上場会社の主要株主(議決権の10%以上を保有する株主)が、信用取引で買い建てた株式を6か月以内に売却した場合、金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)164条1項に基づき、その利益を上場会社に返還しなければなりません。これは「短期売買利益の返還制度」と呼ばれる制度です。
制度の概要について、関東財務局「役員及び主要株主の売買報告制度と短期売買利益の提供制度について」をご参照ください。
本コラムで取り上げる東京地裁令和5年12月6日判決は、主要株主が信用取引で買い建てた株式について、クロス取引(信用取引の返済売りと同時に同一数量・同一価格で現物買いを行う取引)を行った場合に、金商法164条1項が適用されるかが正面から争われた事案です。裁判所は、約19億4,342万円の短期売買利益の返還を命じました。
上記東京地裁判決は、クロス取引の金商法164条1項における取扱いについて裁判所の判断を示した裁判例として、上場会社の主要株主による株式取引の実務に影響を及ぼすものといえます。
以下、本判決の内容について、概要をご紹介いたします。
事案の概要
原告は、東京証券取引所に上場する印刷関連機器等の製造販売を行う株式会社です。被告は、訴外アジア開発キャピタル株式会社の完全子会社であり、投資事業を担当する株式会社です。
事実の経過は、以下のとおりです。
| 時期 | 事実 |
|---|---|
| 令和3年7月13日〜同月20日 | 被告は、アジア開発キャピタルと共同で、原告の経営権の取得を目的として、信用取引により原告株式162万100株を買い付けた(以下「本件買付け」といいます。)。被告は、同月21日までに原告の発行済株式総数の約32.72%を取得し、原告の主要株主となった。 |
| 同年7月26日 | 日本証券金融株式会社は、原告株式について貸借取引の申込停止措置を実施した。これにより、被告は、信用取引で買い建てた原告株式について「現引き」(証券会社からの借入金を返済して現物株式を取得する方法)ができない状態となった。 |
| 同年8月6日 | 原告は、被告らによる株式の買い集めに対抗するため、いわゆる有事導入型買収防衛策を導入した。 |
| 同年8月30日 | 原告は、買収防衛策に基づく対抗措置の発動について株主の意思を確認するための臨時株主総会(以下「本件株主意思確認総会」といいます。)の開催を決定し、基準日を同年9月14日とした。 |
| 同年9月6日 | 被告は、信用取引で買い建てていた原告株式162万100株を売却し(以下「本件売付け」といいます。)、同時に同一数量の原告株式を同一金額で現物取引により買い付けた(以下「本件現物買い」といいます。また、両取引を併せて「本件クロス取引」といいます。)。 |
| 令和4年3月24日 | 関東財務局長は、被告に対し、本件売付けにより19億4,342万3,161円の短期売買利益を得ていると認められる旨の利益関係書類の写しを送付した。 |
| 同年5月16日 | 原告は、被告に対し、金商法164条1項に基づき、上記短期売買利益の返還を請求した。 |
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件売付けが金商法164条1項の「売付け等」に当たるか |
| 争点② | 被告が本件売付けにより「利益を得た」といえるか |
| 争点③ | 本件売付けが類型的適用除外取引に当たるか |
| 争点④ | 短期売買利益の額 |
被告の主張の骨子は、本件売付けと本件現物買いは一体としてクロス取引を構成するものであり、(i) クロス取引の前後で持株数に変化がないため「売付け等」に当たらない、(ii) 利益を得ていない、(iii) 仮に「売付け等」に当たるとしても、クロス取引は投資ポジションを変化させないため、最高裁平成14年2月13日大法廷判決(民集56巻2号331頁。以下「平成14年最判」といいます。)が判示する「類型的適用除外取引」に当たる、というものでした。
裁判所の判断
争点①(「売付け等」該当性)について
裁判所は、本件売付けは金商法164条1項の「売付け等」に当たると判断しました。裁判所は、本件売付けと本件現物買いは法的には別個の取引であるとした上で、以下のとおり判示しました。
「本件売付けと本件現物買いとは、法的には別個の取引であって、独立した二つの取引が同時に行われたに過ぎないから、本件売付けが金商法164条1項にいう『売付け等』に該当するか否かも個別に判断すべき事項である。そして、本件売付けは、金銭を対価として原告株式の所有権を移転させる取引であるから、同項にいう『売付け等』に当たるというべきである。」
争点②(「利益を得た」該当性)について
裁判所は、被告は本件売付けにより「利益を得た」と判断しました。裁判所は、短期売買利益の算定方法は金商法164条9項及び取引規制府令34条により定められており、被告の主張はこれと異なる独自の算定方法に基づくものであるとして、以下のとおり判示しました。
「被告の上記主張は、本件売付けと本件現物買いとを組み合わせて、利益がない旨を主張するものであるが、内閣府令34条が定める算定方法とは異なる独自の算定方法に基づくものであり、採用することができない。」
争点③(類型的適用除外取引該当性)について
本件において、裁判所の判断の中心となった争点です。裁判所は、以下の事情を「類型的な取引態様」として考慮した上で、本件売付けは類型的適用除外取引に当たらないと判断しました。
| 事情 | 内容 | 裁判所の評価 |
|---|---|---|
| 本件取引態様① | 本件売付けは、信用取引により取得した買い建玉を売却し、同一日時に同一内容・同一枚数の株式を同一金額で現物取引により買い付けたクロス取引を構成するものであること | 考慮する(ただし、これのみでは適用除外とならない) |
| 本件取引態様② | 証券金融会社における貸借取引の申込停止措置の実施により現引きが選択不可能であったこと | 客観的事情として考慮する(ただし、これを加味しても適用除外とならない) |
| 「現物株化の手段・方法」との主張 | 被告が、本件売付けは買い建玉を「現物株化する手段・方法として」行われたと主張した点 | 取引を行った者の動機・目的にかかわる事情であり、類型化になじまないため、取引態様として考慮するのは相当でない |
裁判所は、本件取引態様①について、以下の理由から、クロス取引であっても投資判断を伴い、内部情報の不正利用の余地があると判断しました。
「信用買いをした投資者は、借入金の利息を負担し、配当請求権や議決権などの株主権を行使することができないという状態にあるが、信用買いの決済を現引きにより行うと、証券会社に対する借入金の金利の負担を免れるのであり、現物株式を取得したことにより株主権の行使が可能となるという意味において、投資ポジションは異なっている。この場合、どのタイミングで自己資金を拠出して、株主権を取得するとともに金利負担から免れるかという形で投資判断を行っているのであり、そのために内部情報を不当に利用する余地はあるというべきであるが、この点はクロス取引により信用買い決済をした場合でも異ならない。」
「本件取引態様①のような事情が認められる取引であっても、制度信用取引により取得した買い建玉を売り付けることにより一旦は売却益を得ているのであり、制度信用取引により買い建てていた株式を売却することにより利益を確定するとともに、これと同一日時に同一内容・同一枚数の株式を上記売却代金と同一金額で現物取引により買い付けることで再投資を行うという点で投資判断を伴うものである。」
さらに、裁判所は、被告の「キャピタルゲインがない場合には内部情報を不当利用する余地がない」との主張について、以下のとおり退けました。
「被告が主張するようにキャピタルゲインがない場合には内部情報を不当利用する余地がないと解する場合、およそあらゆるクロス取引は類型的適用除外取引として金商法164条1項の適用を受けないこととなるが、一般的にクロス取引は、保有株式の含み益の実現や節税対策などの目的で行われるものであって投資判断を含むものであり、かかる投資判断において秘密の不当利用のおそれがあることは否定し難い。」
本件取引態様②についても、裁判所は、以下のとおり判示し、非任意性を否定しました。
「本件取引態様を構成する制度信用取引における株式の信用売りと現物取引における株式の現物買いはいずれも法的に強制されたものでなく、飽くまでも自己の経営目的のために専ら行為者の意思で行ったものであるから、非任意の取引であるということはできない。」
争点④(短期売買利益の額)について
裁判所は、被告が原告の主要株主となった時期について、被告自身が金商法163条1項に基づき提出した報告書に基づく認定がなされるべきであるとし、短期売買利益は19億4,342万3,161円であると認定しました。
結論
以上の判断から、裁判所は、原告の請求を全部認容し、被告に対し、19億4,342万3,161円及び遅延損害金の支払を命じました。
コメント
1. 本判決の意義
平成14年最判は、金商法164条1項(当時は証券取引法164条1項)の適用が除外される範囲について、内閣府令で定められた場合に限られず、「類型的にみて取引の態様自体から秘密を不当に利用することが認められない場合」にも同項は適用されないとの解釈を示しました。
もっとも、同最高裁判決以降、具体的にいかなる取引がこの「類型的適用除外取引」に該当するかについて判断した裁判例は見当たらず、とりわけ、キャピタルゲインの発生しないクロス取引が類型的適用除外取引に当たるかという問題は、裁判所の判断が示されていない状況にありました。
本判決は、平成14年最判が示した類型的適用除外取引の判断枠組みについて、同最判以降初めて具体的なあてはめを行った裁判例です。本判決は、
①クロス取引であっても信用取引の決済前後で投資ポジションが異なること、②投資判断を伴い内部情報の不正利用の余地があること、③貸借取引の申込停止措置により現引きができなかったとしても取引自体は法的に強制されたものではないこと
を理由に、類型的適用除外取引への該当を否定し、金商法164条1項の適用を肯定しました。
2. 考慮事情の選別に関する判断
本判決において注目されるのは、類型的適用除外取引の判断に際して考慮すべき事情の範囲について、裁判所が一定の枠組みを示した点です。
裁判所は、「現物株化の手段・方法として」クロス取引を行ったという事情は、取引を行った者の動機・目的にかかわる事情であり類型化になじまないとして、取引態様としての考慮を否定しました。
他方で、貸借取引の申込停止措置が実施されていたという客観的事情は、金商法164条8項が「買付け等又は売付け等の態様その他の事情を勘案」すると規定していることを根拠に、考慮を認めました。
すなわち、類型的適用除外取引に当たるかを判断するにあたっては、客観的かつ類型的に認定可能な事情は考慮されうるものの、取引の動機や目的といった主観的事情は考慮されないという整理がなされています。実務上、取引の適法性を事前に評価する際にも、この区別は参考になるものと考えられます。
3. 非任意性の判断について
本判決は、本件クロス取引について、「法的に強制されたものでなく、飽くまでも自己の経営目的のために専ら行為者の意思で行ったものである」として、非任意の取引には当たらないと判断しました。
取引の非任意性が認められる場合の具体例としては、独占禁止法上の株式保有制限に違反したとして公正取引委員会から是正措置を命じられ、これに従って株式を売却した場合などが挙げられています(杉原則彦・最判解説民事篇平成14年度(上)184〜203頁)。本判決が非任意性を否定するにあたり、取引が「法的に強制されたものでない」ことを根拠の一つとしたのは、このような理解を踏まえたものと考えられます。
もっとも、本件のように現引きができず、6か月以内に反対取引を行わざるを得ない状況が生じた場合に、そのような経済的な強制が取引を非任意のものとするかについては、学説上、なお検討の余地があるとの指摘もなされていました(黒沼悦郎「短期売買差益の返還規定の合憲性―最高裁大法廷判決を契機として」ジュリ1228号6〜17頁)。
本判決は、経済的に選択肢が制約されていた状況下であっても、法的強制がない以上、非任意の取引とは認められないとの立場を示したものといえ、今後、非任意性の判断基準を検討するにあたり参考となる判断です。
4. 企業に求められる対応
本判決を踏まえると、上場会社及びその主要株主には、以下の点に留意することが有益といえます。
(1)主要株主の立場
主要株主が信用取引により上場会社の株式を取得した場合、6か月以内のクロス取引による決済であっても、金商法164条1項の適用対象となりうることを認識する必要があります。本判決が示すとおり、「投資ポジションに変化がない」という理由のみでは、同条項の適用は回避できません。また、現引きができない状況下でクロス取引を行う場合であっても、それが法的に強制された取引でない限り、短期売買利益の返還義務が生じうることに留意が必要です。主要株主が信用取引を利用する際は、金商法164条1項の適用リスクを事前に十分検討した上で、取引の時期や方法を慎重に判断すべきといえます。
(2)上場会社の立場
金商法164条1項に基づく短期売買利益の返還請求は、上場会社に認められた権利です。上場会社としては、主要株主の売買報告書の内容を確認し、短期売買利益が生じている場合には、返還請求の要否を適時に検討することが重要です。なお、金融庁は、役員及び主要株主の売買報告制度について情報を公表しています(金融庁「売買報告制度について」(https://www.fsa.go.jp/common/shinsei/baibaihoukoku/index.html)及び同FAQ(https://www.fsa.go.jp/common/shinsei/baibaihoukoku/faq.html)をご参照ください)。
本判決は、クロス取引を含む信用取引の決済方法について、金商法164条1項の適用範囲に関する裁判所の考え方を具体的に示したものです。主要株主による株式取引のあり方や、上場会社としての対応方針を検討される際には、本判決の射程を踏まえた個別の法的検討が重要となります。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

