近年、職場や教育・研究機関におけるハラスメントへの社会的関心は高まる一方であり、企業や大学などの組織においても、実効的なハラスメント防止対策の構築が急務となっています。
本コラムでは、国立大学の博士課程大学院生が、指導教員によるアカデミックハラスメント等を理由に損害賠償を求めた事案に関する名古屋地裁令和2年12月17日判決を取り上げます。
本判決は、①アカデミックハラスメントの違法性判断基準を明示した点、②満期退学後の客員研究員にも同基準を適用した点、③国立大学法人の国家賠償法上の責任及び教員個人の責任不存在を確認した点において、実務上、重要な示唆を含んでおり、大学・研究機関はもちろん、企業のハラスメント窓口担当者にとっても参考になります。
事案の概要
当事者
本件の当事者は、以下のとおり匿名化されています(本稿でも同様の表記を用います)。
| X(原告) | 被害を主張する元大学院生・客員研究員 |
| Y1(被告) | 国立大学法人(国立A大学) |
| Y2(被告) | Y1大学医学系研究科講師(後に准教授)・Xの指導教員 |
経緯
Xは、平成24年4月にA大学医学系研究科博士課程に入学し、Y2の指導の下で呼吸器内科分野の研究に従事しました。平成28年3月に所定の単位を取得して満期退学した後も、客員研究員として引き続き在籍し、博士論文の作成を継続していました。
本件の直接の発端となったのは、平成28年4月頃に本件研究グループが発表した学術論文(以下「本件論文」)における著者の扱いです。草稿段階ではXが共著者に含まれていましたが、正式発表の最終稿では、Y2の判断によりXのみが共著者から除外されました。Xを除く研究グループのメンバー全員が共著者とされたのに対し、Xは共著者欄はもとより謝辞にも名前が載りませんでした。
Xは平成29年5月、A大学のハラスメント防止対策委員会に救済申立てを行い、同委員会は平成30年2月、①指導方法の問題・②研究質問への不対応・③カンファレンス出席の催促については「ハラスメントと認定すべき事実はなかった」と判断した一方、④本件論文の共著者からの除外については「ハラスメントがあった」と認定しました。A大学はY2に対し総長名で厳重注意処分を行いました。
Xは、Y2の以下の各行為が不法行為に当たると主張し、Y2個人とY1に対し、連帯して652万5640円の損害賠償を求めました。
・研究指導メール(12通)への不適切・不誠実な対応
・満期退学後の客員研究員に対するカンファレンス出席の強要
・本件論文の共著者からのXの除外
・カンファレンスの開催連絡からのXの除外
・就職先への推薦状の作成拒否
・実験結果と異なる博士論文の作成強要
争点
本件の争点は、以下の5つです。
争点①:不法行為の成否
Y2がXに対し、いわゆるアカデミックハラスメントを含む不適切な指導等を行い、これが不法行為上の違法行為と評価されるか。
争点②:国家賠償法1条1項の適否
Y2の行為が違法と評価される場合、Y1(国立大学法人)が国家賠償法1条1項に基づく賠償責任を負うか。
争点③:Y2の個人責任の存否
Y1が国家賠償法1条1項の責任を負う場合、Y2が個人として不法行為責任を負うか。
争点④:使用者責任の存否(Y1が民法715条の使用者責任を負うか)
争点⑤:損害の内容及び損害額
裁判所の判断
争点①(アカデミックハラスメントの判断基準と各行為の違法性)
裁判所は、まずアカデミックハラスメントの違法性判断基準として、次のように一般論を示しました。
「いわゆるアカデミックハラスメントとは,研究及び教育機関における教員等の優位な立場にある者から学生等の劣位な立場にある者に対してされる,ハラスメント行為の一つであり,ハラスメントの受け手である学生等の人格権等の権利利益の侵害になり得るものであるが,他方で,学生等に対する教育上の見地から,教員等には研究教育上の一定の裁量が認められるところであり,教員等の学生等に対する言動が不法行為法上の違法行為に該当するかは,両当事者の立場及びその優劣の程度のほか,当該行為の目的や動機経緯,立場ないし職務権限等の濫用の有無,方法及び程度,当該行為の内容及び態様並びに相手方の侵害された権利利益の種類や性質,侵害の内容及び程度等の諸事情を考慮して,当該行為が教員等の学生等に対する研究教育上の指導として合理的な範囲を超えて,社会的相当性を欠く行為といえるかどうかにより判断するのが相当と解される。このことは,大学院の博士課程に在籍する大学院生であっても,博士課程修了後の客員研究員として在籍する者であっても変わらないと解される。」
この基準は、「社会的相当性を欠く」かどうかという一般的不法行為の判断枠組みと軌を一にしつつ、教育・研究の場における指導者の裁量を考慮要素として明示した点に特色があります。また、在学中の学生だけでなく満期退学後の客員研究員にも同じ基準が及ぶことを明確にしました。
引き続き、裁判所は、Xが主張した6つの行為について個別に検討し、以下のとおり、判示しました(違法と認めたのは「本件論文の共著者からの除外」のみ)。
ア 研究指導メール(1)〜(12)への対応
12通にわたるメールのやり取りについて、裁判所は次のとおり判示しました。
「XとY2との本件各メールを通じたやり取りは,その一部にXに不快感を抱かせるような適切さを欠く措辞もあるが,専らY2のXに対する悪感情等に基づくものとはいえず,その内容も,最適な指導方法であったかは兎も角として,指導教員として教育上許容される範囲内のものであり,……本件各メールのやり取りによって,Xに具体的な権利利益の侵害が生じたとも認められない。……Y2の対応が,指導教員による研究指導として合理的な範囲を超えて,社会的相当性を欠くとは認められず,Xに対する違法行為に該当するとは認められない。」
指導教員の対応が「最適」とは言えない場面があったことは認めつつも、具体的な権利利益の侵害が認められなければ違法とはならないとしました。
イ カンファレンス出席の強要
Y2がXに対し毎週のカンファレンス出席を求め、勤務先病院を訪問したことについて、裁判所は次のとおり判示しました。
「Y2が,Xが本件研究科に来訪しなければ指導を一切行わないという姿勢を示していたわけでもなく,論文の進捗に応じて来訪すればよいとも伝えていたのであるから,毎週のカンファレンスへの参加を強要していたとは認められない。……Y2がXに対して,病院での勤務日程を調整した上で,カンファレンスへの出席を求めることがおよそ不適切であるとは認められない。」
ウ 本件論文の共著者からの除外(違法と認定)
本件で唯一違法と認められた本件論文の共著者からのXの除外について、裁判所は以下のとおり判示しました。
まず共著者の要件について、医学雑誌編集者国際委員会(ICMJE)のガイドラインを参照し、最終稿においても「Xが実験したデータが相当数使用されている」ことから「本件ガイドラインに従えば,最終稿においてもXを共著者とするのが相当であり,Y2の上記判断は相当性に欠ける」と述べました。
さらに、手続面の問題を次のように指摘しました。
「研究者にとって,論文の共著者に名を連ねることは,自らの研究実績を示すものとして重要な事柄であり,責任著者の判断で,草稿段階で共著者となっていた者を最終稿で共著者から外すのであれば,責任著者は,該当者に対し,その事情を説明することが必要であると解されるところ,Y2は,Xの指導教員でありながら,Xに対して何らの説明をすることなく,最終稿においてXを共著者から除外した。」
これらを踏まえ、裁判所は次のように結論づけました。
「Y2は,相当な理由がなくXを共著者から除外し,かつ,共著者から除外する理由をXに対して説明することなく,自己の一方的な判断でXを共著者から除外しており,Xが実験を行い,本件論文の作成に関与,貢献したことを正当に評価されることを妨害したと評価される。Y2は,共著者からの除外をXに対する嫌がらせ目的で行ったとまで認められないものの,自己がXの指導教員として優位的な立場にあることから,Xの立場に配慮をすることなく,研究者として重要な共著者として名を連ねる機会を一方的に奪ったと言わざるを得ず,指導としての合理的な範囲を超えて,社会的相当性を逸脱した違法行為に該当する。」
嫌がらせの意図がなくても、優位な立場を利用した一方的な不利益処遇は違法となり得ることを明確にした点は重要です。
エ カンファレンス連絡からの除外・推薦状拒否・論文作成強要
これらについては、いずれも客観的証拠が不十分として違法性が否定されました。
争点②(国立大学法人の国家賠償法上の責任)
裁判所は、国立大学法人法の諸規定(資本金の政府出資、秘密保持義務、刑事罰適用上の公務員みなし規定、国の関与規定等)を根拠に、次のとおり判断しました。
「国立大学法人は国家賠償法1条1項の『公共団体』に該当し,同法人の教職員は同項の『公務員』に該当する。……Y2が,本件論文の共著者からXを除外した行為は,本件グループの指導教員としてのY2の判断として行われたものであるから,公務員としての職務として行われたものであり,Y1は,同行為によってXが被った損害について,国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負う。」
争点③(Y2の個人責任の不存在)及び争点④(使用者責任の存否)
Y1が国家賠償法1条1項の責任を負う以上、加害者であるY2個人は被害者に対し民事上の損害賠償責任を負わないとしました。また、Y1が国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負う以上,争点④については,判断を要しない。
「国家賠償法1条1項は,……公務員個人は被害者に対する民事上の損害賠償責任を負わないとしたものと解される。したがって,Y1が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う本件においては,Y2本人は損害賠償責任を負わないと解するのが相当である。」
争点⑤(損害の内容及び損害額)
共著者除外による精神的苦痛に対する慰謝料10万円、弁護士費用1万円の合計11万円をY1が支払うよう命じました(Xの請求額652万5640円に対し、大幅に限定)。学費相当額・再現実験費用は、共著者除外との因果関係が認められないとして棄却されました。
本判決の意義
アカデミックハラスメントの判断基準
本判決は、アカデミックハラスメントが不法行為上の違法行為に当たるかを判断するための基準(枠組み)を示しました。すなわち、①両当事者の立場・優劣の程度、②行為の目的・動機・経緯、③立場・職務権限等の濫用の有無、④方法・程度、⑤行為の内容・態様、⑥侵害された権利利益の種類・性質・程度といった諸事情を総合考慮した上で、「指導として合理的な範囲を超え、社会的相当性を欠くか」を問うという枠組みです。
この基準は、大学・研究機関に限らず、企業における上司と部下の間のパワーハラスメントの違法性判断にも通ずる考え方です。一定の業務上の裁量の範囲内であれば違法とはならないとする一方で、優位な立場を利用した一方的かつ説明のない不利益取扱いは、嫌がらせ目的がなくとも違法になり得ることを示した点は、企業の人事担当者にとっても重要な示唆と言えます。
満期退学後の客員研究員にも保護が及ぶことの確認
また、本判決は、在籍中の大学院生のみならず、博士課程を満期退学して客員研究員として在籍する者に対しても、指導教員は適切な対応をすべき立場にあり、アカデミックハラスメントの判断基準が同様に及ぶことを明確にしました。
論文共著者の除外——「嫌がらせ目的なし」でも違法となり得る
本判決のポイントは、Y2に嫌がらせの「意図」は認められなかったにもかかわらず、①合理的な理由のない不利益取扱い、かつ②何らの説明もないという手続的瑕疵の組み合わせが、違法行為を構成するとした点にあります。
これは企業における人事・処遇の場面でも直接的な示唆を持ちます。たとえば、評価・昇給・昇格・プロジェクト参加機会の付与・不付与等について、「悪意はなかった」という弁明は必ずしも免責事由にならず、合理的理由と適切な説明が伴わなければ違法なハラスメントと評価される可能性があるとも評価できます。
社内調査・記録の重要性
本件では、ハラスメント防止対策委員会による事前の社内調査が先行し、その認定(共著者除外についてのハラスメント認定)が判決の判断において事実認定の重要な根拠の一つとなりました。また、X・Y2間のメールのやり取りが詳細に証拠として提出され、各行為の評価に際して具体的に検討されました。
このことは、企業において以下の点が重要であることを示しています。
・ハラスメント相談窓口・調査委員会の整備と適切な運用
・社内調査結果の書面化と適切な保存
・日頃の業務連絡・指導内容の記録の保持(メール等)
・処遇変更(異動・降格・不参加決定等)の理由の明示と記録
ハラスメントが問題化した際に、組織としての対応の合理性・公正性を客観的に示せるかどうかが、紛争の帰趨を左右する点に留意する必要があります。
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