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契約書のない制作委託と著作権の帰属・利用許諾・著作者人格権(東京地裁平成27年11月20日判決)

はじめに

商品写真や広告写真の撮影をフリーランスのカメラマンに依頼することは、多くの企業で日常的に行われています。しかし、その際に契約書を作成せず、メールのやり取りだけで進めてしまい、後になって「トリミングは許可していない」「雑誌に載せるとは聞いていない」「クレジット(氏名表示)がない」といった形で、写真の利用範囲をめぐる紛争に発展するケースは少なくありません。

今回のコラムでは、アパレル会社がフリーランスの写真家に広告宣伝用のファッション写真の撮影を依頼したところ、写真家から、写真のトリミング加工、雑誌広告への掲載、氏名の不表示などが著作権侵害・著作者人格権侵害に当たると主張されたものの、請求がすべて棄却された裁判例(東京地裁平成27年11月20日判決)をご紹介いたします。

本判決は、契約書が作成されていない場合に、裁判所が、①著作権の譲渡の有無、②利用許諾の有無とその範囲、③著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)についての同意の有無を、依頼の経緯、代金の請求内容、メールの記載、事後の対応といった事実からどのように認定するのかを具体的に示したものです。事例判決ではあるものの、クリエイターに制作を発注する企業のご担当者にとって、契約書を整備することの意味を理解する上で有益な裁判例です。

事案の概要

Xは、フリーランスの写真家であり、Y1は、レディスファッションを取り扱う衣料品の販売等を行う会社です。Y2は、ファッションブランドを展開する会社の関連会社であり、Y1の依頼を受けて雑誌広告ページの制作を行いました。

Xは、平成25年2月、Y1から、モデルを用いたファッションの広告宣伝用の写真撮影と写真の提供を依頼され、写真6点(以下「本件各写真」といいます。)を撮影しました。Xが代表を務める会社は、Y1に対し、「カタログ写真撮影」の代金として31万5000円(税込み)を請求しました。撮影や写真の取扱いについて、XとY1の間で契約書は作成されていませんでした。

その後、Y1は、本件各写真の一部をトリミング加工して自社のオフィシャルサイトに掲載し(Xの氏名表示なし)、また、Y2に写真データを提供して雑誌に掲載するY1の広告ページを制作させ、同広告ページは、出版社が発行する雑誌に掲載されました(Xの氏名表示なし)。

Xは、これらの行為が著作権(複製権・公衆送信権・譲渡権)及び著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)の侵害に当たると主張して、Y1に対し写真の公衆送信の差止めと損害賠償を、Y2に対し損害賠償を、合計約1690万円の規模で請求しました。これに対し、Y1らは、著作権はY1に譲渡されており、仮にそうでなくても利用許諾があったなどと反論しました。

なお、以下の判決文の引用部分では、Xは「原告」、Y1は「被告Dazzy」、Y2は「被告ロエン」と表記されています。

本件の争点

本件の主な争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①本件各写真の著作権は、XからY1に譲渡されたか
争点②Xは、Y1に本件各写真の利用を許諾していたか。許諾していたとして、その範囲(改変、掲載媒体の選択、第三者への制作依頼)はどこまでか
争点③トリミング加工と氏名の不表示は、Xの著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)を侵害するか

裁判所の判断

争点① 著作権の譲渡の有無について

Y1らは、撮影に関する合意の中で著作権がY1に帰属することが合意されていたと主張しました。しかし、裁判所は、以下の事情を挙げて、著作権の譲渡合意を認めませんでした。

観点考慮された事情
書面の不存在XとY1が、本件各写真の扱いについて契約書等の書面を作成していないことに争いがない
交渉経過の立証著作権の扱いに関してどのような会話をしたのか、具体的な主張立証がない
対価の内訳X側の請求書に、代金に著作権譲渡代金が含まれる旨の記載がない
納品後のXの行動Xは、データ納品後も、自ら写真を加工した宣伝用ページの案を編集してY1に送付しており、著作権を譲渡したとまでは認識していなかったと推認される

Y1らは、Xがメールで「写真は御社のものですので、どのようにご使用されてもよろしいのですが」「どのように使うかは御社次第」と記載していたことは著作権譲渡を前提とするものであると主張しました。しかし、裁判所は、次のとおり判示し、この主張を退けました。

「上記記載は、制限や条件を付さずに利用許諾をしたことを前提としたものと考えても矛盾しないから、上記各記載をもって、原告が被告Dazzyに原告各写真の著作権を譲渡したと認めるに足りない。」

争点② 利用許諾の有無とその範囲について

他方で、裁判所は、以下の事情から、Xは、広告宣伝目的での自由な利用を前提として撮影を請け負い、データを交付したものであると認定しました。

観点考慮された事情
依頼の目的Xは、Y1から、広告宣伝用の写真の撮影を依頼されて本件各写真を作成した
対価の名目Xは、「カタログ写真」の撮影代金として31万5000円を請求した
メールの記載Xは、Y1に対し、「写真は御社のものですので、どのようにご使用されてもよろしい」「どのように使うかは御社次第」などと述べていた

その上で、裁判所は、次のとおり判示し、広い範囲の利用許諾を認めました。

「原告は、被告Dazzyに対し、少なくとも広告宣伝目的においては、改変することや掲載する媒体の選択等も含めて自由に利用できるものとして、原告各写真の利用を許諾したと認めるのが相当である。」

さらに、Y2(広告制作会社)が写真を加工して雑誌広告を制作したことについても、裁判所は、次のとおり判示し、許諾の範囲内であるとしました。

「広告の素材である写真の加工等を含む広告の製作や広告宣伝行為を第三者に依頼することは通常行われることであるから、原告は、被告Dazzyが、第三者に指示をして原告各写真を改変させたり、原告各写真を用いた広告を頒布させることを想定した上で、被告Dazzyに原告各写真の利用を許諾していたと認めることが相当である。」

なお、Xは、訴訟の途中で、当初認めていた利用許諾の事実の陳述(自白)を撤回しようとしましたが、裁判所は、自白の撤回には自白が真実に反しかつ錯誤に基づくことが必要であるとした上で、上記メールの記載に照らして自白が真実に反するとはいえないとして、撤回を認めませんでした。

争点③ 著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)侵害の成否について

裁判所は、著作者人格権についても、以下の事情から、Xの黙示の同意を認めました。

観点考慮された事情
事後の対応Xは、撮影後、代理人による通知書の送付までの約4か月間、Y1のサイトでのトリミング掲載について、編集が乏しい等の不満は述べたものの、トリミング加工や氏名の不表示自体には異議を述べていなかった
X自身の提案内容Xが自ら編集してY1に提案した宣伝用ページの案にも、Xの氏名は表示されていなかった
データ交付時の対応Xは、氏名表示のない写真データを交付し、氏名を表示すべき旨の指示をしなかった

判示部分は、次のとおりです。

「原告は、被告Dazzyに対し、原告各写真を改変することや、原告の氏名表示をすることなく原告各写真を広告等に掲載することについて、黙示の同意をしていたと認めるのが相当である。」

以上により、裁判所は、Y1・Y2の行為はいずれも著作権・著作者人格権を侵害しないとして、Xの請求をすべて棄却しました。

コメント

本判決は、契約書のない業務委託をめぐる個別の経緯に即した事例判断ですが、クリエイターへの制作発注の実務について、以下の点で実務上の示唆に富むものといえます。

1 「写真は御社のもの」という言葉でも、著作権譲渡は認められないこと

本判決は、Xの「写真は御社のものですので、どのようにご使用されてもよろしい」というメールの記載についてすら、利用許諾を前提とした表現とも読めるとして、著作権譲渡の認定には足りないと判断しました。著作権の譲渡は、利用許諾よりも重い処分行為であるため、書面や対価の内訳等の裏付けなしには認められにくいことを示しています。発注者側が著作権の譲渡を受けたい場合には、譲渡の対象・対価を明記した契約書(著作権法27条・28条の権利を含む旨の特掲を含みます。)を作成することが必要です。

2 契約書がなくても、経緯から広い利用許諾が認定され得ること

他方で、本判決は、依頼の目的(広告宣伝用)、対価の名目(カタログ写真の撮影代金)、メールの記載という客観的な事情から、改変や掲載媒体の選択を含む広い利用許諾を認定し、外部の制作会社に加工・制作を依頼することも「通常行われること」として許諾の範囲に含めました。発注の目的が明確であれば、その目的の範囲内の利用は許諾されていたと認定され得るという意味で、発注者側にとって参考になる判断です。

しかし、この認定はあくまで個別の経緯に依存するものであり、メールの文面や事後の対応が異なれば、逆の結論もあり得ます。本件のY1らは、結果として救われましたが、訴訟で利用範囲の立証を尽くさなければならない立場に置かれたこと自体が、契約書を作成しなかったことのコストといえます。

3 著作者人格権は譲渡できないからこそ、取決めと記録が重要であること

著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)は、譲渡することができない権利であり、著作権の譲渡を受けても問題が残ります。本判決は、事後に異議を述べなかったことやX自身の提案内容から黙示の同意を認定しましたが、黙示の同意の認定は事案ごとの評価に左右されるため、発注者側がこれに頼ることは危険です。実務では、契約書において、改変(トリミング・色調補正等)の可否と範囲、氏名表示(クレジット)の要否を具体的に定め、あわせて著作者人格権を行使しない旨の条項を設けることが一般的です。クリエイター側にとっても、クレジット表記や改変の条件を求めるのであれば、最初に明示して記録に残すことが、本判決の教訓となります。

4 企業に求められる対応

本判決を踏まえると、企業には、①フリーランスを含む外部クリエイターへの発注時に、権利の帰属(譲渡か許諾か)、利用範囲(目的・媒体・期間・改変の可否)、再委託の可否、クレジットの要否を定めた契約書・発注書を取り交わすこと、②メール等のやり取りを含む交渉経過の記録化、③既存の制作物について権利処理の状況を点検すること、といった対応が求められます。

【後日加筆】なお、フリーランスへの業務委託については、フリーランス・事業者間取引適正化等法(令和6年11月施行)により、給付の内容や報酬等の取引条件の明示が義務付けられており、条件を明確にした発注は、著作権紛争の予防にとどまらず、法令遵守の観点からも必須となっています。

おわりに

本判決が扱った制作物の権利関係の問題は、写真に限らず、イラスト、デザイン、動画、ウェブサイトなど、外部クリエイターに制作を発注するあらゆる場面で生じ得るものです。契約書がない場合の権利関係の認定は、経緯やメールの文面といった個別の事情に大きく左右されるため、紛争になってからの見通しの判断にも、紛争を防ぐ契約書の設計にも、専門的な検討が必要となります。

当事務所は、著作権をはじめとする知的財産権に関する紛争対応・予防法務や、業務委託契約書の作成・レビューについて、ご相談・ご依頼をお受けしております。クリエイターへの発注実務の整備や、制作物の利用をめぐるトラブルへの対応をご検討中の企業のご担当者は、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームより、お気軽にご相談ください。

本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。