企業が社史を制作する際、既存の書籍や文献を参考にすることは珍しくありません。しかし、参考にした書籍の著作権を侵害してしまうリスクについて、十分に検討できている企業は多くないのではないでしょうか。
今回のコラムでは、ホンダの社史が既存のノンフィクション書籍を翻案(著作権法27条)したものに該当するかが争われた知財高裁令和4年7月14日判決(原審:東京地裁令和3年12月8日判決)を取り上げます。
上記知財高裁判決は、ノンフィクション作品における「事実」と「創作的表現」の区別について重要な判断を示したものであり、社史の制作をはじめ、企業が既存の著作物を参考にして文書を作成する場面において、実務上の指針を与えるものです。
事案の概要
本件は、ホンダの二輪世界選手権への再挑戦を題材としたノンフィクション書籍(以下「原告書籍」といいます。)の著作者である控訴人(原告)が、ホンダ(被控訴人・被告)に対し、ホンダが発行した社史「語り継ぎたいこと チャレンジの50年」のうち8頁分の記述(以下「本件社史部分」といいます。)が原告書籍の翻案に該当すると主張して、不当利得返還請求権に基づき200万円の支払を求めた事案です。
原告書籍は316頁(約20万字)のノンフィクション作品であり、ホンダの二輪世界選手権への再挑戦やその過程で開発された楕円ピストンエンジンの開発秘話などを、関係者への取材に基づいて詳細に記述したものでした。一方、本件社史部分は8頁(約1万5000字)であり、同じテーマを取り上げていました。
原審(東京地裁令和3年12月8日判決)は、本件社史部分は原告書籍を翻案したものに該当しないとして、控訴人の請求を棄却しました。控訴人は、これを不服として控訴しました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点番号 | 争点の内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件社史部分の翻案該当性 |
| 争点② | 被控訴人(ホンダ)の不当利得の有無及び利得額 |
本件では、争点①が主要な争点となりました。
裁判所の判断
争点① 本件社史部分の翻案該当性について
1. 翻案の判断枠組み
裁判所は、まず、言語の著作物の翻案(著作権法27条)の意義について、最高裁平成13年6月28日判決(江差追分事件)を引用し、以下のとおり判示しました。
言語の著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。
そのうえで、裁判所は、翻案該当性の判断においては、以下の2つの場合には翻案に該当しないとの判断基準を示しました。
| 翻案に該当しない場合 | 内容 |
|---|---|
| 第1類型 | 既存の著作物と、思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分において同一性を有するにすぎない場合 |
| 第2類型 | 既存の著作物と、表現上の創作性がない部分(ありふれた表現)において同一性を有するにすぎない場合 |
2. 個別の記述に対する検討
裁判所は、原告書籍と本件社史部分との間で対比された番号1ないし20の各記述について、個別に検討を行いました。その結果、裁判所は、いずれの記述についても、以下のいずれかに該当するとして、創作的表現における同一性を否定しました。
| 裁判所の認定パターン | 具体的内容 |
|---|---|
| 事実の同一性にとどまるもの | 共通する部分は、人物のやりとり、エンジンの開発経緯、レースの戦績などの事実に関するものであり、表現それ自体でない部分での同一性にすぎないと認定されたもの |
| 具体的表現の相違 | 同じ事実を記述していても、描写の手法、言い回し、記述の詳細さ、記述の視点などにおいて具体的表現が異なると認定されたもの |
| ありふれた表現の同一性にとどまるもの | 表現に共通部分がある場合でも、それが「ペラペラ」のようなありふれた表現であるとして、創作性が否定されたもの |
例えば、番号1の各記述について、裁判所は、以下のとおり判示しました。
これらの記述は、Bが上記内示を受ける際に出身地を尋ねられたことを内容とする点で共通しているが、このようなやりとりがあったことは事実にすぎないというべきであり、表現それ自体でない部分で同一性が認められるに留まる。また、出身地を尋ねるやりとりがあったことについて、原告書籍の番号1の記述では、「おいB、おまえ家は東京だよな」と記述されているのに対し、本件社史部分の番号1の記述では、「世間話の中で出身地を聞かれました。『東京です』と答えたのを覚えていますよ」と記述されており、それらの具体的な記述における描写の手法が異なるものとなっており、表現それ自体において同一性を有するとは認められない。
また、番号8の各記述について、裁判所は、以下のとおり判示しました。
これらの事実を記述するために、原告書籍においては「ペラペラの皮になる」、本件社史部分においては「ペラペラであったが」との表現が用いられており、いずれも「ペラペラ」という表現を用いている点で共通するが、薄くて剛性が低いものを示す際に「ペラペラ」と表現することは、通常用いられるありふれた表現であるといえるから、創作的表現であるとは認められない。
3. ノンフィクション作品の創作性に関する控訴人の主張について
控訴人は、控訴審において、ノンフィクション作品では著作者が取材を通じて発掘した事実こそが重要であり、原告書籍によって初めて世に知られた事実が本件社史部分に次々と登場していることをもって翻案に該当する旨を主張しました。
これに対し、裁判所は、以下のとおり判示して、控訴人の主張を退けました。
控訴人の上記主張は、ノンフィクション作品自体の特徴や本質についていうものにすぎず、その「具体的表現」における表現上の本質的な特徴について主張するものではないから失当である。
すなわち、裁判所は、ノンフィクション作品であっても、著作権法が保護するのはあくまで「創作的表現」であり、取材によって発掘された「事実」そのものは保護の対象とはならないことを明確にしました。
4. 結論
以上の検討を踏まえ、裁判所は、本件社史部分は原告書籍を翻案したものに該当しないと判断し、控訴を棄却しました。
争点② 被控訴人の不当利得の有無及び利得額について
争点①において翻案該当性が否定されたため、裁判所は、争点②については判断しませんでした。
コメント
1. 本判決の意義
本判決は、ノンフィクション作品における「事実」と「創作的表現」の区別について、具体的な事例に基づいて判断を示した裁判例です。
著作権法が保護するのは「創作的表現」であり、「事実」そのものは保護の対象ではないという原則自体は、江差追分事件最高裁判決(最判平成13年6月28日)以来、確立された法理です。しかし、ノンフィクション作品においては、著作者が独自の取材によって発掘した事実が作品の価値の源泉となっている場合があり、その「事実」と「創作的表現」の境界が問題となります。
本判決は、ノンフィクション作品であっても、取材によって発掘された事実自体は著作権法上の保護の対象とはならず、保護されるのはあくまで事実の「具体的表現」であることを改めて確認しました。このことは、ノンフィクション作品の著作権の範囲を考えるうえで、実務上の指針となります。
2. 社史制作の実務担当者が押さえるべきポイント
本判決の結論は、社史を制作した企業側の主張が認められたものです。もっとも、本判決は、企業が結果として勝訴した事案だからこそ、社史制作時にどのような対応をとれば著作権侵害のリスクを低減できるのかを読み取ることができます。以下、本判決(原審を含みます。)から論理的に導き出される実務上のポイントを整理します。
(1)既存書籍と同じ事実を記述すること自体は著作権侵害ではない
本判決は、番号1ないし20の各記述のすべてについて、共通する部分は「事実にすぎない」として、翻案該当性を否定しました。人物のやりとり、エンジンの仕様、レースの戦績といった歴史的事実は、著作権法が保護する「創作的表現」には該当しません。したがって、社史の中で既存書籍に記載されているのと同じ事実を取り上げること自体は、直ちに著作権侵害とはなりません。
社史の実務担当者としては、この原則を理解したうえで、参考文献に記載された事実を萎縮せずに活用することが可能です。
(2)同じ事実を記述する場合でも「具体的表現」は独自のものにする
他方で、本判決が翻案該当性を否定した理由は、単に「事実の同一性にとどまる」というだけではありません。裁判所は、各記述について、描写の手法、言い回し、記述の視点、記述の詳細さといった「具体的表現」が異なっていることを、繰り返し認定しています。
このことを裏返せば、既存書籍と同じ事実を記述する場合であっても、具体的な文章表現まで既存書籍に類似してしまうと、翻案権侵害が認められるリスクがあることを意味します。社史の実務担当者としては、参考文献を読んだ後、参考文献を閉じたうえで、自社の視点や独自の言い回しで文章を作成するという運用が有効です。
(3)同一の歴史的事実を記述する場合、表現が類似しやすいことを認識する
原審において、被控訴人(ホンダ)側は、「原告書籍及び被告社史のいずれも事実を伝える文章であって、文章表現自体における工夫の余地は少ない」うえ、「記述対象とする事実が同一であることから、具体的表現の選択の幅が限定され、ある程度表現が似通う現象が生じるのはむしろ自然である」と主張しました。
この主張は、同一の歴史的事実を客観的に記述しようとする場合、表現の選択肢がおのずと限られ、結果的に類似した表現になりやすいという実態を指摘するものです。裁判所も、原審において、ありふれた表現(例えば、薄くて剛性が低いものを「ペラペラ」と表現すること)には創作性が認められないと判示しています。
社史の実務担当者としては、事実の記述において表現がある程度類似すること自体は避けられない面があることを認識しつつも、その類似が「ありふれた表現」の範囲を超えて、参考文献に特有の描写方法や言い回しにまで及んでいないかを確認することが求められます。
(4)独自取材を実施し、その記録を保存する
本件において、被控訴人(ホンダ)側は、社史編纂委員会が関係者に独自の取材を行ったことを主張し、その裏付けとして取材時の録音データが一部残存していることを挙げました。
独自取材の実施は、2つの意味で著作権侵害リスクの低減に寄与します。第一に、一次情報に基づいて記述することで、既存の著作物の表現に依拠したものではないことを事後的に立証しやすくなります。第二に、自社独自の視点で取材を行うことにより、結果として、既存の著作物とは異なる独自の表現が生まれやすくなります。
社史の実務担当者としては、関係者への取材を実施する際に、取材の録音データ、取材メモ、取材日時・場所の記録などを保存しておくことが重要です。これらの記録は、万が一、著作権侵害を主張された場合に、既存の著作物への依拠性を否定するための証拠となります。
(5)社史と参考文献との分量の差異にも留意する
原審において、被控訴人(ホンダ)側は、原告書籍が316頁(約20万字)であるのに対し、本件社史部分は8頁(約1万5000字)にすぎないことを指摘し、仮に創作的表現の同一箇所があったとしても「ごくわずかな部分でしかない」ため、「被告社史に接した者が原告書籍の表現上の本質的特徴を直接感得することはできない」と主張しました。
裁判所は、この点を独立した判断理由とはしていませんが、翻案の成否を判断するうえで、参考文献との間で表現が類似する部分が社史全体に占める割合は、考慮される可能性のある事情です。社史の実務担当者としては、特定の参考文献の表現に過度に依存した記述が集中しないよう、複数の情報源を活用し、記述の幅を広げることが望ましいといえます。
(6)参考文献の表現をそのまま使用したい場合には適法な引用を検討する
本判決では引用(著作権法32条1項)の成否は争点となっていませんが、本判決の枠組みを前提とした実務上の補足として、以下の点を指摘しておきます。
上記(2)のとおり、参考文献の「具体的表現」をそのまま利用することは翻案権侵害のリスクを伴います。しかし、社史の中で、参考文献における印象的な表現や記述をそのまま紹介したい場面もあり得ます。そのような場合には、著作権法32条1項に基づく「引用」として、出典を明示し、引用部分を明確に区別したうえで利用することが考えられます。適法な引用の要件を満たすことで、参考文献の創作的表現を利用しつつ、著作権侵害のリスクを回避することが可能となります。
3. 社史制作における実務対応のまとめ
以上の検討を踏まえ、社史制作における実務対応のポイントを整理すると、以下のとおりです。
| 項目 | 実務対応の内容 |
|---|---|
| 事実の活用 | 既存書籍に記載された歴史的事実を取り上げること自体は、著作権侵害に該当しない。萎縮せずに活用できる。 |
| 表現の独自性 | 同じ事実を記述する場合であっても、参考文献の文章表現をそのまま用いず、自社の視点や独自の言い回しで記述する。 |
| 表現の類似への注意 | 事実の記述において表現がある程度類似すること自体は不可避な面があるが、参考文献に特有の描写方法や言い回しにまで類似が及んでいないか確認する。 |
| 独自取材の実施と記録化 | 関係者への独自取材を実施し、取材の録音データ、取材メモ、日時・場所の記録を保存する。 |
| 情報源の多様化 | 特定の参考文献に過度に依存せず、複数の情報源を活用して記述の幅を広げる。 |
| 適法な引用の活用 | 参考文献の具体的表現をそのまま使用したい場合には、出典を明示し、引用部分を明確に区別するなど、著作権法32条1項の引用の要件を満たす形で利用する。 |
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本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

