はじめに
スポーツ競技団体は、選手やジムに対するライセンスの付与・更新を通じて、競技への参加を管理しています。しかし、そのライセンスに関する処分が違法と評価された場合、団体やその役員は、選手らに対して損害賠償責任を負うことがあります。
今回のコラムでは、プロボクシングの試合をめぐるルール適用の混乱を発端として、競技団体がジム関係者のライセンス更新を不許可としたことの違法性が争われた東京高裁令和4年2月24日判決(以下「本判決」といいます。)について解説します。
本判決は、スポーツ団体のガバナンスや、団体が行う処分の適正手続のあり方について示唆を与える裁判例です。また、本判決は、団体内部の処分の直接の名宛人ではない第三者(選手ら)に対しても、団体及びその役員が不法行為に基づく損害賠償責任を負い得ることを認めた点で、先例的な意義を有しています。
スポーツ団体の運営に携わる企業・団体の担当者にとって示唆に富む内容となっています。
事案の概要
当事者
| 当事者 | 名称・立場 |
|---|---|
| 原告側 | |
| X1 | 元プロボクサー |
| X2 | 元プロボクサー |
| X3 | 現役プロボクサー |
| 原告会社 | 原告3選手(X1・X2・X3)のプロボクシングの試合を興行する会社 |
| 被告側 | |
| JBC | 一般財団法人日本ボクシングコミッション |
| Y1 | JBC理事長・資格審査委員会兼倫理委員会(本件委員会)委員長 |
| Y2 | JBC事務局長代行・本件委員会委員 |
| Y9 | JBC事務局長・JBC理事 |
※ X1・X2・X3を併せて「原告3選手」といいます。
事実関係
平成25年(2013年)、X2が保持するIBF世界スーパーフライ級王座をかけた統一戦(以下「本件試合」といいます。)が行われました。本件試合の前日に、対戦相手であるCが計量に失格し、WBA王座を剥奪されたことから、X2が敗れた場合のIBF王座の帰趨が問題となりました。
本件試合に先立って行われたルールミーティング(以下「本件ルールミーティング」といいます。)において、IBFスーパーバイザー(D)は、保持説が明記されたIBFルールブックを両陣営に配布した上で、本件試合にはIBFルールが適用されること、及びX2が負けた場合でもIBF王座を保持すること(保持説)を説明しました。ルールミーティングの出席者は、Y9を含め、IBFルールブックの署名欄に署名しました。なお、本件ルールミーティングは全て英語で行われましたが、JBC側は通訳を同行していませんでした。
ところが、ルールミーティング直後の記者会見において、Dが、X2が負けた場合にはIBF王座が空位になる旨の発言(空位説)をしたことから、混乱が生じました。Y9も、記者会見においてX2が負けた場合には王座が空位になる旨の発言をしました。報道各社は、空位説を前提とする報道を行いました。
本件試合においてX2が判定負けとなると、本件試合の直後、JBCの公式リングアナウンサーは空位説を前提とするアナウンスを行いました。一方、別のリングアナウンサーは保持説を前提とする英語のアナウンスを行いました。その直後、Bは、Dとともに記者会見を開き、Dは前日の空位説の発言を撤回して謝罪し、正しくは保持説である旨説明しました(以下「本件訂正記者会見」といいます。)。
本件試合のIBF王座の帰趨をめぐる混乱は、メディアにおいて大きく報道され、JBCに対する批判的な報道が相次ぎました。
この混乱を背景として、JBCは、倫理委員会と資格審査委員会を統合した委員会(以下「本件委員会」といいます。)を設置し、Aらに対する調査を開始しました。本件委員会は、平成26年(2014年)2月7日、Aのクラブオーナーライセンス・プロモーターライセンス及びBのマネージャーライセンスの平成26年度への更新を不許可とする処分(以下「本件処分」といいます。)を行いました。
本件処分の具体的な理由は、以下のとおりです。
| 対象者 | 処分理由 |
|---|---|
| B(マネージャー) | |
| 理由1 | X2にとって利害関係が大きいIBF王座の帰趨について無関心であったこと(試合ルール34条違反) |
| 理由2 | マスコミ対策ありきで安易に記者の取材の機会を設け、「ルールミーティングにおいてX2が敗れても王座を維持する旨の説明を受けた」などと報道がされたことにより混乱を生じさせ、JBCの信用毀損を招いたこと(懲罰規程3条2号違反) |
| A(クラブオーナー・プロモーター) | |
| 理由1 | 本件試合についてほとんどライセンス保持者としての実務に携わっていなかったこと |
| 理由2 | Bに対する監督責任を尽くさなかったこと |
| 理由3 | Bが報道関係者の取材に応じているのを制止せずにJBCの損害の発生に寄与したこと |
| 理由4 | 本件試合に関する報道に一切接しなかったこと |
本件処分の結果、原告3選手は日本国内でプロボクシングの試合を行うことができなくなりました。
本件処分後の経緯
原告3選手は、本件処分後、ボクサーライセンスの回復に向けて複数の方策を試みましたが、いずれも奏功しませんでした。
| 時期 | 原告側の対応 | 結果 |
|---|---|---|
| 平成26年2月 | Aらが再審議を請求 | 同年4月に棄却 |
| 平成26年4月・6月 | X1がY1を訪問し、ライセンス取得の方策を相談 | Y1は、Aらが本件処分を受け入れて謝罪することがライセンス取得の条件であると回答 |
| 平成26年5月 | X1が東日本ボクシング協会に、新会長(H)によるジムの新規加盟を申請 | 東日本ボクシング協会が却下。JBCも「弁護士を通じてやっていることを取り下げて謝罪しなければならない」と回答 |
| 平成26年7月 | X1がJBCに対し他ジム(cジム)への移籍を申請 | JBCが却下(会長の体調・管理能力を理由とする。) |
| 平成26年12月 | AらがJBCを被告とする別件訴訟を提起 | 平成29年7月に訴訟上の和解が成立し、Aらのライセンスが付与された |
原告らは、本件処分が違法であるとして、JBC及びその役員らに対し、不法行為又は一般社団法人及び一般財団法人に関する法律に基づく理事の第三者に対する責任として、損害賠償を求めました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件試合におけるIBF王座の得喪に関して、保持説と空位説のいずれが採用されたか |
| 争点② | JBCによる本件処分(ライセンス更新の不許可)の違法性 |
| 争点③ | JBC役員ら(Y1・Y2・Y9)の個人責任の有無 |
| 争点④ | 本件処分と相当因果関係のある損害の範囲及び損害額 |
裁判所の判断
争点①(保持説と空位説のいずれが採用されたか)について
裁判所は、本件試合では保持説が採用されたと判断しました。裁判所は、まず、ルールミーティングにおける各関係者の供述の信用性を詳細に検討しました。保持説を裏付けるB(ジムのマネージャー)の供述等(以下「B供述等」といいます。)については、以下の事情から信用性を認めました。
| No. | B供述等の信用性を認めた根拠 |
|---|---|
| 1 | B供述等の内容が、IBFルールブックが保持説を採用していることと整合すること |
| 2 | ルールミーティングの場にいた外国メディアの記者が、ルールミーティング直後に保持説を前提とする記事を掲載していたこと |
| 3 | IBF自身が、JBCからの問い合わせに対し、本件試合では保持説が採用されたと回答していたこと |
| 4 | IBFが、本件試合後も引き続きX2を王座保持者として扱っていたこと |
一方、空位説を裏付けるJBC側関係者の供述等(以下「L供述等」といいます。)については、以下の事情から信用性を否定しました。
| No. | L供述等の信用性を否定した根拠 |
|---|---|
| 1 | ルールミーティングで通訳を担当したNが、ルールに関する発言は一切通訳していないと供述しており、Nを介してIBFスーパーバイザーに王座の帰趨を確認したとするL供述等と矛盾すること |
| 2 | Y9が作成したとするメモの「負けた場合空位になる」との記載について、ルールミーティング直後の記者会見でのやり取りを記載した可能性が否定できないこと |
| 3 | IBFルールブックへの署名の際に回覧されたのは署名欄が記載された書類1枚だけであったとするL供述等について、署名されたIBFルールブック自体は8頁からなるものであり、あえて署名部分のみを切り離して回覧するのは不自然であること |
| 4 | Y9の記者会見における発言の趣旨について、陳述書の記載内容が大きく変遷していること |
| 5 | Lの供述等について、IBFスーパーバイザーに質問した経緯に関して変遷があること |
また、裁判所は、被告らが主張した「本件試合にいかなるルールを適用するかはJBCが内部規範によって自律的に決定すべき事項であり、司法審査の対象にならない」との主張に対して、以下のとおり判示して排斥しました。
「少なくとも、本件試合におけるIBF王座の帰趨については、(中略)IBFが独自に決定するものであるから、一審被告らの主張は前提を欠くものである。この点を措くとしても、一審原告らの請求権の存否の判断に当たり、その審理の対象となるのは、本件試合で採用されたルールの当否ではなく、本件試合において採用されたルールが何かであり、このことは、一審被告JBCの自律的判断の当否に踏み込むまでもなく、裁判所が判断し得る事項であるから、この点からみても、一審被告らの主張は失当である。」
争点②(本件処分の違法性)について
裁判所は、本件処分は違法であると判断しました。
ライセンス更新不許可の判断基準
裁判所は、ライセンスの更新不許可がジムに所属するボクサーの試合機会を奪うという重大な不利益をもたらす処分であることを踏まえ、以下の基準を示しました。
「処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、裁量権を逸脱・濫用したものとして、当該処分は違法と解するべきである。」
処分理由に対する裁判所の評価
Bに対する処分理由の評価
| 処分理由 | 裁判所の評価 |
|---|---|
| IBF王座の帰趨について無関心であった | Bは本件ルールミーティングに出席し、IBFルールを認識していたのであるから、IBF王座の帰趨について「無関心」であったとはいえない |
| 空位説を前提とするマスコミ報道やブログに気付かなかった | Bは本件ルールミーティング後の記者会見におけるDの発言を認識していなかったのであるから、報道を監視すべき義務があったとはいえない |
| JBCに無断で本件訂正記者会見を開いた | 保持説が採用されていたにもかかわらず、これと異なる報道がされていた状況の下で、IBFの責任者とともに正確な情報を発表したにすぎず、JBCに対する背信行為とはいえない |
| 本件試合の翌日にJBCに無断で記者会見を行った | 本件試合とは無関係のX3に関する記者会見の後に、記者からの質問に応じる形で回答したにすぎず、JBCに対する背信行為とはいえない |
Aに対する処分理由の評価
| 処分理由 | 裁判所の評価 |
|---|---|
| 本件試合の実務にほとんど携わっていなかった | プロモーターとしての業務の一部をマネージャーに委託することが不当であるとはいえず、Aが実務に一切関わっていなかったとまでは認められない |
| Bに対する監督責任・報道への対応 | Bの行動に責任を問われるような事実がないことから、Aの監督責任も問えない |
裁判所は、本件試合のルールをめぐる混乱の原因について、以下のとおり明確に指摘しました。
「本件試合のルールをめぐり混乱が生じたのは、Bの記者会見によるものというよりは、Dが本件ルールミーティング後に誤った発言をしたことが直接の原因であり、その責任がBにあるということはできない。」
「被告JBCの信用に傷がついたとすれば、それは、本件ルールミーティングにおいて採用されたルールを十分に確認しなかった被告JBC自身にその原因があるというべきであって、Bによる上記記者会見が原因であるということはできない。」
手続上の問題
本件処分に至る手続については、以下の問題が認められました。
| No. | 手続上の問題点 |
|---|---|
| 1 | 調査期日の通知書に記載された「処分の原因となる事実」は空位説を前提とするものであったが、最終的な処分理由はこれとは異なるものであり、処分対象者にとって不意打ち的な処分であったこと |
| 2 | Aらの代理人弁護士から提出された証拠や主張書面の大半が、Y1及びY2以外の本件委員会の委員に共有されなかったこと |
| 3 | 本件ルールミーティングに出席したDやN等の第三者に対する聴取が行われなかったこと |
| 4 | 重要な証拠(JBC担当者とNとの間のメール)が処分決定の2日前に初めて開示され、これに対する反論の機会が十分に与えられなかったこと |
法務アドバイザーの関与について
被告らは、弁護士である法務アドバイザーが本件委員会に関与していたことをもって、本件処分は適法であると主張しました。しかし、裁判所は、以下のとおり判示して、この主張を排斥しました。
「事案整理表(中略)及び検討が必要な論点を記載した『検討していただきたい事項』と題する書面(中略)は、最終的な判断として本件処分をすべきことを積極的に示唆するものではないし、むしろ、被告Y9がIBFルールブックに署名していることが保持説の根拠になり得ることなどが指摘されていたほか、決定書案では、処分の選択肢として厳重注意処分も提案されていたというのであるから、本件委員会がこれらの書面で指摘された事項について検討を尽くしていれば、本件処分には至らなかった可能性も十分に考えられる。」
争点③(JBC役員らの個人責任)について
裁判所は、JBCの理事長(Y1)、事務局長代行(Y2)及び事務局長(Y9)について、いずれも不法行為責任を認めました。
| 役員 | 立場 | 責任の根拠 |
|---|---|---|
| Y1 | 理事長・本件委員会委員長 | 本件試合が保持説により行われたことを認識することが十分に可能であったにもかかわらず、本件委員会の委員長として本件処分を主導し、理事長として本件処分を執行した過失がある。不法行為責任及び理事の第三者責任を認定 |
| Y2 | 事務局長代行・本件委員会委員 | 事務局長代行として本件試合を指揮・監督すべき立場にあり、保持説が採用されたことを十分に認識可能であったにもかかわらず、本件委員会の委員として本件処分に賛同した過失がある。Y1との共同不法行為を認定 |
| Y9 | 事務局長・理事 | 本件ルールミーティングに出席して署名しており、少しの注意を払えば保持説を認識できたにもかかわらず、通訳を同行せずに臨み、Dの誤った発言を信じて空位説に基づく対応を続けた。理事として本件処分の違法性を指摘せず是認した重過失がある。不法行為責任及び理事の第三者責任を認定 |
一方、原審判決は、非業務執行理事であったJBC会長(Y3)及び他の非業務執行理事(Y7・Y8)については、本件委員会の審議に関与しておらず、理事会での報告を受けただけで処分の違法性を容易に認識できたとはいえないとして、理事の第三者責任・不法行為責任のいずれも否定しました。
争点④(損害の範囲及び損害額)について
裁判所は、本件処分と相当因果関係のある損害の範囲について、以下のとおり判断しました。
「本件処分は、平成26年におけるAらのライセンスの更新を許可しない旨の処分であって、ライセンスを永久にはく奪することを内容とするものではない。そして、本件処分がなかったならば、Aらのライセンスは更新され、その効力は、有効期間である平成26年12月31日までの1年間は失われることはなかったといえるから(試合ルール11条1項、3項)、本件処分と相当因果関係のある損害は、平成26年中に生じたものに限られるというべきである。」
最終的に、裁判所は、以下のとおり損害賠償を認容しました(弁護士費用を含む。)。
| 原告 | 原審認容額 | 控訴審認容額 |
|---|---|---|
| X1(元プロボクサー) | 1200万円 | 2640万円 |
| X2(元プロボクサー) | 750万円 | 1650万円 |
| X3(現役プロボクサー) | 1100万円 | 2420万円 |
| 原告会社 | 1500万円 | 3300万円 |
| 合計 | 4550万円 | 1億0010万円 |
控訴審では、原審が原告3選手につき平成26年中に各1試合を前提としていたのに対し、各2試合を前提として損害額を算定し、弁護士費用も別途認容しました。
コメント
1. ライセンス更新不許可の裁量基準と処分理由の合理性
本判決(原審判決を含む)は、ライセンスの更新不許可について、「処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、裁量権を逸脱・濫用したものとして違法」との基準を示しました。この基準は、団体が有する内部的な自律権を尊重し、処分に関する判断を合理的な裁量の範囲内で団体に委ねつつも、その裁量の逸脱・濫用がある場合には例外的に違法となるという枠組みを採用したものと理解されます。また、この基準は、労働契約法16条が定める解雇権濫用法理と類似する構造を持っています。
そして、裁判所は、処分理由の各項目を個別に検討し、いずれもライセンス更新を不許可とすべき「特別の事情」には当たらないと判断しました。特に注目されるのは、「混乱の原因はJBC自身にある」と明確に指摘した点です。団体がその構成員に対して不利益処分を行う場合には、処分理由が客観的事実に基づくものであるか、処分の相当性があるかについて、慎重な検討が求められます。
2. 適正手続(デュー・プロセス)の確保
本判決で認定された手続上の問題点は、不利益処分における適正手続の重要性を示しています。処分の原因となる事実の告知と最終的な処分理由が異なっていたこと、処分対象者が提出した証拠が委員全員に共有されなかったこと、重要な第三者に対する聴取が行われなかったこと、重要な証拠が処分直前に開示されたことなど、適正手続の観点から問題のある手続が複数認定されました。
スポーツ庁が策定した「スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>」(2019年6月策定、2023年4月改定)においても、原則6として「法務、会計等の体制を適切に整備すべきである」とされ、その中で「懲罰制度における適正手続(デュー・プロセス)の確保」が求められています(同コード29~30頁)。具体的には、処分対象者に対する告知・聴聞の機会の保障、処分審査についての独立性・公平性の確保、不服申立手続の整備等が挙げられています。
3. 外部専門家の関与のあり方
本判決は、弁護士である法務アドバイザーが本件委員会に関与していたにもかかわらず、その助言が十分に検討されなかった結果、違法な処分に至ったと認定しました。法務アドバイザーは、保持説の根拠となる事実を指摘し、厳重注意処分という選択肢も提示していたにもかかわらず、本件委員会は全会一致で更新不許可処分を決定しています。
このことは、外部専門家に意見を求めること自体が処分の適法性を担保するものではなく、その助言内容を実質的に検討し、判断に反映させることが不可欠であることを示しています。形式的な専門家の関与ではなく、専門家の助言を踏まえた実質的な審議が行われたかどうかが問われます。
4. 団体の自律性と司法審査の範囲
自主的な団体における内部紛争と司法審査の関係については、判例上、当該紛争が単なる内部的な問題にとどまらず、一般市民としての法律関係に直接影響を及ぼす場合には、法律上の争訟として裁判所の審査が及ぶとされています(最判昭63.12.20裁判集民155号405頁参照)。
本件では、本件処分の直接の名宛人ではない原告3選手らが損害賠償を請求しており、紛争が団体内部にとどまらず一般市民としての権利関係に及んでいることは明らかです。また、裁判所が判断の対象としたのは、「試合に適用すべきルールをどう定めるか」という団体の自律的判断の当否ではなく、「実際にどのルールが採用されたか」という事実の認定です。
この判断は、団体の自律性には一定の限界があり、事実関係の認定は司法審査の対象となることを改めて明らかにしたものといえます。団体の運営においては、「団体内部の問題であるから裁判所は介入しない」という前提に安易に依拠することはできないことを認識する必要があります。
5. 役員個人の責任――業務執行理事と非業務執行理事の分水嶺
本判決は、役員の個人責任について、業務執行に関与した役員(Y1・Y2・Y9)と非業務執行理事(Y3・Y7・Y8)とで結論を分けました。
ここで留意すべきは、団体が行った処分が違法であると評価されたとしても、それだけで直ちに不法行為責任や理事の第三者に対する責任が発生するわけではないという点です。処分の違法性の判断と、不法行為責任の成否の判断(故意・過失の有無の判断)は、別個の検討事項です。
業務執行に関与した役員については、処分の違法性を認識する可能性があったにもかかわらず、これを主導し、又は是認したことについて、不法行為責任及び理事の第三者に対する責任を認めました。
一方、非業務執行理事については、委員会の報告を受けただけでは処分の違法性を容易に認識できたとはいえないとして、責任を否定しました。
6. 損害の範囲に関する判断の実務的意義
損害の範囲について、裁判所は、本件処分が平成26年度のライセンス更新を不許可とする処分であることを重視し、相当因果関係のある損害を平成26年中に生じたものに限定しました。平成27年以降の不許可処分は「本件処分とは別個の処分」であるとして、損害の範囲の拡大を認めませんでした。この判断は、処分の効力期間と損害の相当因果関係について厳格な判断枠組みを示したものです。
7. 処分の名宛人でない第三者に対する損害賠償責任
本判決の先例的な意義として注目されるのは、団体内部の処分の直接の名宛人ではない第三者(原告3選手及び原告会社)に対して、団体及びその役員が不法行為に基づく損害賠償責任を負うことを認めた点です。裁判所は、Aのクラブオーナーライセンスが失われれば、同ジムに所属する原告3選手は事実上直ちに日本国内で試合を行うことができなくなるのであり、この損害は本件処分により直接生じるものと評価し得ると判断しました。
このことは、団体が不利益処分を行う場合には、処分の名宛人のみならず、その処分の影響が及ぶ第三者の存在についても考慮する必要があることを意味します。
8. 企業・団体の担当者に求められる対応
本判決を踏まえると、スポーツ団体をはじめとする各種団体の運営に携わる企業・団体の担当者には、以下の対応が求められます。
| No. | 対応事項 | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | 処分の手続規程の整備 | 不利益処分を行う場合の手続(告知、弁明の機会の付与、処分理由の明示、証拠の開示等)を規程として明文化すること |
| 2 | 告知と処分理由の一貫性の確保 | 調査開始時に通知する「処分の原因となる事実」と最終的な処分理由との間に齟齬が生じないようにすること。仮に調査の過程で処分理由が変わる場合には、処分対象者に改めて告知し、反論の機会を付与すること |
| 3 | 意思決定過程の記録化 | 処分の判断に至った事実関係の調査内容、委員全員に提供された資料の範囲、検討過程を記録として残すこと |
| 4 | 外部専門家の助言の実質的検討 | 外部専門家の助言を形式的に受けるだけでなく、助言内容を実質的に検討し、その検討結果を記録化すること |
| 5 | 役員に対する研修の実施 | 業務執行に関与する役員が個人責任を負うリスクについて認識を共有し、適正な意思決定を行うための研修を実施すること |
スポーツ庁「スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>」の原則10では、「危機管理及び不祥事対応についての組織的な体制を構築し、これを適切に運用すべきである」とされており(同コード39~40頁)、平時からの体制整備の重要性が指摘されています。
また、スポーツ仲裁についての紛争解決制度の整備も重要です。公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(JSAA)は、スポーツ団体の決定に対する不服申立てを受け付けており、スポーツ団体がJSAAの仲裁に服する旨の自動応諾条項を定款に規定することが、上記ガバナンスコードの原則12において求められています。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

