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会計限定監査役に求められる監査の範囲と任務懈怠責任(最高裁令和3年7月19日判決)

会社法上、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定することが認められています(会社法389条1項)。このような監査役は「会計限定監査役」と呼ばれ、中小企業を中心に広く採用されています。

それでは、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、どのような義務を負うのでしょうか。会計帳簿の内容と計算書類等が合致していることを確認すれば足りるのか、それとも、それ以上の対応が求められるのか。この点について、最高裁判所が初めて判断を示したのが、最高裁令和3年7月19日判決(令和元年(受)第1968号)です。

今回のコラムでは、上記最高裁判決の内容を紹介し、本判決が企業実務に与える影響について解説いたします。

事案の概要

本件は、非公開会社である原告会社が、その監査役であった被告に対し、被告が監査役としての任務を怠ったことにより、従業員による継続的な横領の発覚が遅れて損害が生じたと主張して、会社法423条1項に基づき損害賠償を請求した事案です。

事案の経緯は、以下のとおりです。

時期事実
原告会社は、公開会社ではない株式会社であり、会計監査人を置いていなかった
昭和42年7月~平成24年9月被告は、原告会社の監査役を務めており、その監査の範囲は会計に関するものに限定されていた
平成19年2月~平成28年7月原告会社の経理担当従業員は、多数回にわたり原告会社名義の当座預金口座から自己名義の預金口座に送金し、合計約2億3523万円を横領した
同上この従業員は、上記の送金を会計帳簿に計上せず、会計帳簿上の残高と実際の残高との間に相違が生じていた。さらに、横領の発覚を防ぐため、残高証明書を偽造するなどしていた
平成19年5月期~平成24年5月期被告は、各期において原告会社の計算書類等の監査を実施した。被告は、従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かないまま、これと会計帳簿とを照合し、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどしていた
平成28年7月取引銀行からの指摘を契機に横領が発覚した

なお、原審の認定事実によれば、原告会社の内部管理体制には以下のような問題がありました。

項目内容
インターネットバンキングの管理法人向けインターネットバンキングの3つのパスワード(ログインパスワード、固定パスワード、ワンタイムパスワード)の全てを、入社間もない経理担当従業員のみに管理させていた
取締役による残高確認経理担当取締役は、インターネットバンキングを利用して本件口座の残高を直接確認したことが一度もなかった
半期の経理監査半期に一度の経理監査において、経理担当従業員が提出した残高証明書が真正な原本かどうかを確認していなかった
監査役の報酬被告の監査役報酬は年額36万円(月額3万円)であり、公認会計士の専門知識を生かした本格的な監査の報酬としては低額であった

第一審(千葉地方裁判所)は、具体的な監査の方法を定める際に考慮すべき要素を摘示した上で、原告会社には経理担当者が少ないこと、コピーの改ざんのおそれや預金における不正リスクの高さなどを考慮して、被告は本件口座の残高証明書の原本等の提示を求めるべき注意義務を負っていたと認定し、被告の任務懈怠を認めました。

これに対し、原審(東京高等裁判所)は、会計限定監査役の任務は、会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することが主たる任務であり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば、任務を怠ったとはいえないと判断しました。加えて、原審は、原告会社が取締役や後任監査役に対しては損害賠償請求をせず、被告のみを対象として損害賠償請求を行っていることについて、信義則違反・権利濫用に当たるとの判断も示しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①会計限定監査役は、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるか
争点②被告が任務を怠ったと認められるか否か(差戻審で審理)
争点③任務懈怠と相当因果関係のある損害の有無(差戻審で審理)

裁判所の判断

最高裁は、原判決を破棄して東京高等裁判所に差し戻しました。

争点①について

最高裁は、まず、監査の制度趣旨について、以下のとおり判示しました。

監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において、監査役は、計算書類等につき、これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い、会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている。(中略)この監査は、取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって、会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき、上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し、その信頼性を高めるために実施されるものと解される。

その上で、最高裁は、会計限定監査役の義務について、以下のとおり判断しました。

計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ、監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。

さらに、最高裁は、以上の判断が会計限定監査役にも妥当することを、以下のとおり明示しました。

会計限定監査役にも、取締役等に対して会計に関する報告を求め、会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法389条4項、5項)などに照らせば、以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。

以上を踏まえ、最高裁は、結論として以下のとおり判示しました。

会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではない。

争点②・③について(差戻し)

最高裁は、被告が任務を怠ったと認められるか否かについては、以下の諸事情に照らして更に審理を尽くす必要があるとし、本件を原審に差し戻しました。

考慮事項内容
考慮事項1原告会社における本件口座に係る預金の重要性の程度
考慮事項2本件口座の管理状況等の諸事情
考慮事項3上記の諸事情に照らして被告が適切な方法により監査を行ったといえるか否か

本判決の解説によれば、差戻審においては、原告会社が期中監査と称して行っていた本件口座の残高確認の状況について、被告がどの程度認識していたかについても審理されることになるとされています。すなわち、監査役が会社の内部管理体制をどこまで把握していたかという点も、任務懈怠の判断に影響し得ることが示唆されています。

なお、草野耕一裁判官の補足意見では、差戻審における審理に当たり留意すべき点として、以下の事項が指摘されています。

留意事項内容
留意事項1会計限定監査役は、公認会計士又は監査法人であることが会社法上求められていないため、被告が公認会計士資格を有していたとしても、公認会計士法2条1項に規定する監査を実施すべき義務があったとは解し得ないこと
留意事項2監査役の職務は法定のものであるため、会社と監査役の間で責任を加重する旨の特段の合意がない限り、監査役の属性によって職務内容が変わるものではないこと
留意事項3本件口座がインターネット口座であることに照らし、被告が残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することなど、残高相違を発見し得た具体的行為を想定し、それが通常の会計限定監査役に対して合理的に期待できるものか否かを見極めるべきこと

コメント

1. 本判決の意義

本判決は、会計限定監査役の任務懈怠の有無について、最高裁が初めて一定の法理を示したものです。

従来、監査役の任務懈怠責任が認められた裁判例は、監査役が監査自体を行っていなかった場合や、不正の兆候を知りつつこれを放置した場合に限られていました。本件は、被告が会計帳簿と残高証明書の写しを資料として実際に監査を行っていたにもかかわらず不正を発見できなかった事案であり、会計限定監査役の「具体的な監査の方法」が争点となった点に特徴があります。

本件では、第一審が任務懈怠を認容し、原審がこれを全部棄却し、最高裁が原審を破棄するという経緯をたどりました。裁判所の判断が分かれたこと自体が、会計限定監査役の義務の範囲をめぐる法的解釈の難しさを示しています。

原審は、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなどの「特段の事情」がない限り、会計帳簿と計算書類等の合致を確認すれば任務を尽くしたと判断しました。しかし、最高裁は、この判断を明確に否定し、会計帳簿の信頼性に疑義が明らかでない場合であっても、基礎資料の確認や取締役等への報告要求が求められる場合があることを示しました。学説上も、監査役は原則として会計帳簿を信頼してよいとは解されておらず、最高裁の判断はこのような学説の考え方にも沿うものと評価されています。

この判断は、会計限定監査役の監査が単なる形式的な帳簿照合にとどまるものではなく、計算書類等の適正性を実質的に担保する役割を担うものであることを明確にした点で、実務上の意義があります。

もっとも、本判決については、会計限定監査役の任務懈怠の有無に関する一般的な判断基準を示したものではないとの評価もあります。この場合、本判決は、会計限定監査役が任務を尽くしたかどうかの一般的な判断基準を定めたものではなく、原審の「帳簿と合致していれば原則として足りる」という画一的な基準を退けたものとなります。どのような監査方法が求められるかは、監査の対象となる資産の重要性、不正が発生しやすい環境にあるかどうか、社内の管理体制の状況といった個々の事案の事情に応じて判断されることになります。

2. 企業実務への影響

本判決を踏まえると、会計限定監査役を置く企業においては、以下の対応を検討する必要があると考えられます。

(1)監査手続の見直し

会計限定監査役は、会計帳簿と計算書類等の照合のみで監査を完了させるのではなく、必要に応じて基礎資料(残高証明書の原本、預金通帳、取引明細等)を直接確認する手続を監査計画に組み込むことが求められます。どの資産についてどの程度の確認を行うべきかは、当該資産の重要性や不正リスクの程度等を踏まえて個別に検討する必要があります。

(2)内部統制の整備

本件では、経理担当者が残高証明書を偽造し、長期間にわたって横領が発覚しませんでした。原審の認定事実によれば、原告会社では、インターネットバンキングの全てのパスワードを一人の従業員に管理させ、取締役がインターネットバンキングで直接残高を確認したことが一度もなかったとされています。監査役の監査だけに頼るのではなく、経理業務における職務分掌の徹底、預金残高の独立した確認手続の導入など、内部統制の仕組みを整備することが重要です。

(3)監査役への情報提供体制の構築

本判決は、会計限定監査役にも取締役等に対する報告徴求権や調査権が認められていることを指摘しています。また、差戻審では、会社が行っていた内部管理の状況について監査役がどの程度認識していたかも審理事項となるとされています。企業としては、監査役がこれらの権限を適切に行使できるよう、情報提供の体制を整えるとともに、社内の管理体制の状況を監査役に共有しておくことが求められます。

(4)監査役の選任と支援

草野裁判官の補足意見では、会計限定監査役の義務の水準は、公認会計士資格の有無にかかわらず同一であることが指摘されています。会計限定監査役は、その沿革から、会計に関する十分な知識を持ち合わせていない経営者の親族が就任していることも多いとされています。しかし、本判決により、会計限定監査役にも帳簿照合にとどまらない実質的な監査が求められ得ることが明確になりました。企業は、監査役の選任に当たり、必要な知見を有する人材を確保するとともに、監査役が職務を遂行するための研修機会の提供や外部専門家の活用を支援することが望ましいと考えられます。

(5)役員の責任追及における公平性の確保

原審は、原告会社が取締役や後任監査役には損害賠償請求をせず、被告のみを対象として損害賠償請求を行ったことについて、信義則違反・権利濫用に当たるとの判断を示しました。この点は最高裁の判断対象とはなっていませんが、役員の責任追及を行う場合には、特定の役員のみを対象とすることの合理性について慎重に検討する必要があることを示唆しています。企業が役員に対する責任追及を検討する場面では、対象とする役員の範囲や責任追及の方法について、事前に専門家に相談することが望ましいと考えられます。

本判決は、会計限定監査役の監査の在り方を見直す契機となるものです。自社の監査体制や内部統制について懸念がある場合には、早めに専門家にご相談されることをお勧めします。


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