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冷地手当を有期契約社員に支給しないことは不合理な格差か(東京地裁令和5年7月20日判決:人事担当者のための労働法)

はじめに

正社員と有期契約社員・パートタイム労働者との待遇格差は、同一労働同一賃金の観点から、企業の人事担当者にとって継続的に対応が求められる課題です。各種手当の支給・不支給が「不合理な格差」にあたるか否かは、手当の種類ごとに個別の検討が必要であり、一律に判断できるものではありません。

今回のコラムでは、日本郵便株式会社(以下「Y社」といいます。)が正社員に支給する寒冷地手当を時給制契約社員(有期労働契約を締結する非正規社員)には支給しないことが、旧労働契約法20条(以下「旧労契法20条」といいます。)に違反するか否かが問われた東京地裁令和5年7月20日判決(令和2年(ワ)第3729号)を取り上げます。

裁判所は、この待遇差は不合理ではないと判断し、有期契約社員の請求を棄却しました。この判決は、同種の手当格差をめぐる判断の考え方を理解するため、企業の担当者の方にとって有益な示唆を含む裁判例です。

事案の概要

Y社(日本郵便株式会社)は、郵便業務等を営む企業であり、無期労働契約を締結する正社員と、有期労働契約を締結する期間雇用社員が存在し、それぞれ異なる就業規則・給与規程が適用されていました。

原告X(以下「X」といいます。)は、Y社との有期労働契約を長期にわたり更新し続けている時給制契約社員であり、岩手県盛岡市内の郵便局に在勤して郵便外務業務(郵便物の配達等)に従事していました。Xは世帯主であり、扶養親族はいませんでした。

Y社では、正社員(とりわけ郵便業務を担当する「新一般職」)に対して、毎年11月から翌年3月まで、所定の寒冷地域に在勤することを要件として寒冷地手当が支給されていました。しかし、時給制契約社員には寒冷地手当の支給規定がなく、同じ郵便局で同様の業務に従事するXにも支給されていませんでした。

Xは、この待遇差は旧労契法20条が禁じる不合理な労働条件の相違にあたるとして、Y社に対し、平成28年11月分から令和元年11月分までの寒冷地手当相当額(合計11万2200円)及び弁護士費用(1万1220円)の損害賠償を求めて提訴しました。

なお、Y社の郵便業務に関する正社員と期間雇用社員との待遇格差については、令和2年10月15日、最高裁判所第一小法廷が3件の判決(以下「先行最高裁3判決」といいます。)を言い渡しており、夏期・冬期休暇、病気休暇、年末年始勤務手当、祝日給、扶養手当の各格差についてはいずれも不合理であると判断されていました。本件の寒冷地手当は、先行最高裁3判決では直接の争点とならなかった手当です。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①時給制契約社員に寒冷地手当を支給しないことが、旧労契法20条にいう不合理と認められる労働条件の相違に当たるか
争点②損害額(争点①が認められた場合)

裁判所の判断

裁判所は、争点①について以下のとおり判断し、不合理な労働条件の相違にはあたらないとして、Xの請求を棄却しました(争点②については判断不要として検討せず)。

(1)旧労契法20条の解釈

裁判所は、まず旧労契法20条の解釈について次の点を確認しました。

有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。また、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される(最高裁判所平成30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁参照)。

つまり、手当格差の合理性は、賃金総額の多寡だけでなく、当該手当固有の趣旨・目的を踏まえて個別に判断するというのが裁判所の立場です。

(2)寒冷地手当の趣旨

裁判所は、寒冷地手当の趣旨等について、次の事実を認定しました。

認定事実内容
正社員の基本給の決め方担当する職務内容・複雑困難性・責任の度合・前年度の勤務成績等によって定められており、勤務地域による差異は設けられていない
寒冷地手当の支給要件冬期(11月〜翌年3月)の基準日に所定の寒冷地域に在勤することが条件
寒冷地手当の金額決定地域の寒冷・積雪の度による区分と、世帯主か否か・扶養家族の有無による区分に応じて決定される

これらを踏まえ、裁判所は次のとおり判示しました。

寒冷地手当は、正社員の基本給が上記①から③までの要素によってのみ決定され、勤務地域による差異が設けられていないところ、寒冷地域に在勤する正社員は、他の地域に在勤する正社員と比較して、寒冷地域であることに起因して暖房用燃料費等に係る生計費が増加することから、寒冷地域に在勤する正社員に対し、寒冷地域であることに起因して増加する暖房用燃料費等に係る生計費をその増加が見込まれる程度に応じて補助することによって、勤務地域を異にすることによって増加する生計費の負担を緩和し、正社員間の公平を図る趣旨で支給されているものと解される。

すなわち、寒冷地手当は「生計費補助」であるとともに、正社員の間で勤務地域の違いによって生じる生計費負担の不均衡を是正する趣旨のものであると解されました。

(3)時給制契約社員への趣旨の妥当性

続いて裁判所は、時給制契約社員の賃金体系について次の事実を認定しました。

認定事実内容
時給制契約社員の基本賃金の仕組み勤務地域の地域別最低賃金に相当する額を基礎として定められており、勤務地域ごとに異なる水準で決定されている
地域別最低賃金における生計費の考慮最低賃金法9条2項により「地域における労働者の生計費」が考慮要素の一つとされており、各都道府県の人事委員会が定める標準生計費が参照されている

これらを踏まえ、裁判所は次のとおり判示しました。

時給制契約社員の基本賃金は、勤務地域ごとに必要とされる生計費も考慮された上で、勤務地域ごとに定められているのであるから、勤務地域を異にする者の間に、基本賃金に勤務地域による差異がないことに起因する不公平が生じているとはいえず、寒冷地手当の支給により公平を図る趣旨が妥当するとはいえない。

(4)職務内容の共通性を考慮しても不合理ではない

原告Xは、新一般職(正社員)と時給制契約社員との職務内容が実質的に同一であることを強調して主張しましたが、裁判所は、職務内容・配置変更の範囲に共通点があることを認めつつも、次のとおり結論しました。

そうすると、正社員、とりわけ郵便の業務を担当する新一般職と郵便の業務を担当する時給制契約社員との間には職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲につき相応の共通点があること……を考慮しても、正社員に対して寒冷地手当を支給する一方で、時給制契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価できるものではない。

コメント

1 本判決の意義

本判決は、ハマキョウレックス事件(最二小判平30.6.1民集72巻2号88頁)及び長澤運輸事件(最二小判平30.6.1民集72巻2号202頁)が示した判断枠組みに従い、先行最高裁3判決では直接争点とならなかった寒冷地手当の格差について不合理ではないとの判断を示した事例として意義があります。

本判決のポイントは、「職務内容の共通性」という原告が重視した事情よりも、「手当の趣旨」と「賃金体系の仕組み」との対応関係を中心に不合理性を判断した点にあります。

正社員の基本給には勤務地域による差異がなく(いわば「全国均一」の設計)、その結果として生じる地域間の生計費格差を補正するために寒冷地手当が設けられているという構造が認定されました。

もっとも、時給制契約社員の基本賃金は地域別最低賃金を基礎として地域ごとに設定されており、その中にすでに地域ごとの生計費の差が織り込まれているため、同手当の趣旨が妥当しないと判断されたと評価することができます。

2 旧労契法20条からパート有期法8条へ

本判決は旧労契法20条を適用した事案ですが、同条は平成30年の法改正により削除され、令和2年4月1日施行の短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パート有期法)8条において、同趣旨の規律が引き継がれています(中小企業への適用は令和3年4月1日から)。

パート有期法8条の文言はハマキョウレックス事件・長澤運輸事件の判示を反映した内容になっており、本判決が示した判断の考え方は、現在適用されるパート有期法8条のもとでも引き続き参照されるべきものです。

自社の待遇設計を検討する際には、厚生労働省が公表している「同一労働同一賃金ガイドライン」(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針、令和2年厚生労働省告示第430号)も重要な参照資料となります。

3 企業に求められる対応

本判決から、企業の人事・労務担当者が対応を検討すべき点として、以下が挙げられます。

(1)各手当の趣旨・目的の明文化

本判決のポイントは、寒冷地手当の「趣旨」(正社員の基本給設計に起因する地域間不均衡の是正)と、時給制契約社員の「賃金体系の仕組み」(地域別最低賃金を基礎とした地域差の内包)とを丁寧に対比したことにあります。

手当の格差が問題にならないためには、当該手当の趣旨・目的がそもそも非正規労働者には妥当しないことを、書面上で合理的に説明できる根拠を整えておく必要があります。就業規則・給与規程の条文だけでなく、各手当を設けた経緯や目的を記録・整理しておくことが望ましいといえます。

(2)基本賃金の仕組みと各手当との関係の整理

裁判所は、ある賃金項目の有無・内容が他の賃金項目の有無・内容を踏まえて決定される場合、その事情も不合理性の判断において考慮するとしています。本判決でも、時給制契約社員の基本賃金に地域別生計費の差がすでに織り込まれているという事実が、判断を左右しました。

自社において、正社員と非正規労働者とで基本賃金・基本給の決め方がどのように異なるかを書面で整理しておくことが、個別の手当格差の正当性を主張する際の基礎となります。

(3)合理的に説明できない格差の見直し

本判決のように不合理性が否定されるケースがある一方で、手当の趣旨から見て非正規労働者にも同様の必要性が認められる場合(例:通勤手当、食事補助など実費補填的な手当)には、不支給が不合理と認定されるリスクが高まります。

(4)紛争リスクの事前把握

本件と同様に、同一企業の正規・非正規の待遇格差をめぐる訴訟は各地で提起されており、先行判決の射程が及ばない手当についても次々と問題とされています。自社の制度が現行のパート有期法8条のもとで問題なく機能しているかについて、専門家によるリーガルチェックを実施し、訴訟リスクを事前に把握しておくことが実務的には重要です。

 


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。