はじめに
平成26年の会社法改正で新設された会社法206条の2は、引受後の保有割合が総株主の議決権の過半数を超えることとなる第三者(特定引受人)に対する第三者割当増資を公開会社が行う場合について、一定割合以上の議決権を有する株主が反対通知をしたときは、原則として株主総会の普通決議による承認を必要とすると定めています。
もっとも、会社が財政難を理由にこの手続を省略した場合、その新株発行が無効とされるかどうかについては、これまで公刊の裁判例がなく、学説でも意見が分かれていました。
東京地裁令和3年3月18日判決(令和元年(ワ)第16629号・令和2年(ワ)第12560号)は、会社法206条の2第4項違反を理由とする新株発行の無効を認めた裁判例として、同種事案に関する実務の指針となり得るものです。
今回のコラムでは、本判決の事案と判断内容を紹介し、実務上の留意点について解説いたします。
事案の概要
Y1(EZインベスト証券株式会社)は、第一種金融商品取引業を唯一の事業とする公開会社です。X1社(イスラエル法人)及びX2社ら(イタリア法人・個人)は、Y1の発行済株式の全部を保有する株主でした。Y2(Bold Investment株式会社)は、後に第三者割当増資の引受人となる投資会社です。
Y1は、平成28年頃から財産状況が悪化し続け、監督官庁である関東財務局から自己資本規制比率等に関する強化された指導を受けていました。
こうした状況の中、Y1は平成30年12月10日、取締役会決議によりY2を引受人とする第三者割当増資(本件第1新株発行:普通株式7万3949株、1株880円)の募集事項を決定し、同日、X1社ら株主に対して会社法206条の2第1項に基づく通知(特定引受人等通知)を行いました。
これに対し、X1社は同月18日、本件第1新株発行に反対し、株主総会の開催を求める旨の通知(反対通知)をしました。
しかし、Y1は、X1社から反対通知を受けた後も、しばらくの間は株主総会を開催するかのような態度をとり続け、同月20日の取締役会において初めて、会社法206条の2第4項ただし書(財産の状況が著しく悪化している場合における事業継続の緊急の必要)を適用するとして、株主総会を開催しないことを決議しました。Y1は、払込期日のわずか5日前の同日、X1社に対してその旨を通知し、同月25日にY2に対して本件第1新株発行を実行しました。これにより、Y2の持株比率は51%となり、Y1の支配権がY2に移転しました。
X1社らは令和元年6月24日、会社法828条1項2号に基づき本件第1新株発行の無効を求めて提訴しました(その後、令和元年11月22日の第2新株発行及び令和2年2月19日の第3新株発行についても無効を求める訴えを追加提起しました)。
本件の争点
本件の争点は以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件第1新株発行の会社法206条の2第4項違反の有無及び当該違反が新株発行の無効原因に当たるか否か(同項ただし書の適用可否を含む) |
| 争点② | 本件第1新株発行が著しく不公正な方法によるものか否か及びその無効原因該当性 |
| 争点③ | 本件第2新株発行及び第3新株発行の無効原因の有無 |
| 争点④ | 本件第1新株発行及び第2新株発行の無効原因が認められる場合に、Y2(Bold Investment)が株主の地位を喪失するか否か |
裁判所の判断
裁判所は、X1社らの請求のうち本件第1新株発行の無効を求める部分を認容しました。その余の請求(第2・第3新株発行の無効及びY2の株主地位不存在確認)については棄却しています。
争点①前半:会社法206条の2第4項ただし書の解釈
裁判所は、まず会社法206条の2第4項本文及びただし書の趣旨について、次のとおり判示しました。
「これは、支配株主の異動が公開会社の経営の在り方に重大な影響を及ぼすおそれがあることを踏まえ、新たな支配株主が現れることとなるような募集株式の割当てについては、原則として、株主総会の決議(特定引受人承認決議)をもって既存株主の意思を問うこととし(同項本文)、他方、株主総会の開催には相当の期間を要するため、株主から同項所定の反対通知があった場合に常に株主総会の決議を要するとなれば、公開会社が事業体としての存立を維持するために必要な資金調達が間に合わず、かえって株主の利益を害する結果となるおそれがあることを踏まえ、同項ただし書所定の場合に限り、株主総会の決議(特定引受人承認決議)を要しないこととする趣旨と解される。」
その上で、ただし書が適用される場面は、次のような事態に限られると判示しました。
「会社法206条の2第4項ただし書の該当性が認められるのは、倒産の危機が迫っている場合等、財産の状況の著しい悪化によって公開会社の事業の継続が現に困難となり、又は近い将来困難になる蓋然性があり、株主総会の決議(特定引受人承認決議)を経ることなく当該特定引受人に対する募集株式の発行をしなければ、公開会社の存立自体が危ぶまれるような緊急の必要がある場合である。」
本件では、以下の事情を総合的に考慮した上で、ただし書の適用を否定しました。
| 考慮事情 | 裁判所の判断 |
|---|---|
| 登録取消処分の蓋然性 | X1社が反対通知をした時点で、Y1の自己資本規制比率は金融商品取引法所定の下限(120%)を上回っていた。規制違反の事実が生じたとしても、そのことのみをもって直ちに第一種金融商品取引業者の登録取消処分を受ける蓋然性があったとまではいえなかった。 |
| 代替的資金調達手段の有無 | Y2を引受人とする本件第1新株発行を行うことが不可欠ではなく、既存株主(X2社ら)を引受人とする新株発行等の代替的な資金調達手段も存在した。 |
| 株主総会開催の余地 | 反対通知を受けた後、遅くとも翌年1月上旬には株主総会を開催する余地が十分にあった。 |
| 取締役会の判断過程の不合理性 | Y1取締役会がただし書の該当性があると判断した過程・内容には、上記代替手段や株主総会開催の可能性を十分に考慮しなかった点で不合理な点があった。 |
また、裁判所は、ただし書の適用可否は客観的な財産状況・資金調達の必要性・代替手段の有無等を総合して判断されるべきものであり、「取締役の判断の過程及び内容に著しく不合理な点がない限り尊重されるべき」とするY1の主張を明示的に退けました。
争点①後半:会社法206条の2第4項違反と新株発行の無効原因
会社法206条の2第4項違反が新株発行の無効原因となるかについて、裁判所は次のように判断しました。
「被告証券は、原告らに対し、本件第1新株発行の払込期日(平成30年12月25日)の2週間前(同月10日)に本件特定引受人等通知をしたところ、原告X1社から本件反対通知を受けたこと等から、被告Boldとの間の本件第三者割当契約に係る特定引受人承認決議のための株主総会を開催すれば、被告証券の支配権に関わる既存株主の利益を有する原告らの反対により、当該決議が行われない蓋然性があり、そのような蓋然性を認識しながら、上記株主総会を開催するかのような態度を示しつつ、上記払込期日の5日前(同月20日)になって原告X1社に対して上記株主総会を開催しない旨を伝えたという状況の下において、株主総会の決議による被告Boldとの間の本件第三者割当契約の承認を得ないまま、本件第1新株発行を行ったものといわざるを得ない。」
「そうすると、このような状況の下で、特定引受人承認決議を経ないままされた本件第1新株発行の発行手続には重大な法令違反があり、この瑕疵は本件第1新株発行の無効原因になると解するのが相当である。原告らが新株発行差止めの仮処分命令を得られる機会を事実上有していたことを理由として、この瑕疵が無効原因とならないと解することは、……会社法206条の2第1項及び第4項の趣旨を没却することになるというべきである。」
さらに、差止めの機会が実質的に保障されていたかについても、裁判所は否定的に判断しました。払込期日の5日前の金曜日に株主総会不開催が通知されたこと、翌日から休日が続いたこと、株主の多くが外国に住所を有する法人・個人であったことなどを踏まえ、差止めの仮処分を申し立てる現実的な機会があったとは認め難いとされました。
争点③:第2・第3新株発行の無効原因
第2・第3新株発行については、主として純財産額の増加を目的として行われたものであり、原告らも募集に応じなかったことから、不公正な目的で行われたものとはいえないとして、無効原因は認められないと判断されました。
コメント
1. 本判決の意義
本判決は、平成26年改正で新設された会社法206条の2第4項について、ただし書の適用要件を具体的に示すとともに、同項違反を理由とした新株発行の無効を認めた裁判例として、重要な意義を持ちます。
会社法206条の2は、平成26年改正で新設された条文です。従来、公開会社においては、授権資本制度の下、取締役会の決議のみで新株を発行でき、引受先の選定も取締役会に委ねられていました。そのため、第三者割当増資により支配株主が交代する場合であっても、不公正発行(会社法210条2号)に該当しない限り、既存株主がこれを阻止する法的手段は限られていました。会社法206条の2は、このような場面において既存株主の承認を求める手続を導入したものであり、公開会社における新株発行規制の枠組みに重要な変更を加えるものとして位置づけられています。
本判決以前、会社法206条の2第4項違反が新株発行の無効原因となるかについては、学説上、大きく3つの見解が主張されていました。
| 学説 | 内容 | 主な根拠 | 主な文献 |
|---|---|---|---|
| 有効説 | 無効原因とはならない | 株主総会の特別決議を欠く新株発行が無効とならないとした最高裁判決(最二小判昭和40年10月8日・民集19巻7号1745頁)との整合性、公開会社における授権資本制度・取引の安全等 | 森本大介「第三者割当増資に関する規律および子会社株式等の譲渡に関する改正」商事法務1985号23頁等 |
| 無効説 | 無効原因となり得る | 非公開会社における株主総会の特別決議を欠く新株発行が無効とされた判例(最三小判平成24年4月24日・民集66巻6号2908頁、判タ1378号90頁)との整合性、会社法206条の2新設の趣旨等 | 江頭憲治郎『株式会社法〔第8版〕』792頁(注9)・808頁、久保田安彦「第三者割当て」商事法務2041号26頁等 |
| 限定無効説 | 差止請求が事実上妨げられた場合に限り無効原因となる | 新株発行に関する公告又は通知を欠く場合は原則として無効原因となるとした判例(最三小判平成9年1月28日・民集51巻1号71頁、判タ931号185頁)の趣旨等 | 松尾健一「資金調達におけるガバナンス」神田秀樹編『論点詳解平成26年改正会社法』71頁等 |
本判決は、会社法206条の2第4項違反の瑕疵について、具体的事情の下で無効原因を肯定しましたが、4項違反があれば常に無効原因となるのか(無効説)、あるいは差止めの機会が実質的に奪われた場合に限って無効原因となるのか(限定無効説)という点については、明確な判示をしていません。この点の理論的整理は、今後の裁判例や学説の展開に委ねられています。
2. 企業に求められる対応
(1)特定引受人への該当性を事前に確認する
第三者割当増資において、引受後の保有割合が総株主の議決権の過半数を超える場合(会社法206条の2第1項の「特定引受人」に該当する場合)は、同条が適用されます。この場合、一定割合以上の株主から反対通知が届いたときは、原則として払込期日の前日までに株主総会の普通決議による承認(特定引受人承認決議)を得なければなりません。
まず増資の設計段階で、引受後の持株比率と会社法206条の2の適用可能性を確認することが大切です。
(2)ただし書の適用を容易に想定しない
平成26年改正会社法の解説(坂本三郎編著『一問一答平成26年改正会社法〔第2版〕』147頁)では、ただし書の「事業の継続のため緊急の必要があるとき」とは、株主総会を開催していては会社の存立自体が危ぶまれるような緊急の事態が生じている場合、すなわち倒産の危機が迫っている場合等に限られると説明されています。
本判決もこの解釈を採用したと評価することができ、単に財政状況が悪化しているというだけでは足りません。また、ただし書の適用可否は、取締役会の判断のみで決まるものではなく、客観的な財産状況・資金調達の必要性・代替手段の有無等を総合的に審査されます。取締役会が「緊急の必要がある」と判断したとしても、後の裁判所の審査で客観的要件を欠くと判断されれば、ただし書の適用は否定されます。
特に本件では、自己資本規制比率が直ちに登録取消につながる状況ではなかったこと、既存株主を引受人とする代替的な資金調達の余地があったこと、翌年1月上旬には株主総会を開催できたことが、ただし書の適用を否定する根拠として重視されました。
(3)株主との対話を早期に開始する
株主総会の招集には原則として2週間の招集通知期間が必要です(会社法299条1項)。しかし、株主全員の同意があれば招集手続を省略して株主総会を開催することも可能です(会社法300条)。資金調達の必要性を感じた場合には、できる限り早い段階から株主との対話を開始し、株主総会の開催を含む選択肢を誠実に検討することが求められます。
また、本件において裁判所が重視したのは、Y1が「株主総会を開催するかのような態度を示しながら」払込期日の直前になって翻意したという経緯です。株主に対して誠実に情報を開示し、真摯な対応をとることが、後のトラブルを防ぐ上で不可欠です。
(4)差止めの機会の確保だけでは足りない
会社が株主に十分な情報提供を行い、差止請求の機会を形式的に確保していたとしても、本判決の判示によれば、それだけでは無効原因を否定する根拠にはなりません。特に、払込期日の直前に株主総会不開催を通知するような場合は、実質的に差止めの機会が奪われたと判断されるリスクがあります。
3. おわりに
支配権の移動を伴う第三者割当増資は、既存株主との間で深刻な紛争に発展するリスクをはらんでいます。増資の設計段階から、会社法206条の2が定める手続の遵守と既存株主への丁寧な対応を心がけることが大切です。
具体的な増資スキームの検討や株主との交渉対応について不安がある場合は、弁護士へのご相談をお勧めします。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

