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強制執行回避を目的とした法人設立と法人格否認の法理(東京地裁令和元年11月27日判決)

はじめに

取引先が突然、個人事業から法人へと事業を移転させた場合、それまで個人に対して有していた債権の回収は困難になってしまうのでしょうか。

東京地方裁判所が令和元年11月27日に下した判決(平成29年(ワ)第36612号)は、社会保険労務士(以下「社労士」といいます。)が強制執行を免れる目的で社会保険労務士法人(以下「社労士法人」といいます。)を設立した行為について、「法人格否認の法理」を適用し、社労士法人に対して社労士個人の債務の支払を命じました。

本判決は、法人格否認の法理(とりわけ「法人格の濫用」)が適用される要件と、社労士法人の社員が負う連帯責任の範囲を示した判例として注目されます。

今回のコラムでは、企業の法務・経理担当者の方々に向けて、本判決の内容をわかりやすく解説します。

事案の概要

社労士Aは、「A労務管理事務所」という商号で社労士業務を行っていました。原告Xは、Aに対して、間接強制金(裁判所の命令に違反した場合に課せられる制裁金)および損害賠償金に係る債務名義(強制執行の根拠となる文書)を有していました。

Xが、Aの顧問先に対する顧問報酬債権について債権差押命令を取得し、その正本が顧問先各社に送達されると、Aは、送達からわずか数日後に「社会保険労務士法人A労務管理事務所」(以下「被告法人」といいます。)の定款を作成し、同法人を設立しました。被告法人の所在地・電話番号・ファックス番号はAの個人事務所のものと同一であり、設立後まもなく、Aが個人として顧問契約を締結していたすべての取引先が被告法人に移転しました。

Xは、被告法人に対して法人格否認の法理の適用を求めるとともに、被告法人の社員であるY2に対しても、社会保険労務士法(以下「社労士法」といいます。)25条の15の3第1項に基づく連帯責任を求めて本件訴訟を提起しました。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①法人格否認の法理の適否――被告法人に対してAの債務の支払を求めることができるか
争点②Y2の社員としての弁済責任――社労士法25条の15の3第1項に基づき、Y2が被告法人と連帯して責任を負うか
争点③被告法人の行為の不法行為該当性――被告法人の設立行為が不法行為を構成し、仮差押・訴訟費用等の損害が認められるか

裁判所の判断

争点①――法人格否認の法理の適用

裁判所は、まず以下の事実を認定しました。

No.認定事実関連する要件
被告法人の名称はAの個人商号と類似しており、所在地・電話番号・ファックス番号もAの個人事務所と同一支配要件
被告法人の出資比率はAとY2で100対1(100万円対1万円)であり、実質的な経営者はAである支配要件
Aが個人として顧問契約を締結していたすべての取引先が、被告法人設立後に被告法人へ移転した支配要件
Aは、差押命令の正本が送達されるより前の平成28年11月に「社労士法人にする必要性がない」と述べていたにもかかわらず、差押えの危険を認識するや速やかに被告法人を設立した目的要件
設立後、Aはインターネット上の掲示板に「個人債務は法人債務に及ばないので…法的措置を取ります」「社労士法人にしたことで、もう個人債務で顧問先会社には手は出せないのであるから、良かったと考えている次第である」などと投稿していた目的要件

これらの事実を踏まえ、裁判所は次のとおり判示しました。

「被告法人は、形式的にはA個人とは別個の法人の形態をとってはいるものの、その実質はAと同一であり、被告法人の設立は、Aが自身に対する強制執行を免れる目的をもってされた社労士法人制度を濫用するものと認められるから、信義則上、被告法人は、Aと別異の法人格であることは主張できないものというべきである(最高裁判所昭和44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号511頁、同裁判所昭和48年10月26日第2小法廷判決・民集27巻9号1240頁参照)。したがって、被告法人は、Aが負っている本件未回収債権に係る債務につき弁済する義務を負う。」

すなわち、裁判所は、①被告法人の実質がAと同一であること(支配要件)、および②被告法人の設立がAによる強制執行回避を目的としたものであること(目的要件)の両方が認められるとして、法人格否認の法理(法人格の濫用)を適用しました。

被告法人・Y2側は、「被告法人は新たな業務も行っており事業目的は同一でない」「設立は社労士21周年の記念であり、親族事務所との合併計画があった」などと主張しました。しかし、裁判所は、これらを裏付ける的確な証拠はなく、差押命令の送達前にAが「社労士法人にする必要性がない」と述べていた事実と整合しないとして、いずれの主張も採用しませんでした。

争点②――Y2の社員としての弁済責任

裁判所は、被告法人には本件未回収債権を完済するに足りる資産が存しないことを認定した上で、次のとおり判示しました。

「同条項に基づく弁済責任は、社労士法人が社員個人の人的信用を基礎とする法人であることに鑑み、一定の要件の下で社員に無限責任を負わせることにより債権者の保護を図るために規定されたものと解されることからすれば、被告法人が本件未回収債権に係る債務を弁済する義務を負うことになる以上、Y2が同義務を免れる理由はないものというべきである。」

Y2は「法人格否認の法理の効果は自分には及ばない」と主張しました。しかし、裁判所は、Y2の責任の根拠は法人格否認の法理ではなく社労士法25条の15の3であるとして、この主張を退けました。

争点③――被告法人の行為の不法行為該当性

裁判所は、Xが本件未回収債権を被告法人に請求して回収することがすでに可能であることなどを理由として、被告法人の設立行為によってXが主張する損害(仮差押・訴訟の手続費用・遅延損害金等)が生じたとは認められないとして、不法行為に基づく請求を否定しました。

コメント

本判決の意義

本判決は、社労士が強制執行を免れるために社労士法人を設立した事案において、法人格否認の法理を適用し、社労士法人に対して社労士個人の債務の支払を命じた点に意義があります。

法人格否認の法理とは、法人と個人を別個の主体として扱うことが信義則に反する場合に、例外的に法人の独立性を否定するものです。判例上、この法理が適用される場合として、「法人格が全くの形骸にすぎない場合」(法人格の形骸化)と「法人格が法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合」(法人格の濫用)の二類型があるとされています(最一小判昭44.2.27民集23巻2号511頁、判タ233号80頁。以下「昭和44年判例」という。)。本判決は、後者の類型に該当するとした事例です。

これまで法人格否認の法理に関するリーディングケースは、会社(株式会社・合名会社等)を対象とするものが多く見られました。

本判決は、社労士法人という専門家法人においても同法理が適用されることを示したものとして、同種の事案を検討する際の参考になります。

企業として求められる対応

本判決からは、債権回収や取引管理の観点から、以下の点が重要な示唆となります。

① 取引先が事業を法人へ移転した場合の注意

取引先(個人事業主を含む)が事業を別の法人に移転させた場合、法人格否認の法理が適用できるかどうかの検討が必要です。とりわけ、(ア)移転元と移転先の実質的同一性(商号・所在地・代表者・取引先の一致等)と、(イ)移転の目的(強制執行回避等の不当な目的)の両方が認められる場合には、新法人に対しても請求できる可能性があります。

② 専門家法人の社員が負う連帯責任の把握

社労士法人は、社労士法25条の15の3第1項により、法人の財産で債務を完済できない場合に社員(出資者)が連帯して責任を負う構造となっています。弁護士法人・税理士法人等の専門家法人にも類似の規定が設けられています。こうした専門家法人との取引においては、社員の連帯責任に関する規律を把握しておくことが有益です。

③ 証拠の収集・保全の重要性

本件において法人格否認の法理が認められた背景には、インターネット上の掲示板への投稿等が証拠として採用されたことがあります。債権回収において相手方の言動や公開情報を記録・保全しておくことは、後の法的手続における立証において重要な意味を持ちます。

④ 早期の法的対応の検討

取引先が債務超過や支払困難の状況にあるにもかかわらず、突然の事業の法人化や取引先の移転を行った場合には、強制執行回避を目的とした財産隠匿の可能性があります。こうした状況に気づいた段階で、速やかに弁護士に相談し、仮差押えや債権者取消権(詐害行為取消権)の行使を含む法的対応を検討することが望ましいといえます。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。