相続人不存在と特別縁故者への財産分与――申立後の死亡と停止条件付き贈与契約の取扱い
――山口家庭裁判所周南支部令和3年3月29日審判
法定相続人が誰もいないまま亡くなった方の遺産は、最終的には国庫に帰属することになります(民法959条)。しかし、相続人がいないからといって、亡くなった方と深い縁のあった人が遺産を受け取れないわけではありません。民法上、「特別縁故者に対する相続財産の分与」(民法958条の3)という制度が設けられており、被相続人と特別の縁故があった人が家庭裁判所に申立てを行えば、遺産の一部または全部を受け取ることができます。
今回ご紹介する山口家庭裁判所周南支部令和3年3月29日審判は、この特別縁故者制度をめぐる二つの重要な法律問題に正面から向き合った事案です。一つは、財産分与を申し立てた叔父が審判の前に亡くなってしまったケース(第1事件)、もう一つは、申立期間を過ぎた親族への財産移転を意図した贈与契約が審判にどう影響するかというケース(第2事件)です。
いずれも、これまで解釈に委ねられてきた問題に対し、裁判所が明確な判断を示しており、実務上、参考になることから、今回のコラムで概要をご紹介いたします。
事案の概要
被相続人の状況
被相続人F(以下「被相続人」)は昭和34年生まれで、婚姻歴がなく、子もいませんでした。双子の兄も生涯独身のまま平成20年に死亡しており、両親もすでに他界していたため、法定相続人となるべき者は誰もいませんでした。
被相続人は平成30年、勤務先への無断欠勤をきっかけに警察が自宅を確認したところ、自宅内で突然亡くなっているのが発見されました。特に健康上の問題は指摘されておらず、前触れのない突然の死でした。
遺産の主な内訳は、母から引き継いだ自宅不動産(固定資産税評価額合計約722万円。以下「本件住居」)と約3,614万円の預金でした。
親族関係と交流の状況
叔父J(第1事件申立人)は、被相続人の母の弟にあたります。被相続人が幼いころは育児を手伝い、その後も時折食事をともにするなど一定の交流を続けました。被相続人の母は、生前、「自分が亡くなった後の息子のことをJに頼みたい」と話していたこともありました。被相続人の葬儀後は、葬儀費用や未払医療費などの立替えを行い、相続財産管理人の選任申立てと予納金の納付も自ら行うなど、死後の手続に尽力しました。
従姉妹E(第2事件申立人)は、被相続人の母の姉妹の子で、被相続人の従姉妹にあたります。Eが幼いころは被相続人の近隣に居住しており、被相続人を「お兄ちゃん」と呼んで慕い、被相続人もEの世話をよくしていました。その後も交流や生活上の協力関係は続き、被相続人の一人暮らし時代には月1回程度は面会し、合鍵を預かって食事を届けることもありました。被相続人はEに対し、「自分は結婚しないし、お前の家になる」といった発言を繰り返し、生命保険の死亡保険金受取人も母からEに変更していました(Eが受領した保険金は約1,256万円)。
伯父L(母・Jのきょうだい)も、被相続人の兄の雇用・葬儀手配・住居購入の取り計らいなど、被相続人家族を長年支えてきた人物でしたが、申立期間(令和2年2月17日)内に特別縁故者としての申立てを行いませんでした。
手続の経緯
第1事件:叔父Jは、令和2年2月28日、特別縁故者として相続財産の分与を申し立てました。被相続人一家の墓じまいや永代供養に必要な費用(約300万円)の分与を希望していましたが、申立て後に死亡しました。そのため、Jの妻A・長女C・養子B(CとBは夫婦)・Dの4名(以下「第1事件申立人ら」)が令和3年3月15日に手続を受継しています。
第2事件:従姉妹Eは、令和2年4月15日に申立てを行いました。自宅を所有していないことから、本件住居の分与を強く希望し、最終的には相続財産全部の分与を求めるに至りました。また、Eは、令和3年2月10日、LおよびL夫人Qとの間で、分与審判が確定することを停止条件として、分与された財産総額から各種費用を控除した残額の15パーセントずつをLおよびQに贈与する旨の書面による契約を締結しました。
争点
争点① 申立て後に申立人が死亡した場合、その相続人は特別縁故者の地位を承継して財産の分与を受けることができるか
特別縁故者による財産分与の請求は「一身専属的な恩恵的権利」であり、申立てをしないまま亡くなった場合には、その相続人が地位を引き継ぐことはできないとするのが通説です。しかし、Jのようにすでに申立てを行った後に亡くなった場合の取扱いについては、法律に明確な定めがなく、解釈が分かれていました。
仮に地位の承継が認められるとしても、次の問題として、Jの相続人であるA・B・C・Dへの分与の相当性をどのように判断するか、また分与の割合を法定相続分どおりに決める必要があるかという点が問題となりました。
争点② 申立期間を過ぎた者との間で締結された停止条件付き贈与契約は、分与の判断においてどのように考慮されるべきか
申立期間(民法958条の3第2項)を経過した者は、特別縁故者として分与を受けることができません。LとQは、被相続人家族と深い関わりがあったにもかかわらず、申立期間内に申立てを行わなかったため、自らは分与を受ける機会を失っていました。
Eが締結した停止条件付き贈与契約は、このLとQへの財産移転を、Eへの分与を通じて実現しようとするものとも見えます。この契約が、申立期間の制限を実質的に回避するものとして許されないのか、あるいはEに対する分与の相当性を高める事情として考慮できるのかが問われました。
裁判所の判断
特別縁故者の認定
裁判所はまず、JおよびEがいずれも被相続人の「特別の縁故があった者」(民法958条の3第1項)に該当すると認定しました。
「J及び第2事件申立人は親戚として被相続人やその家族と交際や生活上の協力関係があったものであり,かなり以前の過去の時期ではあるが,同じ,又は近隣の建物に居住し,相当に親密な交際や生活上の協力関係のあった時期もあった。被相続人の生前の意向を見ても,身寄りのない自分が死亡した後の後事や財産をJや第2事件申立人に託そうとする意向を示す言動が認められ,被相続人とJ及び第2事件申立人との間で,そのような意向を生じるような信頼関係とこれを形成させたに至る親密な交際や生活上の協力関係があったことがうかがえる。」
争点①について──申立て後の死亡と地位の承継
裁判所は、申立て後に申立人が亡くなった場合について、次のとおり判断しました。
「特別縁故者に対する相続財産分与を申し立てた者が,申立て後,死亡したときは,その者の相続人は,その者の申立人としての地位を承継して財産の分与を求めうると解される。ただし,特別縁故者に対する相続財産の分与は,特別縁故者その人に対するものであっても,家庭裁判所が『相当と認めるとき』(民法958条の3第1項)に限り行われるべきものであるから,申立て後,死亡した者が特別縁故者に該当する場合であっても,その相続人に相続財産を分与することの相当性は,被相続人と死亡した特別縁故者の相続人との間及び死亡した特別縁故者とその相続人との間の関係,申立て後,死亡した者が特別縁故者と認められる事情に対するその相続人の関わりの有無,程度等の諸事情も勘案して判断することが相当であって,各相続人に分与する財産の割合も必ずしも法定相続分に従う必要はないというべきである。」
争点②について──停止条件付き贈与契約の取扱い
EとLらとの間の停止条件付き贈与契約については、次のとおり判断しました。
「第2事件申立人がL及びQとの間で停止条件付き贈与契約を締結していることは,第2事件申立人が本審判で分与される財産を独り占めするのではなく,被相続人及びその家族との関係が親密であったL及びその妻Qとも分かち合おうとしていることを示すから,分与の相当性をより基礎付けるものといえる。ただし,L及びQは,自身では申立期間内(民法958条の3第2項)に特別縁故者に対する相続財産の分与を申し立てていないから特別縁故者として相続財産の分与を受ける余地がない者であり,第2事件申立人と停止条件付きの贈与契約を結ぶことで,いわば第2事件申立人を介して,申立期間の制限を超えて実質的に相続財産の分与を受けるような結果をもたらすことは申立期間の制限の潜脱となって相当でないから,L及びQと被相続人との間の交流や関係を第2事件申立人のそれと同視したり,第2事件申立人に対する分与にL及びQが期間内に申し立てをすれば分与を受けられたであろう財産の額を上乗せしたりすべきではない。」
分与の内容
以上を踏まえ、裁判所は、次のとおり分与を命じました。
| 申立人 | 分与内容 |
|---|---|
| 第1事件申立人A(Jの妻) | 金45万円 |
| 第1事件申立人B(Jの養子・Cの夫) | 金335万円 |
| 第1事件申立人C(Jの娘) | 金15万円 |
| 第1事件申立人D | 金15万円 |
| 第2事件申立人E(従姉妹) | 本件住居不動産全部・附属火災保険・金400万円 |
Bへの分与額が他の相続人より大きいのは、Bが被相続人一家の墓じまいや永代供養を引き継いで担う予定であることを考慮したためです。法定相続分にとらわれず、各相続人の立場や関与の程度に応じた柔軟な分与額が決定されました。
本判決の意義
申立て後の死亡と地位の承継──柔軟な分与割合の決定
特別縁故者による財産分与の請求は一身専属的な恩恵的権利であり、申立てをしないまま亡くなった場合には、相続人が地位を引き継ぐことはできないとするのが通説です(東京高決平16.3.1家月56巻12号110頁等)。これに対して、申立て後に亡くなった場合については、裁判例の多数(大阪高決平4.6.5家月45巻3号49頁等)は、申立てにより分与を現実的に期待できる財産的な地位を得るとして、相続を認めています。本審判もこれまでの裁判例と同様の立場を採りました。
本審判の意義は、単に地位の承継を認めたにとどまらず、特別縁故者の相続人に対する分与の相当性の判断基準についても踏み込み、法定相続分と異なる分与割合を定めうることを明示した点にあると評価できます。
特別縁故者に対する財産分与の有無・内容・程度は、家庭裁判所の合目的的裁量に委ねられており、申立て後に特別縁故者が亡くなってその地位の相続が認められたとしても、その地位自体、家庭裁判所の裁量による形成を予定したものです。特別縁故者の相続人であっても、被相続人や特別縁故者との関係は千差万別です。
特別縁故者とともに被相続人の療養看護や密接な交流に努めた相続人であれば、いわば療養看護等の履行補助者のような立場にあったといえ(なお、民法904条の2の寄与分では、相続人の配偶者のように相続人の履行補助者と認められる立場にある者の寄与行為は、当該相続人の寄与行為として評価しうるとされています)、その貢献は相応に評価されるべきです。
他方、被相続人や特別縁故者とほとんど接点の乏しい相続人も存在します。このような場合にも形式的に法定相続分に従って相続財産を分与することは、合理的に推定できる被相続人の意思に反したり、いわゆる「笑う相続人」が生じるなど、特別縁故者制度の趣旨に反することになりかねません。本審判は、上記の点を考慮したものと考えられます。
停止条件付き贈与契約の取扱い──制度の潜脱は許されない
特別縁故者からの申立てがなければ相続財産の分与は行われないのが原則です。また、申立期間(民法958条の3第2項)を過ぎた申立ては不適法として却下され、他に期間内の申立てがあって審判が未了であっても、申立期間経過の瑕疵は治癒されません(大阪高決平5.2.9家月46巻7号47頁)。
本件の停止条件付き贈与契約は、不請求不分与の原則や申立期間の制限を迂回して、実質的な分与を受けようとする手段にも映ります。本審判は申立期間の制限を潜脱するような取扱いは許さず、分与の相当性を判断するうえでの事情の一つとして考慮できるにとどまるとしました。この判示部分は、申立期間という制度上の制約を実質的に回避しようとする試みに対する歯止めを示したものとして、実務上重要な意義を持つと考えられます。
おわりに
本審判は、特別縁故者制度をめぐる二つの解釈論上の論点──申立て後の死亡に伴う地位の承継と分与割合の決定、および申立期間を過ぎた者への実質的な財産移転を意図した契約の取扱い──について、実務の指針となる判断を示したものです。
相続人がいないまま亡くなった方の遺産の行方や、縁故者としての財産分与に関心をお持ちの方は、ぜひ本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりお問い合わせください。
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