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大麻栽培罪の既遂時期ー「播種説」と「発芽説」の対立(東京高裁令和3年9月28日判決:刑事弁護)

はじめに

大麻取締法は、大麻の栽培を禁止し(大麻取締法24条1項)、これに違反した場合の未遂も処罰することとしています(同条3項)。では、大麻草の種子を土に植えたものの、まだ発芽していない段階において、大麻栽培罪はすでに既遂(犯罪の完成)となるのでしょうか。それとも、種子が発芽した時点で初めて既遂となるのでしょうか。

この問題は、「播種説」(種子を植えた時点で既遂)と「発芽説」(発芽した時点で既遂)として学説上の対立がありましたが、高等裁判所レベルで明確に判断が示されてきませんでした。

東京高等裁判所令和3年9月28日判決(令和2年(う)第1708号・第1938号)は、大麻栽培罪の既遂時期について、高裁として初めて正面から判断を示した裁判例であり、実務上の指針として注目されます。

今回のコラムでは、上記東京高裁判決について、わかりやすく解説いたします。

事案の概要

被告人X(スリランカ国籍、不法残留中)及び被告人Yは、共謀の上で大麻を栽培しようと考え、育苗用ポット、液体肥料、粒状肥料、培養土、扇風機、植物育成用ランプ等の器具類を購入しました。

被告人X方において、両名は、肥料を混ぜた培養土を育苗用ポットに入れて鉢植えを作り、各鉢植えの地中に大麻草の種子を1個ずつ埋め込みました。さらに、各鉢植えを透明ケースに入れてクローゼット内に設置し、タイマーに接続した植物育成用ランプと扇風機をケース上部に配置して、適時に光が照射され、新鮮な空気が送り込まれる仕組みを整え、水やりも行っていました。しかし、その後に警察官が同室を捜索したところ、種子は発芽するには至っていませんでした。

被告人両名はいずれも大麻栽培既遂罪(大麻取締法24条1項)で起訴されましたが、第1審(東京地方裁判所)は、「種子が発芽していない以上、大麻取締法24条1項にいう栽培をしたとはいえない」として大麻栽培未遂罪(同条3項)の成立を認めるにとどまりました。検察官が、この第1審判決には法令適用の誤りがあるとして控訴したのが本件です。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①大麻取締法24条1項にいう「栽培」の意義、および大麻草の種子を播種したが未だ発芽していない段階において、大麻栽培罪の既遂が成立するか(播種説・発芽説の対立)

裁判所の判断

東京高等裁判所は、第1審判決を破棄し、大麻栽培既遂罪の成立を認めました。その判断の骨子は以下のとおりです。

大麻取締法の立法趣旨と大麻栽培罪の法的性質

裁判所は、まず大麻取締法の目的について次のように述べています。

「同法は、大麻が有する薬理作用によって人の健康ひいては社会に危害が及ぶことに着目し、予防的見地から大麻の栽培、所持、譲渡、輸出入等の流通経路全般に規制を加え、もって大麻の濫用による国民の保健衛生上の危害を防止するために必要な取締りを行うことを目的とすることにあると解される(最高裁判所昭和58年12月21日第一小法廷決定・刑集37巻10号1878頁参照)。そして、大麻栽培罪は、大麻栽培が大麻禍の根源をなす犯罪であり、本邦に大麻を新たに生じさせるという悪性が高い行為であることから、当罰性が高いとして法的規制を加えたものと解される。また、大麻栽培罪は、その構成要件として『大麻を栽培した者は』と規定するにとどまり、発芽その他大麻が一定の成長段階に至ったことや上記の危害の発生を構成要件要素としていない。したがって、同罪は、抽象的危険犯と解される。」

すなわち、大麻栽培罪は、実際に危害が発生したことを要件としない「抽象的危険犯」にあたるとした上で、立法趣旨と条文の文理に沿った解釈を行うべきとしました。

「栽培」および「播種」の意義

裁判所は、「栽培」および「播種」の意義について、次のように述べています。

「大麻取締法24条1項にいう大麻は植物の一種であるところ、植物は、発芽生育できる環境にあれば、通常は、播種から発芽、開花を経て結実し、種子を残すという性質を有するから、同項にいう大麻の『栽培』とは、『播種から収穫に至るまでのすべての育成行為をいう』と解するのが相当である(東京高等裁判所平成30年12月4日判決参照)。そして、『栽培』は、植物の発芽生育を目的とするものにほかならず、大麻草の種子が育つことのできる環境が必要であるから、ここでいう『播種』とは、植物が発芽生育できる環境下で種子を地面に散らし、あるいは地中に埋めるなどの行為をいうと解するのが相当である。」

播種時点で既遂が成立するとした根拠

裁判所が、播種時点での既遂成立を認めた根拠として挙げた事情は以下のとおりです。

考慮事情内容
大麻草の自力発芽生育性大麻草は、我が国で自生している植物であり、種子が発芽生育できる環境下であれば、自力で(自然に)発芽生育して大麻草に成長し得る
播種行為の位置づけ大麻草の種子を播種する行為は、本邦に大麻を新たに生じさせる栽培行為の中で中核的な行為である
抽象的危険の発生時点播種行為が終了した時点で、国民の保健衛生上の抽象的危険が生じたといえる
大麻取締法の立法趣旨との整合性播種説を採用することが、大麻取締法の立法趣旨および大麻栽培罪の文理に適うといえる

弁護人の各主張に対する裁判所の判断

(THC生成時期を根拠とする発芽説について)

弁護人は、大麻草の有害物質であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)が生成されるのは本葉が出た後の段階であるから、大麻栽培罪の既遂時期は本葉が出た時点であると主張しました。しかし、裁判所は、次のように述べてこれを退けました。

「大麻の有害物質であるTHCの生成時期を踏まえて、大麻栽培罪の既遂時期を本葉が出た時点と解する両弁護人の主張は、同罪が具体的危険犯であるならば整合的であるが、同罪は抽象的危険犯と解すべきであるから、両弁護人の主張は、同罪の法的性質と相容れないのみならず、同罪の既遂時期が遅くなり、国民の保健衛生上の危害を防止するという大麻取締法の立法趣旨にそぐわないといえる。」

(発芽説の基準の不明確さについて)

さらに、第1審が採用した発芽説は基準が不明確であるとして、次のように指摘しています。

「原判決の採用する発芽説は、大麻が生育を始めたといえる時点を問題にするものと解されるが、そうであるとすると、どの時点で種子が発芽したと認められるのかが不明確になるというべきである(地中で種子の種皮から芽の極一部が露出した時点、地中である程度芽が成長した時点、芽が地表に露出した時点、幼葉が出た時点、本葉が出た時点等のいずれの時点が『発芽』に当たるのかが不明確である。)。したがって、原判決の採用する発芽説は、明確な基準としては適切でなく、かえって、法的安定性を損なうことになり、相当ではないといえる。」

(発芽しない種子もあるから抽象的危険が生じないとの主張について)

弁護人は、「大麻草の種子には発芽しないものも多く含まれるから、播種しても保健衛生上の抽象的危険は生じない」とも主張しました。しかし、裁判所は、次のように述べてこれを退けました。

「大麻草の種子を播種する行為が本邦に大麻を新たに生じさせる栽培行為の最重要かつ中核的行為であって、その時点で国民の保健衛生上の抽象的危険が生じたといえるから、その後たまたま発芽しない可能性があり得るとしても、そのことは、播種時点で大麻栽培罪が既遂となるとする結論を左右するものではない。」

本件への当てはめ

裁判所は、被告人両名が大麻草の種子の発芽生育できる環境下で種子を地中に埋めた(すなわち播種した)と認め、その時点で大麻栽培罪が既遂になると判断しました。

コメント

本判決の意義

本判決は、大麻栽培罪の既遂時期について、高裁レベルで初めて正面から「播種説」を採用した裁判例です。

従来、下級審(松山地判平25.2.20、山形地判令元.8.28等)では、大麻草の種子を播種したが発芽しなかった事案において大麻栽培既遂罪の成立が認められてきましたが、これらの事案では既遂時期そのものが争われていませんでした。

本判決は、播種説と発芽説の対立に対して、法的性質(抽象的危険犯)・立法趣旨・条文の文言という三つの観点から系統的に論拠を示した点において、実務上意義があります。

また、本判決は、発芽説が「法的安定性を損なう」として退けた点にも注目すべきです。刑事法において犯罪の成立範囲を明確にすることは、予測可能性と法の支配の観点から不可欠であり、この点でも本判決の判断は説得力を持ちます。

本判決から導かれる実務上のポイント

本判決から導かれる重要な点は、大麻草の種子を地中に植えるという行為それ自体が、種子の発芽の有無を問わず、大麻栽培罪の既遂を構成するという点です。特に以下の場面で重要な意味を持ちます。

①「種子を植えただけ」「まだ発芽していなかった」は免責の根拠にならない

発芽していないこと、あるいは種子が生育可能な状態でなかったことを理由として、犯罪の不成立や未遂にとどまることを主張しても、本判決の論理では認められません。播種行為が完了した時点で、既遂犯として処罰される可能性があります。

②「発芽しない種子だった」という主張(不能犯)も認められにくい

本件では、押収後の発芽実験で種子が本葉に至らなかったことを根拠に「不能犯」(そもそも犯罪の結果が生じ得ないとして犯罪の成立が否定される場合)の主張もなされましたが、裁判所は、播種時点で抽象的危険が生じると解される以上、その後の発芽の有無は結論を左右しないとして退けました。

③大麻に関する法規制の現状と厳格化の傾向

厚生労働省は、大麻が「乱用される危険性があり、その乱用は保健衛生上の危害を生じさせるおそれがある」として規制を維持しています。さらに、令和5年(2023年)には大麻取締法が改正され、従来は規定されていなかった大麻の「使用」罪が新設されるとともに、医療目的に限り大麻由来の医薬品の使用が解禁されるという大幅な制度見直しが行われました(厚生労働省「大麻規制の見直しについて」参照)。

このような規制強化の流れの中で、本判決が示した「播種時点での既遂」という基準は、大麻取締法の運用においてより一層重要な意味を持つものといえます。

④CBD(カンナビジオール)関連事業者にも関係する論点

近年、CBD製品を取り扱う企業や農業法人が増加しています。しかし、大麻取締法上、「大麻」として規制される部位の栽培は厳格に禁止されており、適法な産業用大麻(麻)の栽培についても都道府県知事の免許が必要です(大麻取締法3条1項)。事業の検討段階から、どの品種・部位・用途が規制の対象となるかを正確に把握しておくことが不可欠です。

 


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。