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ネット掲示板への誹謗中傷投稿(名誉毀損)と営業損害の因果関係(名古屋地裁令和2年10月1日判決)

インターネット上の掲示板や口コミサイトに自社・自院を誹謗中傷する書き込みをされた場合、企業や事業者の方は「売上が落ちた分を損害として賠償してほしい」とお考えになることが多いと思います。

もっとも、裁判実務では、名誉毀損が認められても、売上減少(営業上の損害)の賠償までが認められるとは限りません。この点を正面から判断したのが、今回のコラムで紹介する名古屋地方裁判所令和2年10月1日判決です。

上記名古屋地裁判決は、競合する歯科医師が広告会社に依頼し、「2ちゃんねる」や「Yahoo!知恵袋」に歯科医院を批判する記事を繰り返し投稿した事案について、名誉毀損の成立を認めながらも、売上減少との因果関係を否定し、慰謝料等240万円の限度で請求を一部認容したものです。

ネット上の誹謗中傷被害に直面する事業者の方にとって、実務上参考になる判断ですので、ポイントを整理してご紹介いたします。

事案の概要

原告は、岐阜市内で「A歯科クリニック」を営む歯科医師で、顎関節治療と矯正治療を組み合わせた治療(ニューロマスキュラー矯正治療)を積極的に採用していました。

これに対し、近隣の被告B(競合する歯科医師)は、インターネット広告事業を営む被告会社(代表者は被告D)に依頼し、被告Dが、平成26年1月から2月にかけて、「2ちゃんねる」と「Yahoo!知恵袋」に、原告の歯科医院に関する以下のような内容の記事を合計4回投稿しました。

記載投稿内容の概要
本件記載1原告が、顎関節症を放置するとあらゆる疾患にかかるなどと説明し、日本で唯一の特別な治療であるとして300万円の顎関節かみ合わせ治療を勧めているとの記載
本件記載2顎関節症について、世界中の歯科のガイドラインは精神的症状と位置づけており、かみ合わせを変える積極的治療には意味がないとされており、重大な病気につながるとの説明は偽りで、詐欺行為と言ってよいとの記載
本件記載3多くの患者が根拠のない無用な治療に高額な治療費を支払っており、原告の手法は洗脳やカルト宗教のようであるとの記載
本件記載4インプラント3本と骨造成の手術で530万円の見積りを提示されたが、通常であれば200万円に満たない内容であり、顎関節症の話と同様にありもしない講釈でだましているとの記載
本件記載5本件歯科医院では無資格の女性が治療方針をカウンセリングしているとの記載

原告は、これらの投稿により売上が大幅に減少したと主張し、営業上の損害約2億1513万円、慰謝料1000万円、調査費用等、弁護士費用の合計約2億3834万円のうち1億円の支払を求めて提訴しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①本件各記載が原告の社会的評価を低下させたか
争点②事実の公共性および目的の公益性の有無
争点③真実性、相当性、意見ないし論評としての域の逸脱の有無
争点④損害額(特に営業上の損害と投稿との因果関係)

裁判所の判断

争点① 本件各記載が原告の社会的評価を低下させたかについて

裁判所は、本件記載1から4までについて、原告の社会的評価を低下させるものであると認めた一方、本件記載5については、これだけで原告の社会的評価を低下させるとまでは認められないと判断しました。各記載に関する判示の要点は、以下のとおりです。

本件記載1および2について

裁判所は、本件記載1および2について、次のとおり判示しました。

本件記載1及び2-1の事実摘示は、本件歯科医院側が、患者に対し、世界中の歯科のガイドラインに反する虚偽の説明をして、必要性のない高額な治療を受けるよう勧めているという印象を与えるものであり、本件記載2-2は、これらの摘示事実を前提として、本件歯科医院側の行為を詐欺行為と厳しく批判するものであるから、本件記載1及び2は、原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。

本件記載3について

本件記載3については、感想や推測の形式を採用しつつも、黙示的に事実を摘示していると認定された上で、次のとおり判示されました。

本件記載3第1文は、感想又は推測という形式を採用しつつ、黙示的に、多くの患者が、本件記載1で摘示したような虚偽の説明を信じ込み、無用な治療を受けるために本件歯科医院に受診し続け、高額の治療費を支払い続けることになっていることという、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものであるから、事実を摘示するものである。

本件記載4について

本件記載4については、インプラント等の治療に関しても虚偽の説明をしているとの印象を与えるものとして、次のとおり判示されました。

本件記載4は、……本件歯科医院が、インプラント等の治療についても、少なくない患者に虚偽の説明をして不相当に高額な治療費を支払わせているという印象を与えるから、原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。

本件記載5について

本件記載5については、批判の根拠が示されておらず、これだけで原告の社会的評価を低下させるとは認められないと判断されました。

一般の読者からすれば、本件記載1ないし4のような事実摘示及び論評に引き続いていることから、批判的な文脈で当該事実が摘示されているということは理解できるが、投稿者がそのことについて批判する根拠が何ら示されておらず、投稿者による批判の趣旨やその適否が分からないから、これだけで原告の社会的評価が低下するとまで認めることはできない。

争点② 事実の公共性および目的の公益性の有無について

裁判所は、歯科治療は患者の健康に関わる事柄であり、本件各記載は公共の利害に関する事実に係るものであると認めました。また、被告Bについては、専ら公益を図る目的があったと認めました。

他方、被告会社および被告Dについては、被告会社と被告Bとの取引を継続するために投稿したものであり、専ら公益を図る目的を有していたとは認められないとして、公益目的を否定しました。

争点③ 真実性、相当性、意見ないし論評としての域の逸脱の有無について

裁判所は、本件記載1から4までについて、その重要な部分が真実であると認めることはできず、被告Bにおいてこれを真実と信ずるについて相当の理由があったとも認められないと判断しました。

特に、本件記載3の「洗脳」「カルト宗教のよう」との論評部分については、次のように判示しています。

本件記載3の論評のうち、本件歯科医院が患者を洗脳し、まるでカルト宗教のようだとする部分は、原告に対する人身攻撃に及ぶものであり、意見ないし論評としての域を逸脱しているといわざるを得ない。

その結果、被告らは共同不法行為に基づく損害賠償責任を負うと結論づけられました。

争点④ 損害額について

ア 営業上の損害(売上減少)

原告は、本件歯科医院の医業総利益が平成25年と比較して大幅に減少したとして、約2億1513万円の営業上の損害を主張しました。しかし、裁判所は、以下のとおり、本件各投稿と売上減少との間の相当因果関係を否定しました。

裁判所は、平成26年の売上変動について、次のとおり判示しました。

一般に、同年4月1日の消費税増税を目前にした、いわゆる駆け込み需要により、売上額が、同年3月に大幅に増加するものの、翌月以降は、その反動により減少する傾向があり(公知の事実)、かつ、本件歯科医院においても上記駆け込み需要が見られたこと……を併せ考えると、上記のとおりの同年における本件歯科医院の売上金額(医業収益)の変動は、消費税の増税による影響を大きく受けたものである可能性が十分にあるから、同年1月から2月にかけて始まった本件各投稿による影響によるものであるかどうか疑問が残る。

また、平成27年および平成28年については、医業総利益自体が本件各投稿の前年である平成25年よりも増加していることを指摘した上で、保険診療分の売上に減少が見られないことを踏まえ、次のとおり判示しました。

本件各投稿の内容は、本件歯科医院が患者に対し虚偽の説明をして不必要な治療を受けさせるというものであり、その内容に照らせば、保険診療と自由診療とを問わず、本件歯科医院の医業収益の額に影響し得るものであるから、もし、原告の主張のとおりに、本件各投稿が原因で、患者が本件歯科医院に通院しなくなったというのであれば、自由診療分のみならず、保険診療分についても減少するのが自然である。ところが、本件歯科医院の医業収益のうち、保険診療分の額は、……平成27年及び平成28年には、むしろ、増加傾向にある。

さらに、ネット掲示板への投稿が売上に与えた影響の程度についても、次のとおり限定的にとらえました。

平成23年11月付けの健康保険組合連合会による報告書に記載されたアンケートの結果……によれば、医療機関を選ぶ際に利用するインターネットサイトとしては、医療機関のホームページ、都道府県・市区町村のホームページ、医療機関検索サイトが上位に上がり、インターネット上の掲示板は挙げられておらず、本件各投稿の実際の閲覧数について見ても、平成26年4月時点での本件各投稿の閲覧数が数百回程度にとどまっていたことからすれば……本件各投稿が本件歯科医院の売上金額に与えた影響の程度を重視することは相当でないというべきである。

イ 慰謝料

裁判所は、本件各投稿の内容、閲覧数からうかがわれる伝播範囲、投稿当時の原告の社会的評価、その他の一切の事情を考慮して、慰謝料を200万円と認定しました。

ウ 調査費用・削除費用等

裁判所は、コンテンツプロバイダおよび経由プロバイダに対する発信者情報開示等の仮処分手続の費用については、民事上の損害賠償請求訴訟の前提として必要不可欠な手続であるとして、相当因果関係を認めました。他方、刑事告訴に要した費用および告訴後に警察の要請で提起した発信者情報開示請求訴訟の費用については、民事訴訟の前提として必要不可欠ではないとして、相当因果関係を否定しました。

認容額は、本件訴訟の弁護士費用を含めて、慰謝料額の2割に当たる40万円とされました。

エ 結論

以上により、原告の損害は合計240万円と認定され、請求の一部が認容されました。

コメント

1 本判決の意義と実務上のポイント

本判決は、インターネット上の掲示板への誹謗中傷投稿について、名誉毀損の成立を認めながらも、売上減少(営業上の損害)との因果関係を否定した事例として実務上参考になります。本判決から読み取ることができる実務上のポイントは、以下のとおりです。

(1) 名誉毀損の成立と営業損害の賠償は別問題である

名誉毀損が認められても、売上減少分の賠償まで認められるとは限りません。裁判所は、売上が減少した事実があっても、その原因が投稿にあることを具体的に立証しなければ、因果関係を認めません。本判決において、裁判所が営業上の損害の因果関係を否定する際に考慮した事情は、以下のとおりです。

考慮要素内容
投稿媒体の特性医療機関選びの際、ネット掲示板は参考情報として通常利用されていない
閲覧数平成26年4月時点で数百回程度にとどまる
売上変動の他原因消費税増税の駆け込み需要とその反動による影響の可能性
医業総利益の推移平成27年および平成28年は平成25年を上回っており、減少自体が認められない
保険診療分の推移保険診療分はむしろ増加傾向にあり、投稿の影響では説明がつかない

このように、本判決では、消費税増税の影響や、保険診療分の売上が減少していない事実など、投稿以外の要因や投稿原因説と整合しない事実が指摘され、因果関係が否定されました。

(2) 投稿媒体の性質と閲覧数が重視される

ネット掲示板は医療機関選びで一般的に参照される媒体ではないこと、閲覧数が数百回程度にとどまっていたことが、投稿による影響の程度を限定的にとらえる根拠とされています。被害を立証する側としては、当該投稿がどの程度拡散されたのか、どのような層に読まれたのか、実際に顧客離脱があったのかといった点について、客観的な資料を積み重ねることが必要になります。

(3) 慰謝料と発信者情報開示手続の費用は比較的認められやすい

裁判所は、仮処分手続に要した弁護士費用等については、加害者特定のために必要不可欠であるとして相当因果関係を認めています。他方、刑事告訴費用については民事賠償の前提として必要不可欠ではないとして否定されており、どの手続にどこまで費用を投じるかについて、戦略的な判断が求められます。

(4) 本判決の射程は限定的に理解する必要がある

本判決の結論は、本件における具体的な事実関係に強く依拠したものであり、別の事案において同様の結論が導かれることを保証するものではありません。投稿の内容、対象事業の種類、顧客の属性、売上の構造、外部環境の変化等が異なれば、判断の方向性も変わり得ます。したがって、本判決の判示を、ネット上の誹謗中傷事案一般に当てはまる一般論として理解することは適切ではなく、自社の事案にどの範囲で参考になるかは、個別に検討する必要があります。

(5) 粗利ベースでの経年比較という算定枠組み

本判決の興味深い点は、営業損害の有無を判断するにあたり、売上金額そのものではなく、売上から仕入や材料費といった変動費を差し引いた後の粗利(本判決でいう医業総利益)を年度ごとに比較した点にあります。

これは、名誉毀損とは関係のない一時的な要因(本件では消費税増税前の駆け込み需要)によって売上額が一時的に増減した場合でも、粗利の実態を見れば、事業の収益力が本当に毀損されたかどうかを判定しやすくなるという考え方に基づくものといえます。

この算定枠組みは、歯科医院に限らず広く事業者一般に応用が可能です。たとえば、飲食店であれば食材原価を控除した後の粗利、小売店であれば仕入原価を控除した後の粗利、美容サロンや学習塾などのサービス業であれば直接変動費を控除した後の粗利、といったかたちで、経年で比較する手法が考えられます。

自社の損害を主張する側としては、誹謗中傷被害に遭う前から、粗利ベースの月次・年次推移を継続的に把握しておくことが望ましいといえます。そして、被害発生後は、粗利の変動について、季節要因、価格政策、競合の動向、取引先の事情、社会情勢等の他要因を一つひとつ切り分けて説明できるようにしておくことが、立証上有用です。

(6) 同種裁判例の蓄積

名誉毀損を理由とする損害賠償請求において、売上減少等の営業上の損害(逸失利益)の有無が正面から争われ、その点について判断が示された裁判例としては、本判決以外にも、東京高判平29.11.22判タ1453号103頁、東京地判平28.12.16判時2384号39頁などが存在します。近時、同種の裁判例が一定程度蓄積しつつあるところ、全体の傾向としては、営業上の損害と投稿との因果関係の立証は容易ではなく、裁判所は外部要因や他の事情の影響を慎重に考慮する姿勢を示しているといえます。こうした裁判例の傾向を踏まえた上で、どの段階でどのような証拠を確保し、どの範囲の損害を主張していくかを検討する必要があります。

2 企業・事業者に求められる対応

企業や事業者の方がネット上の誹謗中傷に直面した際に求められる対応としては、以下の点が挙げられます。

対応事項具体的な内容
投稿の早期発見と証拠保全スクリーンショットの取得、閲覧数および拡散範囲の記録
業績データの継続的な記録投稿前後の売上、顧客数、問合せ数等の推移を時系列で記録し、季節変動・経済情勢・価格改定等の他要因との切り分けを可能にしておくこと
法的手続の選択と迅速な着手発信者情報開示請求、削除請求、損害賠償請求など、事案に応じた手続の選択と早期着手
損害論を見据えた証拠収集当該投稿を見て来院・来店をやめた顧客の声、検索順位の推移、ウェブ解析データ等の収集

ネット上の誹謗中傷の被害は、放置すれば拡散し、事業への影響が深刻化しかねません。他方で、損害を過大に主張しても、本判決のように因果関係を否定され、認容額が限定されてしまうおそれもあります。早期に弁護士へご相談いただき、証拠保全、発信者特定、削除請求、損害賠償請求の各段階を見据えた対応方針を立てることが重要です。

当事務所では、インターネット上の誹謗中傷被害に関するご相談を数多くお受けしております。発信者情報開示請求、削除請求、損害賠償請求など、事案に応じた対応を行っております。お困りの際は、お早めにご相談ください。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。