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求人情報と採用内定通知書の賃金条件が異なっていた場合の労働契約の成否(東京高裁令和4年7月14日決定)

企業が求人募集を行い、採用面接を経て採用内定通知書を交付したにもかかわらず、求職者との間で労働契約が成立しなかったと判断された裁判例があります。

東京高裁令和4年7月14日決定(令和4年(ラ)第1212号)は、求人情報に記載された賃金条件と採用内定通知書に記載された賃金条件が異なっていた場合に、労働契約の成立が否定された事例です。

上記東京高裁決定は、求人情報の掲載から採用内定通知書の交付、労働契約書の締結に至るまでの各段階で、どのような行為がどのような法的意味を持つのかを具体的に示しており、採用プロセスに関わる実務担当者にとって、自社の採用手続を点検するうえで参考になる裁判例です。

今回のコラムでは、この決定の内容を整理し、企業の採用実務において留意すべきポイントを解説いたします。

事案の概要

本件の事実関係は、おおむね以下のとおりです。

Y社(債務者・相手方)は、施工管理部門の責任者候補を採用するため、令和3年8月、インターネット求人サービスに求人情報(以下「本件求人情報」といいます。)を掲載しました。本件求人情報には、月給46万1000円~53万8000円(みなし残業手当45時間分を含む)、賞与年1回、初年度年収600万円~700万円という条件が記載されていました。

X(債権者・抗告人)は、令和3年9月11日に本件求人情報を見てY社の求人募集に応募し、同月20日にY社代表取締役による採用面接を受けました。面接終了後、Xは、Y社から採用内定通知書(以下「本件採用内定通知書」といいます。)の交付を受けました。本件採用内定通知書には、月額総支給額40万円(45時間相応分の時間外手当を含む)、賞与120万円(翌年10月支給)と記載されていました。

その後の経過は、以下のとおりです。

時期出来事
令和3年9月22日Xは、Y社代表取締役に電話をかけ、月額総支給額40万円に時間外手当が含まれるか否かを確認した。
同年10月1日Xは、Y社代表取締役にショートメールで出社日を同月21日とすることを提案し、了承を得た。
同月7日Xは、Y社本社で労働契約書の交付を受けた。労働契約書には、月給30万2237円、時間外勤務手当9万7763円(合計40万円)と記載されていた。Xは、署名押印せずに持ち帰った。
同月9日Y社取締役本部長P氏は、Xに対し、ショートメールで、内定通知の条件のとおりであること、固定残業代を含まず基本給40万円の希望があるなら再選考する旨を伝えた。
同月11日~16日P氏がXに対し複数回にわたり確認の連絡をしたが、Xからの明確な回答はなかった。
同月21日Xは、Y社本社に来社し、労働契約書の月給「302,237円」等を二重線で削除し、「400,000円」と加筆したものに署名押印してY社に提出した。P氏は、Xに帰宅するよう伝えた。
同月22日P氏は、Xに対し、給与条件について了承できない以上労働契約は締結されていないというY社の認識及び雇用契約の申込みを撤回する旨をメールで通知した。

Xは、Y社との間で労働契約が成立したとして、労働契約上の地位にあることを仮に定めることなどを求める仮処分命令を申し立てました。原審(東京地裁令和4年5月2日決定)は、被保全権利の疎明を欠くとして申立てを却下し、Xが即時抗告しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①賃金の額に関する合意がなくても労働契約法6条により労働契約が成立するか
争点②職業安定法5条の3に基づく労働条件変更の明示が適切に行われなかった場合、当初の求人条件で労働契約が成立するか
争点③採用面接において本件採用内定通知書記載の条件で労働契約が成立したか

裁判所の判断

争点① 賃金の額に関する合意と労働契約の成否について

Xは、労働契約法6条において賃金の額に関する合意は労働契約成立の不可欠の要件とされていないため、本件で労働契約が成立していないとすることは同法1条及び6条に違反すると主張しました。

裁判所は、この主張を排斥しました。裁判所は、XとY社との間では、労働契約の締結に向けた交渉の過程で賃金の額について合意できず、結局Xが就労するに至らなかったと認定し、労働契約法6条が定める「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うこと」についての合意があったとは認められないと判断しました。

「抗告人と相手方の間では、労働契約の締結に向けた交渉の過程で、賃金の額について合意できず、結局抗告人が就労するに至らなかったのであって、本件全資料によっても、『労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うこと』(労働契約法6条)についての合意があったとは認められない。」

争点② 職業安定法5条の3と労働契約の成否について

Xは、Y社が求人情報で当初明示した労働条件を採用面接の過程で変更したにもかかわらず、職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われていないため、当初明示された条件で労働契約が成立すると主張しました。

裁判所は、この主張も排斥しました。裁判所は、本件求人情報の条件による労働契約が成立したとは認められないことを前提として、職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われたか否かという事情は、労働契約の成否に直接影響を及ぼさないと判断しました。

「職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われたか否かといった事情は、労働契約の成否に直接影響を及ぼさない。」

争点③ 採用面接における労働契約の成否について

Xは、Y社の認識としても、採用面接において本件採用内定通知書記載の条件が提示され、Xがこれに応じていることは明らかであるとして、少なくとも本件採用内定通知書の条件で労働契約が成立していると主張しました。

裁判所は、この主張も排斥しました。裁判所は、Xが採用面接において本件採用内定通知書記載の条件が提示されたことも、これに応じたことも否定する趣旨の主張をしていたことを指摘し、採用面接において本件採用内定通知書の条件で労働契約が成立したことの疎明があるとは認められないと判断しました。

「そもそも、抗告人は、採用面接において本件採用内定通知書記載の条件が提示されたことも、これに応じたことも否定する趣旨の主張をしているのであって(原審第3準備書面第1の1、3)、採用面接において本件採用内定通知書の条件で労働契約が成立したことの疎明があるとは到底認められない。」

原決定の判断(参考)

なお、原決定(東京地裁令和4年5月2日決定)は、本件求人情報どおりの条件による労働契約の成否について、Xの応募を本件求人情報の条件による労働契約締結の申込みと位置づけたうえで、本件採用内定通知書の交付がその承諾にあたるかを検討しました。原決定は、本件求人情報と本件採用内定通知書の賃金条件の相違に着目し、以下の点を認定しました。

項目本件求人情報本件採用内定通知書労働契約書
月給46万1000円~53万8000円40万円(時間外手当含む)30万2237円+時間外手当9万7763円
みなし残業45時間分(11万2680円~13万1490円)を含む45時間相応分の時間外手当を含む時間外労働45時間相当
賞与年1回120万円(翌年10月支給)会社の判断による
想定年収600万円~700万円――――

原決定は、本件求人情報の賃金条件と本件採用内定通知書の賃金条件が食い違っていることから、本件採用内定通知書の交付はXの申込みに対する承諾ではなく、新たな申込み(民法528条)にあたると判断しました。そのうえで、Xは、本件採用内定通知書の交付後、月額総支給額40万円に時間外手当が含まれるか否かを繰り返し問い合わせ、最終的に労働契約書の月給欄を無断で修正して提出するなどしており、本件採用内定通知書の条件を承諾したとは認められないと判断しました。

コメント

1. 本決定の意義

本決定は、求人情報に記載された賃金条件と採用内定通知書に記載された賃金条件が異なる場合に、労働契約の成立が否定された事例です。

本決定の判断の前提には、以下の法的な整理があります。

段階行為法的性質
企業が求人情報を掲載する労働契約の「申込みの誘引」(求職者からの応募を促すものにとどまり、労働契約の申込みにはあたらない)
求職者が求人情報を見て応募する求人情報の条件による労働契約締結の「申込み」
企業が求人情報と異なる条件を記載した採用内定通知書を交付する求職者の申込みに対する承諾ではなく、「新たな申込み」(民法528条)
新たな申込みに対する求職者の承諾がない労働契約は成立しない

また、本決定の争点①に関する判断は、労働契約法6条の解釈との関係で注目されます。労働契約法6条は、労働契約の成立に必要な合意の内容を「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うこと」と定めており、労働条件の細目(具体的な賃金額、就業時間、業務内容等)についてまで合意が成立していなくても、労働契約自体は成立しうると解されています。

しかし、本決定は、本件においては、賃金の具体的な額についての合意がなかったというにとどまらず、そもそも労務の提供とその対価としての賃金の支払という基本的な合意自体が成立するに至っていなかったと判断したものと考えられます。本件では、当事者間の賃金に関する認識の隔たりが大きく、交渉が妥結しないまま求職者が就労に至らなかったという事情が、この判断の背景にあります。

本決定は、個別具体的な事案に対する判断ですが、採用内定の法的性質や労働契約の成立過程に関する実務上の指針を示すものとして参考になります。

2. 企業の採用実務において留意すべきポイント

(1)求人情報と採用内定通知書の条件を整合させること

本決定の事案では、求人情報に記載された月給と採用内定通知書に記載された月給に差異がありました。このような差異は、求職者との間でトラブルが生じる原因となります。

企業としては、求人情報に記載する労働条件と採用内定通知書に記載する労働条件を可能な限り整合させることが望ましいといえます。やむを得ず条件を変更する場合には、その旨を求職者に対し明確に説明し、求職者の了解を得たうえで採用内定通知書を交付するべきです。

もっとも、原決定が「使用者には契約締結の自由があるので、採用面接の内容を考慮した結果、求人情報と異なる労働条件を内容とする採用内定通知書を交付することもあり得るのであり、このこと自体が信義則に反するとはいえない。」と判示するとおり、採用面接の結果を踏まえて求人情報と異なる条件を提示すること自体は、使用者の契約締結の自由として許容されます。

重要なのは、条件を変更すること自体ではなく、変更後の条件を求職者に対し明確に説明し、合意形成を図るプロセスを適切に行うことです。

(2)職業安定法に基づく労働条件の明示義務を遵守すること

本決定は、職業安定法5条の3に規定する労働条件の変更の明示が適切に行われたか否かは労働契約の成否に直接影響しないと判示しました。

ただし、これは労働条件の変更明示義務の遵守が不要であることを意味するものではありません。職業安定法5条の3第3項は、求人情報の内容と実際の労働条件が異なる場合、その変更内容を求職者に明示しなければならないと規定しています。厚生労働省は、「労働者を募集する企業の皆様へ ~労働者の募集や求人申込みの制度が変わります~〈平成29年職業安定法の改正〉」(厚生労働省、2018年)において、変更明示の具体的な方法として、当初の明示と変更後の内容を対照できる書面を交付することが望ましい旨を示しています(2頁)。

企業としては、求人情報に記載した条件と異なる条件で採用内定通知書を交付する場合、変更内容を書面で明示し、求職者に十分な説明を行うことが求められます。

(3)採用内定通知書の交付から就労開始までのプロセスを適切に管理すること

本決定の事案では、採用内定通知書の交付後、求職者と企業との間で賃金条件に関する認識のずれが解消されないまま入社予定日を迎え、最終的に企業側が雇用契約の申込みを撤回するに至りました。

企業としては、採用内定通知書を交付した後、労働契約書の締結に至るまでの間に、労働条件について求職者との間で認識のずれがないことを確認し、疑義がある場合には速やかに協議を行うことが重要です。

この点に関連して、原決定は、本件採用内定通知書の条件による労働契約が成立したか否かを判断するにあたり、以下の事情を総合的に考慮し、Xが承諾の意思表示をしたとは認められないと判断しました。

原決定が考慮した事情
Xが採用内定通知書の交付後、月額総支給額40万円に時間外手当が含まれるか否かを繰り返し問い合わせたこと
月給30万2237円+時間外勤務手当9万7763円と記載された労働契約書に署名押印せず持ち帰ったこと
Y社からの複数回にわたる条件承諾の確認に対し、明確に回答しなかったこと
入社予定日に労働契約書の月給欄等を無断で修正して提出したこと

この原決定の判断を踏まえると、企業としては、採用内定通知書を交付した後、求職者が提示した条件を承諾したか否かを明確に確認し、その過程を記録しておくことが重要です。具体的には、採用内定通知書の条件を承諾する旨の書面に署名を求めること、条件に関するやり取りをメールや書面で行い記録を保管すること等が考えられます。

(4)採用内定通知書の法的性質を正しく理解すること

一般に、採用内定は、使用者による労働契約の承諾であり、これにより始期付解約権留保付労働契約が成立すると解される場合があります(最二小判昭54.7.20民集33巻5号582頁参照)。

しかし、本決定が示すとおり、求人情報の条件と異なる条件を記載した採用内定通知書を交付した場合、それは求職者の申込みに対する承諾ではなく、新たな申込みと解されることがあります。企業としては、採用内定通知書を交付すれば常に労働契約が成立するわけではないこと、他方で、求人情報の条件と一致する採用内定通知書を交付した場合には労働契約が成立し得ることを理解し、採用手続を慎重に進める必要があります。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。