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タイムカードの不正打刻等を理由とする懲戒解雇・降格・減給の有効性(東京地裁令和3年6月23日判決)

はじめに

従業員によるタイムカードの不正打刻が発覚した場合、企業としては、降格、減給、懲戒解雇といった重い処分を検討することになります。

しかし、処分の内容を誤ると、かえって無効と判断され、多額の未払賃金等の支払義務を負うリスクがあります。

今回のコラムでは、ヘリコプター事業部の部長が部下にタイムカードの代行打刻を行わせていた事案について、降格処分・減給・懲戒解雇の有効性が争われた東京地裁令和3年6月23日判決(労働判例ジャーナル117号34頁)を取り上げ、企業の人事労務担当者が押さえておくべき実務上のポイントを解説いたします。

事案の概要

原告は、被告会社のヘリコプター事業部の部長として勤務していた従業員です。被告会社は、原告が部下に自身のタイムカードの代行打刻を行わせていたことなどを理由に、以下の一連の処分を行いました。

年月日処分の内容理由
平成30年5月1日本件事業部の部長から次長への降格処分(本件降格)部下にタイムカードの代行打刻を行わせていたこと
平成30年5月1日月額給与を124万円(基本給104万円+役付手当20万円)から90万円(基本給75万円+役付手当15万円)に減額(本件減給)本件降格に伴う役付手当の減額および賃金規程第3条に基づく基本給の見直し
平成30年7月2日懲戒解雇(本件懲戒解雇)賃金改定等通知書への署名捺印拒否、パワーハラスメント、業務監査への非協力的対応、就業規則違反等

原告は、これらの処分がいずれも無効であるとして、未払賃金、退職金および慰謝料等の支払を求めて提訴しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点番号内容
争点①本件降格および本件減給の有効性
争点②本件懲戒解雇の有効性
争点③本件懲戒解雇後の賃金請求の可否およびその額
争点④退職金請求権の存否
争点⑤不法行為に基づく損害賠償請求権の有無およびその額

裁判所の判断

争点① 本件降格および本件減給の有効性について

裁判所は、本件降格および役付手当の減額については有効と判断する一方、基本給の減額については無効と判断しました。

(1)降格処分について

降格処分については、本来部下に規則を守らせるべき立場にある部長自らが部下に代行打刻を行わせており、就業規則の規定にも違反することから、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとはいえず、本件降格が懲戒権の濫用として無効となるものとは認められない」と判示されました。

(2)役付手当の減額について

役付手当の減額についても、「賃金規程において、部長は月額20万円、次長は月額15万円と明確に定められているから、本件降格に伴い、賃金規程の上記規定に従って役付手当を減額したことは、有効である」とされています。

(3)基本給の減額について

他方、基本給の減額については、雇用契約書や賃金規程に雇用継続中の基本給の減額を基礎づける規定がないことから、以下のとおり判示されました。

本件減給のうち基本給の減額については、労働契約上の根拠なくされたものといわざるを得ず、これに対する原告の同意も得られていない以上、無効といわざるを得ない

争点② 本件懲戒解雇の有効性について

裁判所は、会社が掲げた4つの解雇理由をいずれも退け、本件懲戒解雇は懲戒権の濫用として無効であると判断しました。

(1)タイムカード改ざんおよび業務命令違反(賃金改定等通知書への署名捺印拒否)について

賃金改定等通知書への署名捺印拒否については、以下のとおり判示されました。

無効な基本給の減額を含む賃金改定等通知書への署名捺印を拒んだからといって、そのこと自体が懲戒事由に当たるものとは解されず、これを理由として懲戒解雇とすることはできない

(2)パワーハラスメント等による風紀秩序の紊乱について

パワーハラスメントや居眠り等については、会社が提出した本件事業部の他の従業員らの報告書について、以下のとおり判示されました。

いずれも公開の法廷における反対尋問を経たものではなく、その客観的な裏付けとなる証拠も見当たらない

懲戒解雇当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、その存在をもって当該懲戒解雇の有効性を根拠付けることはできないと解されるところ、上記報告書の作成日付はいずれも本件懲戒解雇後であるから、これらの報告書の記載から直ちに本件懲戒解雇の有効性を基礎付けることはできない

(3)業務監査等への非協力的対応について

業務監査への非協力的対応については、原告が大声で抗議したことは認めつつも、以下のとおり判示されました。

他方で、原告が、実力で調査を妨害するなどはしておらず、その場を立ち去っていることからすれば、被告をして本件事業部内の就業状況及び業務状況の把握を著しく困難にせしめたとまでは評価し難い

(4)就業規則違反等の社員としての適性の欠如について

深酒による運航中止、業務中の飲酒、検査不正、業務命令の無視等の主張については、「パワーハラスメントをいう点を採用することができないのは前判示のとおりである上、その余の事実についてもこれを認めるに足りる的確な証拠がないから、被告の前記主張は採用することができない」として、いずれも証拠上認定することができないと判示されました。

(5)結論

以上を踏まえ、裁判所は、以下のとおり結論付けました。

本件懲戒解雇前に前記懲戒事由に関する原告の言い分を聴取するなどの手続を経ていないこと……も踏まえれば、本件懲戒解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、懲戒権の濫用として無効である

争点③ 本件懲戒解雇後の賃金請求の可否およびその額について

裁判所は、本件懲戒解雇が無効である以上、原告は民法536条2項に基づき、解雇日の翌日から定年退職日までの未払賃金を請求できると判示しました。他方で、原告が業務委託契約によりc社から得ていた報酬について、月額給与の4割を限度として中間収入を控除するとしています。

原告がa社の代表取締役に就任した点についても、以下のとおり判示し、被告における就労意思および能力を喪失したとは認められないと判断されました。

原告が、恒久的にa社において就労する意思で、当該役職に就任したものとは即断できない

争点④ 退職金請求権の存否について

裁判所は、本件の退職金規程について、一定の功労報償的性格を有しつつも賃金の後払的性格を強く有するとしたうえで、以下のとおり判示し、退職金156万円の請求を認めました。

退職金の全部ないし一部の減額を正当化するほどに、原告の勤続の功を抹消ないし減殺するものとは評価し難い

争点⑤ 不法行為に基づく損害賠償請求権の有無およびその額について

裁判所は、未払賃金等を超えて、本件懲戒解雇と相当因果関係のある損害が発生したとは認められないとして、慰謝料請求を退けました。

コメント

本判決は、タイムカードの不正打刻という客観的に明白な就業規則違反があった事案においても、①降格処分と②懲戒解雇の有効性判断は峻別されること、また、③降格に伴う基本給の減額には別途の労働契約上の根拠が必要であることを明確に示した点に、実務上の意義があります。

企業の人事労務担当者が本判決から学ぶべきポイントとしては、以下の点が挙げられます。

(1)降格に伴う基本給の減額には明確な根拠規定が必要

降格処分を行う場合であっても、基本給を減額するには、就業規則や賃金規程に降格に伴う基本給の減額を基礎づける明確な規定を設けておく必要があります。

役職に連動した役付手当の減額と異なり、基本給の減額は、労働契約の重要部分の不利益変更に当たるため、根拠規定がなければ従業員の個別同意が必要となります。自社の賃金規程を見直し、降格時の基本給の取扱いが明確になっているかを確認することをお勧めします。

(2)懲戒解雇には客観的証拠・事前指導・弁明機会の付与が不可欠

懲戒解雇を行うにあたっては、①客観的な裏付け証拠をそろえたうえで、②事前に対象従業員に対する指導を行い、③懲戒処分前に弁明の機会を付与することが重要です。本判決において、裁判所が本件懲戒解雇の有効性を判断するにあたり重視した事情は、以下のとおりです。

判断要素裁判所の評価
基本給減額拒否無効な減額への拒否であり懲戒事由にならない
過去のパワハラ・居眠り客観的裏付けを欠き、解雇後作成の報告書は根拠にならない
パワハラに対する事前指導平成28年6月の1回のみで、十分な指導があったとは認められない
業務監査時の言動抗議の意思表示にとどまり、調査を著しく妨害したとはいえない
弁明の機会懲戒解雇前に言い分の聴取手続を経ていない

これらの事情からもわかるとおり、パワーハラスメントに関する従業員の報告書がいずれも解雇後に作成されたものであったこと、パワハラに対する事前指導が1回のみであったこと、解雇前に原告の言い分を聴取する手続が取られていなかったことが、解雇無効の判断を基礎付ける事情として考慮されています。

(3)退職金の不支給・減額には厳格な判断が求められる

懲戒解雇を理由に退職金を不支給とすることは、原則として困難です。退職金の不支給・減額が認められるには、「それまでの勤続の功を抹消ないし減殺するほどの著しく信義に反する行為」が必要とされており、本判決もこの枠組みに沿った判断をしています。

おわりに

タイムカードの不正打刻、ハラスメント、業務命令違反といった非違行為が疑われる場合、企業としては「重い処分でなければ社内秩序が保てない」と考えがちです。

しかし、本判決が示すとおり、証拠の収集、指導の積み重ね、弁明機会の付与といった手続を踏まずに重い処分に踏み切れば、解雇無効と判断され、未払賃金に加え年14.6パーセントの遅延損害金の支払を命じられるリスクがあります。

当事務所では、懲戒処分の検討段階から、調査の方法、証拠収集、処分の選択、弁明機会の付与の手続まで、企業の実情に即した助言を行っております。不正打刻やハラスメント等の問題が生じた際は、処分の実施前に弁護士にご相談いただくことをお勧めします。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。