本記事は令和8年(2026年)8月時点の法令(不正競争防止法ほか)に基づきます。
「自社の技術情報や顧客データを、いざというときに営業秘密として守れるようにしておきたい」——法務・総務・人事のご担当者から、よくいただくご相談です。営業秘密は、持ち出されてから「これは秘密だった」と主張しても、平時に秘密として管理していた実態がなければ保護されません。だからこそ、管理体制づくりは最大の予防策です。
営業秘密の管理で目指すべきは、「この情報は秘密だ」という会社の意思を、具体的な措置によって従業員に明確に示し、従業員がそれを認識できる状態を作ることです。マル秘表示やアクセス制限は、そのための手段です。過度に厳重な管理をすべての情報に施す必要はなく、情報の性質や会社の規模に応じた合理的な措置で足ります。
今回のコラムでは、営業秘密の実務を扱う弁護士が、経済産業省の「営業秘密管理指針(令和7年3月31日)」を踏まえて、媒体ごとの管理の具体例を解説いたします。
何をすれば「秘密として管理」したと言えますか?
目標は、「この情報は秘密として管理している」という会社の意思(秘密管理意思)を、具体的な管理措置によって従業員に明確に示し、従業員がそれを容易に認識できる状態にすることです。これができていれば、秘密管理性の要件を満たします。
営業秘密の定義(2条6項)は、次のとおりです。
6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この「秘密として管理されている」(秘密管理性)を満たすためには、保有者の秘密管理意思が、具体的な状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって従業員に明確に示され、その結果として従業員が秘密管理意思を容易に認識できる(認識可能性が確保される)ことが必要です。
ここで重要なのは、次の2点です。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 主観だけでは足りない | 会社が「秘密のつもり」でいるだけでは不十分。措置によって従業員に示し、認識できる状態にする必要がある |
| 過剰な管理は不要 | 具体的に必要な措置の程度は、会社の規模・業態・情報の性質などによって異なる。情報漏えい対策として高度な措置を取ることと、秘密管理性を満たすこととは別 |
重要な情報で従業員が当然に秘密と認識できるような場合には、会社のパソコンにログインするためのID・パスワードでアクセスが制限されている程度の技術的な措置や、就業規則・誓約書で漏えいを禁止しているといった規範的な措置で足りる場合もあります。管理は「厳重であればよい」わけではなく、従業員が秘密だと分かる状態を、無理のない形で作ることが本質です。営業秘密そのものの要件は営業秘密の3要件とはで解説しています。
紙媒体は、どう管理すればよいですか?
紙の書類は、一般の情報と区分したうえで「マル秘」などの秘密表示をすること、施錠できるキャビネットや金庫に保管することが典型的な方法です。
紙媒体の典型的な管理方法としては、秘密情報が記載された文書への「マル秘」表示や、施錠可能なキャビネット・金庫等での保管が挙げられます。整理すると次のとおりです。
| 措置 | 内容 |
|---|---|
| 秘密表示 | 文書に「マル秘」「社外秘」などの表示をする |
| 分別・区分 | 一般の文書と区分してファイリングする |
| 保管方法 | 施錠可能なキャビネット・金庫等に保管する |
なお、コピーの制限や配布コピーの回収、持ち帰り禁止といった追加的な措置は、情報漏えい対策としては有効でも、通常の状況で秘密管理性を満たすための必須の措置ではありません。まずは「マル秘表示による区分」を確実に行うことが基本です。
電子媒体は、どう管理すればよいですか?
電子データは、ファイル名・フォルダ名への「マル秘」の付記、データのヘッダーへのマル秘表示、ファイルやフォルダへのパスワード設定、アクセス権限の限定といった方法が典型です。
電子媒体については、次のいずれかの方法によって、秘密管理性の観点から十分な措置になり得ます。
| 措置 | 内容 |
|---|---|
| ファイル名・フォルダ名 | 電子ファイル名やフォルダ名に「マル秘」を付記する |
| ヘッダー等への表示 | ファイルを開くと画面上にマル秘と表示されるよう、データのヘッダー等にマル秘を付記する |
| パスワード | 電子ファイルそのもの、または格納フォルダにパスワードを設定する |
| 記録媒体 | USBメモリやCD-R等の記録媒体、保管ケースにマル秘表示を貼付する |
クラウドで営業秘密を保管・管理する場合も、秘密として管理されていれば秘密管理性は失われません。階層制限に基づくアクセス制御などの措置が例として挙げられており、重要な情報であることが明らかな場合には、クラウドにアクセスするためのID・パスワードの設定といった技術的措置や、就業規則・誓約書での漏えい禁止といった規範的措置で足りる場合もあります。テレワークやクラウド利用が広がる中で、実務上重要なポイントです。
物件・ノウハウはどう管理しますか?
製造機械や試作品などの「物件」は立入制限や撮影禁止の掲示などで、従業員の頭の中にあるノウハウは対象を文書化・リスト化することで管理します。
マル秘表示を貼れない物件や、媒体に記録されないノウハウについては、別の工夫が必要です。次のような方法が挙げられます。
| 対象 | 管理方法の例 |
|---|---|
| 物件(製造機械・金型・試作品など) | 「関係者以外立入禁止」「写真撮影禁止」の掲示、入館IDが必要なゲートの設置、営業秘密物件をリスト化して従業員間で共有する |
| ノウハウ(頭の中の情報) | 営業秘密のカテゴリーをリスト化する、内容を文書等に記載して可視化する |
ノウハウの可視化については、従業員の予見可能性を確保し職業選択の自由に配慮する観点から、原則として内容を紙などの媒体に可視化することが必要です。何が秘密なのかを従業員が具体的に分かるようにしておくことが、管理の実効性につながります。
就業規則・誓約書・研修には、どんな意味がありますか?
就業規則の秘密保持条項、秘密保持誓約書、従業員研修は、会社の秘密管理意思を従業員に示す「規範的な措置」として、技術的な措置を補う重要な役割を果たします。
秘密管理は、マル秘表示やパスワードといった技術的措置だけでなく、ルールによる規範的措置と組み合わせることで、より確実になります。就業規則や秘密保持契約(誓約書)で守秘義務を明らかにすること、従業員への研修・啓発などは、秘密管理措置として想定される取組に含まれます。
| 措置 | 役割 |
|---|---|
| 就業規則の秘密保持条項 | 全従業員に対して、守秘義務の存在を明確にする |
| 秘密保持誓約書 | 入社時・特定のプロジェクト開始時・退職時などに、対象と義務を個別に確認する |
| 従業員研修・啓発 | 何が営業秘密か、なぜ重要かを周知し、規範意識を高める |
一方で、注意も必要です。「職務上知り得た情報すべて」といった漠然とした形で秘密表示をし、明らかに一般情報まで含めてしまうと、秘密管理措置が「形骸化」していると評価されるおそれがあります。「何でも秘密」は、かえって秘密管理性を弱めるため、対象を適切に絞ることが大切です。秘密保持契約(NDA)・誓約書の実効性はNDA・秘密保持誓約書の実効性でも詳しく解説いたします。
また、こうしたルールの整備とあわせて、退職時の対応を平時から運用に組み込んでおくことも重要です。情報の持ち出しは、退職届が出される前後の時期から始まっていることが少なくありません。そのため、退職届が提出された従業員については、退職時の誓約書取得やデータ・貸与機器の返却確認に加え、退職届が出される前の時期にさかのぼってアクセスログや外部媒体の接続記録などに不審な点がないかを確認するという運用を、あらかじめルールとして定めておくと、持ち出しの兆候を早期に把握できます。退職者による持ち出しへの具体的な対応は退職者による情報持ち出しへの対応で解説しています。
取引先・共同開発先には、どう対応すればよいですか?
社外に営業秘密を渡すときは、従業員向けの管理に加えて、営業秘密を特定した秘密保持契約(NDA)を結び、会社の秘密管理意思を相手に明確に示すことが基本です。
取引先に秘密情報を提供する場合には、従業員・役員向けの秘密管理措置に加えて、その取引先と秘密保持契約を締結したうえで秘密情報を提供したかどうかがポイントになります。共同研究開発のように複数の企業に情報を開示する場合も、開示先を当事者としたNDAを締結することが有効です。
社外共有の場面のポイントを整理すると、次のとおりです。
| 場面 | 対応 |
|---|---|
| 取引先への提供 | 営業秘密を特定したNDAを締結し、秘密管理意思を明示する |
| 共同研究開発 | 参加する複数企業を当事者としたNDAを締結する |
| 立証への備え | 口頭ではなく、送り状への記載など書面で秘密管理意思を残すことが望ましい |
なお、秘密管理性は、法人全体ではなく管理単位(支店・事業本部など)ごとに判断され、社内の一部で管理が不十分でも、他の管理単位の秘密管理性が直ちに否定されるわけではありません。組織が大きくなるほど、どの単位で誰が管理するかを設計しておくことが重要になります。
弁護士に相談するタイミング
管理体制の設計、契約書の整備、そして運用の定着——営業秘密の予防法務は、継続的な取組みが必要です。だからこそ、顧問契約による継続的なサポートが効果を発揮します。
弁護士が支援できる場面を整理すると、次のとおりです。
| 場面 | 弁護士ができること |
|---|---|
| 体制の設計 | 秘密管理の対象・単位・方法の設計、指針に沿った運用ルールづくり |
| 契約・書面の整備 | 秘密保持契約(NDA)・誓約書・就業規則の作成・見直し、秘密の特定 |
| 運用の定着 | 従業員研修、退職時の手続整備、定期的な点検 |
| 有事への備え | 持ち出しが起きた際の初動対応の準備、証拠保全のルール化 |
営業秘密の管理体制は、一度作って終わりではありません。新しい情報の追加、人の入退社、事業や取引形態の変化に合わせて、継続的に見直し・運用していく必要があります。こうした予防法務には、日常的に相談でき、社内の状況を継続的に把握してもらえる顧問契約の活用が最適です。平時から体制を整えておくことが、いざ持ち出されたときに「営業秘密だった」と主張できる最大の備えになります。
顧問契約については顧問契約のご案内もご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 営業秘密として守るには、具体的に何をすればよいですか?
「この情報は秘密だ」という会社の意思を、具体的な措置で従業員に示し、従業員が認識できる状態にすることが基本です。紙なら一般情報と区分したうえで「マル秘」表示、電子データならファイル名・ヘッダーへのマル秘付記やパスワード設定・アクセス制限が典型例です。これに就業規則や誓約書などの規範的措置を組み合わせると、より確実になります。
Q2. すべての情報を厳重に管理しないと、営業秘密になりませんか?
いいえ。必要な措置の程度は、情報の性質・会社の規模・業態などによって異なります。重要な情報で従業員が当然に秘密と認識できる場合には、ID・パスワードによるアクセス制限程度の技術的措置や、就業規則・誓約書での漏えい禁止といった規範的措置で足りる場合もあります。過剰な管理をすべての情報に施す必要はありません。
Q3. 「すべて秘密」と表示しておけば安心ですか?
かえって逆効果になることがあります。「職務上知り得た情報すべて」といった漠然とした表示で、明らかに一般情報まで含めてしまうと、秘密管理措置が「形骸化」していると評価されるおそれがあります。秘密の対象を適切に絞り込むことが大切です。
Q4. クラウドやテレワークで管理していても、営業秘密になりますか?
なり得ます。クラウドで保管・管理する場合も、階層制限に基づくアクセス制御などの措置により秘密として管理されていれば、秘密管理性は失われません。重要な情報であることが明らかな場合には、ID・パスワードの設定や、就業規則・誓約書での漏えい禁止で足りる場合もあります。
Q5. 取引先にデータを渡すときは、どうすればよいですか?
営業秘密を特定した秘密保持契約(NDA)を締結し、会社の秘密管理意思を相手に明確に示すことが基本です。取引先に秘密情報を提供する場合は、NDAを締結したうえで提供したかどうかがポイントになります。共同研究開発では、参加する複数企業を当事者としたNDAが有効です。
平時の管理が、有事の保護を決めます
営業秘密の管理体制づくりの本質は、「この情報は秘密だ」という会社の意思を、具体的な措置で従業員に示し、認識できる状態を作ることにあります。マル秘表示・パスワード・アクセス制限といった技術的措置と、就業規則・誓約書・研修といった規範的措置を、情報の性質や会社の規模に応じて組み合わせることが基本です。過剰な管理は不要ですが、対象を漠然とさせると「形骸化」で保護を失うおそれがあります。
管理体制の設計・整備は、専門的な検討と継続的な運用が必要です。当事務所では、営業秘密の管理体制づくり、マル秘表示・アクセス制限など秘密管理措置の設計、就業規則・秘密保持誓約書・NDAの整備など、不正競争防止法に関するご相談・ご依頼を多数承っております。まずは本ウェブサイト右上の問い合わせフォームより、お気軽にお問い合わせください。
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