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医師の情報提供文書と名誉毀損(東京地裁令和5年5月23日判決)

子どもへの虐待が疑われる場合、児童相談所は病院や診療所などの医療機関に対して、その子どもや保護者に関する情報の提供を求めることがあります。医療機関はこの要請に誠実に応じることが期待されており、それ自体は子どもの安全を守るために重要な制度です。

もっとも、医師が情報提供文書の中で、保護者について事実と異なる内容や根拠のない内容を記載してしまった場合、法的責任が生じることがあります。

東京地裁令和5年5月23日判決は、まさに上記の点が問題となった事案です。本判決は、町立病院の医師が児童相談所からの求めに応じて作成した文書の中に事実上の根拠が示されていない記載があり、それが保護者の名誉感情を侵害する不法行為にあたると認定し、病院を開設する町と医師個人の連帯責任を認めました。

本コラムでは、医療機関が日々対応している外部からの情報提供実務について、実務上重要な示唆を含む上記裁判例を簡単に紹介いたします。

 

事案の概要

登場人物

当事者概要
原告(X)訴外B(平成25年9月生)の母親
被告① 八丈町町立b病院を開設・運営する地方自治体
被告② Y1医師町立b病院小児科に勤務していた医師

経緯

原告Xは、重度の障害を持つ子ども(以下「訴外B」)の母親です。訴外Bは平成29年8月、東京都内の原告の実家で心肺停止状態となり救急搬送され、その後、重度重症心身障害児(愛の手帳2度)と認定されました。

平成30年2月、訴外Bが町立b病院を受診した際に状態が悪化し、ヘリコプターで本土の病院に搬送されました。その後、東京都の児童相談センターは同年3月に訴外Bを一時保護し、同年9月には、訴外Bを障害児入所施設に入所させることの承認を求める審判を東京家庭裁判所に申し立てました(以下「本件審判手続」)。

問題の文書(本件文書)の作成

本件審判手続の申立てと前後して、東京都児童相談センター所長は、b病院院長に対し、児童虐待防止法6条に基づく通告を受けて調査が必要であるとして、①原告の来院時の記録、②訴外Bの受け入れ体制について原告との事前のやり取りの経緯、③その他安全・安心に関わる情報について情報提供を依頼しました(本件情報提供依頼)。

これを受けて、b病院小児科の被告Y1医師が回答文書を作成しました(本件文書)。この文書は児童相談センターの担当者に提出され、さらに本件審判手続の資料として家庭裁判所に提出されました。

本件文書の中には、保護者である原告について、次の2つの記載がありました。

本件記載①
「母に関しては精神科受診して境界型人格障害との診断で投薬開始された。」

(なお、この記載箇所の表題部分には「日医C医師」との記載があり、日本医科大学付属病院の所属医師からの伝聞情報である旨が示されていた。)

本件記載②
「本児母 数年前までa診療所勤務。その際に向精神薬の無断使用、薬剤の不正流用などで大問題となり、また本人はその際に過量服薬にてヘリ搬送になっている。」

原告が文書の内容を知った経緯

原告Xは、本件審判手続に手続代理人弁護士を選任して利害関係人として参加し、審判記録の謄写を通じて、平成30年11月27日には本件文書の写しを入手してその内容を知りました。

その後、原告は令和3年11月に被告町に対して損害賠償を求める催告書を送付し、令和4年4月21日に本件訴訟を提起。被告らに対し連帯して220万円の損害賠償を求めました。

 

争点

本件の主な争点は以下の4点です。

  1. 争点①(名誉感情侵害の成否):本件記載①・②は、名誉感情侵害の不法行為(社会通念上許される限度を超える侮辱行為)にあたるか。
  2. 争点②(適用法令):Y1医師の行為には、民法(不法行為・使用者責任)が適用されるか、それとも国家賠償法1条1項が適用されるか(国家賠償法が適用される場合、Y1医師個人は責任を負わない)。
  3. 争点③(被告町に対する消滅時効):原告が損害および加害者を知った時から3年の消滅時効(民法724条)が完成しているか。
  4. 争点④(被告Y1に対する消滅時効):被告Y1消滅時効が完成しているか。

 

裁判所の判断

争点①(名誉感情侵害の不法行為は成立するか)

判断基準

裁判所はまず、名誉感情侵害による不法行為の成立基準を以下のとおり示しました。

「名誉感情の侵害による不法行為の成立が認められるためには、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められることを要すると解するのが相当である。その判断に当たっては、侮辱とされる内容の人格的利益における重要性、侮辱とされる行為の態様の悪質性、侮辱とされる行為が行われた経緯といった点が考慮されるべきものと解される。」

また、名誉毀損における真実性の抗弁と同様の事実関係が認められる場合には、名誉感情侵害についても不法行為が成立しないとしました。

本件記載①について

裁判所は、本件記載①(精神科受診・境界型人格障害の診断・投薬)について次のように判断しました。

「本件記載①は……記載内容が事実と合致するかどうかを留保するような記載は下記表題部分以外にはなく、断定的な記載をする体裁となっている。……同医師及び被告Y1がともに医師であって、上記のような体裁により記載されていることに照らせば、診断や治療といった内容につき根拠のない情報が記載されるものとは通常考え難い。よって、本件記載①は、原告が実際に上記の診断および治療を受けたことがある旨を断定的に述べたものと解するほかない。」

そして、精神疾患の診断・治療歴はプライバシーの中でも特に保護の必要性が高い情報であるとして、

「精神疾患の有無については、本来人格的評価と関連させるべき事項であるかどうかは別に、実際問題として社会において対象者に対する否定的評価と結び付けられる場面があるものと解さざるを得ない。……そもそも診断・治療歴は、プライバシーに当たる情報の中でも特に保護の必要性の高い種類のものであるのは明らかである。よって、本件記載①の内容は、人格的利益における重要性が高いと言うべきである。」

と述べました。

本件記載②について

また、本件記載②(向精神薬の無断使用・薬剤不正流用・過量服薬・ヘリ搬送)については、

「本件記載②は……記載内容が事実と合致するかどうかを留保するような記載はなく、断定的な記載をする体裁となっている。このような記載の体裁及び被告Y1が医師であることに照らせば、薬剤の使用といった内容につき根拠のない情報が記載されるものとは通常考え難い。よって、本件記載②も、原告が実際に上記のような行為に及んだ旨を断定的に述べたものと言うべきである。」

そして、このような記載は原告が職務上の非行・場合によっては法令違反にあたる行為をした旨を示すものであり、原告の社会的評価を著しく毀損すると認定しました。

根拠が何も示されていないこと

裁判所が特に重視したのは、被告らが具体的な根拠を何も示せなかった点です。

「本件における被告らの主張立証を見ると、前記アで説示した本件各記載の内容のいずれについても、Y1医師が日医所属医師その他の者から当時聴き取った内容を記載した旨の主張以外には、具体的根拠が示されておらず、とりわけ客観的資料は全く示されていない。そうすると……人格的利益における重要性が高い記載内容につき、具体的根拠がおよそ示されないことが正当化されるとは解し難いと言うほかない。」

なお、Y1医師はその後の疾患により当時の事情を説明できない状態であることがうかがわれましたが、裁判所はそれでも結論を変えませんでした。

「前記のような人格的利益における重要性及び客観的資料が何ら示されていないこと……に照らせば、本件各記載が正当化されるとは解し難いことに変わりはない。」

開示されるとは思っていなかった、との主張について

被告Y1は「文書の内容が原告に開示されるとは想定していなかった」とも主張しました。しかし裁判所はこれも退けました。

「児童相談所長等に対して資料又は情報を提供する場合、当該資料又は情報は児童虐待の防止等に関する事務又は業務につき使用されることが想定されているから……児童福祉法28条1項1号に基づく審判申立て等の手続にも使用され得ること及びその際に親権者が当該審判手続への参加等をするため記録の閲覧及び謄写をするなどの方法により当該資料又は情報の内容を認識し得ることは、予測することが可能であったと言うべきである。」

以上から、裁判所は本件記載①・②はいずれも社会通念上許される限度を超える侮辱行為にあたり、名誉感情侵害の不法行為が成立すると判断しました。

 

争点②(適用法令:国家賠償法か民法か)

被告Y1は、本件情報提供への回答は「行政目的を達するための自治体の機関の間のやり取り」であり国家賠償法1条1項が適用されるため個人責任は負わないと主張しました。

これに対し裁判所は次のように判断しました。

「国公立病院に所属する医師の医療行為は、医師が専らその専門的技術及び知識経験を用いて行う行為であって、医師の一般的診断行為と異なるところはないから、特段の事情のない限り、公権力の行使には当たらないものと解するのが相当である(最高裁昭和57年4月1日判決・民集36巻4号519頁等)。そして、児童相談所長等の情報提供依頼に対する回答は、病院、診療所や医師が行う場合には、医師がその専門的技術や知識経験に基づき診療を行うのについて得られた情報を提供するものと解され、医師が国公立と私立のいずれの医療機関に所属するかによって回答の内容、性質が異なるものでないことは、医療行為と同様であると解される。」

したがって、Y1医師の行為には民法(不法行為)の規定が適用され、同医師の個人責任は免れないと判断されました。

 

争点③・④(消滅時効)

被告町への請求について

被告町は「原告は遅くとも平成30年10月頃には文書の内容を知っていた」と主張しました。しかし裁判所は、記録の謄写委任(平成30年11月19日)から実際に文書を受け取るまでに相応の時間を要することは明らかであり、「平成30年11月27日に認識した」との原告の説明に不合理な点はないと判断しました。

また、令和3年11月27日・28日が休日であったため、時効満了日は翌29日(月曜日)となり、原告が同日に催告書を送付したことで時効の完成猶予(民法150条1項)が成立。その後6か月以内(令和4年4月21日)に提訴されていることから、消滅時効は完成していないと判断されました。

被告Y1への請求について

被告Y1は平成31年4月に八丈島から都内に転居しており、原告がY1の住所を把握したのは令和4年3月末以降でした。裁判所は、

「民法724条の『加害者を知った時』とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時を意味するものと解するのが相当である。」

として、原告が「加害者を知った時」は、現住所を把握した令和4年4月11日頃であると認定。訴訟提起(令和4年4月21日)はその直後であるため、消滅時効は完成していないと判断されました。

結論

以上を踏まえ、裁判所は、被告Y1の名誉感情侵害の不法行為を認め、被告町(使用者)に対する使用者責任(民法715条)も認めました。

損害額については、記載内容の悪質性を認めつつも、情報提供という目的自体は正当であったこと、文書が広く流布される性質のものではなかったことなどを考慮し、慰謝料40万円・弁護士費用4万円、合計44万円を連帯して支払うよう命じました(原告請求額220万円のうち44万円の一部認容)。

 

本判決の意義

児童相談所への情報提供文書にも「名誉感情侵害」が生じうる

本判決は、医療機関が児童相談所からの求めに応じて作成した文書についても、その内容が社会通念上許される限度を超える侮辱にあたる場合には、名誉感情侵害の不法行為が成立することを認めました。

裁判所が情報提供の目的や経緯が正当であること自体は認めながらも、記載内容に客観的な根拠が示されていないという点を重視して不法行為の成立を肯定したところに注意する必要があります。。

児童虐待防止法13条の4は、医療機関が児童相談所に対して情報提供できることを定めており、裁判所も「確実な資料や根拠でなくとも、それなりの根拠に基づく記載である場合」には不法行為に当たらない余地があることを示唆しています。しかし、逆にいえば、「それなりの根拠」すら示せない記載については、たとえ公益目的であっても責任を免れないということでもあります。

公立病院の医師も個人として責任を負う

被告Y1は国家賠償法の適用を主張して個人責任を免れようとしましたが、裁判所はこれを退け、公立病院の医師による情報提供への回答も通常の民法(不法行為)の規定が適用されると判断しました。

これは最高裁昭和57年4月1日判決の枠組みを情報提供という文脈にも拡張した判断であり、公立・私立を問わず医師は情報提供文書の内容について個人責任を負い得るという点で重要です。

保護者は審判手続を通じて情報提供文書を閲覧できる

また、裁判所は、保護者が施設入所審判手続への参加を通じて情報提供文書を閲覧・謄写できること、そして医師はこの可能性を予測すべきであったと明確に述べました。

これは医師従事者が「どうせ本人には見られないから」という認識のもとで記載内容の正確性を軽視することに警鐘を鳴らしたと評価することができます。

実務への示唆

本判決を踏まえると、医療機関が児童相談所からの情報提供依頼を受けた際には、以下の点に留意することが重要です。

  • 記載内容の根拠を確認する:伝聞情報に基づいて断定的な記載をすることは避け、根拠となる記録(カルテ等)を確認した上で回答する。
  • 保護者が閲覧し得ることを意識する:情報提供文書は、後に審判手続等を通じて保護者の目に触れる可能性があることを前提とした記載内容とする。
  • 精神疾患・職場での非行等の記載は特に慎重に:プライバシー性が高く、社会的に偏見と結びつきやすい情報については、特に客観的な根拠の確認が必要であるとともに、記載の要否について慎重に判断する。

本判決は、子どもの安全を守るための情報提供制度の重要性を認めつつ、その制度を通じて保護者のプライバシーや名誉が傷つけられた場合には法的救済が認められることを示したもので、病院等の医療機関にとって示唆に富む重要な判決といえます。

 

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