はじめに
書籍・雑誌・映像・キャラクター商品等、過去に発行・公表されたコンテンツを復刻したり再利用したりする場面は、出版・映像・エンタテインメント業界をはじめ様々な業界で日常的に生じます。もっとも、過去コンテンツの復刻・再利用の場面では、「何について、どの範囲で許諾を得たのか」という許諾対象の範囲や、「著作者の氏名をどのように表示するか」という氏名表示の方法について、後日、著作者との間で紛争が生じることがあります。
今回のコラムでは、書籍の復刻版にイラストを再使用することについての著作者の許諾の成否・範囲、および氏名表示の方法が著作権法19条3項の「公正な慣行」に合致するかが争われた知財高裁平成28年6月29日判決を紹介いたします。
過去コンテンツの復刻・再利用に関与される出版社、映像制作会社、キャラクタービジネスを展開する企業の担当者にとって、示唆に富む有益な裁判例です。
事案の概要
控訴人は、「カラー版怪獣ウルトラ図鑑」(昭和43年5月30日発行、秋田書店。以下「原書籍」といいます。)に収録されたイラスト(本件イラスト)の著作者であるイラストレーターです。被控訴人(株式会社復刊ドットコム)は、原書籍の復刻版(「怪獣ウルトラ図鑑 復刻版」。以下「本件書籍」といいます。)を発行した出版社です。
本件書籍発行から提訴に至る経緯は、以下のとおりです。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 昭和43年5月 | 秋田書店が「カラー版怪獣ウルトラ図鑑」(原書籍)を発行 |
| 平成24年1月初旬頃 | 被控訴人の編集担当者Bが、控訴人に電話で原書籍の復刻版発行企画を説明し、原書籍収録イラストの使用許諾料として1万円を支払うことを申し出 |
| 同年2月3日 | Bが控訴人に本件書籍の書名・企画内容・発行日・定価等を記載したメールを送信し、使用許諾料の振込先口座の教示を依頼 |
| 同年2月5日 | 控訴人が振込先口座を指定するメールを返信 |
| 同年3月30日 | 本件書籍出版 |
| 同年5月7日 | 被控訴人が控訴人に使用許諾料1万円を支払い |
| 同年5月頃 | 本件書籍が控訴人に送付される。控訴人が自身のホームページで本件書籍を紹介 |
| 平成26年2月頃〜 | 控訴人が、秋田書店の担当者から別書籍(「怪獣画報」復刻版)の連絡を受けたことを契機として、本件書籍におけるイラストの権利処理について異議を述べるようになる |
| 平成27年 | 控訴人が、被控訴人に対し、本件書籍は控訴人の著作権(複製権)および著作者人格権(氏名表示権)を侵害するとして、差止め、廃棄および損害賠償を求めて提訴 |
原審は控訴人の請求をいずれも棄却し、控訴人が控訴したのが本件です。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件書籍発行についての控訴人の許諾の有無 |
| 争点② | 控訴人の許諾についての錯誤の有無 |
| 争点③ | 本件書籍における氏名表示権侵害の有無 |
裁判所の判断
争点① 本件書籍発行についての控訴人の許諾の有無について
裁判所は、控訴人は、遅くとも使用許諾料の振込先を通知した平成24年2月5日には、被控訴人に対し、本件書籍における本件イラストの再使用について許諾したものと判断しました。
裁判所は、以下の事実を総合して判断しています。
| 事実の類型 | 事実の内容 |
|---|---|
| 被控訴人による許諾の求め方 | 被控訴人の担当者が、本件書籍が秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」の復刻版であることを明示した上で、控訴人に対し、原書籍に収録されたイラストの本件書籍における再使用についての許諾を求めたこと |
| 控訴人の対応 | 控訴人は、原書籍に収録されたイラストの内容、あるいは本件書籍に収録される予定のイラストの内容について何らの質問も確認もすることなく、被控訴人に対し、本件書籍におけるイラスト使用許諾料の振込口座を指定し、その支払を受けたこと |
| 本件書籍と原書籍の関係 | 本件書籍は、秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」(原書籍)の復刻版であり、原書籍に本件イラストが掲載されていたこと |
| 本件書籍送付後の控訴人の対応 | 控訴人は、本件書籍の出版後、被控訴人から本件書籍の送付を受けたが、被控訴人に対し、本件イラストが掲載されていることについて直ちに異議を述べることはなく、かえって、自身のホームページにおいて、「Xの絵や図解も沢山掲載されています」などと本件書籍を積極的に紹介する記事を掲載していたこと |
| 控訴人が異議を述べた経緯 | 控訴人は、秋田書店の担当者から、本件書籍とは別の書籍におけるイラストの使用に関し連絡を受けたことを契機として、本件書籍におけるイラストの権利処理、特に、氏名表示の方法や使用許諾料の額について異議を述べるようになったものの、被控訴人に対しては、平成26年になって初めて、控訴人と秋田書店との間のやり取りを伝えた上で、秋田書店との間の問題を解決するための助力を依頼し、その際にも、控訴人が被控訴人に対しては2年前に承諾したことは認識していると表明していたこと |
裁判所は、以下のとおり述べ、控訴人による許諾を認めました。
控訴人は、遅くとも使用許諾料の振込先として控訴人名義の銀行口座を通知した平成24年2月5日には、被控訴人に対し、本件書籍における本件イラストの再使用について許諾したものというべきである。
控訴人は、「特集ページ」のイラストではなく「記事ページ」のイラストについての許諾を理解していたから、許諾対象について意思の合致がなかったとも主張しました。しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、これを採用しませんでした。
被控訴人が、本件書籍が秋田書店が発行した「怪獣ウルトラ図鑑」の復刻版であることを明示した上で、控訴人に対し、原書籍に収録されたイラストの本件書籍における再使用についての許諾を求めたのに対し、控訴人が、原書籍に収録されたイラストの内容、あるいは本件書籍に収録される予定のイラストの内容について何らの質問も確認もすることなく、被控訴人に対し、本件書籍におけるイラスト使用許諾料の振込口座を指定し、その支払を受けたことからすれば、控訴人は、原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストについて使用を許諾したものと認められるから、被控訴人と控訴人との間において、許諾の対象が一致していなかったということはできない。
なお、原審判決(東京地裁平成28年1月21日判決)は、控訴人(原告)の「振込先を伝えたのは『承諾』ではなく、振込先を伝えた事実を確認したものにすぎない」という主張について、以下のとおり述べ、これを採用しませんでした。
本件書籍の発行を許諾しないまま振込先を伝えることを「承諾」と表現すること自体が不自然であると解される
また、原審判決は、以下のとおり述べ、「許諾を留保する場合には、その旨を併せて告げるべきであったにもかかわらず、原告は何らの留保もなく振込先を伝えている」ことも指摘し、控訴人(原告)の主張を排斥しています。
仮に許諾を留保しているのであれば、使用料の振込先を伝える際に許諾を留保する旨を併せて告げることに支障はないと考えられるのに、原告が何らの留保なく振込先の預金口座を伝えている
争点② 控訴人の許諾についての錯誤の有無について
裁判所は、控訴人の許諾の意思表示に錯誤はないと判断しました。
控訴人は、「特集ページ」ではなく「記事ページ」のイラストであると誤解していたから、内容の錯誤または目的物の同一性の錯誤があると主張しました。しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、これを採用しませんでした。
控訴人は、原書籍に掲載されたイラストのうちどのイラストを再使用するのかについては何ら問題とすることなく、再使用を許諾していることからすれば、控訴人と被控訴人との間には、原書籍に収録された控訴人作成に係るイラストについての使用許諾契約が成立したものということができる。したがって、仮に控訴人が許諾当時、原書籍に収録されたイラストがいかなるものであるか、個別的具体的に認識していなかったとしても、許諾の対象について錯誤があったということはできない。
また、控訴人は、動機の錯誤であるとしても、本件書籍の内容を見せて欲しいと述べていたこと等から動機は被控訴人に対して黙示的に表示されていたとも主張しました。しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、これを採用しませんでした。
本件全証拠によるも上記①ないし③の事実を認めるに足りず、他に控訴人の動機、すなわち、本件書籍において再使用されるのは「特集ページ」に掲載されたイラストではなく、「記事ページ」に掲載されたイラストであるとの認識が、被控訴人に対し、明示又は黙示に表示されていたことを認めるに足りる証拠は存しない。
争点③ 本件書籍における氏名表示権侵害の有無について
本件書籍における氏名表示の方法は、2ページの目次の左側に「さし絵」と記載した欄があり、そこに控訴人を含む6名の氏名を列記するというものでした。控訴人は、イラストごとに著作者名を表示せず、特定のページに氏名をまとめて表示する方法は、著作権法19条が氏名表示権を規定する趣旨を没却するものであり、公正な慣行に反すると主張しました。
裁判所は、以下の事実を考慮して、本件書籍における氏名表示の方法は公正な慣行に反しないと判断しました。
| 事実の類型 | 事実の内容 |
|---|---|
| 本件書籍の内容・体裁 | 本件書籍がテレビ番組に登場する主人公、武器、怪獣等を専ら子供向けに紹介する図鑑であり、本文を構成する約170ページのほとんどのページに大なり小なりイラスト又は写真が掲載されていること |
| 原書籍の表示方法との整合性 | 本件書籍の原書籍においても、本件書籍におけるのと同様の表示(目次に「さし絵」としてイラスト作成者の氏名を一括表示する方法)がされていたこと |
| 業界における一般的な表示方法 | 単行本として発行される図鑑や事典において、そこに含まれるイラストの著作者が複数いる場合、イラストごとにそれに対応する作成者の氏名を表示せず、冒頭や末尾に一括して作成者の氏名を表示することも一般的に行われていると認められること |
裁判所は、以下のとおり述べ、氏名表示権侵害を否定しました。
本件書籍の内容や体裁において、イラストごとにそれに対応する作成者の氏名が表示されていなければ氏名表示がされたことにならないとまでいうことはできず、本件書籍における氏名表示の方法が、公正な慣行に反し、控訴人の本件イラストに係る氏名表示権を侵害するものであるということはできない。
コメント
1 本判決の意義
本判決の意義は、以下の諸点に整理することができます。
(1)過去コンテンツの復刻・再利用における許諾対象の認定
本判決は、復刻版書籍におけるイラストの使用について、著作者が許諾対象のイラストの内容を個別具体的に確認しないまま、使用許諾料の振込先を指定し、その支払を受けたという事情のもとでは、許諾対象は「原書籍に収録された著作者作成に係るイラスト」として合意が成立したものと認められると判断しました。復刻版の発行を申し出られた著作者が、原書籍の具体的内容を確認しないまま振込口座を伝えた場合には、原書籍に収録されているイラスト全般について許諾したと評価され得る可能性があることを示しています。
(2)許諾対象に関する錯誤主張の限界
本判決は、著作者が許諾当時、原書籍に収録されたイラストが個別具体的にどのようなものであるかを認識していなかったとしても、「原書籍に収録された控訴人作成に係るイラスト」という抽象的対象についての認識があり、かつ、再使用対象のイラストを個別に問題とすることなく許諾していた場合、許諾対象について錯誤があったとは認められないと判断しました。
また、動機が表示されていたとする主張についても、その表示の事実を認めるに足る証拠がないとして退けました。許諾の意思表示を事後に錯誤無効として争うためには、証拠上、動機等の表示の事実を立証する必要があることを示しています。
(3)氏名表示の方法と「公正な慣行」
本判決は、著作権法19条3項の「公正な慣行」の認定に際し、当該書籍の内容・体裁、原書籍における表示方法との整合性、および業界において一般に行われている表示方法という要素を考慮しました。その上で、単行本として発行される図鑑・事典において、イラストの著作者が複数いる場合に、冒頭や末尾に一括して作成者の氏名を表示することも公正な慣行に合致し得ると判断しました。個別表示がされていないことをもって直ちに氏名表示権侵害とは評価されないという判断枠組みが示されています。
また、原審判決(東京地裁平成28年1月21日判決)は、本件イラストの書籍内での位置付けについて、以下のとおり述べ、氏名表示の一括表示が公正な慣行に反しないとの結論を導いていました。
本件イラストは、原告以外の者が作成したイラスト及び記述した文書と共に本件書籍の一部を構成するにとどまるのであって、復刻版である本件書籍の元となった原書籍の作成に当たり、その素材として、既に雑誌に発表されていた原告作成のイラストが使用されたものとみることができる
複数の著作者の作品が素材として組み込まれ、一体として書籍が構成されている場合には、当該書籍全体の中での各イラストの位置付けが、氏名表示の方法を評価する上での一要素となり得ることが示唆されます。
2 企業等に求められる対応
本判決を踏まえ、企業等に求められる対応としては、以下のような点が挙げられます。
| 場面 | 対応の内容 |
|---|---|
| 過去コンテンツを復刻・再利用する場面(出版、映像、キャラクタービジネス等) | 復刻・再利用の対象となる原書籍・原コンテンツの特定(タイトル、発行年、使用箇所等)を明示して許諾を求めることが、後日の紛争において許諾対象の範囲について立証する上で有益です。 |
| 複数の著作者の作品を一括して使用許諾を得る場面 | 各著作者への説明内容、メール・書面のやり取り、使用許諾料の支払い記録等を保存しておくことが、許諾成立の立証において有益です。可能であれば、許諾対象のイラスト・作品のリストやサンプルを提示し、書面での合意を取得することが望まれます。 |
| 氏名表示の方法を検討する場面 | 業界慣行、原書籍(原コンテンツ)の表示方法、書籍・媒体の内容および体裁等を考慮して、個別表示か一括表示かを判断することが考えられます。個別の著作者から個別表示を求められた場合や、表示方法についての特段の合意がある場合には、それに従う必要があります。 |
| 利用許諾の回答を留保する場合の対応(著作者側・利用者側いずれの立場でも) | 許諾の判断を留保する意向がある場合には、その旨を明示的に伝えることが望まれます。使用料の振込先を伝える、後日「承諾した」と表現する、自身の媒体で対象書籍等を積極的に紹介する等、許諾を肯定するかのような対応をした場合、後日これを覆して争うことは、事実認定上困難となる可能性があることに留意する必要があります。 |
| 使用許諾契約を締結する場面 | 許諾の対象物(具体的リスト、サンプル等)、許諾する利用態様(複製、譲渡、翻案等)、許諾期間、対価、氏名表示の方法等について、できる限り書面で明示的に合意しておくことが、後日の紛争を予防する上で有益です。 |
おわりに
過去コンテンツの復刻・再利用を巡る紛争は、許諾の成否・範囲、許諾意思の瑕疵、氏名表示の方法の評価等、多岐にわたる論点を含み、事案ごとの事実関係を総合的に評価する必要があります。また、復刻・再利用の企画段階から権利処理の方法を設計しておくことが、後日の紛争予防の観点から重要となります。
出版、映像、キャラクタービジネス、アーカイブ事業等に関与される企業のご担当者におかれまして、過去コンテンツの復刻・再利用をご検討される場合や、著作者との間で紛争が生じる懸念がある場合には、早期に弁護士にご相談いただくことが有益です。
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