はじめに
先発医薬品メーカーが独自の形態の吸入器や容器を開発しても、特許権や意匠権が満了した後、後発医薬品(ジェネリック医薬品)メーカーが同様の形態の商品を市場に投入する場合があります。このような場面で、先発医薬品メーカーは、不正競争防止法2条1項1号に基づき、商品の形態の模倣を理由として差止めや損害賠償を請求することができるのでしょうか。
今回のコラムでは、気管支喘息治療薬「シムビコートタービュヘイラー」の形態を模倣したとして、先発医薬品メーカーが後発医薬品メーカーらに対し不正競争防止法に基づく差止め・損害賠償を求めた事案について、知的財産高等裁判所令和5年10月4日判決(令和5年(ネ)第10017号。原審:東京地裁令和4年12月20日判決)を取り上げ、企業の法務・知財担当者が押さえておくべき実務上の留意点を解説いたします。
本判決は、①医療用医薬品の形態の商品等表示該当性、②機能から要請される形態(機能的形態)の保護の限界、③意匠権・特許権の存続期間満了後に生じる「独占状態の影響の払拭」の考え方、④医療用医薬品の「需要者」の範囲といった、医薬品・ライフサイエンス業界のみならず、商品形態の法的保護を検討する企業にとって参考となる判断を示しています。
事案の概要
本件は、気管支喘息の治療に用いられる医療用医薬品「シムビコートタービュヘイラー」を製造販売する控訴人(アストラゼネカ株式会社)が、被控訴人東亜薬品株式会社が製造し、被控訴人日本ジェネリック株式会社が販売する後発医薬品について、その形態が控訴人商品の形態と類似しており、不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当するとして、被控訴人らに対し以下の各請求をした事案です。
| 請求 | 内容 |
|---|---|
| 請求① | 不正競争防止法3条1項に基づく被控訴人商品の譲渡等の差止め |
| 請求② | 不正競争防止法3条2項に基づく被控訴人商品の廃棄 |
| 請求③ | 不正競争防止法4条・5条2項に基づく損害賠償金2億3886万2925円および遅延損害金の支払 |
控訴人商品は、吸入器の形態に関する意匠権(平成12年1月登録、平成27年1月存続期間満了)および配合剤に関する特許権(平成14年8月登録、平成29年12月存続期間満了)を背景として、長年にわたり市場で販売されてきました。被控訴人商品は、平成31年2月に製造販売承認を受け、令和元年12月から販売が開始されました。
原審(東京地裁令和4年12月20日判決)は控訴人の請求をいずれも棄却し、控訴審もこれを支持して控訴を棄却しました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 控訴人商品の形態の特別顕著性の有無 |
| 争点② | 控訴人商品の形態の周知性の有無 |
| 争点③ | 混同のおそれの有無(医療用医薬品における「需要者」の範囲を含む) |
裁判所の判断
争点① 控訴人商品の形態の特別顕著性について
裁判所は、まず、商品の形態が不正競争防止法2条1項1号の「商品等表示」に該当するための一般的な要件について、以下のように判示しています。
商品の形態は、商標等とは異なり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではなく、当然には不競法2条1項1号の「商品等表示」に該当しないが、商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合がある。そして、このように商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し、同号の「商品等表示」に該当するためには、①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、かつ、②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること(周知性)が必要であると解される。
その上で、裁判所は、控訴人商品の形態について、特別顕著性を認めることはできないと判断しました。判決は、以下の事情を考慮しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 同種他商品との比較 | 気管支喘息治療用の吸入薬である「アズマネックス」が、控訴人商品の保管時形態において特徴的とされる形状を全て備え、使用時形態においても特徴的とされる形状の大半を備えており、共通する部分はいずれもありふれたものであったこと |
| アズマネックスの先行販売 | アズマネックスの販売開始(平成21年)は、控訴人商品の販売開始(平成22年)より前であり、アズマネックスの形態が控訴人商品の形態を模倣したものとは認められないこと |
| 機能から要請される形態 | 控訴人商品の吸入器およびマウスピースの部分の形態は、薬剤の性能を発揮し、患者が薬を効果的に吸入できるように設計された形状であり、被控訴人東亜薬品も独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)と相談しながら控訴人商品との治療学的同等性および製剤学的同等性の判定を得るために、吸入器の構造および形状を控訴人商品と同様のものとしたこと |
| その他の部分の形状 | 控訴人商品から吸入器本体とマウスピースの部分を除いたキャップと回転グリップの部分の形状はありふれたものであること |
特に、機能から要請される形態(機能的形態)について、裁判所は以下のように判示しています。
上記事情によれば、控訴人商品の吸入器及びマウスピースの部分の形態は、控訴人商品の実質的機能を達成するための構成に由来する不可避的な形態であるといえ、このような形態について、特別顕著性の要件を満たすとして、商品等表示として保護を与えることは、同等の機能を有する商品間の自由な競争を阻害する結果をもたらすから、相当でない。
争点② 控訴人商品の形態の周知性について
裁判所は、控訴人商品の形態について、周知性の要件を充足するとは認められないと判断しました。判決は、知的財産権の存続期間中の独占状態と不正競争防止法上の周知性との関係について、以下のように判示しています。
控訴人商品の形態を控訴人が独占的に使用できたのは控訴人が上記意匠権及び特許権を有していたことによるものであるところ、知的財産権の存在により独占状態が生じ、これに伴って周知性が生じるのはある意味では当然のことであり、このような独占状態に基づいて控訴人商品の形態について一定の周知性が生じたとしても、このような周知性だけを根拠に不競法の適用を認めることは、結局、上記知的財産権の存続期間満了後も、第三者によるその利用を妨げることに等しい。このような事態は、価値ある情報の提供の対価として、その利用の一定期間の独占を認める一方、期間経過後はこれを公衆に開放してその利用を認める知的財産権の制度趣旨に反し、相当でない。もっとも、このように、周知性が知的財産権に基づく独占により生じた場合でも、知的財産権の存続期間が経過し、第三者の同種競合商品が市場に投入されて相当期間経過するなどして、知的財産権を有していたことに基づく独占状態の影響が払拭された後で、なお控訴人商品の形態が出所を表示するものとして周知であるとの事情が認められれば、不競法2条1項1号を適用する余地があると解すべきである。
その上で、裁判所は、本件の時間的経過について、以下のとおり判断しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 意匠権満了から被控訴人商品販売までの期間 | 約4年10か月 |
| 特許権満了から被控訴人商品製造販売承認までの期間 | 約1年2か月 |
| 特許権満了から被控訴人商品販売までの期間 | 約2年 |
| 第三者の後発医薬品の販売状況 | 上記期間中、被控訴人商品以外の第三者の後発医薬品が販売された事実は認められないこと |
裁判所は、以上の期間をもっては、「知的財産権を有していたことに基づく独占状態の影響が払拭されたとはいえ」ないと評価し、控訴人商品の形態が新たに周知性を獲得したとは認められないと判断しました。
争点③ 混同のおそれについて
裁判所は、医療用医薬品の「需要者」の範囲について、主たる需要者を医師および薬剤師とし、患者は従たる需要者の立場にすぎないと整理した上で、混同のおそれを否定しました。
以上の事情を総合すれば、不競法2条1項1号にいう主たる「需要者」は医師及び薬剤師であり、患者は「需要者」に含まれるものの、従たる需要者の立場にすぎないと解される。
その上で、裁判所は、取引の実情を踏まえて、以下のとおり判断しました。
| 需要者 | 判断内容 |
|---|---|
| 医師 | 患者の病態や医薬品の薬効・副作用等を考慮要素として処方を行うのであって、形態の類似によって控訴人商品と被控訴人商品を混同することは考えられず、そのようなことは本来あってはならない |
| 薬剤師 | 後発医薬品への変更調剤を行う際には、選択した基準を患者に説明し、処方箋発行医療機関に情報提供することとされており、先発医薬品と後発医薬品を区別して意識して調剤しているといえる |
| 患者 | 原則として医師が処方し薬剤師が調剤した医薬品の交付を受けるのみであり、調剤薬局で保管時形態または箱に入った状態で受け取るため、形態による混同は生じない |
| 商品名の表示 | 箱には商品名が印刷され、保管時形態の外側には商品名が印刷されたラベルが貼られているため、形態のみによる混同が生じる場面は限定される |
また、控訴人は、医療事故情報およびヒヤリ・ハット事例として形態類似による取違えが報告されていると主張しましたが、裁判所は以下のとおり判示しました。
外観、外形、形状又は形態の類似に伴う医療事故やヒヤリ・ハット事例が複数発生した事実があるとしても、これは医療従事者が注意義務を怠ったことに基づいて取違え等が発生した事例であると考えられ、これらの事例の発生によって不競法2条1項1号にいう混同のおそれが生じたものであると認めることはできない。すなわち、上記事例の発生は医療事故の発生を防止するという観点から別途対策が取られるべきものであって、これらの事例が発生したことをもって被控訴人商品の形態につき同号にいう混同のおそれを生じさせるとして、控訴人に被控訴人商品の差止や損害賠償を認める理由にはならない。
コメント
本判決および原審判決(東京地裁令和4年12月20日判決)は、医療用医薬品の形態をめぐる不正競争防止法2条1項1号該当性を判断する上で参考となる視点を複数含んでおり、医薬品・ライフサイエンス業界の法務・知財担当者にとって示唆に富むものとなっています。また、意匠権・特許権の満了後における商品形態の保護のあり方について一般化可能な判示を含んでおり、医薬品以外の製品についても参考となります。
(1)原審と控訴審の判断構造について
原審(東京地裁令和4年12月20日判決)と本判決(控訴審)は、いずれも原告(控訴人)の請求を棄却していますが、その判断の重点には違いがあります。
原審は、商品等表示該当性について、「取引の際に出所表示機能を有するか」という観点を主軸に据え、医師および薬剤師が有効成分・銘柄名・先発医薬品と後発医薬品の区分を明確に認識した上で処方・調剤を行うという取引の実情から、「原告商品の形態は、一定程度周知性があるとしても、取引の際に出所表示機能を有するものではなく、商品等表示に該当しない」との判断を示しました。
一方、控訴審は、原審のこの判断を支持しつつ、さらに特別顕著性および周知性の各要件をそれぞれ独立に検討し、いずれの要件も満たさないと判断しました。
両判決の判断構造を対比すると、次のとおりとなります。
| 論点 | 原審(東京地裁令和4年12月20日判決) | 控訴審(知財高裁令和5年10月4日判決) |
|---|---|---|
| 判断の主軸 | 「取引の際に出所表示機能を有するか」を中心に据え、取引の実情の観点から商品等表示該当性を否定 | 特別顕著性および周知性の各要件を独立に検討し、いずれも満たさないと判断 |
| 特別顕著性 | アズマネックスの形態との比較から、原告商品の形態は同種他商品と異なる顕著な特徴を有しないとして特別顕著性を否定 | 原審の判断を引用・支持した上で、アズマネックスの先行販売、機能から要請される不可避的な形態、キャップ・回転グリップ部のありふれた形状などの点を補充して特別顕著性を否定 |
| 周知性 | 一定程度の周知性を認めつつ、取引時に出所表示機能を有しないことを理由に商品等表示該当性を否定 | 意匠権・特許権の存続期間中の独占状態の影響が払拭された後に新たに周知性を獲得したとは認められないとして周知性を否定 |
| 需要者の範囲 | 医師・薬剤師が需要者であることを前提に、患者も需要者であるとしても判断は変わらないと整理 | 医師・薬剤師を主たる需要者、患者を従たる需要者と明示的に整理 |
| 混同のおそれ | 仮定的判断として、医師・薬剤師が細心の注意力で医薬品を選別することを踏まえ、混同のおそれを否定 | 取引の実情(ラベル・外箱への商品名表示、先発・後発の区別を意識した調剤実務等)から混同のおそれを否定 |
| 結論 | 原告の請求をいずれも棄却 | 本件控訴を棄却(原判決を維持) |
本件は、「出所表示機能」論と「特別顕著性・周知性」論の双方から商品等表示該当性が否定されており、医療用医薬品の形態保護を検討する企業にとっては、複数の論点を総合的に検討する必要があることを示しています。
(2)本判決の判断枠組みの位置付けと波及効について
原審は、商品の形態が不競法2条1項1号の「商品等表示」に該当するための要件として、下級審判例の集積を通じて確立されてきた①特別顕著性および②周知性の2要件に加え、「商品の形態が、取引の際に出所表示機能を有するものではないと認められる場合には、特定の出所を表示するものとして特別顕著性又は周知性があるとはいえず、商品等表示に該当しない」との判断枠組みを示しました。これは、取引の実情を踏まえて「取引の際に形態が出所表示機能を発揮しているかどうか」という観点から商品等表示該当性を絞り込む道筋を定式化したものと評価できます。
この判断枠組みは、医療用医薬品のように、取引の場面で銘柄名・有効成分・先発/後発医薬品の区分といった情報に基づき需要者が商品を選別するタイプの製品全般に応用可能であり、本事案に限定されず、より広い範囲で実務への影響が生じ得るものと考えられます。商品の形態に独自性があり、一定の周知性が認められる場合でも、取引の実情に照らして形態自体が出所を示す役割を果たしていないときは、商品等表示該当性が認められにくくなる可能性を示唆するものであり、形態保護戦略を検討する企業にとって押さえておくべき視点です。
(3)先例との対比(PTPシート判決・it'sシリーズ判決)について
本判決(原審)の判断は、これまで蓄積されてきた商品の形態・色彩の商品等表示該当性をめぐる裁判例の流れの中に位置付けることができます。参考となる先例として、以下のものが挙げられます。
| 裁判例 | 対象商品・争点 | 判示の要点 |
|---|---|---|
| 東京地判平18.1.13判タ1219号299頁(いわゆるPTPシート判決) | 胃潰瘍治療薬のカプセルおよびPTPシートの色彩構成の商品等表示該当性 | 医薬品を細心の注意力をもって選別することが要求される医療関係者が色彩構成から薬剤を識別するのは誤投薬の危険を招く行為であるとして、医療関係者は基本的に商品名によって医薬品を識別しており、色彩構成は識別の補助として用いられているにとどまると評価し、商品等表示該当性を否定 |
| 大阪高判平9.3.27知的財産例集29巻1号368頁(いわゆるit'sシリーズ判決) | 家電製品の「濃紺色」の商品等表示該当性 | 家電製品の需要者は色彩のみを見て商品を識別・選択するのではなく、機能性・安全性・堅牢性、メーカー等の情報を併せて確認した上で商品を選択するとして、色彩が独立に出所を示す表示となっているとはいえないと判断 |
いずれの裁判例も、商品の形態・色彩に一定の独自性や周知性が認められる場合であっても、取引の実情を踏まえれば需要者が商品名等によって商品を識別しており、形態・色彩自体は出所表示機能を発揮していないとの観点から、商品等表示該当性を否定しています。
本判決(原審)は、医療用医薬品の分野において、この判例の流れを踏襲しつつ、「取引の際の出所表示機能」という観点を一般的判断枠組みに組み込む形で明示した点に特徴があるといえます。商品形態の保護を検討する企業にとっては、自社製品の取引の場面で形態がどのような役割を果たしているか(またはいないか)を冷静に分析することが、法的保護の見通しを立てる上での前提作業となります。
(4)機能から要請される形態の保護の限界について
本判決は、控訴人商品の吸入器およびマウスピースの部分の形態が、薬剤の性能を発揮し患者が効果的に吸入できるように設計された「実質的機能を達成するための構成に由来する不可避的な形態」であると認定し、このような形態に商品等表示として不競法の保護を与えることは、同等の機能を有する商品間の自由な競争を阻害する結果をもたらすため相当でないと判断しました。
この判断は、機能的形態を商品等表示として保護することの限界を明示したものです。商品の外観に独自性を持たせる場合でも、機能との結びつきの強い形状は不競法上の保護対象としづらいことを踏まえ、装飾的要素や意匠性を含む設計を検討することが、企業にとって一つの対応策となります。
(5)意匠権・特許権の存続期間満了後の商品形態と独占状態の影響の払拭について
本判決は、知的財産権の存続期間中に生じた独占状態のみを根拠として不競法2条1項1号の適用を認めることは、知的財産権制度の趣旨(一定期間の独占を認める一方、期間経過後は公衆に開放する)に反するとして、「独占状態の影響が払拭された」後に新たに周知性を獲得したといえるかを検討する枠組みを示しました。
本件では、意匠権満了から約5年、特許権満了から約2年という期間をもっては、独占状態の影響の払拭を認めることはできないと判断されています。この判示は、知的財産権の満了後に形態を不競法で保護しようとする場合には、相当期間の経過および同種競合商品の市場投入という事実に加え、独自の宣伝広告や販売実績によって新たに周知性を獲得したといえる事情の積み重ねが必要であることを示しています。
(6)高い市場シェアを有する商品の形態保護について
原審の認定事実によれば、控訴人商品は、平成23年時点でICS/LABA市場において32.5%のシェアを占め、平成28年には年間売上380億円で市場首位を獲得し、その後も常に40%近いシェアを維持していました。このような高い市場ポジションを背景に、控訴人は形態自体が出所表示機能を獲得したと主張しましたが、原審・控訴審とも商品等表示該当性を認めませんでした。
この結論は、「一定以上の販売実績や市場シェアがあれば形態の法的保護が自然と得られる」という想定が必ずしも成立しないことを示唆するものであり、形態保護を検討する企業にとって実務上参考となる視点です。本件では、形態が機能に由来すること、意匠権・特許権による独占状態の下で築かれた販売実績であることなどの事情が、市場シェアの数字を相対化する要素として働いています。
(7)医療用医薬品における「需要者」の範囲と注意力について
本判決および原審は、医療用医薬品の「需要者」について、主たる需要者を医師および薬剤師、患者を従たる需要者と整理しました。その上で、医師は病態・薬効・副作用を考慮して処方を行うこと、薬剤師は先発医薬品と後発医薬品を区別して意識しつつ調剤すること、患者は調剤薬局で保管時形態または箱に入った状態で医薬品を受け取ることを踏まえ、形態のみによる混同は生じないと判断しています。
加えて、原審は、医療用医薬品の需要者が有する注意力の水準について、「医師及び薬剤師は、医療用医薬品の処方や調剤に当たり、専門家である患者の生命身体の安全に関わるものとして細心の注意力をもって、医療用医薬品を選択することが当然に要求され」と判示しています。一般消費財における「一般需要者の注意力」とは異なる水準の注意力が前提とされており、この点は、医療用医薬品分野における商品等表示該当性・混同のおそれの判断が、一般消費財の場合とは大きく異なる枠組みで行われることを示しています。医薬品業界の企業にとって、形態保護を検討する際の前提として押さえておくべき視点です。
(8)医療事故・ヒヤリ・ハット事例と混同のおそれの判断について
本判決は、外観や形状の類似に伴う医療事故・ヒヤリ・ハット事例が発生しているとしても、これは医療従事者が注意義務を怠ったことに基づく取違え事例であり、不競法上の混同のおそれの根拠とはならないと判断しました。医療事故の防止は、別途の対策によって対応すべき問題であるという整理です。
この判断は、前項で述べた「細心の注意力を有する需要者」を前提とする混同判断の枠組みと整合しており、ヒヤリ・ハット事例は通常の需要者の注意力を前提としない事象であることが背景にあります。医薬品の形態類似による取違えリスクについては、製品表示・添付文書・医療機関内の取扱いルール等による実務的な対応が求められることを示した判示といえます。
(9)オーソライズド・ジェネリック(AG)をめぐる混同論の限界について
控訴人は、被控訴人商品が控訴人商品のオーソライズド・ジェネリック(先発医薬品と同じ有効成分・効能・形状等を有し、先発医薬品メーカーの関与の下で供給される後発医薬品)であると需要者に誤信されるおそれがあり、狭義または広義の混同が生じると主張しました。
しかし、原審・控訴審とも、「現在に至るまで、控訴人商品のAGは一切販売されていない」という事実を踏まえ、現実には存在しないAGと被控訴人商品を誤認混同する余地はないと判断しています。また、業界紙でAG上市の可能性が報道されていたとの控訴人の主張に対しても、控訴審は、医師および薬剤師が被控訴人商品を控訴人商品のAGと誤信することは考え難く、患者についても同様であると判示しています。
この判断は、AG制度を利用した形態保護の主張には、当該先発医薬品のAGが実在することが前提となる可能性を示唆しており、先発医薬品メーカーが自社製品の形態を後発医薬品に対して保護しようとする場合の戦略設計、逆に後発医薬品メーカーが先発メーカーからの警告に対応する場合の反論の組立てにおいて、AGの有無という客観的事実を押さえて検討する重要性を示唆するものといえます。
(10)商品形態の保護戦略に関する示唆について
本判決は、医療用医薬品のみならず、機能性の強い製品や、長年にわたり意匠権・特許権等で保護されてきた製品の形態について、不競法による形態保護を検討する際の視点を示したものといえます。独自の形態を継続して保護したい場合には、意匠権・特許権の満了前から、立体商標としての登録や、機能とは独立した装飾的要素の設計、継続的な宣伝広告活動の実施などを含む複層的な知財戦略を構築することが考えられます。
おわりに
医薬品をはじめとする商品の形態をめぐる紛争は、不正競争防止法、意匠法、商標法、特許法など複数の法制度の交錯する領域であり、個別事案の事実関係に応じた綿密な法的検討が必要となります。本判決が示した機能的形態の保護の限界、知的財産権満了後の周知性の判断枠組み、医療用医薬品における需要者の範囲といった視点は、先発医薬品メーカー・後発医薬品メーカーの双方にとって実務上参考となるものです。
自社商品の形態の法的保護戦略の設計、後発品・模倣品対策、意匠権・特許権満了後の権利承継戦略、競合他社からの不正競争防止法に基づく警告への対応などについてご不安がある場合には、紛争が顕在化する前に、弁護士にご相談いただくことが有益です。
当事務所は、知的財産権・不正競争防止法に関連する相談・ご依頼を受けており、戦略設計から訴訟対応まで幅広くサポートしております。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

