はじめに
未払割増賃金請求をめぐる紛争では、使用者による残業管理の運用、定額残業代の有効性、定年後再雇用者の処遇、管理監督者該当性など、複数の論点が同時に問題となることが少なくありません。
今回のコラムでは、定年後再雇用された従業員からの年休相当賃金請求および割増賃金請求の事案について、東京地方裁判所令和3年6月30日判決(令和元年(ワ)第12146号、令和3年(ワ)第7489号)を取り上げ、企業の労務管理担当者が押さえておくべき実務上の留意点を解説いたします。
上記東京地裁判決は、①21時以降の残業許可制の厳格な運用による労働時間性の否定、②定額時間外手当の割増賃金該当性、③管理監督者該当性、④長期連続年休取得の有効性といった、企業実務に直結する論点を含んでおり、実務上参考となる判断を示しています。
事案の概要
本件は、サッシ工事の施工管理業務を担当していた原告(平成28年12月に60歳で定年を迎え、その翌日に期間の定めのある労働契約により再雇用された従業員)が、被告会社に対し、次の各請求をした事案です。
| 請求 | 内容 |
|---|---|
| 請求① | 平成30年9月26日から同年11月16日までの年次有給休暇に相当する賃金の支払 |
| 請求② | 平成28年10月21日から平成30年9月20日までの未払割増賃金の支払 |
| 請求③ | 労基法114条に基づく付加金の支払 |
被告会社においては、就業規則および労働契約書上、21時以降の時間外労働は事前の許可制とされ、17時30分から18時30分までの時間帯は休憩時間と定められていました。再雇用後の原告の賃金は、基本給27万1000円、定額時間外手当(月60時間分の時間外労働手当相当)12万9000円、役付手当3万円等と定められていました。
原告は、21時以降のタイムカード打刻時間についても労働時間に当たるとして割増賃金を請求するとともに、退職直前に36日分(実際には37日分)の長期連続年休を申請しましたが、被告はこれを欠勤として扱いました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 原告による年休取得の有無 |
| 争点② | 原告の実労働時間(21時以降の時間および17時30分から18時30分までの休憩時間の評価) |
| 争点③ | 定年後再雇用前における原告の労基法41条2号の管理監督者該当性 |
| 争点④ | 定額時間外手当が割増賃金として支払われたか否か |
| 争点⑤ | 賃確法6条2項、同法施行規則6条4号の規定する事由の存否 |
| 争点⑥ | 付加金支払の要否およびその額 |
裁判所の判断
争点① 原告による年休取得の有無について
裁判所は、原告は、本件有休申請により平成30年9月26日から同年11月15日までの37日間の年休を取得したものと認めました。
被告は、就業規則上、2週間以上の長期かつ連続した年休については指定する最初の休暇日より2週間前までに届け出て事前の調整を要する旨の規定があり、原告はこれを経ていないから年休取得は認められないと主張しました。しかし、裁判所は、同規定は時季変更権行使の要否を検討するための期間確保のために設けられたものであると解した上で、原告の担当業務は平成30年9月21日以降他の従業員に割り振られていたため事業の正常な運営が妨げられた事実は認められず、かつ、被告が時季変更権を行使した事実も認められないとして、原告の年休は成立したと判断しました。
本件においては、前記認定事実のとおり、原告の担当業務は、平成30年9月21日以降、B及びCに割り振られ、両人によって処理されていることが認められ、原告が本件有休申請により年休の時季指定をしたことによって、被告の事業の正常な運営が妨げられたとの事実は認められない。また、被告が、原告による年休の時季指定に対して、時季変更権を行使した事実は認められない。そうすると、本件では、原告の時季指定によって、年休が成立したものと認めるのが相当であり、被告の主張は採用することができない。
争点② 原告の実労働時間について
21時以降の時間外労働について
裁判所は、21時以降の時間については、労働時間に該当しないと判断しました。
判決は、労基法32条の労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、その該当性は使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかによって客観的に定まると述べた上で、以下の事情を考慮しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 就業規則の定め | 就業規則第57条において、21時以降の時間外労働は事前申請・許可制とされ、許可なく業務を行った場合には割増賃金を含め賃金を支給しない旨定められていたこと |
| 労働契約書の定め | 本件再雇用契約の労働契約書にも、21時以降の業務については所定の手続により許可を得た時間のみを労働時間とする旨記載されていたこと |
| 他従業員の運用 | 原告以外の被告従業員は、21時以降に残業する場合には残業許可申請書を提出し、許可を得ていたこと |
| 原告に対する運用 | 原告については、1日を除き残業許可申請書の提出がなく、タイムカードに21時以降の打刻がある日の翌日朝には「残業未承認」のゴム印が押されていたこと |
| 注意指導の状況 | 被告代表者は、毎月1回以上、原告に対し残業許可申請書の提出を注意していたこと |
| 書面通知等 | 被告は、原告に対し、承認のない21時以降の時間は労働時間とならない旨2度にわたり書面通知し、部署間会議でも21時以降の在社を禁止する旨伝えていたこと |
| 承認の実績 | 原告が残業許可申請書を提出した場合には、被告は残業を承認していたこと |
その上で、裁判所は、以下のように判示しています。
以上の被告における21時以降の時間外労働に関する許可制の厳格な運用及びそれを前提とした被告の原告に対する指導等の状況に照らせば、被告においては、所属長の許可の無い21時以降の時間外労働を明示的に禁止していたといえ、原告は、被告による当該運用を十分に認識した上で、残業許可申請書を提出することなくタイムカードに21時以降の打刻をしていたものと認められる。
17時30分から21時までの時間帯について
他方、裁判所は、所定終業時刻(17時30分)以降21時までの時間外労働(休憩時間を除く)について、タイムカードに打刻がありながら被告が特段の異議を述べていなかった運用を踏まえ、被告による黙示の業務命令に基づくものと認めるのが相当であり、労働時間に当たると評価しました。
17時30分から18時30分までの休憩時間について
裁判所は、当該時間帯は休憩時間と評価するのが相当であると判断しました。判決は、以下の事情を挙げています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 規程・契約書の明記 | 就業規則第50条および本件再雇用契約の労働契約書において、所定労働時間を超えて就業する場合には17時30分から18時30分までを追加の休憩時間とする旨が明記されていたこと |
| 会議での説明 | 部署間会議においても同時間帯が休憩時間である旨説明されていたこと |
| チャイム運用 | 17時30分にチャイムを鳴らし、所定終業時刻および休憩時間の開始時刻を知らせる運用がされていたこと |
| 従業員の実態 | 被告従業員が同時間帯に外食に行くなど休憩をとることがあっても、被告代表者が注意等をすることはなかったこと |
| 申請書の記載 | 被告従業員作成の残業許可申請書には、残業の開始時刻が18時30分と記載されていたこと |
争点③ 定年後再雇用前における原告の労基法41条2号の管理監督者該当性について
裁判所は、原告は管理監督者に該当しないと判断しました。
判決は、管理監督者に該当するためには、当該労働者の職務内容、権限および責任が、労働時間等に関する規制の枠を越えて労働することが要請されるほどのものであると認められることが必要であり、これを裏付ける事情として、勤務態様や賃金等の待遇についても、当該労働者の職責に見合うものであることが必要であるとの規範を示しました。
その上で、以下の事情を考慮しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 業務決定権限 | 原告は、課員の担当業務を決定する権限を有しておらず、人事評価を行ったこともなかったこと |
| 部下の休暇把握 | 原告は、課員の一部の休暇取得状況すら把握していなかったこと |
| 業務内容の実質 | 原告の業務内容の大半は、課員と同様の施工管理業務であったこと |
| 採用への関与 | 原告は、採用について、被告代表者から履歴書を見せられ意見を求められた程度の関与にとどまっていたこと |
| 勤怠管理の態様 | 原告は、他の従業員と同様にタイムカードによって出退勤を管理され、数分の遅刻についても遅刻届を提出していたこと |
| 待遇 | 役付手当は毎月4万円(再雇用後は3万円)にとどまり、労働時間規制の適用除外を正当化するに足りる待遇とはいえないこと |
争点④ 定額時間外手当が割増賃金として支払われたか否かについて
裁判所は、本件の月12万9000円の定額時間外手当は、労基法37条の定める割増賃金として支払われたものと認められると判断しました。
判決は、最高裁平成29年7月7日判決(裁判集民事256号31頁)を引用した上で、以下の事情を挙げて通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができると判示しました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 労働契約書の記載 | 本件再雇用契約の労働契約書に、定額時間外手当について基本給とは別に月60時間分の時間外労働手当相当分として月12万9000円を定額支給する旨が記載されていたこと |
| 契約締結時の提案 | 被告代表者は、本件再雇用契約締結の際、労働契約書記載のとおりの条件を原告に提案していたこと |
| 契約締結の経緯 | 原告は、労働契約書を一度持ち帰って検討した上で署名捺印したこと |
| 給与明細の表示 | 原告の毎月の給与明細書にも、定額時間外手当として12万9000円が計上されていたこと |
原告は、定年前後で業務内容に変更がないことから本件再雇用契約の締結は労働条件の変更にすぎず、自由な意思に基づく合意はないと主張しました。しかし、裁判所は、就業規則第28条により定年退職・再雇用が予定されており、本件再雇用契約は新たな雇用契約であること、労働契約書の記載内容および締結経緯からすれば原告は定額時間外手当が割増賃金として支払われる手当であることを理解できたといえることから、原告の主張を採用しませんでした。
争点⑤ 賃確法6条2項、同法施行規則6条4号の規定する事由の存否について
裁判所は、21時以降の時間外労働や定額時間外手当に関する被告の主張には理由があるものの、年休取得や管理監督者該当性の点に関する判断を踏まえると、被告が争った理由が合理的なものとまではいえないとして、同号の事由は認められないと判断し、年14.6パーセントの遅延損害金の支払義務を認めました。
争点⑥ 付加金支払の要否およびその額について
裁判所は、年休分の賃金債務については、被告に酌むべき事情が特段認められないこと、未払賃金元本額が75万8542円に及び原告の不利益が大きいことなどから、同額の付加金の支払を命じました。他方、割増賃金については、定額時間外手当や21時以降の残業に関する被告の主張に理由があり、支払を拒む根拠が一定程度存在することなどから、付加金の支払を命じないと判断しました。
コメント
本判決は、労働時間性、管理監督者該当性、定額残業代、長期年休の取得といった実務上問題となりやすい論点を総合的に判断したものであり、企業の労務管理担当者にとって参考となる判断を含んでいます。
(1)21時以降の残業許可制の運用について
21時以降の残業について労働時間性が否定された点は、残業許可制を採用する企業にとって示唆に富みます。裁判所は、単に規程上許可制としていただけでなく、①就業規則および労働契約書における明確な定め、②実際の運用(未承認ゴム印の押捺、他の従業員による申請書提出)、③被告代表者から従業員への繰り返しの注意指導、④書面による通知や会議での明示的禁止といった一連の事情を総合して「許可制の厳格な運用」を認定しています。
逆にいえば、規程上許可制を定めていても、運用実態が伴わない場合には、同様の判断は得られない可能性があります。
(2)黙示の業務命令と労働時間性について
所定終業時刻(17時30分)以降21時までの時間については、タイムカードに打刻がありながら特段異議を述べていなかった運用を踏まえ、黙示の業務命令に基づく労働時間として認定されています。この点は、残業許可制を採用する企業であっても、黙認されている時間帯が労働時間として評価されうることを示しており、運用上注意が必要です。
(3)定額残業代の有効性について
定額残業代については、労働契約書における明確な記載、月60時間分の具体的な時間数の明示、給与明細書上の区分表示、契約締結過程での説明などを総合して、判別可能性および合意の有効性が認められています。定額残業代制度を導入または見直す際には、これらの要素を丁寧に備えることが求められます。
(4)管理監督者該当性の判断について
管理監督者該当性については、課長という肩書きや役付手当の支給のみでは認められず、部下の担当業務や人事考課に関する権限、勤務態様の裁量、職責に見合う待遇の有無など、実質面からの総合判断がされる点が改めて確認されています。
(5)長期連続年休の申請への対応について
長期連続年休の事前申請に関する就業規則の定めは、時季変更権行使の要否を検討するための規定と解されており、現実に事業の正常な運営が妨げられる事情や時季変更権の行使がない場合には、手続違反を理由に年休取得の効力を否定することは困難であると示されています。
退職直前の長期年休申請に対する対応については、事業運営への支障の有無を具体的に検討した上で、必要であれば時季変更権を行使するという対応が求められます。
おわりに
割増賃金請求、定額残業代の有効性、管理監督者該当性、年次有給休暇の取得をめぐる紛争は、就業規則や労働契約書の文言だけでなく、日々の運用実態や労使間のやり取りの積み重ねが判断を左右する分野です。本判決が示すように、規程の整備と運用の一貫性の双方が欠かせず、個別の事情によって結論が大きく変わる可能性があります。
当事務所は、使用者側の労務管理および労働紛争対応に関するご相談・ご依頼を受けており、規程の整備から個別事案への対応まで幅広くサポートしております。自社における残業管理の運用方法、定年後再雇用者の労働条件の設定、長期年休申請への対応方針などについてご不安がある場合には、紛争が顕在化する前に、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームより、ご連絡ください。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

