03-6550-9202 (受付時間 平日10:00〜17:00)

お問い合わせ

新型コロナウイルス感染症を理由とする整理解雇(東京地裁令和5年5月29日判決:人事担当者のための労働法)

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、観光・旅行業を中心に多くの企業の事業活動に深刻な影響を与えました。感染拡大を契機として売上げが突如として消滅するという前例のない事態が生じ、やむを得ず人員削減に踏み切った企業も少なくありません。

他方、政府は、新型コロナウイルス感染症による失業者の増大を防ぐため、雇用調整助成金の特例措置(以下「雇調金特例措置」)を設け、企業に対して雇用の維持を強く呼びかけていました。こうした状況のもとで行われた整理解雇について、雇用調整助成金(以下「雇調金」)を活用せずに解雇を行ったことは、解雇回避努力の欠如として解雇を無効にするのか——この論点は、コロナ禍での整理解雇の有効性をめぐる議論において、実務上の重要課題の一つでした。

東京地裁令和5年5月29日判決は、この点に対して具体的な判断枠組みと事実認定を示した裁判例として、企業の人事・労務担当者が押さえておくべき内容を含んでいます。

今回のコラムでは、上記東京地裁判決について、概要をわかりやすく解説します。

事案の概要

被告は、米国・英国に本社を置く世界規模の客船運行会社「カーニバル社(Carnival Corporation & Plc)」の完全子会社として設立された日本法人です。カーニバル社のクルーズ旅行商品を我が国の旅行会社に紹介・仲介するとともに、日本市場でのマーケティング活動を主な事業としており、令和2年(2020年)6月当時、正社員67名・派遣社員1名を雇用していました。被告の売上げは、カーニバル社から支払われる販売促進・広報活動等の対価のみであり、他に収益源はありませんでした。

令和2年2月、カーニバル社が運航するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」において新型コロナウイルス感染症の集団感染が発生し、横浜港沖での検疫・船内待機が実施されました。これは、我が国で初めて確認された新型コロナウイルス感染症の集団感染事案として広く報道されました。その後、米国疾病予防管理センター(CDC)は同年3月14日、米国内でのクルーズ船の運航停止命令を発出し、カーニバル社は全クルーズ船の運航を全面停止しました。これにより、被告の売上げは令和2年3月以降、完全に途絶えました(この状態は少なくとも令和4年7月頃まで継続しました)。

こうした状況を受け、カーニバル社は被告に対し、令和2年4月下旬頃、人件費を50%削減するよう指示しました。被告は、令和2年6月4日、正社員67名のうち24名に対して退職勧奨を実施し、そのうち17名が退職合意書に同意しました。しかし、残る7名(原告を含む3名は労働組合に加入の上、雇用継続を求めて団体交渉を申入れ)については、退職勧奨への同意が得られなかったため、被告は同年6月30日付けで7名全員を解雇(以下「本件解雇」)しました。

原告(月額基本給385,783円)は、①本件解雇は無効として被告に対し雇用契約上の地位確認および令和2年7月以降の賃金支払を求めるとともに、②代表取締役である被告Bに対し、違法な解雇を理由とする不法行為(民法709条)または会社法429条1項に基づく損害賠償110万円の支払を求めて提訴しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容原告の主張被告の主張
争点①本件解雇の有効性(整理解雇の4要素)①人員削減の必要性なし、②解雇回避努力(雇調金不活用)の欠如、③人選の恣意性、④手続の不相当として無効①高度の必要性あり、②最大限の解雇回避努力を実施、③客観的評価に基づく合理的人選、④丁寧な手続を履践として有効
争点②原告の就労の意思の有無一貫して復職を求めており就労意思は明らか他社に正社員として勤務しており労務提供意思なし
争点③中間収入の控除仮に解雇無効でも中間収入の控除は争う平均賃金の6割を超える部分は控除されるべき
争点④本件解雇が不法行為を構成するか、慰謝料の額(被告代表取締役への請求)解雇回避努力なく恣意的な人選で行われた解雇につき不法行為・任務懈怠(会社法429条1項)が成立し、慰謝料100万円・弁護士費用10万円が相当解雇は有効であり不法行為・任務懈怠はいずれも成立しない

争点①のうち特に問題となったのは、「解雇回避努力」、とりわけ雇調金特例措置を活用することなく整理解雇を行ったことが、解雇回避努力の不足として解雇を無効にするか否かという点でした。

裁判所の判断

判断の枠組み

裁判所は、まず整理解雇の有効性判断の枠組みについて、以下のとおり述べました。

「整理解雇は、基本的に落ち度のない労働者に対して行われるものであるため、安易にその有効性を認めることはできないというべきである。そして、整理解雇を必要とする上記目的及び使用者と労働者との間の労働契約上の信義則に照らせば、①人員削減の必要性があるか、②解雇回避努力を尽くしたか、③被解雇者選定の妥当性があるか、④手続の妥当性があるかが検討されるべきであり、これらの要素を総合考慮して、労働契約法16条にいう客観的合理的な理由及び社会通念上相当性があるかを判断するのが相当である。」

裁判所は、いわゆる「整理解雇の4要素」について、被告が主張した「どれか一つが欠ければ解雇が無効になるというものではない」という「要素説」に近い枠組みを採用したと評価できます。

争点①について

(1)人員削減の必要性

裁判所は、被告における人員削減の高度の必要性を認めました。

「被告は、令和2年6月末の時点において、少なくとも将来にわたり1年程度は、売上げを得られない蓋然性が高い状況にあったところ、被告が再び売上げを得られる時期まで、従業員を雇ったまま賃金を支払い組織を維持するには、被告が従来から運転資金を借り入れているカーニバル社からのさらなる借入れにより人件費を賄うしかない状況であり、そのカーニバル社自身が、クルーズ船の運航停止により営業損失が拡大し、借入れにより船舶の維持費などの運転資金を調達する状況となっており、経費削減のため、被告に対し、人件費を50%削減するよう要請してきたというのであるから、被告としては、これに応じるほか組織を存続させる手段はなく、人員削減の高度の必要性があったと認めることができる。」

裁判所は「楽観的に考えても運航再開は令和3年4月以降であり、現実的には令和3年以内に運航を再開することは難しい」という被告Bの予測を合理的なものと評価した上で、この予測が令和5年2月時点においても妥当していた(日本発着クルーズは運行再開されていない)ことにも言及しています。

また、原告は、被告が令和2年4月末に従業員の給与を約2%引き上げ、同年4月に経理担当者1名を採用していた事実についても人員削減の必要性を否定する事情として主張しましたが、裁判所は、前者は前年度の良好な業績に基づく事前決定であること、後者は退職した経理担当者の補充であることを理由に、いずれも必要性を否定する事情とはならないと判断しました。

(2)解雇回避努力——雇用調整助成金不活用の評価

本件における解雇回避努力の評価においては、雇調金特例措置の不活用が争点となりました。裁判所は、以下のとおり、6月12日改正前と改正後の2段階に分けて詳細な検討を行いました。

まず、退職勧奨を実施した令和2年6月4日の時点(6月12日改正前)については、当時の助成率(日額8,330円上限)では人件費を50%削減するには不十分であり、仮に賃金を減額した場合には不満を持つ従業員が退職して組織維持が困難になることを理由に、退職勧奨を行ったことはやむを得ないと判断しました。

次に、本件解雇を実施した令和2年6月30日の時点(6月12日改正後)については、裁判所はまず雇調金を活用した場合の経済的負担を具体的に算出しました。

「そうすると、被告は、本件解雇をした令和2年6月30日時点において、退職合意書に同意しなかった7名の従業員に対し、雇用を維持したまま休業を命じ、雇用調整助成金の受給を受けることにより、社会保険料のほか、令和2年9月30日までは休業手当の5分の1、同年10月1日から令和3年1月頃までは休業手当の3分の1の金額を負担することで、令和3年1月頃までは雇用を維持することが可能であったと認められる。上記7名は、もともと人員削減もやむなしと判断した7名であったから、この7名が休業に嫌気がさして退職しても業務に著しい支障はなく、被告の組織の維持の面では問題がないといえる。」

その上で、裁判所は以下のとおり判断しました。

「しかし、本件解雇の時点において、新型コロナウイルス感染症の影響により、クルーズ船の運航再開の見通しは全く立っておらず……特に、被告においては、本件クルーズ船が我が国における新型コロナウイルス感染症の集団感染の端緒となっていて……信頼回復には時間を要することが見込まれたことから、運航再開時期についての合理的な予測は、楽観的に考えても令和3年4月以降であり、現実的には令和3年以内は難しく令和4年以降と予測されていた……そのため、被告は、令和2年6月末の時点において、将来にわたり少なくとも1年程度(令和3年6月末頃まで)は、売上げを得られない蓋然性が高い状況にあった。そのような状況下において、令和3年1月頃まで雇用調整助成金を受給できるからといって、7名に対する解雇を回避し続けることができるという見通しを持つことは困難であると認められる。……したがって、被告において、本件解雇の時点において、雇用調整助成金を受給することにより解雇を回避しつつ人件費50%削減を達成できるといえる状況であったとは認められないから、上記事情の下で、被告において雇用調整助成金を受給せずに直ちに解雇をしたからといって、解雇回避努力が不十分であったということはできない。」

なお、希望退職者募集を行わなかった点については、被告の正社員が5部門に分かれ役割が細分化されており、希望退職の募集によって枢要な役割を担う従業員が退職するおそれがあること、また、いったん希望退職に応募した者の帰属意識・勤労意欲の低下は避けられないことを理由に、希望退職者募集をしなかったことをもって解雇回避努力が不十分とはいえないと判断しました。

(3)被解雇者選定の妥当性

裁判所は、評価指針(カーニバル社から提供)および評価シートに基づく多面的評価の手続に不合理な点はないと判断した上で、原告の選定についても以下のとおり合理性を認めました。

「原告は、積極的な姿勢や提案力がなく、コミュニケーション能力に欠け、周囲との衝突が絶えないという理由で、低評価を受け、人員削減の対象者となった……したがって、上記低評価には、根拠があるといえる。」

裁判所は、①顧客からクレームを受けた際に上司の不正を告げて電話を転送するという対応、②上司から企画提案の強化を指導されたにもかかわらず新たな提案をせず業績が改善しなかった点、③売上げ上位の大手旅行会社のリンクについて事情を十分確認することなく削除した点、④緊急時(ダイヤモンド・プリンセス号対応)に「電話は新人が出るもの」という考えから率先して電話に出ない姿勢をとった点を具体的な根拠として認定しました。

(4)手続の妥当性

裁判所は、①個別面談の実施、②特別退職金・有給休暇買取の提示、③退職日変更への対応、④団体交渉における財務状況の説明と質問への回答(雇調金不活用の理由、希望退職者募集を行わない理由等についても回答していた点を含む)を踏まえ、被告の対応に虚偽はなく、手続の妥当性があると認定しました。

「被告は、人員削減の対象者に対し、個別に面談して、特別退職金の支払及び年次有給休暇の買取り等を提示した上で、退職勧奨を行い、回答期限こそ面談の4日後であったが、従業員の要望を踏まえ、同年6月15日付けとされていた退職日を同月30日付けに変更する旨の提案を行った。また、本件解雇前に実施された団体交渉においては、説明資料を交付して被告の財務状況を説明し、本件3名の質問を受けて、原告を人員削減の対象者として選定した理由、雇用調整助成金の利用しなかった理由及び希望退職者の募集を行わない理由について、それぞれ回答しており、被告の応対には虚偽はなく、妥当なものと認められる。」

結論

裁判所は、4つの要素をいずれも充足すると判断し、本件解雇を有効と認めました。そして、解雇が有効である以上、代表取締役への不法行為・会社法429条1項に基づく損害賠償請求も認められないとして、その余の争点について判断を示すことなく、原告の請求をすべて棄却しました。

コメント

1 本判決の意義

本判決は、新型コロナウイルス感染症を直接の原因とする整理解雇について、整理解雇の4要素を総合考慮して解雇を有効と認めた裁判例として、実務上重要な示唆に富む裁判例です。

注目すべき点は、雇調金特例措置の不活用と解雇回避努力の関係についての判断です。コロナ禍において、政府は、雇調金特例措置を整備・拡充し、雇用維持を強く呼びかけていました。実際、厚生労働省は「雇用調整助成金ガイドブック(令和2年3月1日付け)」において、雇調金の対象となる雇用維持の方策として休業を挙げ、「比較的短期間のうちに生産量の回復が見込まれる場合等における実施が考えられる」と記載していました。

本判決は、雇調金の支給上限額・支給期間と、事業の収益見通しとを具体的に照合した上で、雇調金では人件費削減目標(50%削減)の達成と組織維持の両立が困難であったと判断しました。

他方で、裁判所は雇調金の活用可能性について詳細なシミュレーションを行っており、この検討を経た上で「やむを得ない」との結論に至っています。裁判所は、令和2年6月30日時点での雇調金活用について次のとおり具体的に算出しています。

「そうすると、被告は、本件解雇をした令和2年6月30日時点において、退職合意書に同意しなかった7名の従業員に対し、雇用を維持したまま休業を命じ、雇用調整助成金の受給を受けることにより、社会保険料のほか、令和2年9月30日までは休業手当の5分の1、同年10月1日から令和3年1月頃までは休業手当の3分の1の金額を負担することで、令和3年1月頃までは雇用を維持することが可能であったと認められる。上記7名は、もともと人員削減もやむなしと判断した7名であったから、この7名が休業に嫌気がさして退職しても業務に著しい支障はなく、被告の組織の維持の面では問題がないといえる。」

このように、裁判所は雇調金の活用によって令和3年1月頃までの雇用維持が技術的には可能であったことを認定しつつも、それをもってしても解雇回避の見通しを持つことは困難であるとして解雇を有効と判断しています。雇調金の不活用が自動的に解雇回避努力の欠如とはならないものの、その活用可否についての具体的な検討なしに解雇を実施した場合には、異なる結論となり得る可能性があると評価できます。

また、本判決は、整理解雇の4要素について「総合考慮」による判断を採用しており、いずれかの要素がやや弱い場合であっても、他の要素との関係で補完的に評価される余地があります。「4要素のうち一つでも欠ければ解雇は無効となる」と理解することは必ずしも正確ではなく、各要素がどの程度充足されているかを全体として評価する枠組みが採用されています。企業の実務担当者には、この点をあらかじめ理解した上で、整理解雇の各要素について、それぞれ可能な限り充実した根拠を備えておくことが望まれます。

さらに、裁判所は、解雇回避努力として求められるのは「事業組織の存続という目標を達成できる範囲で、客観的に実行可能な措置」に限られると明示しています。これは、考え得るあらゆる解雇回避措置を尽くさなければ解雇が認められないというものではなく、組織の維持可能性という観点から現実的に実行できる措置をとれば足りることを意味します。解雇回避努力の「範囲」に関するこの判断基準は、個別事案における具体的な検討において重要な指針となります。

2 企業に求められる対応

本判決を踏まえ、整理解雇を行う場合に企業が留意すべき点を整理すると、以下の点を挙げることができます。

(1)人員削減の必要性の記録化——事業見通しと資金調達関係を含めて

売上消滅の状況、業績予測の根拠など、人員削減の必要性を裏付ける資料を適切に整備・保存することが重要です。本件では、財務状況・決算書・カーニバル社の損失状況・業界特有の事情(外国籍船舶の運航再開に要する各国との調整、乗組員の呼び戻し、風評回復等)が具体的に認定され、人員削減の必要性の評価に影響しました。

特に、事業見通しについては、自社が属する業界・事業形態に固有の制約を具体的に言語化した上で記録化することが有効です。本件では、上記の業界特有の事情を根拠とした事業見通しが合理的と評価されたことに加え、判決時点(令和5年2月)においてもその予測がほぼ的中していたことが、事業者側の判断の合理性をさらに裏付けるものとして言及されました。裁判所は、あくまで解雇時点における見通しの合理性を判断しますが、根拠のある予測と詳細な記録が重要であることは変わりありません。

また、グループ会社・子会社において整理解雇を検討する場合には、親会社との資本・資金関係についての記録化も重要です。本件では、被告が運転資金をほぼ全面的に親会社からの借入れに依存しており、その親会社自身が深刻な財務悪化に直面していたという関係性が、被告における人員削減の必要性の認定において重要な要素として考慮されました。「親会社の指示に応じる以外に組織を存続させる手段がない」という状況を裏付けるためには、①親会社との資本・資金関係、②親会社自身の財務状況・損失規模、③子会社が独自に外部から資金調達できるかどうか、という点を整理した資料を残しておくことが有効です。

さらに、解雇前の一定期間内に昇給や新規採用があった場合でも、それだけで人員削減の必要性が否定されるわけではありません。本件では、解雇直前の昇給(前年度の業績に基づく事前決定)と新規採用(退職者の補充)について、いずれも必要性を否定する事情とは認められませんでした。重要なのは、その決定が行われた時点の状況・理由であり、昇給・採用の決定プロセスとその時点における判断の根拠を記録しておくことが、後日の紛争対応において有用といえます。

(2)雇用調整助成金の活用可否の具体的検討と記録——「雇用維持要件」のタイミング問題に注意

厚生労働省は、雇用調整助成金の申請方法・要件等を公表しています(厚生労働省「雇用調整助成金(事業主の方へ)」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html)。

雇調金の活用が「常に必須の解雇回避措置」とはされていないものの、その活用可否についての検討は、解雇回避努力の評価において考慮されます。企業としては、①雇調金の支給要件・支給期間・上限額を具体的に確認した上で、②雇調金を活用した場合のコスト負担と人件費削減目標の達成可否をシミュレーションし、③活用しない選択をした場合には、その理由(支給期間・上限額の限界、組織維持との両立困難性等)を書面に記録しておくことが肝要です。

本件でも、人事担当者がハローワークを訪問して雇調金の支給内容を確認し、代表取締役に報告した上で活用しないと判断したという経緯が認定されています。この「検討した上での判断」という事実が、解雇回避努力の評価において一定の意味を持ちました。

(3)人員選定の客観的根拠の整備——「具体的行動事実」の記録が鍵

本件では、カーニバル社から提供された評価指針・評価シートに基づく多段階評価の手続が、人選の合理性認定の根拠の一つとなりました。整理解雇における解雇対象者の選定に際しては、①選定基準を明確に定め、②評価内容を書面化し、③その記録を保存しておくことが重要です。

評価書類が事後的に作成されたと疑われる状況では、選定の合理性を主張することが困難になります(本件でも、団体交渉での「比較資料はない」という発言が原告から問題視されましたが、裁判所はその発言の趣旨を限定的に解釈した上で評価シートの信用性を認めました)。

特に重要なのは、評価書類に記載する内容の粒度です。本判決が被解雇者の評価の合理性を認めた根拠は、「積極性・提案力・コミュニケーション能力」という抽象的な評価そのものではなく、それらを裏付ける具体的な行動事実(顧客からのクレームへの対応内容、上司の指導に対するフォローの有無、緊急時の電話対応姿勢等)でした。評価基準が抽象的な表現に留まる場合、選定の恣意性という批判を受けやすくなります。人事評価の記録においては、各評価項目の根拠となる具体的な出来事・指導記録・業務上の判断等を書面に残しておくことが、整理解雇時の対応にとっても有益です。

(4)手続の丁寧な遂行

整理解雇に先立ち、①会社の財務状況・事業見通しについての早期かつ具体的な情報提供、②個別面談の実施(退職条件の具体的な提示)、③労働組合との誠実な団体交渉、④回答期間の確保が求められます。

なお、本件では、退職勧奨への回答期限が面談翌日から4日間と短かったことについても原告から不相当と主張されましたが、裁判所は「不合理とまではいえない」と判断しています。しかし、回答期間の短さはこうした紛争において批判されやすい点です。実務上は、より余裕のある回答期間を設定することが望ましいといえます。

(5)実現できなかった解雇回避措置も記録する

解雇回避努力として評価されるのは、実際に成功した措置に限られません。本件では、被告が事務所の一部区画の賃貸借契約を解約しようと賃貸人と交渉したものの、賃貸人がこれを拒否したため実現しなかったという事実も、解雇回避に向けた取り組みの一つとして認定されています。

企業としては、解雇回避に向けて検討・交渉したものの外部的事情等により実現に至らなかった措置(賃貸人との賃料・面積交渉、取引先との条件変更交渉、追加融資の打診等)についても、その検討・交渉の経緯と結果を書面として記録しておくことが重要です。こうした記録が、解雇回避努力の誠実な検討を裏付けるものとして評価される場合があります。

(6)事業・組織の維持に必要な経費支出と解雇回避努力の関係

整理解雇の場面において、企業がすべての経費支出を完全に停止することが解雇回避努力の前提となるわけではありません。本件では、被告が解雇後も一定の広告宣伝費を支出していたことについて、原告から解雇回避努力が不十分であることの根拠として主張されました。しかし、裁判所は、クルーズ旅行という商品特性(中高年齢層へのアピールや社会的信頼の維持の必要性)に照らし、一定の広告宣伝費はマーケティングを主要事業とする被告の組織を維持するために不可欠であると判断してこの主張を退けました。

このことは、事業および組織の維持に不可欠と認められる支出については、その必要性を合理的に説明できる状況であれば、解雇回避努力の欠如の証左とはみなされない可能性があることを示しています。もっとも、この判断は個別事情に依拠するものであり、事業の維持に必要な支出とそうでない支出の区別を、整理解雇を検討する段階から意識的に整理・記録しておくことが望ましいといえます。

3 おわりに

令和4年11月30日をもってコロナ禍における雇調金特例措置は終了しましたが、本判決の示す判断枠組み——人件費削減目標・雇調金の支給期間・上限額・業績回復見通しを具体的に比較検討した上で解雇回避努力の十分性を判断するアプローチ——は、今後の整理解雇事案においても参照されるものと考えられます。

整理解雇を検討する場合、その必要性・解雇回避努力・人選基準・手続のそれぞれについて適切な記録を整備した上で進めることが、後日の紛争リスクを低減する観点から重要です。整理解雇は、企業にとって重大な法的リスクを伴う意思決定です。紛争が表面化した後では対応が限られることから、検討段階からの専門家への相談が、企業にとって有効な対策といえます。整理解雇・解雇回避努力・人員選定の問題についてご不明な点がございましたら、お気軽に当事務所にご相談ください。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。