はじめに
新聞報道において、逮捕された被疑者の住所がどこまで掲載されるかは、報道の正確性とプライバシー保護の観点から、長年議論されてきた問題です。被疑者の氏名や年齢に加えて、町名にとどまらず地番(番地)まで掲載することが、プライバシーを侵害するものとして違法と評価されるのか、それとも、報道の自由として許容されるのかが、改めて司法判断の対象となりました。
今回のコラムでは、新聞社が、覚せい剤等の営利目的所持の被疑事実で逮捕された夫婦について、氏名、年齢、職業、国籍に加えて、住所を地番まで掲載した新聞記事が、プライバシーを違法に侵害するかが争われた東京高裁令和3年11月18日判決を取り上げます。
本判決は、最高裁判例の比較衡量の枠組みを前提に、住所の地番までを公表することの利害得失を丁寧に検討し、報道機関の取扱方針が一定でない当時の社会状況を踏まえて判断を示したものです。報道機関だけでなく、企業の広報・コンプライアンス担当者が、第三者の個人情報を含む情報を公表する場面における判断枠組みを理解する上で、参考となる裁判例といえます。
事案の概要
一審原告らは、外国籍を有する成人夫婦で、子らとともに住所記載地の自宅で生活し、自営業を営んでいました。一審原告らは、覚せい剤及び大麻を営利目的で所持していたとの被疑事実で、平成30年6月20日に逮捕・勾留され、同年7月4日に警察発表が行われました。
一審被告は、主に静岡県内で相当数の発行部数を有する日刊新聞「a新聞」を発行する新聞社です。一審被告は、本件記事①の掲載当時、本件新聞に住所を掲載する際、静岡県内の事件では原則として地番まで掲載し、県外の事件では「字」までを掲載する方針を採っていました。
一審被告は、平成30年7月5日付け朝刊において、一審原告らの氏名、年齢、職業、国籍に加え、住所を町名のみならず地番まで記載した記事(本件記事①)を掲載しました。さらに、翌日の同月6日付け朝刊に、一審原告らが薬物密売グループのリーダー格とみられる旨を伝える記事(本件記事②)を掲載しました。
その後、一審原告らは、同年7月10日に処分保留のまま釈放され、同年8月2日に嫌疑不十分により不起訴処分となりました。
一審原告らは、本件記事①の掲載によりプライバシー権が、本件記事②の掲載により名誉が、それぞれ侵害されたと主張して、慰謝料各330万円の支払及び謝罪文の掲載を求めて提訴しました。
原審(静岡地方裁判所)は、本件記事①について、住所の地番が秘匿される必要性が高い一方、地番まで掲載する必要性が高いとは言い難いとして、プライバシー侵害を認め、各33万円(慰謝料30万円及び弁護士費用3万円)の支払を命じる限度で請求を一部認容し、本件記事②に関する名誉毀損の主張は退けました。これに対し、双方が控訴したのが本件です。本判決は、原審のうちプライバシー侵害を認めた部分を覆し、一審原告らの請求を全部棄却しました。本判決に対しては上告及び上告受理申立てが行われましたが、最高裁判所において、上告棄却及び上告受理申立不受理の決定がされ、本判決は、確定しています。
なお、一審被告は、令和3年5月20日付け朝刊から、事件・事故報道に関する当事者の住所につき原則として「丁目」までとすることに方針を変更しています。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件記事①が一審原告らのプライバシーを違法に侵害するか |
| 争点② | 本件記事②につき名誉毀損の違法性阻却事由、故意・過失の有無 |
裁判所の判断
争点① 本件記事①が一審原告らのプライバシーを違法に侵害するか
裁判所は、まず、個人の住所は識別情報として単純なものであり、それ自体として秘匿の必要性が必ずしも高いものではないとしつつ、逮捕事実とともに住所が公表されない期待は保護されるべきであるとして、住所もプライバシーに係る情報として法的保護の対象になると判断しました。
判決文は、以下のとおり述べています。
個人の住所は、個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではないが、このような個人情報であっても、一審原告らの逮捕事実とともにその住所を公表されたくないと考えることは自然なことであって、その期待は保護されるべきものであるから、上記住所は、一審原告らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである
その上で、裁判所は、プライバシー侵害の成否について、公表されない法的利益と公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するという最高裁判例の枠組みを採用しました。具体的な考慮要素として、裁判所は、以下のとおり挙げています。
| 番号 | 考慮要素 |
|---|---|
| ① | 公表されたプライバシー情報の性質及び内容 |
| ② | 本件記事①掲載の当時における一審原告らの社会的地位や影響力 |
| ③ | 本件記事①掲載の目的や意義 |
| ④ | 本件記事①において当該プライバシー情報を開示する必要性 |
| ⑤ | 本件記事①掲載によって当該プライバシー情報が伝達される範囲と一審原告らが被る具体的被害の程度 |
| ⑥ | 本件記事①における表現媒体の性質 |
これらを踏まえ、裁判所は、本件記事①が、覚せい剤及び大麻の営利目的所持という重大犯罪に関する逮捕報道であり、被疑者の特定を含めて公共の利害に関する重要な事項であるとして、本件記事①に一審原告らを特定する事項を記載して逮捕事実を報道することは、プライバシーの保護に優越し、表現の自由の保障が及ぶと判断しました。
次に、住所の地番まで記載した点について、裁判所は、住所の地番を公表することの利害得失を以下のように整理しました。
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 被疑者特定の明確化 | 地番まで掲載する方がより目的に適い、周辺地域における無用な犯人捜しや風評被害を防止する効果があることも否定し難い |
| 地番公表の必要性 | 住所の地番以外の基本的な要素(氏名、年齢、職業等)によることで十分な場合が多く、地番が不可欠であるとまではいえない |
| 関心の地理的範囲 | 周辺地域の住民であれば住所の地番にまで関心が強いといえるが、遠隔地の住民には関心が強いとはいえない |
| 平穏侵害の可能性 | 住所の地番まで公表すれば、被疑者の私生活上の平穏が害される可能性が一般的に高まる |
| インターネット時代の風評被害 | 容貌、家族関係を含む身上、勤務先、経歴、交友関係等の各種情報にも重要性があり、住所の地番に限られるものではない |
また、報道機関の取扱いについて、原則として町名までを掲載するにとどめる新聞社も増えつつあるものの、各社の方針は一定ではなく、地番まで記載する社、町名まで記載しない社、個別判断によるとする社などがあること、テレビ報道においても自宅の映像の扱いに違いがあることが指摘されました。
裁判所は、これらの社会状況の変化や報道機関の取扱方針の多様性を踏まえつつ、以下のとおり結論を示しました。
少なくとも本件記事①の掲載時点において、逮捕された被疑者を特定して報道する場合に、住所について地番を公表することが一律に許されないとする社会通念があるとまではいえない
さらに、判決文は、報道において、プライバシー情報を公表した行為が不法行為となるか否かは、報道の時が基準になるのであり、逮捕報道等においては、速報性も重要となり、取材時間が限られている中で事実の正確性の確保やプライバシーへの配慮が求められていることも考慮に入れる必要があるとしました。
その上で、裁判所は、地番の記載の有無により、私生活上の平穏が害されるおそれに格段の違いがあったかは、本件全証拠によっても必ずしも明らかとはいえないとし、本件記事①の掲載後、嫌がらせの郵便物等が現実に届いた事実はほとんど認められないことも踏まえ、住所の地番が公表されない法的利益は、これを公表する理由に優越しているとまではいえないと判断しました。
結論として、裁判所は、本件記事①の掲載によって一審原告らのプライバシーを違法に侵害したことによる不法行為は成立しないと判示しました。
争点② 本件記事②につき名誉毀損の違法性阻却事由、故意・過失の有無
本件記事②は、「県警は少なくとも数百万円を売り上げていたとみて調べている」「600回以上にわたり薬物を売り渡していたとみられる」など、「みられる」「とみて調べている」といった伝聞・推測の形式で記載されたものでした。
裁判所は、本件記事②が断定的記載ではなく、警察関係者が嫌疑を持って捜査しているという形式で記載されていることから、一般読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、一審原告らによる違法薬物密売の事実が断定されているという印象を与えるものではないとしました。その上で、裁判所は、真実性立証の対象について、以下のとおり整理しました。
| 立証対象に関する見解 | 内容 |
|---|---|
| 一審原告らの主張 | 記事に掲載されている犯罪の事実そのもの(一審原告らが薬物密売グループのリーダー格として、薬物を密売して金銭を稼いでいたという事実) |
| 裁判所の判断 | 本件記事②掲載当時において、一審原告らが違法薬物密売グループのリーダー格として静岡県内で60人以上に違法薬物を密売していたとの合理的な嫌疑が存在したこと |
そして、裁判所は、共犯者として起訴されたB及びCが、捜査段階及び刑事公判において、一審原告らの指示の下で覚せい剤等を密売していたと一貫して具体的かつ詳細な供述をしていたこと、Bが密売の売上等を記録していたメモ帳の存在、一審原告X1が貸した自動車から覚せい剤・大麻が押収されたことなどの事情を踏まえ、本件記事②掲載当時、上記の合理的な嫌疑が存在したことについて、真実性が認められると判断しました。
結論として、裁判所は、本件記事②の掲載は違法性を欠くものであり、名誉毀損の不法行為は成立しないとして、原審の結論を維持しました。
コメント
(1)本判決の判断枠組みと特徴
本判決は、犯罪報道において、被疑者の住所をどこまで公表することがプライバシー侵害として違法評価されるかについて、判断枠組みと具体的な考慮要素を示したものです。
本判決の特徴は、住所の地番という具体的な情報の公表について、利害得失を丁寧に検討した点にあります。裁判所は、地番を公表することについて、被疑者特定の明確化や無用な犯人捜し・風評被害の防止という肯定的側面と、被疑者の私生活上の平穏が害される可能性という否定的側面の双方を考慮しました。その上で、裁判所は、報道時点における社会通念を基準として、地番の公表が一律に許されないとする社会通念があるとまではいえないと判断しました。
(2)原審判決と本判決の判断分岐点
本判決の意義をより明確に理解するためには、原審判決と本判決の判断の分岐点を整理することが有益です。両判決は、最高裁判例の比較衡量の枠組みを共有しつつも、各考慮要素の評価において結論を異にしました。
| 観点 | 原審(静岡地裁令和3年5月7日判決) | 本判決(東京高裁令和3年11月18日判決) |
|---|---|---|
| 地番公表の必要性 | 氏名・町名・年齢・職業等の他の情報によって被疑者の特定は可能であり、地番まで掲載する必要性が高いとはいえない | 地番まで掲載する方がより目的に適うが、地番が不可欠であるとまではいえない |
| 地番秘匿の必要性 | 嫌がらせ・興味本位等の訪問や郵便物送付のおそれがあり、秘匿の必要性が高い | 地番の有無によって私生活上の平穏が害されるおそれに格段の違いがあったかは明らかとはいえない |
| 報道機関の取扱方針への評価 | 原則として「丁目」までの掲載にとどめる新聞社が存在することを重視 | 各社の方針は一定でなく、地番まで記載する社、町名まで記載しない社などがあるとした |
| 結論 | プライバシー侵害として違法 | プライバシー侵害として違法とまではいえない |
このように、同一の比較衡量の枠組みを採用しても、考慮要素の評価次第で結論が分かれ得る点は、情報公表の可否を判断する実務にとって示唆的です。企業の担当者としては、公表の必要性や対象者に与える影響について、判断資料を可能な限り具体的に整理した上で慎重に検討する姿勢が求められます。
(3)個別比較衡量の枠組みの維持
なお、本件において、一審被告は、表現の自由は一般的には個人のプライバシーに対して優越的地位を有するという立場から、本件記事①のような逮捕報道については、個別事案における比較衡量によって不法行為の成否を判断するのではなく、表現内容や方法が不当なものでない限り違法性が阻却されるという判断基準を採るべきであると主張していました。本判決は、この一審被告の主張を採用せず、最高裁判例に従って、公表されない法的利益と公表する理由とを比較衡量する個別判断の枠組みを維持しました。
この点は、犯罪報道や公益目的の情報発信であっても、表現の自由を根拠として一律・定型的に違法性が否定されるわけではなく、対象者のプライバシー利益との個別具体的な比較衡量による検討が必要となることを示しています。企業の広報・コンプライアンス担当者としては、公益目的や報道の自由といった抽象的な理由のみで情報公表の適法性を画一的に判断することは避け、個別事案ごとに諸要素を比較衡量する姿勢が求められます。
(4)企業の情報公表実務への示唆
企業の広報・コンプライアンスの観点からは、本判決の判断枠組みは、犯罪報道に限られず、第三者の個人情報を含む情報を公表する際の判断にも示唆を与えるものといえます。すなわち、(i)公表する情報の性質、(ii)対象者の社会的地位や影響力、(iii)公表の目的、(iv)公表の必要性、(v)伝達範囲及び被害の程度、(vi)媒体の性質を比較衡量するという視点は、企業がプレスリリース、SNS発信、内部通報結果の公表等を行う場面でも応用可能です。
(5)事例判断としての性格と社会状況の変化への対応
もっとも、本判決は、本件記事①の掲載時点における社会状況及び具体的事情を踏まえた事例判断であり、住所の地番の公表が一般に許容されることを規範として示したものではない点に留意が必要です。判決文は、プライバシー保護を求める社会意識の変化、インターネット等を通じての風評被害の拡大、逮捕された被疑者が不起訴となる事例が増えてきていることといった社会状況の変化を踏まえ、今後さらに社会的な議論が期待されると述べており、今後の社会状況の変化によっては、同種事案について異なる判断がされる可能性も否定できません。
本件一審原告らも、本件記事①の掲載後、平成30年7月10日に処分保留のまま釈放され、同年8月2日に嫌疑不十分により不起訴処分となっており、逮捕報道された者が後に不起訴となる事案も少なくないという現実は、本判決の指摘する社会状況の変化を象徴するものといえます。一審被告自身も、本件記事①の掲載後に方針を変更し、原則として「丁目」までの掲載にとどめることとしています。情報公表の取扱いは、社会状況の変化に応じて、継続的に見直していく必要があるといえます。
おわりに
本判決のように、報道や情報発信におけるプライバシー保護と公表の自由のバランスは、企業の広報、コンプライアンス、危機管理の各場面で問題となります。実務上の判断は、対象となる情報の性質、対象者との関係、公表の目的、媒体の性質等を踏まえた個別具体的な検討が必要であり、判断を誤った場合には、損害賠償請求や信用毀損につながるリスクがあります。
当事務所は、企業の広報・コンプライアンス支援、報道・出版に関する法務、プライバシー・名誉毀損関連の紛争対応に関するご相談・ご依頼を承っております。情報公表の可否や方法、リスク評価、トラブル発生時の対応について、お気軽にご相談ください。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

