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無令状の身体検査・虚偽の疎明資料が招いた違法収集証拠の排除と無罪判決(東京高裁令和元年7月16日判決:刑事弁護)

はじめに

刑事事件において、捜査機関が証拠を収集する際に違法な手続を経た場合、その証拠は「違法収集証拠」として法廷での使用が認められなくなることがあります。これを「証拠排除」と呼びます。

今回のコラムでは、東京高等裁判所令和元年7月16日判決(平成30年(う)第1849号、覚せい剤取締法違反被告事件)を取り上げます。この事件では、警察官による令状なしの身体検査、公道上でのプライバシーを無視した陰部露出要求、そして強制採尿令状請求における疎明資料への不正確な記載という一連の違法行為が積み重なった結果、鑑定書が証拠排除され、第一審の有罪判決が覆り、被告人に無罪が言い渡されました。

令状主義の意義と違法収集証拠の排除法理を理解するうえで、本判決は実務上参考となる事例です。

今回のコラムでは、上記東京高裁判決をわかりやすく解説いたします。

事案の概要

本件は、覚せい剤の自己使用に関する事案です。

平成29年11月12日の深夜、警察官は、後部ナンバー灯の滅灯という交通違反を理由に被告人の車両を停車させました。無線照会の結果、被告人の薬物犯罪歴が判明したため、警察官らは、薬物犯罪の嫌疑を抱き、車内の検索や所持品検査を開始しました。

所持品検査の過程で、警察官(C警察官)は、被告人に断りなく陰部付近に触れました。被告人は、これに怒り、「令状がなければ協力しない」という態度に変わりました。その後、C警察官は、被告人に対して「パンツの中を見たい。何か隠してる。」「中に隠していなければ見せることができるはずだ。」などと繰り返し求め続けたところ、被告人は、公道上でズボンとパンツを膝まで下ろして陰部を露出しました。警察官らは、数秒間これを見ていました。

その後、警察官らは、覚せい剤の所持・使用を被疑事実として、強制採尿令状等を裁判所に請求しました。しかし、この令状請求の疎明資料には、上記の陰部への無断接触や公道上での陰部露出の経緯が記載されておらず、「被告人は、ズボンのベルト付近の捜検になると突然激昂し、『なんでそんなところまで触るんだ。令状をもってこい。』と大声で怒鳴った」といった、実態と意味合いが相当異なる記載がなされていました。

この令状に基づいて採尿が実施され、被告人の尿から覚せい剤成分が検出されて鑑定書(本件鑑定書)が作成されました。

第一審の東京地方裁判所(平成30年9月7日判決)は、本件鑑定書の証拠能力を認めて、被告人に有罪判決を言い渡しました。これに対し、被告人が控訴したのが本件です。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容概要
争点①強制採尿令状の取得手続に「令状主義の精神を没却する重大な違法」があるか(本件鑑定書の証拠能力)一審と控訴審で判断が分かれた主要な争点。証拠能力が否定されれば、有罪立証の根拠が失われる
争点②被告人に覚せい剤使用の故意があったか争点①の判断により本件鑑定書が排除されたため、判断するまでもなく原判決破棄の結論に至った

裁判所の判断

事実認定の修正

控訴審は、まず事実認定の段階で、第一審の判決の一部を是正しました。

控訴審は、第一審の事実認定について、次のとおり判示しました。

原判決が証拠能力の判断の前提とする前記事実のうち、所持品検査の過程で、C警察官が被告人の陰部付近を触ったことをきっかけに、被告人が、令状がなければ協力しないと態度を変えたと認定した点については、論理則、経験則等に照らして不合理なところがなく、当裁判所も是認することができる。しかし、被告人が、ベルトを外してズボンとパンツを下ろすような形での陰部露出があったとは認定できないとした点については、是認することができない。

第一審が陰部露出を否定する根拠の一つとしたB警察官の証言についても、控訴審は、次のとおり述べてその信用性を否定しました。

しかしながら、所論の指摘するとおり、B警察官は、被告人がズボン又はパンツの中に覚せい剤を所持しているのではないかとの疑いをもっていたはずであって、それにもかかわらず、目の前の被告人がパンツを下ろして陰部を露出しようとしていたのを注視しなかったというのは信用し難い。…原判決のように、被告人の原審公判供述が信用できないからという理由で、被告人が陰部を露出しなかったと認定するのは、論理の飛躍があり、論理則、経験則等に照らして不合理であるといわざるを得ない。

控訴審は、当審で取り調べた目撃証人(I)の証言についても、次のとおり認定しました。

当審で取り調べた証人I(以下「I」という。)は、被告人は、「やだやだー」などと叫びながらズボンとパンツを一気にさげ、5秒から10秒程度脱いでいたが、この間、被告人の目の前にいた警察官2名は、じっとこれを見ていたと証言する。Iの当審証言は、具体的であって、被告人の原審公判供述とも大筋において符合しており、事件以降に被告人と口裏を合わせたという形跡もないので、その信用性に特に疑問をさしはさむべき事情は見当たらない。

そして、以上の証拠を総合し、控訴審は、陰部露出に至った状況について、次のとおり認定しました。

以上によれば、C警察官が被告人の陰部付近を触った後、被告人が陰部を露出した状況は、次のとおりであったと認められる。すなわち、被告人は、C警察官から断りなく陰部付近を触られたことから、大声を出して怒った。同警察官は、被告人の反応を見て、被告人が陰部付近に違法薬物を隠匿しているのではないかという疑いを深め、被告人に対し、「パンツの中を見たい。何か隠してる。」などと言ったが、被告人は、「駄目だ、人がいるから嫌だ。」などと言ってそれを断った。さらに、同警察官は、両腕を見せるように被告人に求めたが、被告人はそれも断った。そこで、同警察官が、被告人に対し、「中に隠していなければ見せることができるはずだ。」などと言い続けたところ、被告人は、「分かった。ちょっとだけだぞ。」などと言って、ズボンとパンツを膝まで下ろした。同警察官とB警察官は、数秒間それを見ていたところ、被告人はズボンとパンツを上げた。

一連の捜査手続の違法性

控訴審は、認定された事実に基づき、以下のとおり判示しました。

警察官が、当初、被告人に対して、職務質問に対する応答の仕方や薬物犯罪歴等から、違法薬物の所持及び使用の嫌疑を抱いたこと自体は正当であるものの、その後は、被告人の陰部付近に薬物を隠匿しているのではないかと考えて、令状がないのに意図して陰部付近の捜索を行い、続けざまに被告人に対してそのプライバシーや羞恥心への配慮を全く欠いたまま公道上でパンツを脱ぐように要求し、実際に被告人がパンツを脱ぐに至らせた上、以上の手続的な違法を糊塗するために、本件令状請求の疎明資料に、令状審査を行う裁判官をして令状請求の根拠となる覚せい剤の隠匿の嫌疑に関する事実を誤解させる記載をして裁判所に提出したものであるから、このような一連の捜査の過程は、違法に違法を重ねるものであって、令状主義の精神を没却する重大な違法があるといわざるを得ない。

控訴審が違法と認定した一連の行為は、以下のとおりです。

段階警察官の行為違法とされた理由
C警察官が、被告人の承諾なく陰部付近に触れた職務質問に付随する所持品検査として許容される範囲を超えており、実質的に無令状で身体を捜索したのに等しい。差し迫った状況もなく、パトカー内や警察署への移動など他の方法も採り得た
公道上で被告人に対してパンツの中を見せるよう執拗に要求し、実際に陰部を露出させたプライバシーや羞恥心への配慮を著しく欠く行為であり、有形力の行使はないものの、他に採り得る手段があった状況下での要求として違法
①②の事実を隠し、不正確な疎明資料を令状請求に使用した手続的な違法を隠蔽するための記載であり、令状審査を行う裁判官の判断を誤らせるもの

証拠排除と無罪判決

控訴審は、本件鑑定書は、「重大な違法がある一連の捜査手続と密接な関連を有するものとして、一連の違法な手続の影響を免れない」と判断しました。さらに、以下のとおり判示し、将来の違法捜査抑制という観点からも証拠排除を正当化しました。

警察官らは、上記のとおり、本件令状請求において、記載すべき事実を殊更に記載せずに、不正確な事実を記載したばかりか、原審公判でも、これと同旨の証言を行ったのであり、これら一連の経過は、警察官らが手続的な違法を糊塗しようとするものであって、本件鑑定書を証拠として許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からしても相当でないといわざるを得ない。

その結果、本件鑑定書は、違法収集証拠として証拠能力が否定されました。本件鑑定書が排除された結果、覚せい剤使用の事実を認めるに足りる証拠がないとして、被告人に無罪が言い渡されました。

コメント

本判決の位置づけ

本判決は、令状に基づいて採取された証拠であっても、その令状を取得するに至る一連の捜査過程に重大な違法があれば、証拠能力が否定されうることを示した事例として、実務上の参考価値が高い裁判例です。

違法収集証拠の排除に関しては、例えば、最高裁平成15年2月14日判決(刑集57巻2号121頁)などがあります。また、類似の事実関係を扱った裁判例としては、東京地判平成24年2月27日(判タ1381号251頁)や東京高判平成28年6月24日(高裁刑事裁判速報集平成28年99頁)があり、いずれも疎明資料の不正確な記載や身体検査の違法を問題として証拠能力を否定しています。

本判決は、こうした先例の流れに位置づけられるものです。

本判決で特に注目すべき点は以下の二点です。

違法の連鎖と総合的評価

本判決は、単一の違法行為だけで証拠排除を判断したのではなく、「無令状の身体検査」「公道上でのプライバシー侵害」「疎明資料への不正確な記載」という三段階の違法行為を、「違法に違法を重ねる」一連の過程として総合的に評価しました。個々の行為の違法性の程度にかかわらず、捜査全体の流れが問われたことに留意が必要です。

令状の形式的発付だけでは足りない

本件の採尿は、裁判官が発付した正式な強制採尿令状に基づいて実施されたものです。しかし、その令状取得の基礎となる疎明資料が不正確であった場合、令状の形式的な発付があっても証拠は排除されます。令状主義の実質的な機能を確保するため、令状取得に至る手続全体の適正さが問われるというのが、本判決の示す帰結です。

本判決から読み取れる対応指針

捜査を受ける立場の方へ

警察官からの任意の協力要請や所持品検査を求められた際、その範囲と自らの権利について正確に把握することが重要です。「令状がなければ応じない」という意思表示は正当であり、その意思表示の後に行われた捜査の適法性は、後に裁判所の審査を受けます。捜査を受けた場合や令状が呈示された場合は、早期に弁護士に相談することが有益です。

令状請求における疎明資料の正確性

本判決は、捜査機関が令状を請求する際に提出する疎明資料の正確性について、厳しい姿勢を示しています。不都合な事実を殊更に省略したり、実態と異なる記載をしたりすれば、それ自体が令状主義を没却する違法となりえます。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。