2024年10月11日、「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(令和6年東京都条例第140号。以下「本条例」という)が公布され、2025年4月1日から施行されました。本条例は、カスタマー・ハラスメント(以下「カスハラ」という)防止を正面から規定した全国初の条例として注目を集めており、東京都以外の地方自治体においても条例制定に向けた議論が急速に活発化しています。
本条例の施行に先立つ2024年12月19日、東京都は本条例第11条第1項・第2項に基づき、「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(以下「ガイドライン」または「指針」という)を策定・公表しました。ガイドラインは全27頁にわたり、カスハラの定義の詳細解釈から事業者が講ずべき具体的な取組みまでを包括的に定めた実務指針です。
本条例は罰則規定を設けていないものの、ガイドラインで示された水準の対応が行われているか否かが、事業者の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償責任の有無に直結する可能性があります。企業の担当者としては、ガイドラインの内容を正確に理解し、自社の対応策を検討・整備することが求められます。
本稿では、ガイドラインの内容を解説するとともに、担当者が特に注目すべき実務上のポイントを整理します。
カスタマー・ハラスメントの定義と三要件
1 定義の構造
本条例第2条第5号は、カスタマー・ハラスメントを「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義しています。ガイドラインは、この定義を①から③の三要件に分解し、すべての要件を満たすものがカスハラに該当すると解説しています(ガイドライン第2、2)。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ① | 顧客等から就業者に対する行為 |
| ② | その業務に関して行われる「著しい迷惑行為」 |
| ③ | 就業環境を害するもの |
なお、三要件を満たさない場合でも、「著しい迷惑行為」そのものが刑法等に基づき処罰される可能性や、民法上の不法行為責任が問われる可能性があることに留意が必要です。
2 「著しい迷惑行為」の判断基準
本条例第2条第4号は、「著しい迷惑行為」を「暴行、脅迫その他の違法な行為」および「正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」の二類型に分けて定義しています。
(ア)暴行・脅迫その他の違法な行為
暴行、脅迫、傷害、強要、名誉毀損、侮辱、威力業務妨害、不退去等の刑法上の違法行為のほか、ストーカー規制法、軽犯罪法等の特別刑法上の違法行為を指します。違法な行為があった時点で直ちに「著しい迷惑行為」に該当し、かつ犯罪として処罰される可能性があります。(ガイドライン第2、2(1)ア)
(イ)正当な理由がない過度な要求・暴言その他の不当な行為
客観的に合理的で社会通念上相当と認められる理由がなく、要求内容の妥当性に照らして不相当であるもの、または行為の手段・態様が不相当であるものを指します。ガイドラインは相当性の判断要素として、当該行為の目的、就業者の問題行動の有無・内容・程度を含む行為の経緯と状況、就業者の業種・業態・業務の内容・性質、行為の態様・頻度・継続性、就業者の属性や心身の状況、行為者との関係性など、様々な要素を総合的に考慮することが適当としています。(ガイドライン第2、2(1)イ)
重要な実務上の示唆: 正当な理由に基づき社会通念上相当な手段・態様によるクレーム・意見・要望の申出それ自体は制限されませんが、その後の交渉や話し合いの過程で違法または不当な行為があった場合は、その時点から「著しい迷惑行為」に該当する可能性があります。
3 「その業務に関して」の判断基準
ガイドラインは「その業務に関して」行われる著しい迷惑行為を、次の二類型に整理しています。(ガイドライン第2、2(1)ウ)
- (ア)労働時間内の就業者が受けた顧客等からの著しい迷惑行為
- (イ)労働時間外の就業者または定まった労働時間がない就業者が受けた、その業務遂行に影響を与える顧客等からの著しい迷惑行為
(イ)の「業務遂行に影響を与える」とは、就業者の円滑な業務遂行の妨げとなることを意味します。休憩時間や通勤時間など使用者の指揮命令下に置かれていない時間中の行為も、「その業務に関して」行われた著しい迷惑行為に該当する可能性があります。
4 「就業環境を害する」の判断基準
「就業環境を害する」とは、著しい迷惑行為により就業者が身体的・精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、業務遂行上看過できない程度の支障が生じることをいいます。ガイドラインは判断基準として、「平均的な就業者が同様の状況で当該行為を受けた場合、社会一般の就業者が業務遂行上看過できない程度の支障が生じたと感じる行為か否か」という客観的基準を採用しています。
なお、顧客等が要求を拒否直後に取り下げた場合は、就業環境が害されたとはいえない可能性があります。また、インターネット上での法人への誹謗中傷についても、法人の経営者や従業員の就業環境が害されたとして本条例の対象となり得ることに注意が必要です。(ガイドライン第2、2(2))
適用対象の範囲
1 「事業者」の範囲
本条例が適用される「事業者」は、都内で事業を行う法人・団体・国の機関・個人事業主を指します。「都内」とは、法人登記・開業届等で事務所・事業所が都内と確認できる場合のほか、都内で事業を行っている実態がある場合も含みます。具体的には、都内に本社がある企業、都外本社であっても都内に支店・事業所がある企業、都内の官公署などが対象となります。(ガイドライン第2、3(1)(2))
また、「事業」とは「一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行」を意味し、営利目的か否かを問いません。NPO等の非営利団体、行政機関、ボランティア組織なども対象となります。
2 「就業者」の範囲
「就業者」の範囲は、企業の法務担当者が最も注意すべきポイントのひとつです。ガイドラインは「就業者」を有償・無償を問わず業務を行う全ての者と広く解釈しており、労働者(正社員・契約社員・派遣社員・アルバイト等)にとどまらず、以下の者も含まれます。(ガイドライン第2、4(1)イ)
- ・企業経営者・役員、個人事業主、フリーランス
- ・派遣労働者、インターンシップ生、教育実習生
- ・ボランティア従事者、PTA役員、自治会役員
- ・議員
また、地理的範囲についても、都外でテレワークを行う都内勤務の会社員、都外区間を走る鉄道の運転士、都外コールセンターで都内事業者への問い合わせに対応するオペレーターなど、事業者の事業との合理的関連性が認められる場合には、都外で業務に従事する者も「就業者」に含まれます。(ガイドライン第2、4(1)エ)
さらに、SNSや動画配信サイト等を活用して業務を行うインフルエンサーや配信者等も、「都内で業務に従事する者」に該当する場合は「就業者」となり得ます。(ガイドライン第2、4(2))
3 「顧客等」の範囲
「顧客等」は、「顧客(就業者から商品・サービスの提供を受ける者)または就業者の業務に密接に関係する者」と定義されます。「顧客」には、現に商品・サービスの提供を受けている者だけでなく、将来的に提供を受けることが予期される者(店頭で購入を検討している人、入店待ちの列に並ぶ人など)も含まれます。(ガイドライン第2、5(1))
「就業者の業務に密接に関係する者」とは、例えば以下の者が挙げられます。(ガイドライン第2、5(2))
| 就業者 | 顧客等に当たる者 |
|---|---|
| 企業経営者 | 株主 |
| 学校教諭 | 保護者 |
| 議員 | 有権者 |
| 配達員 | 配達先の隣人 |
| 著名人・店舗従業員 | SNS投稿にコメントを書き込む人 |
実務上の重要ポイント:B to Bカスハラへの注意
ガイドラインは「何人も」カスハラを行ってはならないとし、企業間取引を背景としたカスハラも禁止されることを明示しています。(ガイドライン第2、1)一般消費者を顧客としないB to B企業においても、取引先からのカスハラ(受注者の立場)や取引先へのカスハラ(発注者の立場)の双方について防止措置を講ずる必要があります。後者については、独占禁止法上の優越的地位の濫用や下請法違反となる可能性もあります。
カスタマー・ハラスメントの代表的な行為類型(9類型)
ガイドラインは、カスハラに該当する可能性がある行為を3つのカテゴリー・9類型に整理しています。ただし、これらは限定列挙ではなく、就業者の業務内容や個別事案の状況によって判断が異なる場合もあります。(ガイドライン第2、6)
カテゴリー①:顧客等の要求内容が妥当性を欠く場合
| 類型 | 具体例 |
|---|---|
| ① 商品・サービスに瑕疵・過失が認められない | 欠陥のない商品の交換要求、既に提供したサービスの再提供要求 |
| ② 要求内容が商品・サービスと無関係 | 販売商品と無関係な私物の故障に対する賠償要求 |
※ カテゴリー①は単独ではカスハラと判断されない可能性があり、カテゴリー②・③の行為の有無と併せて判断することが必要です。
カテゴリー②:要求内容の妥当性にかかわらず、手段・態様が違法または社会通念上不相当な場合
| 類型 | 具体例 | 成立する可能性のある犯罪 |
|---|---|---|
| ① 身体的な攻撃 | 物を投げつける、殴打・足蹴り | 暴行罪(刑法208条)、傷害罪(同204条)等 |
| ② 精神的な攻撃 | 危害を加えると脅す、大声で執拗に責め立てる、人格否定 | 脅迫罪(同222条)、恐喝罪(同249条)、名誉毀損罪(同230条)、侮辱罪(同231条)等 |
| ③ 威圧的な言動 | 声を荒らげる・にらむ・物を叩く、高圧的に要求 | 脅迫罪(同222条)、威力業務妨害罪(同234条)等 |
| ④ 土下座の要求 | 謝罪手段として土下座を強要 | 強要罪(同223条)等 |
| ⑤ 執拗な言動 | 長時間の叱責の繰り返し、執拗な電話 | 威力業務妨害罪(同234条)、偽計業務妨害罪(同233条)等 |
| ⑥ 就業者の拘束 | 長時間の居座り・電話拘束、退去命令後の不退去 | 監禁罪(同220条)、不退去罪(同130条)等 |
| ⑦ 差別的な言動 | 人種・性的指向等に関する侮辱的発言 | 名誉毀損罪(同230条)、侮辱罪(同231条)等 |
| ⑧ 性的な言動 | わいせつな言動・行為、つきまとい | 不同意わいせつ罪(同176条)、ストーカー規制法等 |
| ⑨ 個人への攻撃・嫌がらせ | 容姿中傷、名指しのSNS中傷、無断撮影・公開 | 名誉毀損罪(同230条)、侮辱罪(同231条)等 |
カテゴリー③:要求内容の妥当性に照らして手段・態様が社会通念上不相当な場合
| 類型 | 具体例 |
|---|---|
| ① 過度な商品交換の要求 | 社会通念上著しく高額・入手困難な商品との交換要求 |
| ② 過度な金銭補償の要求 | 提供した商品・サービスに比して著しく高額な賠償要求 |
| ③ 過度な謝罪の要求 | 上司名義の謝罪文要求、自宅への訪問謝罪要求 |
| ④ 不可能・抽象的な行為の要求 | 「法律を変えろ」「子供を泣き止ませろ」「誠意を見せろ」 |
正当なクレームとカスハラの区別
本条例は、顧客等による正当なクレームを制限するものではありません。本条例第5条は「この条例の適用に当たっては、顧客等の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。」と規定しており、ガイドラインも顧客等の権利として次のものを明示しています。(ガイドライン第2、7)
- ・消費者の権利(消費者基本法等):苦情処理体制の整備・情報提供等を受ける権利
- ・障害者の権利(障害者差別解消法):合理的配慮を受ける権利
- ・認知症の人の権利(認知症基本法):必要かつ合理的な配慮を受ける権利
- ・表現の自由(日本国憲法第21条):正当な意見表明の自由
事業者が「カスハラ対策」を口実に正当なクレームを排除することは、上記の顧客等の権利を侵害するものとして許されません。特に障害者や高齢者等に対しては、合理的配慮を提供しつつ適切に対応することが求められます。
事業者に求められる13の取組み
本条例第14条第1項は、事業者に対し、ガイドラインに基づきカスハラを防止するための措置を努力義務として課しています。ガイドライン第5では、以下の13項目の取組みが示されています。罰則はないものの、これらの取組みが十分かどうかが安全配慮義務違反の判断基準となることに留意する必要があります。
取組み1:カスハラ対策の基本方針・基本姿勢の明確化と周知
組織トップがカスハラ対策への基本方針・基本姿勢を明確に示し、就業者および外部に周知します(ガイドライン19頁)。ガイドラインが参照する厚生労働省のマニュアル20頁では、カスハラ対策方針に含める要素例として以下の内容が示されており、事業者は、これらの要素例を踏まえつつ、自社の特殊性や過去実際に起きたカスハラ被害の内容等を盛り込みながら方針を策定することが大切です。
基本方針に含めるべき要素例:
- ・カスタマー・ハラスメントの定義・該当例
- ・カスハラは自社にとって重要な問題である
- ・カスハラを放置しない
- ・カスハラから就業者を守る
- ・就業者の人権を尊重する
- ・常識を超えた要求・言動を受けたら周囲に相談してほしい
- ・カスハラには組織として毅然とした対応をする
基本方針の外部公表は、就業者への安心感の醸成のみならず、求職者へのアピール、そして潜在的なカスハラ顧客に対する抑止効果も期待できます。
取組み2:自社就業者がカスハラを行ってはならない旨の方針の明確化と周知
自社の就業者が取引先等に対してカスハラを行わないとの方針を就業規則等に明記し、周知します。(ガイドライン20頁)
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022年2月)からガイドラインで新たに追加された取組みです。B to Bカスハラが法的問題となる事案を踏まえ、発注者側の立場になる自社就業者が、取引先の就業者に対してカスハラを行わないよう、懲戒処分規定の整備も含めた具体的なルールの明確化が求められます。
取組み3:相談窓口の設置
就業者がカスハラを相談できる窓口をあらかじめ設置し、広く周知します。(ガイドライン20頁)
形式的な窓口設置では足りず、実際に就業者が利用できる実質的な窓口であることが必要です。面談に加えて電話・メールなど複数の相談方法を確保することが望まれます。実例として紹介されているヤマト運輸株式会社のように、マニュアルおよび社内イントラへの連絡先掲載など、積極的な周知施策も有効です。
取組み4:適切な相談対応の実施
相談窓口担当者が、相談内容・状況に応じて適切に対応できる体制を整えます。(ガイドライン20〜21頁)
担当者向けのマニュアル整備・研修実施のほか、人事部門等との連携フロー構築が重要です。担当者は就業者の話に真摯に耳を傾け、詰問とならないよう配慮が必要です。就業者から自殺を暗示する言動があった場合は、直ちに医療専門家につなぐ対応が求められます。
取組み5:相談者のプライバシー保護に必要な措置と周知
相談者および行為者等のプライバシーを保護するための措置をマニュアルに定め、就業者に周知します。(ガイドライン21頁)
プライバシー保護の徹底を周知することで、就業者が安心して相談できる環境を整備することができます。
取組み6:相談を理由とした不利益取扱いの禁止と周知
カスハラの相談等を理由とした解雇等の不利益取扱いをしない旨を就業規則等に明記し、周知します。(ガイドライン21頁)
就業者が実質的に相談しやすくするための制度的保障として不可欠です。基本方針および相談窓口の周知と同時に行うことが望まれます。
取組み7:現場での初期対応の方法・手順の作成
カスハラが発生した際の現場での具体的な対応方法・手順(社内対応マニュアル)を事前に作成します。(ガイドライン21〜22頁)
業種・業態・企業文化・顧客等との関係によって対応方針は異なるため、自社の状況に合わせた対応例を準備することが重要です。複数名での対応、上席者への引継ぎ方法など、就業者の安全に配慮した内容とする必要があります。小規模事業者の場合は、現場の就業者のみで対応できる基本的な方法の周知・教育も必要です。
なお、東京都は条例・ガイドラインに加え、各業界団体が定めるマニュアルの共通事項を定める「各団体共通マニュアル」を別途作成する予定であり、業界団体と連携した対応も求められます。
取組み8:内部手続(報告・相談・指示・助言)の方法・手順の作成
法的手続・警察・弁護士等との連携が必要な場合の本社・本部との内部連携手続を事前に整備します。(ガイドライン22〜24頁)
ガイドラインは企業規模に応じた内部体制の構成例を示しています。
| 企業規模 | 体制 |
|---|---|
| 大規模企業(従業員100人超) | カスハラ対策推進(本社・本部)、相談対応者(社内窓口等)、現場監督者の三者分担体制 |
| 中規模企業(従業員6〜100人) | カスハラ対策推進(本部)、相談対応者・現場監督者(兼任可)の体制 |
| 小規模企業(従業員5人以下) | 経営者等が全役割を兼任 |
顧客等の行為が犯罪行為に該当する場合、現場の就業者が警察へ通報することをためらわないよう、事前に社内で明確に周知しておくことが重要です。
取組み9:事実関係の正確な確認と事案への対応
カスハラと思われる事案が発生した場合、確かな証拠・証言に基づき事実関係を正確に確認し、事案に対応します。(ガイドライン24〜25頁)
- ・商品・サービスに瑕疵・過失がある場合:顧客等への謝罪・商品交換・返金等の適切な対応
- ・瑕疵・過失がない場合:要求に応じない
- ・不当な要求が続く場合:接客中止・商品・サービスの提供拒否も含めた対応
- ・著しい迷惑行為が認められる場合:施設管理権(民法第206条)に基づく退去命令
- ・退去拒否の場合:不退去罪(刑法第130条後段)の成立可能性を告知し、弁護士・警察と連携
録音・録画データによる状況確認や、事業者から顧客等に対する損害賠償請求の可能性を事前に告知しておくことも有効です。
取組み10:就業者の安全の確保
カスハラを受けた就業者の安全を速やかに確保します。(ガイドライン25頁)
暴力行為等が発生した場合は、現場監督者が顧客対応を代わり就業者を引き離します。状況に応じて出入り禁止・商品サービスの提供停止を通告し、弁護士・警察と連携します。ただし、恣意的・正当な理由のない退去要請や拒否がないよう十分に留意することも求められます。
取組み11:就業者の精神面および身体面への配慮
カスハラを受けた就業者の精神面・身体面のケアに取り組みます。(ガイドライン25頁)
産業医・産業カウンセラー・臨床心理士等の専門家への相談対応の依頼、医療機関への受診促進、定期的なストレスチェックの実施などが対応例として示されています。性的な言動を伴うカスハラの場合は、同性の担当者が相談対応するなど、被害内容に配慮した対応が必要です。
取組み12:就業者への教育・研修等
顧客等からの迷惑行為・悪質クレーム等への具体的な対応について、就業者への教育・研修を実施します。(ガイドライン25〜26頁)
ガイドラインは研修内容の例として以下を挙げています。
ハラスメント発生後の対応研修:
- ・カスハラの定義・該当行為例・正当なクレームとの相違
- ・判断基準・事例、パターン別対応方法
- ・苦情対応の基本的な流れ、記録の作成方法
- ・ケーススタディ
ハラスメント未然防止研修:
- ・顧客との良好な関係の築き方
- ・接客対応(言葉遣い・傾聴力等)
- ・利用者目線の顧客サービス
日本航空株式会社のように、全社員向けの講義形式の研修に加え、管理職向けのグループワークを行うなど、階層別の研修設計が有効です。研修は中途入社者への対応も含め、定期的に実施することが望まれます。経営層に対しては、カスハラが事業に与える影響を正確に認識させる外部講師活用等の研修が有効です。
本条例第9条第3項が、就業者が顧客等としてカスハラを行わないようにするための措置も求めていることを踏まえ、自社就業者が加害者とならないための研修も含めた設計とすることが必要です。
取組み13:カスハラの再発防止に向けた取組み
カスハラの再発防止のため、定期的な取組みの見直し・改善を継続的に行います。(ガイドライン26〜27頁)
実際の事例を活用した防止策の検討、経営者からのトップメッセージ、クレーム対応マニュアルの見直し・改善、労働安全衛生法上の衛生委員会の活用、アンケート調査・意見交換等の実施が対応例として示されています。
事業者の責務(本条例第9条・第14条)
1 責務の内容
本条例第9条・第14条は、事業者の責務として以下を規定しています。いずれも努力義務であり、違反に対する直接の罰則は設けられていません。
- ・カスハラの防止に主体的かつ積極的に取り組む(9条1項)
- ・就業者がカスハラを受けた場合に速やかに安全を確保し、中止申入れ等の措置を講ずる(9条2項)
- ・就業者が顧客等としてカスハラを行わないよう必要な措置を講ずる(9条3項)
- ・必要な体制整備・被害就業者への配慮・手引の作成等の措置を講ずる(14条1項)
なお、派遣労働者・無償ボランティア・インターンシップ生・フランチャイズ加盟店の経営者・従業員等について、雇用関係がない場合であっても、雇用関係がある就業者と同様に取り扱うことが求められます。(ガイドライン第3、3)
2 法的リスク:安全配慮義務違反
本条例は罰則を設けていませんが、法務担当者は以下の法的リスクについて十分認識する必要があります。
(1)安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任
労働契約法第5条は、事業者が就業者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を規定しています。カスハラ被害を受けた就業者から、事業者に対して安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟が提起されるケースがあり、企業のカスハラ対策・対応が十分だったかが責任判断の重要な要素となっています。
| 判断の方向 | 裁判例 |
|---|---|
| 企業の対策・対応が不十分であるとして責任を肯定 | 長崎地判令和3年1月19日(判時2500号99頁)、東京地判平成25年2月19日(労判1073号26頁)等 |
| 企業の対策・対応が十分・適切であるとして責任を否定 | 東京高判令和4年11月22日(労判ジャーナル133号36頁)、東京地判平成30年11月2日等 |
ガイドラインを踏まえた実務の一般的な水準の取組みが行われているかどうかにより企業の責任の有無が判断されることから、ガイドラインの内容を十分に理解し、その水準に見合った体制を構築することが不可欠です。
(2)就業者が加害者となる場合のリスク
自社の就業者がカスハラの加害者となった場合、被害者やその所属企業・団体から損害賠償請求訴訟(企業間訴訟)が提起されるリスクがあります。また、取引先に対するカスハラが優劣関係を背景になされた場合には、独占禁止法上の優越的地位の濫用や下請法上の不当な経済上の利益の提供要請に該当し、罰則・行政処分の対象となる可能性があります。
おわりに
本条例の施行により、企業のカスハラ対策は「あれば望ましい任意の取組み」から「法的リスクを回避するための不可欠な経営課題」へと転換したと評価することができます。
ガイドラインで求められる取組みは多岐にわたり、短期間で完璧な体制を整備することは困難です。しかし、まず可能な範囲から着手し、運用しながら改善を繰り返すことが実務上は重要です。
自社のカスハラ対策の策定・見直しにあたっては、業種・業態の特性や労使関係の実情を踏まえた法的助言を得ることを大切です。当事務所では、カスハラに関するマニュアル・規程類の整備、社内研修の実施支援、カスハラ事案発生時の対応についてご支援しております。お気軽にご相談ください。
本稿は2025年4月時点の情報に基づき作成しています。法令・ガイドラインの改正等により内容が変更される場合があります。また、本コラムは一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスを提供するものではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご相談ください。

