長時間労働による脳・心臓疾患の発症と使用者の安全配慮義務については、最高裁平成12年3月24日判決(電通事件)以来、多数の裁判例が蓄積されてきました。最近では、教育現場における教員の過労死・過労死未遂事案が社会問題となっており、学校設置者や管理職の法的責任が問われる事案が続いています。
富山地方裁判所令和5年7月5日判決は、公立中学校の教員がくも膜下出血を発症して死亡した事案において、校長の安全配慮義務違反を認定し、自治体に対し約8,300万円の賠償を命じた事例です。
本判決は、教員の長時間労働問題が深刻化する中で、①部活動指導を含む時間外勤務の把握義務の範囲、②予見可能性の判断基準、③因果関係の認定における素因の位置づけ、④素因減額・過失相殺の可否という問題について、企業の人事労務担当者にとっても重要な示唆を含む判断を示しました。
今回のコラムでは、上記富山地裁判決について、概要を紹介したいと思います。
事案の概要
被災者の属性と担当業務
被災者D(死亡当時42歳)は、富山県滑川市立甲中学校の教諭として勤務していました。平成28年度(2016年度)における担当業務は以下のとおりで、きわめて多岐にわたるものでした。
学級担任:3年5組(生徒数40名)の担任。修学旅行引率(5月)、家庭訪問(5月)、保護者との教育懇談会(7月)など
教科担当:3年生4学級の理科を週4時間ずつ、合計週16時間の授業を担当(学校内で最多クラスの一人)
部活動顧問:女子ソフトテニス部(部員28名)の顧問を1名で担当。同部は県下の強豪で、休日の遠征・大会も多数
その他校務分掌:生徒会ボランティア活動の主務
発症・死亡の経緯
Dは平成28年7月22日午前4時頃、自宅でくも膜下出血を発症し、救急搬送されました。同年8月9日に死亡しました。
時間外勤務の実態
地方公務員災害補償基金(地公災)の公務災害認定において認定された時間外勤務時間数は以下のとおりです(週40時間の法定労働時間を超えた時間)。
| 発症前の期間 | 時間外勤務時間数 |
|---|---|
| 発症前1週間 | 29時間41分 |
| 発症前4週間 | 98時間29分 |
| 発症前30日間 | 118時間25分 |
| 第5週〜第8週(4週間) | 127時間49分 |
| 第9週〜第12週(4週間) | 79時間07分 |
| 第13週〜第16週(4週間) | 93時間35分 |
なお、連続勤務についても、発症前日まで25日間連続で勤務し、その前も27日間連続で勤務するなど、休日を返上した長期連続勤務が恒常化していました。
平成30年4月、地公災はDの発症を「公務上の災害」と認定しました。
当事者と請求の概要
Dの妻(原告A)および子(原告B・C)が、①滑川市に対しては国家賠償法1条1項に基づき、②校長(E校長)の給与負担者である富山県に対しては同法3条1項に基づき、合計約1億629万円(各法定相続分相当額)の損害賠償を請求しました。
争点
本件の主な争点は以下の5点です。
- 争点①:E校長の安全配慮義務違反の有無
- 争点②:E校長の安全配慮義務違反と本件発症との間の因果関係
- 争点③:損害の発生および額
- 争点④:素因減額(脳動脈瘤・高血圧症)の可否
- 争点⑤:過失相殺(降圧剤の服用中断等)の可否
被告滑川市は、部活動指導が超勤4項目に含まれない教員の自発的行為であることを主な根拠として、部活動指導に充てた時間を時間外勤務から除くべきであり、その場合には厚労省・地公災の認定基準を下回るため安全配慮義務違反は成立しないと主張しました。また、欠勤等の具体的異常がなかったことを理由に、予見可能性も否定しました。
裁判所の判断
1. 安全配慮義務の内容(争点①)
裁判所は、まず校長が教員に対して負う注意義務の内容として、電通事件最高裁判決および平成23年最高裁判決を踏まえ、以下のとおり判示しました。
地方公共団体の設置する中学校の校長は、自己の監督する教員が、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等を過度に蓄積させ心身の健康を損なうことのないよう、その業務の遂行状況や労働時間等を把握し、必要に応じてこれを是正すべき義務(安全配慮義務)を負う。
2. 業務の量的・質的過重性(争点①)
(1)部活動指導を含む量的過重性の認定
被告側は「部活動指導は教員の裁量に委ねられた自主的活動であるから、時間外勤務から除くべき」と主張しましたが、裁判所はこれを退け、部活動指導に充てた時間も含めて時間外勤務を評価しました。その理由として、以下の事実を挙げています。
本件中学校では、基本的に全ての教員がいずれかの部活動顧問を担当することとされており、その配置決定に校長及び本件中学校内に設置された校務運営委員会が関与していたこと、教員が休日等に部活動指導にあたった場合は手当を支給することとされており、その算定の基礎となる特殊勤務実績簿にE校長が押印していたこと、部活動の朝練習及び放課後練習の一部が、所定勤務時間外に予定されており、部活動の朝練習は顧問指導の下で実施することとされており、また放課後練習はその終わりに必ず出向き、生徒が帰宅するのを見届け、帰宅時間を厳守させることなどが取り決められていたことなどを踏まえると、本件中学校において、教員が部活動顧問を担当し、その関連業務に所定勤務時間外にわたって従事することは当然に想定されていたといえる。
そして、時間外勤務時間が多くなった背景にDの責任感や積極的姿勢があったとしても、「全体としてみれば、同部の顧問としての業務が全くの自主的活動の範疇に属するものであったとはいえない」として、量的過重性を認定しました。
その結果、Dの時間外勤務は、発症前1か月に119時間35分、2か月平均127時間35分、3か月平均116時間45分に上り、厚労省基準(発症前1か月に概ね100時間超、または発症前2〜6か月間の月平均が概ね80時間超)および地公災基準のいずれをも満たすことが認定されました。
(2)質的過重性
さらに裁判所は、3年生の学級担任としての責務の重さ、修学旅行等の行事、保護者との面談対応、県下強豪部活動の顧問としての心身の負担などを総合的に評価し、「客観的にみて、質的にも過重な業務に従事していたと認められる」と判断しました。
3. E校長の安全配慮義務違反(争点①)
裁判所は、時間割表・部活動指導業務記録簿・特殊勤務実績簿・各種連絡文書等を通じて、「E校長は、Dが量的にも質的にも過重な業務に従事しており、心身の健康を損ねるおそれがあることを客観的に認識し得た」と認定しました。
その上で、E校長の行為態様について、次のとおり判示しました。
E校長は、午前7時30分頃から校門に立ち、出勤してくる教員を迎え、退勤時に職員室に寄り、残業している教員に声をかけるなどしていたとしつつも、個々の教員の出勤ないし退勤時刻を記録していたわけではなく、休日等の業務に関しても、特殊勤務実績簿等を確認するのみで、個々の教員の勤務状況を個別に認識していなかったと述べていることからすれば、E校長は、教員の勤務状況の全体的な傾向を把握するにとどまり、その勤務時間数を個別具体的に把握していたとはいえないから、本件発症前に、E校長が、Dの業務量や勤務時間等を適正に把握していたとはいえない。
さらに、発症前から3か月以上、地公災基準を上回る長時間の時間外勤務が続いていたにもかかわらず、「E校長において、Dの業務負担を軽減するための具体的かつ実効的な是正措置がとられたとはいえない」として、安全配慮義務違反を認定しました。
被告が主張した「部活動指導について具体的な指揮命令をしていないから予見可能性がない」との主張については、次のとおり退けています。
各学校における部活動指導の位置付けや方針、教員の配置状況等に鑑み、部活動指導が当該学校の教員としての地位に基づき、その業務として行われたことが明らかな場合にまで、部活動指導とそれ以外の業務を区別して校長の上記義務の内容を画するのは相当でないし、過重な長時間労働が労働者の心身の健康を損ねることが広く知られていることに照らせば、本件において、校長の予見義務の対象を外部から認識し得る具体的な健康被害又はその徴候が生じていた場合に限定すべき理由は見出し難い。
4. 因果関係(争点②)
(1)過重業務と発症の因果関係
裁判所は、まず時間外勤務が厚労省基準・地公災基準の双方を満たすことを前提に、連続勤務の実態や業務内容の質的過重性も加味した上で、次のとおり因果関係を認定しました。
本件発症前のDの時間外勤務時間数が業務と発症との関連性が強いと評価される本件厚労省基準を満たすものであり、かつ、公務と発症との相当因果関係が認められるとされる本件地公災基準を満たすものであったことは前記のとおりであるし、長期間にわたる連続勤務状況やその業務内容も加味すると、Dは、本件発症前の過重で長時間に及ぶ業務により、疲労を蓄積し、本件発症に至ったといえ、Dの業務の過重性がE校長の安全配慮義務違反によりもたらされたことも前記のとおりである。
(2)脳動脈瘤の存在と因果関係
被告側は、地公災の専門医意見(「本件発症はDの先天的な要因により形成された動脈瘤が原因と考えられる」)を援用し、業務との因果関係を否定しました。これに対し、裁判所は次のとおり判示して、因果関係の成立を妨げないと結論づけました。
本件発症が、Dの従前有していた脳動脈瘤の破裂によるものであったとしても、脳動脈瘤は40歳以上の成人の100人に5人が有していると考えられていることからすれば、本件発症時に42歳であったDが脳動脈瘤を有していたことが同種労働者の健康状態から逸脱するものであったとまではいえないし、そのうち破裂に至るのは0.5%から3%程度にとどまると考えられているから、脳動脈瘤を有していたからといって、当然に本件発症に至ったといえるものでもない。
さらに、発症の原因が脳動脈瘤の破裂であること自体も確定していないことを補足しています。
なお、Dが2月17日にかみいち総合病院の脳外科で受けた脳CT検査では明らかな異常はないとされ、その後、Dが死亡するまでの間にも脳動脈瘤は確認されておらず、Dが救急搬送され、直接その治療にあたった富山県立中央病院の医師が作成した死亡診断書等においても、くも膜下出血の原因は不明とされている。
(3)高血圧症と因果関係
被告側はさらに、Dの高血圧症(発症前に降圧剤の服用歴あり)も因果関係を否定する事情として主張しましたが、裁判所はこれも退けました。
Dが高血圧症と診断され、Oクリニックに通院していたものの、その治療として行われていたのは降圧剤の服用や自宅での血圧の測定及び記録にとどまり、5月22日を最後に同クリニックの医師が降圧剤を処方しなかったことも踏まえると、Dの高血圧症の状況が同種、同年齢の労働者と比較して特段重いものであったとまではいえないし、高血圧症と本件発症との関連が具体的に明らかでなく、高血圧症であったからといって、当然に本件発症に至ったとまではいえない。
5. 素因減額(争点④)の否定
被告らは、脳動脈瘤の先天的存在と高血圧症を理由に、改正前民法418条ないし722条2項の類推適用による70%の素因減額を求めました。
(1)素因減額の法的枠組み
労働災害・業務上疾病に関する過労死事案において、素因減額が認められるためには、被災者の有する素因(身体的特性や基礎疾患)が、「同種労働者の健康状態から逸脱するもの」と評価される必要があります。
(2)脳動脈瘤を理由とする素因減額
裁判所は、因果関係の判断と同様の論拠から、脳動脈瘤を理由とする素因減額を否定しました。
仮に、Dが、従前、脳動脈瘤を有していたとしても、本件発症時に42歳であったことなどを踏まえると、同種労働者の健康状態から逸脱するものであったとまではいえない。なお、本件発症が、脳動脈瘤の破裂によるものであるか必ずしも明らかでないことも前記のとおりである。
すなわち、脳動脈瘤の保有率(40歳以上の成人の約5%)に照らせば、42歳のDが脳動脈瘤を有していたとしても、それは同種労働者の中でも一定の割合で認められる状態に過ぎず、健康状態からの逸脱とは評価できないとしたものです。加えて、そもそも発症原因として脳動脈瘤の破裂が確定していない点も、素因の「寄与」を認定する前提を欠かせる事情として指摘されています。
(3)高血圧症を理由とする素因減額
Dの高血圧症が同種、同年齢の労働者と比較して特段重いものであったとまではいえないこと、高血圧症と本件発症との関連が具体的に明らかでないことも前記のとおりである。
降圧剤の処方が途中で不要と判断されたこと、人間ドック等での数値が治療を要する重篤な高血圧ではなかったこと等を踏まえ、Dの高血圧症も同種労働者と比較して特段に重篤なものとは認められないと判断されました。
6. 過失相殺(争点⑤)の否定
被告らは、Dが本件発症前約1か月にわたり降圧剤を服用せず、血圧測定も行っていなかったことをもって、Dの過失を主張しました。
しかし、裁判所は、最後の受診(6月22日)において降圧剤が処方されなかったのは専らクリニックの医師の判断によるものと認定した上で、次のとおり判示しました。
同日に降圧剤を処方しなかったのは、専ら同クリニックの医師の判断によるものといえる。また、Dが同日以前はほぼ毎日血圧を測定し、記録していたことからすれば、同日以降、血圧の測定及び記録を中止したことにも、同日の診察及び医師の判断が作用した可能性は否定できない。
また、睡眠時無呼吸症候群についても「確定的に診断され、何らかの治療を開始した形跡はない」として過失の主張を退け、7月18日頃の頭痛症状も「直ちに医療機関を受診せず、業務を優先したことをもって、その健康管理に問題があったとはいえない」と判断しました。
7. 損害額
裁判所が認定した損害の内訳は以下のとおりです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 死亡慰謝料 | 2,500万円 |
| 逸失利益(生活費控除3割、就労可能年数25年) | 6,709万円 |
| 葬祭料 | 86万9,400円 |
| 小計 | 9,295万9,400円 |
| 損益相殺(地公災給付分) | △1,737万1,483円 |
| 弁護士費用 | 755万円 |
| 合計 | 約8,313万7,917円 |
市と県は連帯して、妻(原告A)に対しては4,156万8,958円、各子(原告B・C)に対しては各2,078万4,479円の支払いを命じられました。
本判決の意義
「自主的活動」と位置づけた業務でも時間外勤務に算入される
本判決のポイントは、部活動指導という「超勤4項目」に含まれない活動についても、学校の組織的関与が認められる場合には、時間外勤務として評価されると明示した点にあります。
これは教育現場に限らず、企業においても示唆に富む判断です。近時、「自主的な自己研鑽」「任意参加の懇親会準備」「個人の裁量による在宅での業務補完」といった活動が事実上の業務に当たると争われるケースが増えています。本判決は、①使用者の組織的関与(人員配置への関与、手当支給、規程・取り決めの存在)、②業務としての実態(選択余地の制約)の二点が認められれば、労働者の「積極的姿勢」「責任感」があったとしても、使用者の安全配慮義務の対象に含まれることを明確にしました。
民間企業においても、管理職に対し、「命じていない業務」についても部下の労働実態を把握する義務があることを周知するとともに、フレックスタイムや裁量労働制を採用する場合であっても、実態としての長時間労働を把握・是正するための仕組みが必要です。
「欠勤がない」「申告がない」は免責事由にならない
被告側は、Dの欠勤や遅刻がなく、本人からの健康不安の申告もなかったことを根拠に、予見可能性を否定しました。しかし、裁判所は、長時間労働の実態を把握できる状況にあれば、外部から見える健康被害の徴候がなくても予見可能性は認められると判断しました。
「本人から申告がないから問題ない」という管理・認識では実務的には不十分と言わざるを得ません。管理職が労働時間データを確認し、基準値超過が認められた場合には産業医面談の実施、業務量の見直しなど、能動的な是正措置を講じることが大切です。
「把握する義務」と「是正する義務」の両方が求められる
裁判所は、E校長が「全体的な傾向の把握にとどまり、個別具体的な勤務時間数を把握していなかった」点と、「具体的かつ実効的な是正措置がとられなかった」点の両面から義務違反を認定しました。
勤怠管理システムの導入や出退勤記録の整備だけでは足りず、把握したデータを基に、過重労働が認められた労働者に対して実際に業務量を削減する、担当業務を分担させる、残業を抑制するなどの実効的な措置を講じることが必要です。「記録はしているが対応していない」状態は、義務違反の認定を免れない点に留意する必要があります。
素因減額は容易には認められない
本判決が示した「同種労働者の健康状態から逸脱するか否か」という判断枠組みは、今後の過労死事案における素因減額の可否を考える上でも指針となります。
脳動脈瘤(成人の約5%が保有)のように罹患率が一定程度ある疾患は、「同種労働者に広く見られる健康状態の多様性の範囲内」として、素因減額の対象外とされる可能性が高いといえます。また、基礎疾患と発症との因果関係が医学的に明確でない場合には、その点も素因減額否定の補強事情となります。
「持病があるから自己責任」という論理は裁判所では認められにくい傾向にあります。健康診断で既往症が判明している従業員に対しても、過重労働を防ぐ配慮義務は通常どおり生じます。
本判決の意義と今後の展望
本判決は、公立学校の校長の安全配慮義務に関するものですが、その法的枠組みは民間企業における管理職・使用者の義務と本質的に同じです。特に、「業務性の曖昧な活動」についても組織的関与があれば安全配慮義務の対象となるという判断は、昨今の副業・兼業の管理、テレワーク下での労働時間管理、さらには部活動の地域移行後における業務委託先の管理責任といった新たな問題にも応用可能な重要な示唆と読むこともできます。
企業の法務・人事担当者においては、本判決を踏まえ、管理職向けの教育訓練、労働時間把握体制の整備、過重労働者への積極的介入ルールの策定といった予防的対応を改めて見直すことが求められます。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

