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キャッシュカードすり替え型窃盗罪における実行の着手の時期(最高裁令和4年2月14日決定:刑事弁護)

はじめに

近年、「オレオレ詐欺」をはじめとする特殊詐欺の被害は、後を絶たない状況が続いています。その一類型として広く知られるのが、警察官や金融庁職員などに成りすました者が電話で被害者を誘導したうえ、キャッシュカードを別のカードにすり替えて盗み取る「キャッシュカードすり替え型窃盗」です。

上記手口については、すり替えを担う実行犯(すり替え役)が、被害者の注意をそらす行為を実際に開始する前の段階で逮捕・起訴された場合に、窃盗罪の「実行の着手」が認められるか否かという問題が、実務上議論されてきました。

今回のコラムでは、この問いに対して初めて判断を示した最高裁判所第三小法廷令和4年2月14日決定(刑集76巻2号101頁)を、一般の方にもわかりやすく解説いたします。

事案の概要

被告人は、氏名不詳者らと共謀し、いわゆるキャッシュカードすり替え型の窃盗(未遂を含む)に、すり替え役として関与しました。

本件の犯行計画(以下「本件犯行計画」といいます)の概要は、次のとおりです。

段階実行者行為の内容
①電話による事前工作警察官を装った氏名不詳者(かけ子)被害者(当時79歳)宅に電話をかけ、「詐欺被害に遭っているため、キャッシュカードを封筒に入れて保管する必要がある」「これから金融庁職員が自宅を訪問する」などとうその説明を行う(以下「本件うそ」といいます。)
②訪問・封入の指示金融庁職員を装った被告人(すり替え役)被害者宅を訪問し、被害者にキャッシュカードを封筒に入れさせたうえで、封印のために印鑑を取りに行かせる
③封筒のすり替え被告人(すり替え役)被害者が離れた隙に、キャッシュカード入りの封筒を、あらかじめ用意したポイントカード等が入った偽の封筒とすり替えて持ち去る

本件では、警察官を装った氏名不詳者がすでに被害者に本件うそを告げていた状況のもと、被告人は、指示役の合図を受けて待機場所の量販店を出発し、被害者宅へ向かいました。

しかし、被告人は、被害者宅まで約140メートルの地点で、警察官が後をつけていることに気付き、犯行を断念しました。

第一審(山形地方裁判所)および原審(仙台高等裁判所)は、いずれも被告人につき窃盗未遂罪の成立を認めました。これに対し、被告人側は実行の着手の有無を争って上告しました。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

番号争点の内容弁護人の主張
争点①すり替え役の被告人が、被害者の注意をそらす行為(印鑑を取りに行かせる行為など)を開始する前の時点において、窃盗罪の実行の着手が認められるか被害者にキャッシュカードから目を離させる行為が行われていない以上、キャッシュカードに対する事実上の支配を侵害する現実的・具体的危険のある行為をしたとはいえず、実行の着手はない

裁判所の判断

最高裁判所は、上告を棄却し、窃盗未遂罪の成立を認めた第一審および原審の判断を正当として支持しました。

本件うそが犯行計画において果たす役割

裁判所は、まず、本件うそが本件犯行計画においてどのような位置づけにあるかを整理したうえで、次のように説示しました。

「本件犯行計画上、キャッシュカード入りの封筒と偽封筒とをすり替えてキャッシュカードを窃取するには、被害者が、金融庁職員を装って来訪した被告人の虚偽の説明や指示を信じてこれに従い、封筒にキャッシュカードを入れたまま、割り印をするための印鑑を取りに行くことによって、すり替えの隙を生じさせることが必要であり、本件うそはその前提となるものである。そして、本件うそには、金融庁職員のキャッシュカードに関する説明や指示に従う必要性に関係するうそや、間もなくその金融庁職員が被害者宅を訪問することを予告するうそなど、被告人が被害者宅を訪問し、虚偽の説明や指示を行うことに直接つながるとともに、被害者に被告人の説明や指示に疑問を抱かせることなく、すり替えの隙を生じさせる状況を作り出すようなうそが含まれている。」

実行の着手の認定

続いて、裁判所は、本件うその内容とすり替え役の行動を総合的に考慮して、占有侵害に至る危険性が「明らかに認められる」と評価しました。

「このような本件うそが述べられ、金融庁職員を装いすり替えによってキャッシュカードを窃取する予定の被告人が被害者宅付近路上まで赴いた時点では、被害者が間もなく被害者宅を訪問しようとしていた被告人の説明や指示に従うなどしてキャッシュカード入りの封筒から注意をそらし、その隙に被告人がキャッシュカード入りの封筒と偽封筒とをすり替えてキャッシュカードの占有を侵害するに至る危険性が明らかに認められる。」

そのうえで、最高裁は、次のように結論を示しました。

「このような事実関係の下においては、被告人が被害者に対して印鑑を取りに行かせるなどしてキャッシュカード入りの封筒から注意をそらすための行為をしていないとしても、本件うそが述べられ、被告人が被害者宅付近路上まで赴いた時点では、窃盗罪の実行の着手が既にあったと認められる。したがって、被告人について窃盗未遂罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判断は正当である。」

コメント

本決定が示した「実行の着手」の考え方

刑法は、特定の犯罪類型について、犯罪の「実行に着手」した段階で未遂罪として処罰することを定めています(刑法43条)。窃盗罪の場合、一般には、他人の財物の占有を侵害する行為(窃取行為)を開始した時点、またはそれに密接に関連する行為を開始した時点で実行の着手が認められると解されています。

本決定が重要なのは、すり替え役が被害者の注意をそらす行為という窃取行為の直前行為を開始する前であっても、①「かけ子」によるうそが告知されており、②すり替え役が被害者宅付近まで物理的に接近していた、という二つの事情が重なった時点で、すでに窃盗罪の実行の着手を認めた点にあります。

この判断は、同様に「うその告知」と「財物の交付要求」との関係が問題となった特殊詐欺に関する先例(最一小判平30.3.22刑集72巻1号82頁)と整合する考え方と評価することができ、告知されたうその内容が犯行計画において果たす機能的な役割と、すり替え役の現場への接近という客観的な状況とを組み合わせて危険性を評価するアプローチが採られていると考えられます。

残された課題

なお、本決定は、すり替え役が被害者宅付近まで赴いたという事実関係に基づく事例判断です。「かけ子のうそ」が告知されただけでまだすり替え役が移動していない段階でも実行の着手が認められるかどうか、あるいは、本決定の考え方がキャッシュカードすり替え型以外の窃盗罪や「アポ電強盗」と呼ばれる手口にどこまで及ぶかについては、今後の裁判例の蓄積を注視する必要があります。

 


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。