近年、架空のキャラクターのアバターをまとって動画配信を行う「バーチャルYouTuber(VTuber)」が広く普及し、国内外で多くのファンを獲得しています。VTuberはアバターという「仮面」越しに活動するため、一見するとインターネット上の誹謗中傷・侮辱投稿と実際の配信者との結びつきが見えにくくなります。「傷つくのはキャラクターであって人間ではない」という誤解が、悪意ある書き込みを助長する温床になっているとも指摘されています。
大阪地裁令和4年8月31日判決は、電子掲示板(5ちゃんねる)に書き込まれた侮辱的な投稿が、VTuberとして活動する配信者本人の人格的利益を侵害するとして、投稿者(発信者)の情報開示をプロバイダに命じた事案です。
今回のコラムでは、上記大阪地裁判決の概要を紹介いたします。
事案の概要
原告は、「宝鐘マリン」という名称を用い、架空のキャラクターのアバターを使って、YouTubeへの動画投稿やSNSでの発信活動を行うVTuberです。原告は本名や自身の容姿を公表せず、「宝鐘マリン」というキャラクターをいわば衣装のようにまとって活動していましたが、その言動には原告自身の個性が活かされ、実際の体験や経験も反映されていました。
令和3年5月、原告が体調不良を理由にツイッターへの投稿を一時的に休止したところ、「宝鐘マリン」についての話題を扱う5ちゃんねるのスレッドに、「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」という書き込み(以下「本件投稿」といいます。)がなされました。
原告は、本件投稿によって名誉感情が侵害されたとして、本件投稿に使用されたIPアドレスを管理する被告(インターネットサービスプロバイダ)に対し、旧プロバイダ責任制限法(令和3年法律第27号による改正前の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)4条1項に基づき、投稿者(発信者)の情報開示を求めて提訴しました。
争点
争点①(権利侵害の明白性)
原告の権利が侵害されたことが「明らか」といえるかが争われました。具体的には、次の2点が問題となりました。
・本件投稿は「宝鐘マリン」というキャラクターに向けられたものにすぎず、その背後にいる配信者本人(原告)に向けられたものといえるか
・本件投稿の内容が、社会通念上許される限度を超える侮辱行為といえるか
被告(プロバイダ)は、「本件投稿はそもそも宝鐘マリンに対するものとはいえず、仮にそうであるとしても原告本人に向けられたものではない」、「内容は単なる不満・愚痴の程度にすぎず、社会通念上許される限度を超える侮辱にはあたらない」などと主張しました。
また、原告はVTuberとして収入を得ている以上、その活動に対する批判はある程度甘受すべき立場にあるとも主張しました。
争点②(開示を受けるべき正当な理由の有無)
原告が不法行為に基づく損害賠償請求を行うために発信者情報の開示を求めることに、正当な理由があるかが問われました。
裁判所の判断
争点①(権利侵害の明白性)
裁判所はまず、「宝鐘マリン」と原告本人との関係について、次のように認定しました。
「『B』であるとする架空のキャラクターを使用し、Bにつき、○○の船長であるなどのキャラクターを設定しているものの、『B』の言動は、原告自身の個性を活かし、原告の体験や経験をも反映したものになっており、原告が『B』という名称で表現行為を行っているといえる実態にある」
続いて、スレッドのタイトルが「【バーチャルYouTuber】宝鐘マリン…」であったことや、本件投稿に至る一連の書き込みの流れを踏まえ、本件投稿は「宝鐘マリン」の名称で活動する者に向けられたものであると認定しました。
そして、本件投稿の内容が社会通念上許される限度を超えるかという点については、次のように判断しました。
「『仕方ねぇよ』という表現にとどまれば、被告が主張するように不満・愚痴という程度のものにすぎないといえるとしても、本件投稿の内容は、およそ不満・愚痴にとどまるものではなく、『B』の名称で活動する者を一方的に侮辱する内容にほかならない。そして、『バカ女』『精神が未熟』というように分断して捉えるのではなく、本件投稿の内容を一体として捉えつつ、その表現が見下すようなものになっていることや、成育環境に問題があるかのような指摘までしていることをも踏まえれば、特段の事情のない限り、本件投稿による侮辱は、社会通念上許される限度を超えるものであると認められる。」
さらに、侮辱の被害が原告本人に及ぶかという核心的な問題について、次のように結論づけました。
「原告は、『B』の名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって、動画配信などの活動を行っているといえること、本件投稿は『B』の名称で活動する者に向けられたものであると認められることからすれば、本件投稿による侮辱により名誉感情を侵害されたのは原告であり、当該侮辱は社会通念上許される限度を超えるものであると認められるから、これにより、原告の人格的利益が侵害されたというべきである。そして、法4条1項1号の『権利』には、民法709条所定の法律上保護される利益も含まれるから、特定電気通信を用いて本件投稿が流通したことにより、原告の権利が侵害されたことは明らかである。」
争点②(開示を受けるべき正当な理由)
裁判所は、原告が発信者に対して損害賠償請求をするために本件情報の開示が必要であると認め、開示を受けるべき正当な理由があるとしました。
本判決の意義
VTuberの人格的利益保護を正面から認める
本判決は、VTuberとして活動する配信者が、ネット上の侮辱的な投稿によって人格的利益を侵害された場合に、発信者情報の開示請求を通じた法的救済が可能であることを明確に示した点に、実務上の意義があります。
VTuberはアバターというキャラクターをまとって活動するため、従前より「侮辱を受けたのはあくまでキャラクターであり、実在の人物ではない」という指摘もされていました。本判決はこの点を正面から検討し、アバターはあくまで配信者本人が身にまとう「衣装のようなもの」であり、そのキャラクターに向けられた侮辱は結局のところ配信者本人の人格的利益を侵害するものと判断しました。
「パーソン型VTuber」という概念との整合
VTuberには多様なスタイルが存在します。学説では、①実在の配信者がキャラクター・アバターの表象をまとって動画配信を行う「パーソン型」と、②キャラクターそのものがVTuberの本体であって「中の人」は存在しないという設定を維持する「キャラクター型」との大別が提唱されており、「個々のVTuberが『パーソン』と『キャラクター』のいずれに準拠する性質が強いかを事実認定した上で、妥当な法理論を適用していくことになろう」と指摘する見解もあります(原田伸一朗「バーチャルYouTuberの人格権・著作者人格権・実演家人格権」静岡大学情報学研究26巻53頁)。
本判決は、原告がキャラクターを使用しながらも、その言動に原告自身の個性・体験・経験が色濃く反映されているという事実を丁寧に認定した上で、実質的にパーソン型VTuberとして扱い、人格的利益の侵害を認めました。このアプローチは、今後VTuber関連の紛争において当該VTuberがどのタイプに属するかの事実認定が鍵を握ることを示すものとして、実務上の指針となると考えられます。
VTuberプロダクション・事業者への示唆
多数のVTuberを擁するプロダクションや芸能事務所にとって、所属VTuberがネット上の誹謗中傷・侮辱投稿の被害を受けた際に、法的手段によって発信者情報を取得し、損害賠償請求を行う道が明確に開かれていることを示した点で、本判決は実務上の重要な指針となります。
なお、本判決が適用した旧プロバイダ責任制限法は令和3年改正(令和4年施行)により大幅に改められており、「発信者情報開示命令」(非訟手続)の創設など、開示請求手続の迅速化・簡便化が図られています。現在はこの改正法の下での対応が求められます。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

