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弁護士資格を有する取締役が重過失により買収対象会社の財務状況等の調査等を怠った場合の法的責任(東京地裁令和6年4月9日判決)

M&A(企業の合併・買収)は、事業拡大の有力な手段として、中小企業においても広く活用されています。もっとも、買収する相手会社の財務状況が実態とかけ離れていたり、取引を担当した役員が適切な調査・報告義務を怠ったりした場合、買収した会社の代表者が多額の損害を被ることがあります。

東京地裁令和6年4月9日判決は、弁護士資格を持つ取締役が、会社買収に際して財務調査を怠り、虚偽に近い説明を繰り返した結果、買収会社の代表取締役に6367万円超の損害を与えたとして、会社法429条1項(取締役の第三者に対する責任)に基づく損害賠償責任を認めた事案です。

「弁護士だから信頼した」という原告の期待を受け止め、弁護士としての属性を重過失認定の根拠とした点、また、過失相殺の適用を否定した点など、M&Aの実務にも影響を与えうる重要な判断が示されてします。

今回のコラムでは、上記東京地裁判決について、概要を紹介いたします。

 

事案の概要

当事者等

原告X不動産管理会社(以下「A社」)の代表取締役。本件の被害者。
被告Y第二東京弁護士会所属の弁護士。A社の取締役(社外)を務めた。
対象会社東京・名古屋で男性用脱毛エステサロンを複数展開する株式会社。

買収の経緯

Yは弁護士として平成29年9月にA社の取締役に就任しました。その後、M&Aアドバイザーから対象会社(エステサロン運営会社)の売却案件を紹介され、これをA社代表のXに持ちかけました。Xが買収を進める意向を示すと、YはA社を代表して交渉の窓口となり、買収条件や株式譲渡契約の策定を主導しました。

平成30年6月に開催されたA社の役員会でXが「本件買収をすべきか」と問いかけたのに対し、Yは次のような説明を行いました。

「対象会社は保険積立金約2022万円を含む総額約1億円の資産を有しており、財務的な不安はない」

「M&Aを専門とする弁護士である自分がしっかりとデュー・デリジェンス(財務調査)を行ったから大丈夫だ」

「本件買収はA社のキャッシュフローを劇的に上昇させる起爆剤となる」

しかし、実態は全く異なりました。対象会社は直近3期連続で営業赤字を計上し、買収直前時点で約4023万円の債務超過に陥っていました。また、YはA社の役員会で「2022万円」と説明した生命保険積立金が、実際には解約返戻金68万円しかない実体のない資産であることを知りながら、Xにその事実を報告していませんでした。

Xはこうした説明を信頼して、平成30年7月に1000万円で対象会社の全株式を取得しました。株式譲渡の効力発生(同年8月15日)に伴い、XはYの立会いのもと、対象会社が銀行等から借り入れていた合計約1億円規模の借入金債務(本件借入金債務等)について連帯保証人となりました(本件切替え等)。

破産と多額の損害

その後、対象会社は急速に経営が悪化しました。

買収後わずか1か月で運転資金が不足し、Xは500万円を貸し付け

翌月にもさらに300万円を貸し付け

買収からわずか約8か月で対象会社は破産手続開始の申立てを行い、令和元年7月に破産開始決定

対象会社の破産により、連帯保証人であるXに保証債務の履行が求められました。Xは弁済の原資を捻出するために都内の土地(本件土地)を1億7300万円で売却し、銀行・信用保証協会への代位弁済として4008万4084円を支払いました。さらに、土地売却に伴う譲渡所得税(分離課税)2358万9750円も納付せざるを得ませんでした。

損害の合計は6367万3834円に及びました。

 

争点

本件の主な争点は以下のとおりです。

争点① 会社法429条1項の責任(取締役の第三者に対する責任)

YはA社の取締役として、重大な過失により任務を怠ったといえるか

Yは「弁護士として受任した」と主張し、取締役の立場での行為ではないと反論

争点② 損害の範囲(因果関係)

  • 代位弁済額4008万円は当然として、土地売却に伴う譲渡所得税2358万円も損害として認められるか

争点③ 過失相殺

Xには「財務状況が悪いことを知りながら買収を決断した」などの落ち度がある

被告Y側は「原告に8割以上の過失がある」として、賠償額の大幅減額を求めた

 

裁判所の判断

争点①(Yは「取締役として」業務を行っていたか)

Yは「自分は弁護士として依頼を受けたのであって、取締役として買収業務を行ったのではない」と主張しました。

この点について、裁判所は、A社とYの間には弁護士としての委任契約書が作成されておらず、報酬も請求されていないこと、Xが「業績が上がればA社取締役の報酬を増やす」と約束していたことなど、複数の事情を挙げ、次のように判断しました。

「a社と被告ないし本件法律事務所との間では、本件買収に関する業務について委任契約が締結されていなかったと認めるのが相当であり、被告は、a社の取締役の業務として本件買収に携わっていたものと認められる。」

また、企業買収に際して連帯保証人を旧代表者から新代表者に切り替える手続は実務上一般的であり、本件切替え等の業務も本件買収に付随する取締役業務と認定しました。

争点①(善管注意義務の内容と水準——弁護士であることを重視)

裁判所は、本件のような財務状況の悪化した会社の買収を担当する取締役として、Yには次のような義務があったと認定しました。

「被告は、a社において本件買収(及びこれに付随する業務)を担当する取締役として……本件買収によってa社に回復が困難となるほどの損失を発生させるとともに、近い将来に対象会社の借入金債務等に係る保証人の責任を発生させ、対象会社に対する求償も不能となるような危険性があって、かつその危険性を認識することが可能であった場合には、a社が本件買収を行うことを避止するとともに、対象会社の借入金債務等に係る連帯保証人を旧代表者であるAから新代表者である原告に切り替えさせることも避止するよう行動すべき善管注意義務を負っていたと認めるのが相当である。」

さらに、弁護士であることを理由に、善管注意義務の水準について特に高いものが求められると判示しました。

「殊に、被告は、弁護士の資格を有しており、これを前提に原告の取締役に就任したのであるから……被告の取締役としての上記善管注意義務については高度のものが求められていたというべきである。」

争点①(調査・情報提供義務の違反と重過失の認定)

裁判所は、Yが入手していた会計資料から、対象会社の深刻な財務状況(3期連続赤字・4023万円の債務超過)は明らかであったと認定した上で、Yには財務諸表の各費目について実態調査を行い、A社に適切な情報提供・助言をする義務があったと判断しました。

「被告は、前記(2)の善管注意義務の一環として……対象会社の財務諸表に挙げられている各費目についても、その実体があるか否かなどの点について相応の調査をした上で、a社の役員会の場において……適切な経営判断ができるように、必要な情報提供や助言をする義務を負っていたものというべきである。」

そして、裁判所は次のように判示し、Yの行為を「事実に反する説明」と認定しました。

「対象会社の売上(〔1〕)や資産(〔2〕)に言及する点は……買収によるリスクを殊更に無視してメリットを過大に強調しており、不相応に楽観的であるとの印象が否めないし、対象会社の財務内容についてしっかりとデュー・デリジェンスを行ったから大丈夫である旨を述べた点(〔3〕)は、事実に反する説明であったと評価せざるを得ない。」

また、生命保険積立金(帳簿上2022万円→実際の解約返戻金68万円)について、Yは買収前にその実態を知っていたと強く疑われるにもかかわらずXに報告しなかったことも認定されました。

以上を踏まえ、裁判所はYの義務違反の程度は著しく、取締役として職務を行うについて重大な過失(重過失)があったとし、会社法429条1項に基づく損害賠償責任を認めました。

「被告は、a社の取締役として負っていた……調査及び情報提供等を行う義務、ひいては……善管注意義務に違反したものというべきであり、被告が弁護士として高度の注意義務を課されていたこと……にも照らすと、その注意義務違反の程度は著しいということができる。」

争点②(損害の範囲——譲渡所得税も賠償対象か)

土地売却に伴う譲渡所得税2358万円について、Yは「保証債務と無関係であり、いずれ土地を売却する際に発生するコストにすぎない」と反論しました。

裁判所は、原告Xの個人資産で保証債務の引当てになる資産は本件土地以外になかったこと、Yが銀行に対して「Xには保証債務の引当てとして本件土地がある」と説明していたことを指摘し、譲渡所得税も被告の任務懈怠と相当因果関係のある損害と認定しました。

争点③(過失相殺は否定されるか)

YはXに8割以上の過失があるとして賠償額の減額を主張しました。裁判所は「Xが財務状況についての会計資料を共有されていたにもかかわらず、被告の説明を盲目的に信頼して判断した点は否定し難い」と認めつつも、以下のとおり、過失相殺の適用を否定しました。

「①被告が入手していた対象会社の会計資料に照らして、対象会社の財務状態や経営成績等は相当深刻な状況にあったのに対し、被告が原告にした説明は……誤った経営判断に至るような情報の提供や助言に終始していたこと、②……不自然な雑収入の存在に特段言及しなかったこと、③被告は、本件譲渡契約の締結に先立って貸借対照表に計上された生命保険積立金の金額が実体を伴わないものであったことを知っていたにもかかわらず、原告にこれを報告していなかったものと強く疑われること、④被告が弁護士として高度の注意義務を課されており、そうであるからこそ原告の信頼を得たといえることなどの事情を指摘することができ、これらの事情に照らすと、被告の任務懈怠の程度は著しいと評価すべきであるから、本件で過失相殺をするのは相当ではない。」

その他(不法行為責任)

なお、裁判所はさらに、会社法429条1項の責任に加え、民法709条に基づく不法行為責任も成立すると付言しました。Yは原告の損害を予見しながら、むしろ事実と異なる説明でXに買収・保証を決断させたというその態様が、不法行為の要件を満たすと認定されました。

結論

以上の判断を総合した結果、裁判所はYに対し、合計6367万3834円の支払いを命じました。内訳は次のとおりです。

項目金額遅延損害金
代位弁済額(保証債務の履行)4008万4084円令和元年7月26日から年5分
土地譲渡所得税(分離課税)2358万9750円令和2年5月15日から年3分
合計6367万3834円 

過失相殺が認められていれば賠償額は大幅に減額される可能性がありましたが、裁判所はこれを否定したため、Yは原告の損害全額を賠償する義務を負うことになりました。

 

本判決の意義

弁護士取締役の善管注意義務は「高度なもの」

取締役の善管注意義務の水準は、その地位や状況に応じた「通常期待される程度」が基本となりますが、本判決は、専門的知見(弁護士資格)を前提として取締役に就任した者については、期待される水準が高くなると明示しました。

最高裁令和3年7月19日判決の草野耕一裁判官補足意見は「弁護士資格があるというだけで高度な注意義務が求められるわけではない」としつつも、弁護士としての専門的知見を求めて就任した場合や責任加重の合意がある場合は別論としています。本判決はまさにこの「別論」の場合に当たると判断したものといえます。

「M&Aの専門弁護士として信頼してもらい取締役に就任した」という経緯が、結果的に注意義務の水準を高め、それが重過失認定に直結しました。弁護士や公認会計士など専門家が取締役に就任する際は、その属性に見合った高いレベルの職務遂行が求められることを改めて示したものと言えます。

保証人切替えを「取締役の善管注意義務の射程」に含める

M&Aに際して連帯保証人を旧代表者から新代表者に切り替える手続は、実務上多くの事案で必要となります。本判決は、こうした手続についても取締役の善管注意義務が及ぶことを明示しました。

対象会社が財務的に危機的な状況にある場合、保証人切替えは新代表者に深刻な財産的リスクを負わせる行為です。担当取締役がその危険性を認識できた以上、買収そのものを避止するだけでなく、保証人切替えも避止するよう行動すべき義務があるという判断は、M&Aを担当する取締役の責任範囲を画する重要な先例となりえます。

過失相殺を否定

会社法429条1項の責任においても、民法722条2項の過失相殺の類推適用は理論上可能とされています。しかし、本判決は、Yの任務懈怠の態様が悪意に近いほど著しいことを理由にこれを否定しました。

原告には一定の落ち度(財務悪化を認識しながら買収を決断した点など)があったにもかかわらず、専門家たる取締役が虚偽に近い説明で信頼を形成しその信頼に乗じて損害を与えた場合には、被害者側の過失を理由に賠償額を減額することは相当でないという価値判断が示されたと見ることができます。

実務への示唆

本判決から得られる実務上の教訓としては、次の点が挙げられます。

【取締役の方】

  • ・専門資格(弁護士・会計士等)を前提として取締役に就任した場合、その分野に関しては高い水準の義務が課されます。「一般的な取締役と同じ義務だ」という認識は通用しない点に留意する必要があります。
  • ・M&A担当取締役には、財務諸表の実態調査と正確な情報提供という積極的義務があります。「自分はアドバイスしただけ」という言い訳は、実態が取締役業務と評価される場合には通じません。

【M&Aを検討されている経営者の方へ】

  • ・取締役や外部専門家が「大丈夫」と言っても、それだけで盲目的に信頼することには危険が伴います。特に多額の個人保証を求められる場合は、独立した第三者によるアドバイスを受けることを強くお勧めします。
  • ・連帯保証人への切替えは、会社が破綻した場合に個人財産が差し押さえられるリスクを意味します。買収条件と切り離して、保証の合理性も慎重に検討することが求められます。

 

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