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労働条件通知書の虚偽記載による助成金の不正受給と全額返還義務(東京地裁令和元年11月7日判決)

雇用関係助成金は、障害者や高齢者等の就職困難者を雇い入れた事業主を支援する制度です。しかし、申請書類に事実と異なる記載をして助成金を受給した場合、支給決定が取り消され、受給額の全額を返還しなければならないことがあります。

今回のコラムでは、就労継続支援A型事業所を運営するNPO法人が、労働条件通知書の雇用期間に関する記載を事実と異なる内容に書き換えて助成金を申請・受給したことについて、「偽りその他不正の行為」による不正受給に該当するとして、助成金全額(約1,409万円)の返還義務が認められた東京地方裁判所令和元年11月7日判決を紹介します。

雇用関係助成金を活用している企業・法人の担当者の方にとって、申請手続における留意点を確認する上で、実務上、参考となる裁判例です。

事案の概要

被告は、岡山県から就労継続支援A型事業所の指定を受け、障害者等の就職困難者を雇用して農業・食品製造加工等に従事させていたNPO法人です。

被告は、14名の障害者及び1名の高齢者(合計15名)を雇用したことに関し、岡山労働局長に対して特定就職困難者雇用開発助成金(以下「特困金」といいます。)及び高年齢者雇用開発特別奨励金(以下「高奨金」といいます。)の支給申請を行い、合計1,408万6,230円の助成金の支給を受けました。

ところが、その後の実地調査により、被告が対象労働者に実際に交付していた労働条件通知書には「期間の定めあり」と記載されていたにもかかわらず、岡山労働局長に対する支給申請にあたっては、「期間の定めなし」と記載した別の労働条件通知書を作成・提出していたことが判明しました。

これを受けて、岡山労働局長は、被告が事実と異なる内容の労働条件通知書を偽造して助成金を受給したことを理由に、支給決定の全部を取り消し、助成金全額の返還を求めました。

本件は、国(原告)が、被告に対し、支給決定の取消しによる原状回復請求等として助成金全額の返還等を求めた事案です。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①被告による助成金の支給申請が、特困金の支給要件である「雇用継続性要件1」(対象労働者を支給終了後も引き続き相当期間雇用することが確実であること)を充足していたか
争点②被告による助成金の支給申請が、高奨金の支給要件である「雇用継続性要件2」(対象労働者を1年以上継続して雇用することが確実であること)を充足していたか
争点③被告の行為が「偽りその他不正の行為によって助成金の支給を受けた場合」(不正受給)に該当するか
争点④国が被告に助成金全額の返還を求めることが信義則に反するか

被告は、労働条件通知書の記載を書き換えたのは岡山労働局の担当職員の指導によるものであること、また、実際の雇用は対象労働者が希望すれば更新する運用であり実質的に無期雇用と同様であったことなどを主張しました。

裁判所の判断

1. 雇用継続性要件1の充足性について(争点①)

裁判所は、雇用継続性要件1を充足するためには、契約締結時において、その契約が相当期間にわたり継続すると確実に見込まれることが客観的に明らかであることを要すると判示しました。

「雇用継続性要件1にいう特困金の支給終了後も引き続き相当期間雇用することが確実であるといえるためには、事業主と対象労働者との間で締結される雇用契約が、無期雇用である場合や、有期雇用については、契約更新の回数に制限がなく、対象労働者が希望すれば契約が更新される場合など、契約締結時において、その契約が相当期間にわたり継続すると確実に見込まれることが客観的に明らかであることを要するものというべきである。したがって、単に相当期間にわたり契約が更新される可能性があるというだけでは、雇用継続性要件1を満たすものとはいえない。」

(1)労働条件通知書の記載内容

被告が対象労働者に実際に交付した労働条件通知書には、以下の記載がありました。

項目記載内容
契約期間「就労継続支援A型事業所利用契約書に基づいた期間の定めあり」(概ね半年間)
契約更新の有無「雇用契約の更新は、A型事業利用契約書(第3条、17条及び19条)の内容、進捗状況を参考にしながら、その都度、判断することとします。」

「これらの内容を参考にして、雇用契約の更新をその都度判断するとの本件更新条項1を通常人が読めば、当該雇用契約の更新の有無は、主としてA型事業利用契約の更新の有無(障害者支援法に基づく訓練等給付費の支給が決定されるか否か)にかかっているものと理解される。」

(2)雇用の実態

裁判所は、被告における雇用の実態として、以下の事実を認定しました。

対象労働者経緯
C8(重度知的障害者)高次脳機能障害による障害特性を有していたが、被告は障害特性を的確に認識しないまま雇い入れた。育児休業からの復帰にあたり、C8の障害特性に照らして理解・遵守が困難なルールの遵守を求め、復帰初日に退職を促した。
C12(重度知的障害者)雇入れから約1年後、「調理ができるのであればA型に残れるが、できないのであればB型事業所に移ってほしい」と言われ退職した。
C9(知的障害者)雇入れから約1年後、「B型事業所で働いてもらえないか」と言われ退職した。

「被告における雇用契約の更新に関する実際の運用は、被告にとって扱いにくいと考える対象労働者や、被告から見て有用な作業能力を有しないと考える対象労働者については、雇用契約関係から離脱させるというものであったと推認される。」

2. 雇用継続性要件2の充足性について(争点②)

高奨金の対象労働者に交付された労働条件通知書には、以下の記載がありました。

項目記載内容
契約期間「期間の定めあり」(いずれも1年未満)
契約更新の有無「雇用契約は、次の内容を判断しながら更新することがある」(考慮要素:出勤状況、態度等勤務への取組み姿勢、知識・技能等の習得状況、契約期間満了時点の経営状況等)

裁判所は、これらの記載からは、契約締結時において契約が1年以上継続すると確実に見込まれることが客観的に明らかであるとはいえないとして、雇用継続性要件2も充足しないと判断しました。

3. 不正受給該当性について(争点③)

裁判所は、被告の行為が不正受給に該当すると判断しました。裁判所は、助成金の支給をめぐる法律関係について、事業主による支給申請(申込み)と行政主体による支給決定(承諾)により成立する贈与契約の性質を有するものと整理した上で、支給要領の取消条項は贈与契約の約定解除に係る要件及び手続を定めたものであると判示しました。

「雇用助成金の支給をめぐる法律関係が、事業主による申込(支給申請)と行政主体による承諾(支給決定)により成立する贈与契約の性質を有するものであることを前提に、具体的な支給要件等や支給の手続等に関しては、別途通達等で定めることを予定したものと解される。」

「本件特困金については、本件特困金対象労働者に対して本件期間制限条項や本件更新条項1が記載された本件交付済通知書1を交付していながら、岡山労働局長に対して本件申請書1及び2を提出するに当たって、これとは別に作成した本件提出通知書1及び2に『期間の定めなし』と記載して提出するなどして、雇用継続性要件1を充足しているかのような偽りの証明を行い(中略)、故意に偽りの証明を行うことにより、本来受けることのできない本件助成金を受けたものであり、本件取消条項に定める『偽りその他不正の行為によって助成金の支給を受けた場合』に該当するものというべきである。」

4. 信義則違反の主張について(争点④)

被告は、岡山労働局の担当職員が事実と異なる労働条件通知書の提出を指示・誘導したとして、助成金全額の返還を求めることは信義則に反すると主張しました。

しかし、裁判所は、担当職員の対応は申請書類の記載の矛盾について正しい記載がいずれであるかを確認する趣旨であったと認定し、この主張を退けました。

「C7において、事実と異なることを知りながら、被告に対し無期雇用の記載をするよう指示ないし誘導する根拠は、およそ見出し難い。」

5. 結論

裁判所は、国の請求を全面的に認容し、被告に対して助成金全額(1,408万6,230円)の返還及び各支給日の翌日からの年5分の割合による利息の支払を命じました。

コメント

1. 本判決の意義

本判決は、雇用関係助成金の申請において、対象労働者に実際に交付した労働条件通知書と異なる内容の書類を作成・提出して助成金を受給することが、「偽りその他不正の行為」による不正受給に該当し、助成金全額の返還義務が生じることを明らかにしたものです。

助成金をめぐる訴訟では、支給を受けられなかった事業主が不支給決定を争う例が多く見られます。

これに対し、本判決は、いったん支給された助成金について、事後的に支給要件を満たしていなかったことが発覚したため、支給をした側(国)が支給決定を取り消し、返還を求めたという事案です。

事業主にとっては、助成金を受給した後であっても、申請内容に問題があれば取消し・全額返還を求められるリスクがあることを示しており、実務上の警鐘となるものです。

また、本判決は、雇用継続性要件の充足性について、契約書類の記載内容だけでなく、実際の雇用の運用実態にも踏み込んで審査・判断している点にも注目すべきです。

契約書類上は更新の可能性が記載されていても、実態として事業主の判断で対象労働者を離脱させるような運用がなされていれば、雇用継続性要件は充足しないと判断されます。

2. 不正受給のリスク

助成金の不正受給が認められた場合、事業主は以下のリスクを負います。

措置内容
助成金の全額返還受給した助成金の全額を返還(本件では約1,409万円)
利息の支払返還額に対する受給日翌日からの利息(年5分)の支払
3年間の助成金不支給不正受給の決定日から3年間、当該事業所について雇用関係助成金の支給が停止
事業主名等の公表不正受給を行った事業主の名称等が公表される

厚生労働省は、「雇用関係助成金に共通の支給要領(共通要領)」において、不正受給を行った事業主に対する上記措置を明示しています(厚生労働省「雇用関係助成金の申請にあたって」参照)。

3. 企業等に求められる対応

本判決を踏まえ、雇用関係助成金を活用する企業・法人においては、以下の点に留意することが求められます。

(1)申請書類と実態の整合性の確保

助成金の申請にあたっては、申請書に添付する労働条件通知書等の記載内容が、対象労働者に実際に交付した書類及び雇用の実態と一致していることを確認する必要があります。本判決が示すとおり、「申請用」の書類を別途作成することは不正受給に該当します。

(2)支給要件の正確な理解

特困金の雇用継続性要件については、有期雇用であっても、契約更新の回数に制限がなく、労働者が希望すれば全員の契約更新が可能である場合など、実質的に無期雇用と同等と判断される場合に限って充足するとされています。助成金の支給は、政策目的の実現のための公益的な性格を有しており、支給要領が定める要件を満たせば一律に支給することが予定されているものです。このため、支給要件を正確に理解し、要件を満たさない場合には申請を行わないことが重要です。

(3)社会保険労務士等の外部専門家への委託時の注意

本件では、助成金の申請事務を社会保険労務士に委託していたところ、当該社会保険労務士の指導のもとで虚偽の労働条件通知書が作成されたとされています。

しかし、裁判所は、外部専門家に委託していたことをもって事業主の責任が免除されるとは判断していません。近時、助成金申請を専門家を自称するコンサルタントも増えておりますが、そういったコンサルタントが必ずしも助成金申請に精通しているわけではない点に留意する必要があります。

助成金の申請を外部専門家に委託する場合であっても、事業主自身が申請内容の正確性を確認する体制を整備することが重要です。

(4)内部管理体制の整備

助成金の申請に関与する役職員に対して、不正受給のリスクや正しい申請手続について周知・教育を行い、申請書類の作成・提出にあたってのチェック体制を構築することが望まれます。厚生労働省は、助成金の不正受給防止対策を強化しており、実地調査の実施など事後的な検証も行われています。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。