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火災保険金の支払いと免責条項の成否(被保険者による放火が争われた事案:大阪地裁平成31年3月27日判決)

はじめに

企業が所有又は賃借する建物について火災保険に加入することは、事業継続リスクへの備えとして重要な意味をもちます。もっとも、実際に火災が発生した後、保険会社が、「火災は被保険者又はその意を受けた者による放火であり、免責条項に該当する」として保険金の支払を拒絶するケースがあります。

このような場合、誰が、どのような事情を立証しなければならないのでしょうか。また、裁判所は、直接証拠がない中で、どのような視点から放火の事実を認定するのでしょうか。

今回のコラムでは、飲食店を経営する被保険者が火災保険金3000万円の支払を請求したところ、保険会社が被保険者による放火であるとして支払を拒絶した事案について判断を示した、大阪地方裁判所平成31年3月27日判決を取り上げ、企業のご担当者の方にもわかりやすく解説いたします。

事案の概要

本件は、飲食店を経営する原告(個人)が、被告である損害保険会社との間で火災保険契約を締結していた建物について、平成26年7月27日に火災が発生し、半焼したことから、損害保険金2000万円、臨時費用保険金500万円、残存物取片付け費用保険金200万円、休業損害保険金300万円の合計3000万円の支払を求めた事案です。

本件火災の出火原因は放火でした。被告保険会社は、本件火災は原告又は原告の意を受けた者によって発生したものであり、本件保険約款の免責条項(保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意、重過失、法令違反によって生じた損害については損害保険金等を支払わない旨の条項)に該当するとして、保険金の支払を拒絶していました。

これに対し、原告は、本件火災は第三者による放火であって、免責条項には該当しないと主張し、保険金の支払を求めたものです。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点番号内容
争点①本件火災が、原告又は原告の意を受けた者による放火として本件免責条項に該当するか
争点②被告が支払うべき保険金の額

裁判所の判断

争点① 本件火災の本件免責条項該当性について

裁判所は、被告が主張する各事情を総合的に考慮したとしても、本件火災に原告が関与していたと認めることはできないと判断し、本件免責条項該当性を否定しました。

裁判所は、結論として、次のとおり判示しています。

以上によれば、被告が主張する点を総合的に考慮したとしても、本件火災に原告が関与していたことを認めることはできないから、本件火災が原告又は原告の意を受けた者によって行われたということはできず、被告の主張は理由がない。

裁判所は、被告が主張する三つの事情(第三者による侵入の可能性の低さ、原告の本件火災発生前の行動の不自然性、原告の動機の存在)について、以下のとおり個別に検討しました。

(1) 第三者による侵入の可能性の低さについて

被告は、セキュリティシステムが作動していたことが容易に認識し得たことや、侵入経路とされる窓からの侵入・退出が困難であること等から、第三者による侵入の可能性は低いと主張しました。

裁判所は、侵入経路となり得る窓付近にはセキュリティシステムを示唆する表示等が存在せず、第三者がセキュリティシステムの作動を認識し得る状況にあったとはいえないこと等を指摘し、侵入可能性が低いとはいえないと判断しました。

裁判所が考慮した事実は、以下のとおりです。

観点裁判所が考慮した事実
セキュリティの認識可能性侵入経路と考えられる本件建物南側窓付近には、セキュリティシステムが作動していることを示唆するステッカー等が存在せず、第三者が容易に認識し得る状況にあったとまではいえないこと
南側窓からの侵入可能性同窓付近が防犯カメラの撮影範囲外で外部から最も見えにくい位置にあり、本件火災直後に焼損していない木製のメニュー立てが屋外に落ちていたことや、付近に植木鉢が倒れていたこと等から、侵入・退出の可能性は十分にあること
レジスター内の硬貨の消失等本件火災後、レジスター内の硬貨等がなくなっており、また、ガソリンを準備するための容器も発見されなかったこと。原告が本件火災を発生させたのであれば、救助されるまでの間にこれらを本件建物外に持ち出す余裕はなかったこと
救助のタイミングの偶然性原告の従業員らが本件建物に戻ってきて本件火災を発見したタイミングは、偶然によるものであったこと。仮に、原告が放火したのであれば、そのような偶然に期待して1階で放火をして2階で過ごすという対応をすることは容易に想定し難いこと
原告の受傷原告は、本件火災により気道熱傷等を負い、搬送先の病院で集中治療室での経過観察を受けるなど、受傷内容は決して軽度なものとはいえないこと

裁判所は、この点について、次のとおり判示しています。

本件火災後、レジスター内の硬貨等がなくなっており、また、本件火災後、本件建物内にはガソリンを準備するための容器は発見されなかった。原告が、本件火災を発生させたのであれば、本件火災後、救助されるまでの間に本件建物から外に出る余裕はないため、これらを外に持ち出すことはできず、こうした事実からすれば、原告以外の者が本件火災発生に関与したことがうかがわれるものといえる。

仮に、原告が放火したのであれば、本件建物が焼損し、かつ、原告が救助されるタイミングで本件火災を第三者に発見してもらう必要があるところ…原告の従業員らが本件建物に戻ってきて本件火災を発見したタイミングは全くの偶然によるものであって…そのような偶然に期待して1階で放火をして2階で過ごすという対応をすることは容易に想定し難いところである。

(2) 原告の本件火災発生前の行動の不自然性について

被告は、原告が、偽装工作を行ったこと、脅迫文を受け取りながら防犯カメラを新規設置しなかったこと、セキュリティシステムを作動させていなかったこと等が不自然であると主張しました。

裁判所は、これらの点について、以下のとおり不自然なものと評価することはできないと判断しました。

観点裁判所の判断
偽装工作の主張被告が偽装工作として主張する点は、第三者によって行われた可能性を否定するものとはいえず、原告が行った偽装工作であると断定することはできないこと
防犯カメラの新規設置を行わなかったこと脅迫文の宛先は本件建物の所有者であるC社長又はC社長が経営する会社であり、C社長が防犯カメラを新規設置するものと考えていたとする原告の説明は不自然とはいえないこと
セキュリティシステムを作動させていなかったこと原告が本件建物内に居住していた以上、行動によって防犯システムが反応するのを避けるために作動させていなかった時もあるとする説明は不自然とはいえず、セコムの入退館情報一覧表とも符合すること

裁判所は、次のとおり判示しています。

被告が偽装工作として主張する点は、第三者によって行われた可能性を否定するものとはいえず、そのような行為を原告が行った偽装工作であると断定することはできない。そして、防犯カメラの新規設置については、脅迫文の宛先は飽くまで本件建物の所有者であるC社長又はC社長が経営する会社であること等に照らせば、C社長が防犯カメラを新規設置するものと考えていたとする原告本人の供述・陳述が不自然であるということはできない。

(3) 原告の動機の存在について

被告は、原告の所得の状況、原状回復義務の負担、移転先の存在等から、原告には放火の動機があったと主張しました。

裁判所は、以下のとおり、これらの点から原告の動機の存在を推認することは困難であると判断しました。

観点裁判所の判断
所得の状況原告の所得は多額とはいえないが、原告は本件建物での営業を継続して月額250万円~350万円程度の売上げを上げており、経営の継続すら危ぶまれる状況にあったとは認められないこと
原状回復義務の負担原告が前賃借人から聞いていた原状回復費用は100万円程度であり、全面的な原状回復に係る確定的な合意が存在したとは認め難く、かつ、本件火災当時、原告は、本件建物での営業の継続・拡大を念頭に置いた行為を行っていたこと
移転先の存在原告の移転先とされる建物を所有していた会社は本件火災後に破産手続開始の決定を受けており、本件火災前に原告が同建物を確実に取得し得る状況ではなかったこと。また、移転先では収益の柱であった結婚式の2次会会場を提供することができないこと
原告の属性・職業・経歴等原告が保険金詐欺の目的で、賃借物件である本件建物を自ら放火すること(又は原告の意を受けた者に放火させること)は容易には考え難いこと

争点② 被告が支払うべき保険金の額について

裁判所は、本件保険契約の内容と認定事実に基づき、損害保険金2000万円、臨時費用保険金500万円、残存物取片付け費用保険金200万円、休業損害保険金300万円の合計3000万円の支払義務を認めました。

コメント

本判決は、火災保険契約の免責条項(保険契約者等の故意による損害の免責)の該当性が争われた事案について、裁判所が、保険会社が指摘する複数の間接事実を個別に検討し、いずれも被保険者又はその意を受けた者による放火を基礎付けるには足りないと判断した事例として、参考となるものです。

本判決の判断構造と免責事由の主張・立証責任

本判決は、免責条項該当性の検討に当たり、被告保険会社が免責を基礎付ける事情として挙げた三つの観点を起点として、いずれが原告又は原告の意を受けた者による放火を推認させるに足りるかという形で評価を進めています。原告(保険金請求者)の側で、火災が偶然のものであることを積極的に立証することは求められておらず、あくまでも、保険会社が提示する事情の評価が検討の対象となっています。

このような判断の構造は、火災保険金請求訴訟における立証責任の分配に関する判例の考え方と整合するものです。判例は、保険金請求者に対して、火災発生の偶然性を主張・立証すべき責任までは負わせない立場を採っており、これを踏まえると、被保険者等の故意又は重大な過失による損害であることは、免責事由として、保険会社の側が抗弁として主張・立証すべき事柄であると解されます(最判平16.12.13民集58巻9号2419頁,判タ1173号161頁。なお,最判平13.4.20民集55巻3号682頁,判タ1061号65頁も参照)。

参照裁判例:最判平成16年12月13日民集58巻9号2419頁(判タ1173号161頁)、最判平成13年4月20日民集55巻3号682頁(判タ1061号65頁)

火災保険は、火災という偶然の事故に備える仕組みであるうえ、火災の原因を直接立証することは、火災の性質上、事実上困難な場面が少なくありません。こうした事情を踏まえると、故意・重過失による損害であることの主張・立証を、これを理由に免責を主張する保険会社の側に求める上記の枠組みは、火災保険制度の実情に即したものといえます。

企業の立場からすると、火災発生後に保険会社から免責条項該当性を主張された場合であっても、被保険者側が「放火ではないこと」を正面から立証しなければならないわけではなく、保険会社が挙げる個別の事情について、その内容・信用性・評価を一つひとつ争っていくことが、交渉・訴訟対応の基本的な軸となります。

本判決における間接事実の評価の視点

もとより、免責事由の認定は、放火の実行者・方法・共謀関係といった事項までを特定して行う必要はないとされており、保険契約者等の意思に基づいて火災が発生したと推認することが合理的といえる程度に、間接事実が積み上げられていれば足りるものと解されています(松並重雄・最判解説民事篇平成16年度(下)783頁,山下友信『保険法』381頁参照)。

もっとも、本判決は、被告保険会社が依拠した個々の間接事実について、いずれも放火を推認するには足りないとの結論に至っています。そこで示された評価の視点は、同種事案において、どのような事情が間接事実として検討対象となり、どのような角度から吟味されうるかを考えるうえでの手掛かりとなります。

本判決が実際に取り上げた事情は、以下のとおりです。

観点検討された内容
セキュリティ表示の認識可能性侵入経路となり得る窓付近において、セキュリティシステムが作動していることを示す表示の有無と、第三者がこれを認識し得る状況にあったか
防犯カメラと侵入経路の位置関係侵入経路と考えられる位置が、防犯カメラの撮影範囲に含まれているか否か
火災後の残留物の状況レジスター内の硬貨やガソリン容器等、火災後に持ち出すことが困難な物の存否と、被保険者が救助されるまでの間に持ち出しが可能であったか
発見・救助のタイミングの偶然性火災の発見・救助のタイミングが偶然によるものであったか、そうした偶然に期待して放火することが現実的といえるか
被保険者の受傷の程度被保険者の受傷の程度と、自ら放火に及んだ者の行動として整合的といえるか

こうした視点は、企業のご担当者の方が、平時の体制整備(セキュリティの運用状況、物品の管理、事業実態に関する記録等)を検討する際にも、有益な示唆を与えるものといえます。

証拠物の焼損と事実認定の視点

火災保険の免責条項該当性が争われる事案では、火災により現場の証拠物が焼損するなどして、事実認定の手掛かりが乏しくなることが少なくありません。このような事案では、消防署や警察による実況見分結果や火災原因判定書、保険会社が依頼する調査会社の報告書等の複数の資料を踏まえて、間接事実を丁寧に整理・評価していく作業が必要となります。

本判決は、消防署職員の作成文書について、「消防署職員が、本件火災の発生・消火活動・消火直後の状況を五感の作用を用いて具体的に観察し…関係者の説明を受けた上で、記録・分析・検討したものであって、特段の問題点はうかがわれず、その内容の信用性は極めて高い」(判示部分より引用)として、信用性を高く評価しました。

他方で、本判決は、被告が依頼した分析センターの報告のうち、消防署の報告内容と異なる部分については、本件火災の16日後に試料を採取した経緯、現場の保存状態が明らかとはいえないこと、日数の経過による現場の状態の変容の可能性等を踏まえて、信用性を否定しています。

証拠資料の作成主体・時期・経緯に着目して信用性を検討する手法は、同種事案における事実認定のあり方を考えるうえで参考になります。

本判決が示した放火の動機の評価の視点

本判決は、原告の動機についても、所得の水準や原状回復義務の範囲、移転先の存在といった個別の事情を一つひとつ検討しています。いずれの事情も、単体で動機の存在を基礎付けるものではないと評価しており、裁判所が動機を推認するに当たっては、具体的な事実関係を踏まえた検討が必要であることを示しています。

企業担当者として押さえておきたい視点

本判決を踏まえて、火災保険に加入する企業の担当者として、以下の視点を押さえておくことが有益と考えられます。

検討事項内容
保険契約の内容確認保険の対象、保険金額、免責条項の内容、付帯特約の範囲について、契約時及び更新時に確認しておくこと
事業の実態に関する記録の整備売上、仕入、従業員の雇用状況、設備投資等の事業の実態を示す記録を適切に保管しておくこと
防犯・セキュリティ体制の整備セキュリティシステムの導入状況、防犯カメラの設置位置、出入口の施錠状況等について、客観的な記録を残しておくこと
火災発生時の初動対応警察・消防への通報、現場保全、保険会社への速やかな連絡、実況見分や調査への協力の記録を残しておくこと
調査報告書の内容確認保険会社が依頼した調査会社の報告内容について、公的機関(消防署等)の調査内容との整合性を確認すること

火災保険金の請求において免責条項の該当性が争われる場合、保険会社が主張する個々の間接事実について、一つひとつ丁寧に反論・反証を行うことが必要になります。本判決も、原告側の丁寧な主張・立証によって、被告の主張する各事情を斥けた事案といえます。

おわりに

火災保険金の請求において免責条項の該当性が争われた場合、事実認定の前提となる間接事実の評価をめぐって、保険会社との間で見解が対立することが少なくありません。このような事案では、消防署の実況見分結果や火災原因判定書の内容、保険会社が依頼した調査報告書の内容、被保険者の経営状況や財務状況等、多くの資料を踏まえた主張・立証が必要となり、専門的な検討が求められます。

このような問題に直面された企業のご担当者の方は、事案の具体的な事情に応じて早期に弁護士に相談することが有益です。

当事務所では、火災保険を含む、各種保険金の請求をめぐる保険会社との交渉や訴訟対応を含め、企業が直面する保険関連の法律問題について、ご相談・ご依頼をお受けしております。保険金の支払が拒絶されてお困りの方や、保険契約の内容・リスクについて事前にご検討されたい方は、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームより、お気軽にご連絡ください。

本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。