はじめに
平成30年(2018年)9月、台風21号の暴風によりタンカーが関西国際空港連絡橋に衝突し、道路・鉄道・ガス管に大きな損傷が生じた事故は、マスメディアでも取り上げられ、社会的にも大きな注目を集めました。
この事故をめぐり、タンカーの所有会社が「船舶の所有者等の責任の制限に関する法律」(以下「責任制限法」といいます。)に基づいて責任制限手続の開始を申し立てたところ、連絡橋を管理する債権者がこれを不服として即時抗告を申し立てました。
今回のコラムでは、福岡高等裁判所令和3年2月4日決定(令和2年(ラ)第266号)を取り上げ、平成30年改正後の商法のもとでの「航海の用に供する船舶」の解釈や、船舶所有者の責任制限の可否について、概要を解説いたします。
上記福岡高裁決定は、企業が海上事業に伴うリスクを管理するうえで重要な示唆を含んでおり、海運業界に限らず、港湾施設や空港関連インフラの管理者にとっても参考になる決定です。
事案の概要
平成30年9月4日、台風21号(中心気圧950hPa、最大風速毎秒45m)が徳島県南部に上陸し、大阪湾を通過しました。この台風の暴風により、大阪湾内でジェット燃料の揚げ荷役を終えて錨泊避難中であったタンカー(以下「本件船舶」といいます。)が走錨し、関西国際空港連絡橋(以下「連絡橋」といいます。)に衝突する事故(以下「本件事故」といいます。)が発生しました。
本件事故により、連絡橋の道路桁に破口・曲損が生じ、鉄道桁の架線柱が倒壊してレールが歪み、敷設されていたガス管にも破口が生じるなど、合計50億円以上の損害が発生しました。
本件船舶の所有会社(以下「相手方」といいます。)は、責任制限法に基づき、福岡地方裁判所に責任制限手続開始の申立てを行い、同裁判所は手続開始決定をしました。
これに対し、連絡橋を管理する高速道路会社(以下「抗告人」といいます。)が即時抗告を申し立てたのが本件です。
なお、本件船舶の船舶安全法上の航行区域は、兵庫県及び香川県の沿海区域とこれに隣接する平水区域に限定されており、事故現場も大阪湾内の平水区域でした。
本件の争点
本件の争点は以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件船舶は商法684条及び責任制限法2条1項1号の「航海の用に供する船舶」(航海船)に該当するか。すなわち、相手方は「船舶所有者等」に該当し、責任制限手続の開始を申し立てることができるか。 |
| 争点② | 本件事故による損害が、相手方の「故意」又は損害発生のおそれがあることを認識しながらした相手方の「無謀な行為」(責任制限法3条3項)によって生じたものといえるか(責任制限阻却事由の有無)。 |
裁判所の判断
争点①:「航海の用に供する船舶」の該当性について
裁判所は、本件船舶が「航海の用に供する船舶」に該当すると判断し、相手方による責任制限手続の申立てを認めました。その判断の骨子は以下のとおりです。
まず、裁判所は、平成30年改正前の商法のもとでは、旧商法569条等の文理に従えば、平水区域を航行する船舶は航海船から除外されるという解釈が導かれることを認めました。
しかし、平成30年改正により旧商法569条が全面改正され、商法施行法122条等が削除・廃止された結果、平水区域を航行する船舶を航海船から当然に除外すべき法文上の根拠が失われたことを指摘しました。裁判所は、以下のとおり判示しています。
「船舶安全法は、船舶の堪航性を保持して、人命の安全を保持することを目的としており、かかる観点から船舶の航行区域を平水区域、沿海区域、近海区域又は遠洋区域の4つの区域に分け、それらの特性に応じて船舶に対する行政的な規制を実施しているものであって(船舶安全法1条、同法施行規則1条6項及び5条)、私法上の権利関係の調整を指導原理とする海商法とは、必ずしもその立法趣旨を同一としていないから、海商法が適用される航海船の定義を船舶安全法における平水区域の定義に委ねて、平仄をそろえる必然性は乏しいというべきであって、社会通念上海上とされる水域を航行する船舶については、航海船として海商法及び責任制限法が適用されるものと解するのが相当である。」
また、抗告人は、本件事故が平成30年改正の施行日(平成31年4月1日)より前に発生したことを理由に、旧商法に沿って解釈すべきと主張しました。しかし、裁判所は、以下のとおり判示し、この主張を退けました。
「前記のとおり、海商法が適用される航海船の定義を船舶安全法における平水区域の定義に委ねて平仄をそろえる実質的な理由が乏しかったことに加え、平成30年5月25日法律第29号の附則2条によれば、新商法の規定は施行日前に生じた事項にも適用されることからしても(なお、本件は、運送品に関する不法行為ではないため、同附則4条は適用されない。)、施行日の前後で航海船に関する解釈を別異にすべき根拠はないというべきであって、上記主張は採用できない。」
そのうえで、裁判所は、本件船舶の航海船該当性について、以下のとおり結論づけました。
「本件船舶は、航行区域が船舶安全法上の沿海区域及びこれと隣接する平水区域に限定されているものの、瀬戸内海や大阪湾など社会通念上海上とされる区域を航行することが予定された船舶であり、かつ発動機やら旋推進器によって運転される汽船であって、ろかいをもって運転されるような端舟でもないから、海商法が適用される航海船に当たるというべきである。」
争点②:責任制限阻却事由(責任制限法3条3項)について
争点②について、裁判所は、相手方に責任制限法3条3項の「故意」又は「無謀な行為」は認められないと判断しました。
裁判所は、まず、責任制限法3条3項にいう「自己」は船舶所有者自身を指し、船長などの履行補助者や被用者は含まれないという解釈を示しました。
「このような商法690条との関係性や責任制限法3条3項の趣旨に照らせば、同条項にいう「自己」は、船舶所有者自身を指しているものと解され、それ以外の履行補助者や被用者が「自己」の中に含まれる余地はなく、「自己」以外の者において「故意」や「無謀な行為」が認められたとしても、責任制限阻却されないというべきである。」
そのうえで、裁判所は、相手方自身の行為について以下の事実を考慮し、「故意」や「無謀な行為」には当たらないと判断しました。
| 番号 | 考慮された事実 |
|---|---|
| 1 | 本件船舶は毎年日本海事協会の検査を受けており、堪航能力を喪失していたとは認められないこと |
| 2 | 3級海技士(航海)の免状を所持する船長のほか、機関長・甲板長など必要な資格・技能を有する船員を乗務させていたこと |
| 3 | 平成30年7月に日本海事協会の船舶審査を受け、船舶安全管理認定書を受領していたこと |
| 4 | 台風21号接近時、本件船舶は定期傭船先であるC社の安全管理下で運航されており、相手方は運航計画の策定を含め運航に関与していなかったこと |
| 5 | 航海中の船舶においては船長に強大な権限があり(商法708条、船員法7条)、船舶所有者が船長の現場判断に委ね、積極的に介入しないことが直ちに著しく不合理とはいえないこと |
| 6 | 定期傭船先のC社は、以前から本件船舶を管理・運用しており、陸上からの安全管理能力があると相手方が信じるに足りる実績・管理態勢を有していたこと |
| 7 | 船長の錨地選択や操船が直ちに著しく不合理であったとはいえないこと |
なお、裁判所は、「故意」や「無謀な行為」の立証責任について、1976年の海事債権責任制限条約4条で債権者に立証責任があると明示されていることを踏まえ、立証責任は債権者側(抗告人)が負うとの判断を示しました。
以上の検討を経て、裁判所は、抗告人の即時抗告を棄却し、原審の責任制限手続開始決定を維持しました。
コメント
1. 本決定の意義
本決定は、平成30年商法改正後の「航海の用に供する船舶」の解釈について、裁判所が初めて判断を示した事例(リーディングケース)です。
従来、通説とされていた「平水区域を航行する船舶は航海船に該当しない」との解釈から離れ、社会通念上海上とされる水域を航行する船舶であれば航海船に該当するとの解釈を採用しました。この解釈の変更は、平成30年改正による商法569条の全面改正と商法施行法122条の削除を踏まえたものであり、改正の趣旨に沿った判断と評価することができます。
また、本決定は、商法690条(船舶所有者の無過失責任)と責任制限法の関係を整理し、責任制限法3条3項の「自己」を船舶所有者自身に限定する解釈を示した点でも、実務上の指針となるものです。
2. 企業に求められる対応
本決定から、海上事業に関わる企業には、以下の対応が求められると考えられます。
(1)航海船該当性の判断基準の変化への対応
本決定により、大阪湾や瀬戸内海といった平水区域であっても、社会通念上「海」とされる水域を航行する船舶は航海船に該当し、海商法・責任制限法の適用を受ける可能性があることが明確になりました。
船舶所有者にとっては、責任制限制度を利用できる範囲が広がったことを意味しますが、債権者(インフラ管理者等)にとっては、損害賠償が制限される可能性がある場面が拡大したことを意味します。
船舶を保有する企業は、自社船舶が航海船に該当するかどうかについて、航行区域の行政上の区分ではなく、実際に航行する水域が社会通念上「海」とされるかという観点から再検討することが望ましいといえます。
(2)責任制限阻却事由への備え
本決定では、船舶所有者が責任制限を受けるにあたり、以下の点が考慮されています。
| 番号 | 考慮された事項 |
|---|---|
| 1 | 船舶の堪航性の維持(定期的な検査の受検) |
| 2 | 適切な資格・技能を有する船員の配置 |
| 3 | 安全管理認定書の取得 |
| 4 | 定期傭船先の管理能力の確認 |
これらの要素は、責任制限法3条3項の「故意」又は「無謀な行為」に該当しないことを基礎づける事実として裁判所に評価されました。
国土交通省が公表している「運輸安全マネジメント制度」に関するガイドライン(「運輸事業者における安全管理の進め方に関するガイドライン〜輸送の安全性の向上のために〜」)では、運輸事業者に対して安全管理体制の構築が求められています。また、国際海事機関(IMO)が策定した国際安全管理規則(ISMコード)は、船舶所有者に対し、安全管理システムの策定やその中での船長の超越権限の明記を求めています。
本決定で裁判所が相手方の安全管理体制を肯定的に評価したことは、これらの制度的枠組みに基づく日常的な取組みが、万が一、訴訟になった際の防御の場面でも有効に機能し得ることが示されたと見ることもできます。。
船舶所有者としては、平時から安全管理体制を整備し、その履行を記録化しておくことが重要です。
(3)インフラ管理者・債権者側の留意点
一方、港湾施設や空港関連インフラの管理者など、船舶事故による損害の被害者となり得る立場からは、責任制限制度によって損害の全額を回収できない可能性があることを踏まえた備えが必要です。
本件では、50億円以上の損害に対し、責任制限手続における供託額は約3億3000万円にとどまっています。このような損害の補填ギャップに対応するためには、自らの保険によるリスクヘッジ等を事前に講じておくことが求められます。
(4)立証責任に関する留意点
本決定は、責任制限法3条3項の「故意」又は「無謀な行為」の立証責任を、債権者側が負うと判断しました。この点は、責任制限の阻却を主張する債権者にとって高いハードルとなります。債権者側としては、事故発生後速やかに、船舶所有者自身の行為に関する証拠を収集・保全することが重要であることを示唆しています。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

