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大学教授の就労請求権と大学の債務不履行(東京高裁令和4年10月24日判決:人事担当者のための労働法)

労働契約において、労務の提供は労働者の義務であり、使用者は、原則として労働者を就労させる義務を負わないと解されています。しかし、一定の場合には、労働者に就労請求権が認められ、使用者が労働者を就労させないことが債務不履行に該当するとされることがあります。

今回のコラムでは、大学が教授に授業を担当させなかったことが債務不履行に当たるとして、大学に対し慰謝料の支払を命じた東京高裁令和4年10月24日判決をご紹介します。

本判決は、労働者の就労請求権が認められる場合について具体的な判断を示した裁判例として、実務上参考となるものです。

事案の概要

本件は、学校法人Xが設置するA大学の心理学部教授Yが、学校法人Xに対し、以下の2つの請求を行った事案です。

Yは、以前の紛争を経て学校法人Xとの間で裁判上の和解(以下「本件和解」といいます。)を成立させ、新たな労働契約(以下「本件契約」といいます。)を締結しました。本件契約では、Yの授業時間は「週4コマ(1コマ90分授業)」と定められていました。

しかし、学校法人Xは、本件和解成立後、Yに授業を一切担当させませんでした。

そこで、Yは、以下の2つの請求を行いました。

請求内容
請求①学校法人Xが週4コマ以上の授業を担当させる義務があるにもかかわらず、Yに授業を担当させなかったことが債務不履行に該当するとして、慰謝料等220万円の支払を求めた。
請求②学校法人Xが設置するハラスメント防止・対策専門部会(以下「本件部会」といいます。)が、Yの相談を長期間放置した上、審議不能として何らの改善策も講じなかったことが安全配慮義務違反に該当するとして、慰謝料等110万円の支払を求めた。

原審(第一審)は、請求①について慰謝料100万円を、請求②について慰謝料5万円及び弁護士費用1万円を認容しました。学校法人Xが控訴しましたが、東京高裁は、以下のとおり、控訴を棄却し、原審の判断を維持しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①学校法人Xは、Yに対し、授業を担当させる具体的義務を負うか(就労請求権の有無)
争点②学校法人Xには、Yに授業を担当させない正当な理由があるか
争点③慰謝料の額は相当か
争点④本件部会の回答遅延について、学校法人Xに慰謝料等の支払義務が発生するか

裁判所の判断

争点①:就労請求権の有無

裁判所は、原則として、使用者は労働者を就労させる義務を負わないとしつつも、本件では、大学教員が行う講義等の特質を考慮する必要があるとしました。

その上で、以下の事情を総合考慮し、学校法人XがYに対し少なくとも週4コマ(1コマ90分)の授業を担当させる具体的義務を負っていたと判断しました。

考慮事情
Yが先行訴訟において、心理学部専任教授として週4コマの授業を行う権利の確認等を求め、本件和解が成立したこと
本件和解条項において、雇用契約の内容を本件契約のとおりとすることが定められたこと
本件契約8条1項において、「授業時間は週4コマ(1コマ90分授業)」と具体的な担当授業数や授業時間が明記されていたこと

裁判所は、次のように判示しています。

「控訴人が主張する分類に従えば、本件は、労働者の就労請求権が認められる例外的な場合のうち、①個別的・具体的な特別の合意が存在する場合又は②雇用契約等に特別の定めがある場合に該当するということができる」

なお、学校法人Xは、キャンパス、学部及び担当科目が特定されていないから具体的義務は生じないと主張しましたが、裁判所は、以下のとおり判示して、この主張を退けました。

「本件契約は、7条において、被控訴人の勤務場所は、Bキャンパスとする旨を定めているから、授業を担当するキャンパスがBキャンパスであることは契約上特定されている。」

「学部及び担当する授業の科目の決定については、控訴人に裁量があるものと認められる。しかし、そのことをもって、本件契約8条1項により、控訴人が、被控訴人に対し、週4コマ(1コマ90分)の授業を担当させるという限度で具体的な義務を負っていたと認定する妨げとなるものではない。」

争点②:授業を担当させない正当な理由の有無

学校法人Xは、Yが本件和解条項に違反してホームページに紛争に関する記載を掲載したこと(以下「本件掲載行為」といいます。)や、Yに学生に対するハラスメント行為のおそれがあったことを理由に、授業を担当させないことには正当な理由があると主張しました。

裁判所は、いずれの主張も認めませんでした。

本件掲載行為について

裁判所は、本件契約に基づく学校法人Xの義務と本件和解条項に基づくYの義務は対価的関連性を有しないとした上で、信義則違反の主張についても、次のとおり判示して排斥しました。

「本件和解が成立し、控訴人と被控訴人との間の紛争が終息した直後に、Z総長が別件名誉毀損訴訟を提起したことを受けて本件掲載行為がされたものであることなど、本件掲載行為がされるに至った経緯等をも考慮すると、本件和解条項8条に違反した被控訴人が、控訴人に対し、本件契約に基づく授業を担当させる義務の履行を求めることが信義則に違反するとまでは認められない。」

ハラスメントのおそれについて

裁判所は、次のとおり判示して、学校法人Xの主張を退けました。

「本件和解前に存在し、かつ、控訴人も知悉していた事情を理由に本件和解に基づく義務の履行を拒むことが許されない」

「被控訴人が本件和解成立後に控訴人やZ総長に対する批判的な言動を繰り返しているとしても、それが学生に対するハラスメント行為につながるおそれがあることを認めるに足りる証拠もない。」

争点③:慰謝料の額

裁判所は、100万円の慰謝料額が高額に過ぎるとはいえないとして、学校法人Xの主張を退けました。

争点④:本件部会の回答遅延

裁判所は、本件部会が審議不能との結論を出した場合、学校法人Xは遅滞なくその旨をYに通知すべきであったにもかかわらず、結論を出してから8か月余りにわたり回答をしなかったことについて合理的な理由はなく、当該不作為は債務不履行を構成すると判断しました。

コメント

本判決の意義

労働者が使用者に対して就労を求める権利(就労請求権)を有するかという問題については、原則として否定しつつ、特段の事情がある場合にのみ例外的に認めるという見解が通説とされています。

下級審裁判例も、この通説の立場に立つものと理解されています(東京高決昭33.8.2労民集9巻5号831頁〔読売新聞社事件〕、東京地判平9.2.4労判712号12頁〔日本自転車振興会事件〕)。

本判決は、こうした通説及び下級審裁判例の枠組みを前提としつつ、①個別的・具体的な特別の合意が存在する場合又は②雇用契約等に特別の定めがある場合に該当するとして、例外的に就労請求権を認めた事例です。

すなわち、本判決は、従来の法的枠組みを維持した上で、契約の経緯や内容に照らして具体的義務を肯定したものであり、就労請求権に関する判断枠組みを変更するものではありません。この点を正確に理解することが、本判決の射程を見極める上で重要です。

また、本判決の背景には、大学教員が行う講義等の特殊性があります。本判決が引用して是認した原審(東京地判令4.4.7)は、次のとおり判示しています。

「大学の教員が講義等において学生に教授する行為は、労務提供義務の履行にとどまらず、自らの研究成果を発表し、学生との意見交換等を通じて学問研究を深化・発展させるものであって、当該教員の権利としての側面を有する。」

大学教員の講義等が持つこのような性質が、就労請求権を肯定する方向に作用する一つの要素となったものと考えられます。

さらに、本判決は、担当科目等の詳細が契約上特定されていなくとも、授業のコマ数や時間が契約に明記されていれば、その限度で使用者に就労させる具体的義務が認められるとしました。この点は、業務内容の一部に使用者の裁量が残る場合であっても、契約上一定の業務量が明記されていれば就労請求権が認められ得ることを示唆するものと評価することもできます。

企業等に求められる対応

本判決を踏まえると、企業や大学等の使用者には、以下の点に留意することが有益といえます。

1. 労働契約・和解条項の文言の精査

労働契約や和解において、業務内容や業務量に関する具体的な記載を設ける場合には、それが就労請求権の根拠となり得ることを認識した上で、文言を慎重に検討する必要があります。特に、紛争解決に伴う和解においては、合意内容が将来の義務の範囲を画定する重要な基準となるため、条項の設計には十分な注意が求められます。

2. 就労拒否の正当な理由の確保

本判決は、和解条項違反やハラスメントのおそれといった事情があっても、それだけでは就労を拒否する正当な理由とは認められないことを示しています。

労働者に対し業務を担当させない判断を行う場合には、その理由が客観的かつ合理的なものであるか、事前に十分な検討と証拠の確保を行うことが重要です。

3. ハラスメント相談への迅速な対応

本判決では、ハラスメント相談に対する8か月余りの回答遅延が債務不履行と認定されました。規程上の回答期限の有無にかかわらず、相談に対しては合理的な期間内に回答を行う体制を整備することが求められます。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。