 弁護士ができること |
|---|---|
| 持ち出しに気づいたとき | 証拠保全、民事・刑事の方針判断、告訴の可否検討 |
| 刑事告訴 | 告訴状の作成、捜査機関との対応、営業秘密の秘匿手続の検討 |
| 民事との並行 | 差止め・損害賠償と刑事の連携、和解交渉 |
| 予防 | 再発防止の管理体制づくり、証拠が残る仕組みの整備 |
刑事告訴は、証拠がそろっているほど受理・立件されやすくなります。そして、告訴後も、営業秘密が公開の法廷で明らかになることを防ぐ手続を活用しながら進める必要があります。こうした対応には、平時から社内の情報管理を把握してもらえる顧問契約が有効です。
顧問契約については顧問契約のご案内もご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 営業秘密を持ち出した元社員を刑事告訴できますか?罰則はどのくらいですか?
できる場合があります。図利加害目的で営業秘密を不正取得・領得・使用・開示する行為は営業秘密侵害罪にあたり、個人には10年以下の拘禁刑もしくは2000万円以下の罰金、またはその併科が科され得ます(不正競争防止法21条1項・2項)。悪質な事案では、証拠を保全したうえで刑事告訴を検討する価値があります。
Q2. 会社(法人)も処罰されますか?
されることがあります。両罰規定により、従業員などが業務に関して営業秘密侵害罪を犯した場合、法人にも罰金が科され得ます。通常の営業秘密侵害罪(21条1項系)では最大5億円、海外流出を伴う重い類型では最大10億円です(不正競争防止法22条)。ただし、正当に示された者による領得・背信型(21条2項各号)は両罰の対象外とされています。
Q3. 「図利加害目的」がないと、犯罪にならないのですか?
図利加害目的(不正の利益を得る目的・保有者に損害を加える目的)は、営業秘密侵害罪の要件です。公益を図る正当な内部告発などは、この目的が否定されます。もっとも、最高裁は、退職・転職の直前に業務に不要な営業秘密を私物に複製し、正当な目的もうかがえない場合には、図利目的が推認されると判断しています(日産自動車事件・最決平成30年12月3日)。
Q4. 刑事告訴には、被害者の告訴が必ず必要ですか?
営業秘密侵害罪は、平成27年改正により非親告罪となったため、告訴がなくても起訴は可能です。もっとも、実際の捜査は、被害を受けた会社の被害申告や証拠提供が端緒として重要です。証拠がそろっているほど、立件につながりやすくなります。
Q5. 刑事にすると、営業秘密が法廷で公になってしまいませんか?
その懸念に対応するため、刑事手続では、営業秘密の内容を公開の法廷で明らかにしないための秘匿決定などの手続が用意されています。営業秘密を守りながら刑事手続を進めることができるよう、専門的な検討が必要です。弁護士にご相談ください。
悪質な持ち出しには刑事告訴という選択肢も
図利加害目的で営業秘密を不正に取得・領得・使用・開示する行為は、営業秘密侵害罪として、個人に10年以下の拘禁刑もしくは2000万円以下の罰金、またはその併科の対象です(21条1項・2項)。法人も、両罰規定により最大5億円(海外流出を伴えば最大10億円)の罰金の対象になり得ます(22条)。最高裁は、転職直前の持ち出しについて図利目的を推認できると判断しており、悪質な事案では刑事告訴が有力な選択肢になります。
当事務所では、営業秘密侵害罪での刑事告訴の検討・告訴状の作成、捜査機関との対応、営業秘密を守りながら進めるための秘匿手続の検討など、不正競争防止法に関するご相談・ご依頼を多数承っております。営業秘密の持ち出しへの刑事対応をお考えの方は、証拠が失われる前に、まずはお気軽にお問い合わせください。
関連記事
- 不正競争防止法とは?10類型と企業が取れる対抗手段
- 退職者に顧客名簿・技術データを持ち出されたら?企業が今すぐ取るべき対応
- 営業秘密の3要件とは?秘密管理性・有用性・非公知性
- 転職者採用時の営業秘密リスク|受け入れ企業が負う責任

