―借地権設定があっても経済的利益が移転しない場合の土地評価を解説:東京地裁令和5年1月26日判決・東京高裁令和5年12月13日判決―
はじめに
相続税の申告においては、相続した土地の評価額をどのように算定するかが、納税額を大きく左右する重要な問題です。なかでも、同族会社に賃貸している土地について無償返還届出書(土地の無償返還に関する届出書)が提出されている場合の貸宅地評価は、納税者と課税庁との見解が対立することがあります。
本稿で紹介する東京地裁令和5年1月26日判決(以下「原審判決」)および控訴審の東京高裁令和5年12月13日判決(以下「控訴審判決」)は、①相続税法22条が定める「時価」の評価枠組みと通達の位置付け、②借地権設定があっても経済的利益が移転していないと認められる場合の具体的な判断基準、③無償返還届出書の相続税法上の位置付け、という三点について、実務上の参考となる判断を示しています。
控訴審においては、自己借地権制度の成立前における地上権承継の可否についても判断が加えられており、貸宅地の相続税評価に関わる事案において参照価値の高い裁判例です。
今回のコラムでは、上記東京高裁判決を中心に概要をご紹介いたします。
事案の概要
東京都目黒区内に所在する土地(以下「本件土地」)の相続税評価が争われた事案です。
本件土地の当初所有者(亡B)は、昭和39年に住宅公社(E)と共同でマンション(以下「本件マンション」)を建築する計画を立て、本件土地にEのために地上権を設定しました。Eは、権利金として2,220万円を亡Bに支払い、マンション完成後は、Bが低層階(地下1階〜地上4階)を、Eが高層階(地上5階〜10階)を区分所有することになりました。その後、高層階の各戸は地上権持分とともに順次分譲されました。
亡Bの死亡後、本件土地は配偶者(亡A)が相続し、原告(Bの子)は本件マンション低層階を取得しました。原告は、平成10年(1998年)に、自らが代表者を務める法人(F社)に本件マンション低層階を売却しました。この際、亡AとF社との間で土地賃貸借契約書が作成されましたが、権利金の授受はなく、地代は月額10万円とされました。また、亡AとF社は、将来土地を無償で返還する旨を記した無償返還届出書を税務署に提出しました。
亡Aが平成26年(2014年)に死亡し、原告が本件土地の持分を相続しました。原告は、相続税の申告において、本件土地の時価につき財産評価基本通達(以下「評価通達」)25⑴に基づき、自用地としての価額から借地権割合70%相当額を控除した価額(自用地価額の30%相当)として申告しました。
しかし、課税庁は、本件土地についてF社との間で無償返還届出書が提出されていることを根拠に、「相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて」と題する通達(以下「相当地代通達」)8に基づき、自用地としての価額の80%相当額が時価であるとして相続税の更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分を行いました。
原告は、これを不服として取消訴訟を提起し、原審・控訴審をいずれも敗訴して本件は確定しました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件土地のうちF社が使用する部分の時価(相続税法22条)の評価方法。相当地代通達8に基づき自用地価額の80%相当額として評価すべきか、それとも評価通達25⑴に基づき自用地価額から借地権割合70%相当額を控除した価額(30%相当)として評価すべきか。 |
| 争点② | 本件土地にF社を地上権者とする地上権が設定されている場合、当該地上権の存在によって評価額が自用地価額の80%相当額を下回るか。 |
| 争点③ | AとF社との間の土地賃貸借契約が無効であり、これを前提とする無償返還届出書も無効である場合、相当地代通達8の適用要件を欠くことになるか。 |
裁判所の判断
原審(東京地裁令和5年1月26日判決)
原審裁判所は、原告の請求をいずれも棄却しました。
1 相続税法22条の時価と通達の位置付け
裁判所は、相続税法22条の「時価」とは当該財産の客観的な交換価値をいうと解した上で、評価通達および相当地代通達は、上級行政機関が下級行政機関の職務権限行使を指揮するために発した通達にすぎず、国民に直接の法的効力を有しないと確認しました。もっとも、課税庁がこれらの通達に従い画一的に評価を行っていることを踏まえ、次のように判示しました。
「評価通達及び相当地代通達は相続財産の価額の評価の一般的な方法を定めたものであり、課税庁がこれに従って画一的に評価を行っていることを踏まえると、相続財産の客観的な交換価値を評価するに当たっては、評価通達及び相当地代通達に定める評価方法の趣旨を踏まえて検討するのが相当である。」
これは、いわゆるタワマン節税事件において評価通達の位置付けを明確にした最判令4.4.19(民集76巻4号411頁、判タ1499号65頁)を引用しつつ、評価通達や相当地代通達の解釈から課税処分の適法性の結論が直ちに導き出されるわけではないことを前提に、これらの通達が実務に占める重要性を考慮した判示です。
2 借地権設定があっても経済的利益の移転がない場合の判断基準
裁判所は、借地権設定契約がされても土地所有者から借地人に対し何ら経済的利益が移転していない場合として、以下の①②③の要件を挙げ、これらを充たす場合の客観的な交換価値は自用地としての価額の80%相当額を下回らないと判示しました。
「①借地権の設定に際しその設定の対価として通常権利金を支払う取引慣行があると認められる地域であるにもかかわらず、権利金の授受がされておらず、②実際に支払っている地代がその地域における通常の借地権設定契約における地代(通常の地代)と同程度かそれよりも低い額であって、③土地所有者と借地人との間で、将来借地人が当該土地を無償で返還する旨合意されている場合には、特段の事情がない限り、借地権設定契約がされても、土地所有者から借地人に対しては何ら経済的利益が移転していないというべきである。」
本件においては、①F社による権利金の不授受、②F社が支払っていた地代(月額10万円)が通常地代(自用地価額の底地相当分の6%換算で月額約28万円)を下回っていたこと、③F社と亡Aとの間の無償返還合意、がいずれも認定され、亡AからF社に対し何ら経済的利益が移転していないと判断されました。
なお、無償返還届出書が提出されていることは、上記の経済的利益の不移転という事実を裏付ける一要素として考慮されましたが、それ自体が評価額を確定する根拠とはされていません。
3 無償返還届出書の相続税法上の位置付け
裁判所は、無償返還届出書の有効・無効は相続税法上の財産評価を直接左右しないことを次のとおり判示しました。
「土地所有者及び借地人から無償返還届出書が提出されていることは、相続税法上は、土地所有者から借地人に対し何ら経済的利益が移転していないとの事実を推認させる事情として考慮されるにとどまるというべきである。」
また、無償返還届出書の届出行為が仮に無効であったとしても、
「そのことが本件各土地のうちFを使用者とする部分の客観的な交換価値についての上記認定判断を左右するものにはならない。」
と判断し、土地賃貸借契約の無効を前提とする原告の主張を退けました。
4 地上権の存在による評価への影響
F社を地上権者とする地上権が設定されているとの原告の主張については、裁判所は、仮に地上権が設定されていたとしても、亡B、亡A、原告、F社のいずれも当該地上権の経済的価値はないものとして取り扱っており(権利金も地代の支払も確認できなかった)、地上権取得の認識が登記上明確になった後も当事者らがこれを前提とした行動を何ら採らなかった事実を重視しました。このことから、裁判所は、当該地上権の存在によって本件土地の客観的交換価値が自用地価額の80%相当額を下回ることにはならないと判断しました。
控訴審(東京高裁令和5年12月13日判決)
控訴審裁判所は、原判決を維持し、控訴を棄却しました。
1 基本的な判断枠組み
控訴審裁判所は、基本的な判断枠組みとして原審判決の説示をそのまま引用しつつ、次のとおり判示しました。
「当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり原判決を補正し、後記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を加えるほかは、原判決「事実及び理由」第3の1ないし4に記載のとおりであるから、これを引用する。」
2 自己借地権制度の不存在と地上権承継の可否
控訴人は、亡Bがマンション建設当時にEから地上権持分を承継取得しており、その後順次F社まで承継されたと改めて主張しました。しかし、控訴審裁判所は次のとおり判示しました。
「しかしながら、自己借地権の制度は、平成4年8月1日に施行された借地借家法15条により、主として政策的な観点から新設された制度であって、亡Bが自らの所有する本件各土地にDのために地上権を設定した昭和40年1月4日及び本件マンションが完成した昭和41年2月頃においては、当該制度自体が存在しなかったものである。当時、亡Bが自己所有の本件各土地上にDのために設定した地上権について、Dからその持分を譲り受けようとしても、同持分は、亡Bがこれを取得すると同時に、混同により消滅する(民法179条1項)こととなるから、亡B(昭和61年▲月▲日死亡)が、生前、上記地上権の持分を取得して保持することはできなかったものである。」
3 使用貸借契約の黙示的成立と相続人が取得した権利の性質
その上で、控訴審裁判所は、亡BとE(D)との間での法的関係について次のとおり認定しました。
「Dは、昭和40年1月4日の地上権設定契約締結時か、遅くとも本件マンションが完成した昭和41年2月頃までには、亡Bに対し、本件マンション低層階の所有を目的として本件各土地をその敷地として無償で使用収益する権利を黙示的に付与し、これにより、両者間に本件各土地について上記目的による使用貸借契約が黙示的に成立したものと認めるのが相当である。」
この認定を踏まえ、控訴審裁判所は、控訴人が亡Bから相続した権利の性質について次のとおり判示しました。
「控訴人が亡Bから本件マンション低層階と共に相続した敷地使用権は、地上権ではなく、せいぜい上記使用貸借契約に基づく使用借権であるということになる。」
4 地上権持分の存在と客観的交換価値
以上の各事実を総合した上で、控訴審裁判所は次のとおり結論付けました。
「(a)亡Bの生前は、自己借地権の制度が存在しなかったため、亡Bは、本件各土地について本件マンション低層階の所有を目的として地上権の持分を保有することはできず、本件マンション低層階の敷地として本件各土地を使用収益するため、Dから本件各土地の使用借権の付与を黙示的に受けていたにすぎないものと認められること、(b)亡B、亡A、控訴人及びC社のいずれもが、本件マンション低層階の敷地利用権として地上権が存在するとの認識を有していなかったこと、(c)亡A及びC社は、登記記録上は本件マンション低層階の敷地利用権として地上権が存するものとされていることを知った後も、これを前提とした行動は一切採らなかったこと、(d)Dが亡Bに対し地上権設定の対価として支払った2220万円には、本件各土地を本件マンション低層階の敷地として使用収益する権利の取得の対価が含まれていると解することは、当事者の合理的意思に合致しないことからすれば、亡Bが、Dから本件各土地の地上権の持分を譲り受け、同持分が亡Bから控訴人へ相続され、さらにはC社に承継されたとする控訴人の主張は、採用することができず、上記地上権の持分の存在によって、本件マンション低層階の敷地部分の客観的交換価値が、同敷地部分の自用地としての価額の80%相当額を下回ることにはならないというべきである。」
コメント
1 本判決の意義
本判決(原審・控訴審を通じ確定)は、貸宅地の相続税評価に関して実務上注目すべき点を三つ明確にした点に意義があると評価できます。
第一に、相続税法22条の「時価」の算定は、評価通達や相当地代通達の機械的な当てはめではなく、あくまでも財産の客観的な交換価値を認定する事実認定の問題であることを確認した点です。最判令4.4.19(民集76巻4号411頁)の趣旨を踏まえつつ、通達の位置付けについて、本判決は、評価通達及び相当地代通達の定める評価方法の「趣旨を踏まえて検討するのが相当」としつつも、通達はあくまでも行政機関内部の指針であり、これに基づく評価額が当然に相続税法22条の「時価」と一致するものではないという立場を明らかにしました。
この点は、通達の適用結果が時価を超える場合にも下回る場合にも妥当する判断枠組みであり、課税実務において重要な意義を有します。
第二に、借地権設定があっても経済的利益の移転がないと認められる場合の判断基準として、①権利金の不授受、②通常地代以下の地代、③無償返還合意、という具体的な三要件を私法上の観点から示した点です。これにより、無償返還届出書の提出という形式的要件だけでなく、借地契約の経済的実態に基づく判断が行われることが明確となりました。
第三に、無償返還届出書の有効・無効は相続税法上の財産評価を直接左右しないことを示した点です。無償返還届出書は、経済的利益の不移転という事実を「推認させる事情」にとどまります。このことは、届出書が無効であっても上記三要件が充たされている限り自用地価額の80%相当額が時価の下限として認められる可能性があることを示すものですが、同時に、届出書の存在のみで評価が確定するわけでもないことを意味します。
2 無償返還届出書の法人税法と相続税法における機能の違い
無償返還届出書の提出は、本来、法人税の課税場面で機能する制度です。法人税基本通達(13-1-3及び13-1-7によれば、法人が土地を借り受ける際に相当の地代に満たない地代しか支払わない場合でも、無償返還届出書を提出することで権利金の認定課税を回避できます。
もっとも、本判決が明示したとおり、無償返還届出書の提出の有無は相続税法22条の「時価」の認定において直接的な法的効力を持ちません。相続税においては、あくまでも経済的実態(権利金・地代の授受の有無、無償返還合意の存否)に基づいて客観的な交換価値が認定されます。
法人税と相続税のいずれにおいても無償返還届出書が同様に機能することを前提に租税計画を立てることには注意が必要であり、両税目の制度的な違いを十分に踏まえた上で、専門家に相談することが重要です。
3 実務における留意点
本判決を踏まえると、同族会社等との間で土地の賃貸借関係を設定している法人・個人は、次の点を確認しておくことが有益と言えます。
(1)借地契約の経済的実態の確認
本判決の示す①権利金不授受、②通常地代以下の地代、③無償返還合意の三要件をいずれも充たす取引関係にある場合、相続税法上の評価額は自用地価額の80%相当額を下回らないものとして課税される可能性があります。相続開始前から、権利金の授受の有無、地代の水準(通常地代との比較)、無償返還合意の存否を整理しておくことが重要です。
なお、借地権に関する評価方法の詳細については、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56ほかによる国税庁長官通達)及び相当地代通達(昭和60年6月5日付け課資2-58ほかによる国税庁長官通達)が国税庁ウェブサイト(https://www.nta.go.jp/)に公開されており、参照することができます。
(2)登記上の地上権の実態確認
登記簿上に地上権が存在していても、その経済的実態(権利金・地代の支払実績、当事者の認識など)が伴わない場合は、相続税評価額を引き下げる根拠とはなりません。
本判決は、当事者全員が地上権の経済的価値を認識していなかった事実を重視しました。権利関係を整理・活用する場合は、経済的実態が伴っているかどうかを専門家と確認することが必要です。
(3)相続発生前からの対策
貸宅地の評価は、適用する評価方法によって課税額に相当の差が生じます。相続の発生前から専門家(税理士・弁護士)と連携し、借地契約の内容、届出書の有無、地代の実態、地上権の経済的実態などを総合的に整理した上で、適切な評価方針を検討しておくことが有益かつ最善です。
貸宅地や同族会社への土地賃貸に関する相続税の問題は、税務・法務の両面から検討が必要な複合的な問題です。個別の事案においては、弁護士・税理士等の専門家に具体的な事情を相談の上、対応を検討されることをお勧めします。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

